第十八話
バツの顔の真ん中,鼻があったあたりにぽっかりと穴が開いていて,後頭部から地面に,血が滲み広がっている。
その様子を,その光景を,マルはただただ茫然と見つめている。
悲しむことも,理解することも,驚くこともせず,身じろぎ一つせずに,ただただ目の前の異常な光景に,頭を真っ白にして立ちすくんでいる。
後ろから足音が聞こえてくる。
「石鉄砲って,やっぱ怖い魔法だよな。簡単に生き物殺せるから。」
「まぁな。」
その言葉に,その聞き覚えのある声に,マルはゆっくりと振り向いた。そこにいたのは,
「スペクタ・・・,ケルン・・・」
「よぉ,マル。」
監督官である,リザードマンの二人だった。
─絶望。
今のマルの感情を表すのに,これ以上の言葉はない。
いるはずのない二人,いるべきでない二人,いてほしくない二人を目の前にして,マルは愕然とする。口がからからに乾く。
「・・・なんで。」
マルは,乾いた口から,消え入るような声で,目に映っている二人に質問を投げかけた。
その質問に,スペクタが口を開く。
「実はな,気づいてたんだ。お前が隠し通路を掘ってるって,一年前から。」
「・・・えっ?」
理解が追いつかない。
「俺たち監督官はな,土通信っていう魔法が使える。土通信っていうのは,遠くの音を地面からキャッチするっていう魔法だ。俺たちは半径200メートルくらいの範囲の音を,この魔法を使って聞くことができる。とっくの昔に気づいていたんだよ。お前が隠し通路を掘って脱出を図ってるってことくらいな。」
(とっくの昔に,気づいていた?)
マルの心の中に,動揺と無力感が渦巻く。
「・・・どうして,どうして今まで黙ってたんだ。」
マルは何とか声を喉から絞り出し,質問する。
「単純に開通できるとは思ってなかったのさ。這いつくばってる子供の力で開通できないくらいには,この鉱山の岩は厚いと判断してた。だから放っておいた。希望を持つことは仕事へのモチベーションに繋がるし,その方がお前にとっても幸せだろうと思ったから。・・・だからびっくりしたぜ。今日の朝,お前が隠し通路を開通した音を土通信で聞いた時は。心臓が飛び出るほど驚いたし,焦ったし,あのまま逃げられてたらマジでヤバかった。・・・まぁでも,お前は逃げなかった。本当に友達想いのいい奴だよ,お前は。」
その言葉に,マルは唇をかみしめる。
結局俺は,お前たちの手の上で踊らされてたってことかよ。
マルの頭は,悔しさでいっぱいになる。
「なんで,・・・なんで俺に,そんなことを教えるんだ。俺もバツのように,すぐに殺せばいいじゃないか・・・!!」
「・・・お前に,お前の判断は間違ってはいなかったと最後に伝えときたかったんだ。ここにいる子供たちはな。卒業したら人体実験に使われる。どのくらいの怪我で死ぬのかとか,効果的な魔法は何なのかとか,どの種類の毒がどれくらい効くのかとか,何が食べられて,何が食べられないのかとかな。おそらく死ぬよりも恐ろしい目にあわされてたはずだ。だから,お前の今日逃げるって判断は間違いじゃなかった。それを伝えときたかった。もしあの世があったときに,自分を責めたりしないですむようにな。」
かちんッ
「・・・なんだよ,その言い方。」
マルはスペクタ達を見ながら,静かに怒りを漏らす。
「ふざけるなよ。何様なんだお前は,お前らは・・・!!助ける気もねぇくせに,最初から殺すつもりだったくせに!そんな善人ぶったこと,言ってんじゃねぇよ・・・!!」
そんなマルに,
「ごめんな,マル。」
そう,スペクタは言った。
ぷちんっ
マルの中で何かが切れた。目の前の偽善者に飛び掛かり,首を絞めて殺したいという衝動にかられ,気づいた時には,鬼の形相でスペクタに向かって飛び掛かっていた。
すかさず,スペクタの隣にいたケルンがマルに人差し指を向ける。
「石鉄砲」
バカンッ
ケルンの指先から銃弾程の石の塊が発射され,マルの顔面に直撃する。
顔の半分が吹き飛んだマルは,そのまま地面に崩れ落ちた。
マルの視界は,すぐに赤黒い液体に覆われ,尋常じゃないほどの激痛がマルの身体を襲う。
「グ・・・ごパッ」
何かを喋ろうにも,溢れる自らの血でむせてしまう。
(痛い。熱い。いきが,息が,でき,な・・・。)
「・・・すまねぇな。代わりに殺してもらって。」
「ああ。」
苦しんでいたマルであったが,スペクタとケルンの声が聞こえ,苦しさをはるかに凌駕するほどの怒りと憎しみが湧き上がる。
(クソが,クソが,クソがクソがクソが─)
「礼には及ばねぇよ.しっかし,やっぱ同じ言語を話す生き物を殺すのは辛いもんがあるよな。」
「・・・ああ,そうだな。」
(クソがクソがクソがクソが,クソが,クソが,ク,ソが,ク・・ソ・・・が─
膨れ上がった憎しみに呑まれるように,マルの意識は,そのまま闇の中へと引きずり込まれていくのだった。
「─おーい,マルくーん。・・・おっ,やっと起きたか。」
低く,それでいて若々しさも感じる声に呼ばれ,マルは目を開ける。
目の前には,見知らぬ男がいた。黒のタキシードを身に着けた高身長の男で,目はルビーのように赤く,耳はとんがっている。
「誰だ?あんた。」
その問いに,目の前の男はニヤリとする。
「私か?私の名はアルフレート。大昔に滅んだ種族─魔人の生き残りさ。」
(魔人?なんだ魔人って。・・・ていうか,ちょっと待て。何で俺は立って話せてる?)
マルはすかさず,自身の顔に違和感がないか両手で確かめる。
・・・何も,違和感がない。
(おかしい。俺の顔はさっき,ケルンの攻撃を受けて粉砕されたはず。どうなってるんだ。そもそも,ここはいったい・・・。)
マルはあたりを見回す。そこは,薄暗い洞窟の中だった。しかし,既視感はない。採掘場にこんな場所はなかったはずだ。
「ここは精神の世界さ。」
混乱しているマルに向かって,アルフレートが口を開く。
(精神の,世界?)
「君はさっき,ケルンとか言うリザードマンに顎を撃ち抜かれただろう?その結果,君は大量に血を流し,気を失った。人っていうのは,心臓が止まったり,脳に血液が流れなくなっても数分は生きてるもんだ。ここは,君の意識が,脳が死にゆくまでの間留まる場所ってことさ。」
「なるほど。・・・。」
(あれ?なんでこいつ,俺の考えを─)
「そりゃあわかるさ。ここは精神の世界。君の心の中だぜ。心の中なんだから,心の中で考えたことも筒抜けになるに決まってるだろ。」
(・・・なるほどな。確かにそう考えるとそうか。)
アルフレートの言葉に,妙に納得するマル。
「・・・とりあえず,俺はまだ死んでなくて,後数分で死ぬって理解であってるか?」
「ああ,その理解であってる。」
「そうか。・・・っ。」
落ち着いた途端,ふいに目頭が熱くなり,マルは下を向く。
(ごめんな,バツ。お前を,自由にしてやれなくて・・・。)
「おいおい,感傷に浸ってる時間なんてないぞ。生き返れなくなっちまう。」
その言葉に,マルは目を丸くし,顔を上げた。
「はっ,生き返る?」
「ああ。今君は,魔人である私と融合して,魔法が使える状態にあるんだ。君が復活と唱えれば,傷が癒え,意識を取り戻すことができる。それだけじゃない。私の言うとおりに魔法を使えば,君たちをこんな目に合わせた奴らを殺すことも可能だぞ。」
「・・・はっ?」
(融合してる?魔法が使える?いったいどういう・・・。)
「その説明は後だ。今は一刻の猶予を争うからな。言っただろう,君は後数分で死ぬ。ここは君の脳が作り出した精神の世界だから,君が死ねばここも崩壊し,生き返ることができなくなってしまう。外の世界とは時間の進む速さが違うからまだ死ぬまで時間はあるが,それでもぐずぐずしてたら本当に君は死んでしまうんだ。今君がしなきゃいけないことは復活と唱えること。さぁ,唱えるといい。」
「・・・。」
マルは,しばし考える。
「ん?どうしたんだ?」
「・・・俺が呪文を唱えて,生き返った後,バツを生き返らせることもできるのか?」
「・・・それはできない。」
「じゃあ,俺の代わりにバツと融合してもらうことは?」
「それもできない。復活できるのは君だけだ。バツはできない。」
「そうか。」
その言葉を聞き,マルは決心した。
「・・・じゃあ,生き返らねぇ。」
「・・・えっ?」




