98. スズキノヤマ帝国 パララ(4)
聖龍様に召喚されて、両目を失ってしまったローズの状態を知って、全員言葉を失った。医療師のガレーは何度も確認したりしたけれど、閉じられた目蓋を開けることができなかった。結局、ガレーは柔らかい布を巻いただけだった。
エフェルガンに説明を求めたリンカの声が聞こえたけれど、エフェルガンがありのまま聖龍様の言葉を伝えたら、誰一人 声を出す人がいなくなった。あまりの衝撃で、全員戸惑っている。ローズ自身でさえ、真っ白になってしまった。
次の満月は、月が2つ同時に満月になるにはかなりの日数が必要だ。それぞれの月は大きさも起動も違っているため、同時の満月はおそらく数ヶ月間後だとケルゼックが言った。詳しい計算は天文学の専門家に聞かないと分からないから、エフェルガンは急遽、首都に問い合わせると言った。
ローズがこれから視力なしで、どうやって生きていくのか考えるだけでも頭痛がする。彼女がまだ満月の関係で額が痛むのに、両目を失ったことで、ますます気分が暗くなってしまう。莫大な自然のエネルギーが体に吸収されて、体中が痛い。ばらばらに壊れそうな気がする、と彼女が言った。
なんでこのようなことになってしまったか、自分も分からない。
可能性から考えると、、恐らく聖武器の存在の対価だ、と彼女が思った。だから、このことをエフェルガンに言えない。彼が真実を知ってしまったらきっととても悲しむでしょう。だから何があっても、聖武器が手に入るまで秘密にするしかないのだ、とローズが思った。
一人で寝室の寝台で休んでいると、扉が開く音がした。波動からするとエフェルガンだ、と彼女が思う。目が見えない今、周りの波動を一つずつ感じるしかない。聴力が健在だから、ありがたく思わないといけない。エフェルガンが来たので、ローズは身を起こして、寝台に座る。
「ローズ」
「エフェルガンですね」
「はい。どう?具合は?」
「まだ・・痛む」
エフェルガンは寝台に座って、ぎゅっと抱いてくれた。
「聖龍様の前でローズの痛みを分けて欲しいと願って、分けてもらった。あの痛みは凄まじかった」
「だから言ったでしょう、それだけは無理だって」
ローズが言うと、エフェルガンが首を振った。
「いや、無理ではない。ローズを抱いて念じれば、その痛みを軽減できることが分かったから、これからもそうする」
「エフェルガンの身は、この国にとって、とても重要だから、私の痛みを感じなくても良いよ。私は、・・一人でなんとか・・耐えるから」
ローズがそう言いながら、首を振った。
「大丈夫だ。二人で頑張ろう。それにローズは僕にとって、誰よりも大切な存在だから、苦しんでいるローズを思うと、体の痛みよりも、僕の心の痛みの方が計り知れないほど痛い」
「エフェルガン・・」
「ローズ、聖龍様にとって、僕はただの鳥の子だね」
「・・・」
「でもローズのことは龍神の娘だとはっきりと言ったな」
「うん」
エフェルガンがしばらくして、言葉を詰まらせた。
「最初から見合う相手ではなかったかもしれない。それでも僕は聖龍様にローズのことを愛していると言った」
「うん」
「今思えば、恐れ多い神の娘を頂戴するなど、分不相応な、生意気な鳥の子だと、・・ただのひよこの僕がとんでもないことをした」
「ごめんね」
ローズがうつむいて、謝罪した。
「それでも、・・僕は後悔しないよ。この国を背負っている僕は、すべてを滅ぼす覚悟でローズを愛している。これからも、未来になっても、どんなことが起きても、死ぬよりも苦しいことがあっても、この命が尽きるまで、ロースを愛することを止めないと誓った」
「エフェルガン」
エフェルガンはローズの頭をなでた。本当は、彼だってとても泣きたい気分だ。けれど、彼がそれを耐えた。
「聖龍様は、僕をローズの目になるようにと命じたから、これからは僕がローズの目になるよ」
「私を・・哀れだと・・」
「思ってない」
「あなたの足手まといになるかもしれない」
「僕たちが一つになるんだと思う。僕の目を使って世界を見れば良い。僕たちは・・二人で一人、一人で二人なんだ」
エフェルガンがそう言って、彼女を抱きしめた。
「皇帝陛下の言葉通りなんだね」
「そうだな。僕の苦しみの原因である皇帝陛下なのに、僕たちの支えになる言葉を下さった」
「うん。そういえば、あの雷鳥石はどうなったのかな」
「もうできたらしい。フォレットが手紙で連絡してくれた」
「そうか」
「欲しいなら、明日フォレットを連絡して送るように命じるよ」
「良いのよ。見えないし・・」
「僕の目を使えば良い」
エフェルガンがそう言って、うなずいた。
「リンクで?」
「そうだ。みたいものがあれば、僕の目を使えば良い」
希望が一つ出て来た、とローズが思った。
「たくさん練習もしないといけないわ」
「そうだな。このままだと水場に一人でいけないから、波動の練習をしっかりしないといけないな」
「うむ」
それが困る、とローズがうなずいた。
「命が入ってない机や椅子はかなり探知しにくいからな。波動がとても小さいから」
ローズが言うと、エフェルガンがうなずいた。
「昔、目を閉じながらエフェルガンの攻撃をかわしたことがある。あれと同じぐらいやれば良いかな」
「ははは、思い出すと面白い試合だったね」
「あなたは戦いながらずっと笑顔だったからよ。私の戦意がどこかに飛んで、調子が狂ってしまったわ」
「だって、嬉しくて仕方がなかった」
「うむ」
「やっと愛しい人に出会えたから嬉しかった。しかも強くて、武術も剣も使える姫君で・・僕の剣の相手をしてくれた。笑顔が自然に現れたんだ」
「前にもそう言ったね」
エフェルガンが微笑んだ。
「そうだ、ローズ、明日から僕と武術の訓練をしよう」
「ガレー先生に言わないといけないわ」
「あとでガレーに言うよ。ローズのことになると、あの頑固医療師がかなりうるさいからな」
「そうなの?」
「そうだよ。ローズのこととなると、ガレーは過保護だよ」
エフェルガンがそう言いながら、ローズの耳で言った。
「え?」
「僕が嫉妬するぐらいだ。あれがダメ、これがダメ、それもダメだと、文句ばかりを言う。治療においては医療師であるガレーの方が僕よりも上なんだから、仕方なく従うけど」
「あはは、そうなんだ」
ローズが笑った。彼女の笑みがやっと見えた、とエフェルガンが嬉しくなった。
「ガレーは皇帝陛下の直属配下だから、ある意味僕よりも上かもしれないが・・」
「そうなんだ。エトゥレはエフェルガンの配下?」
「そう。エトゥレは僕の近衛、ケルゼック達と同じだ。僕の直属護衛部隊の一員だ」
「なるほど」
ローズがうなずいた。
「体がまだ痛む?」
「いや、もう大丈夫。大分治まった」
「良かった」
「私の痛みを取ったの?」
「そうだ」
「ありがとう」
「大丈夫だ。ローズが笑えるようになったから安心した」
「うん。あ、そうだ」
「何?」
「絵師のティノハルガさん、明日会えない、と思うけど・・」
「そう・・だな。連絡をしないといけない。ローズの美しい目が戻って来るまで、しばらく待たせることになる」
「うん。ごめんねと伝えて下さい」
「問題ないよ。今神の試練を受けているんだから仕方がない」
エフェルガンが言うと、ローズが現実に戻った。
「試練か」
「何のための試練か分からない」
「うん」
「神々は僕たちと違う存在だから、僕たちの思考で同じように考えてはいけないと思う」
「ですね」
確かに、とローズが思った。その通りだ、と。
「ローズは神の娘だから理解していると思うけどね」
「あはは、私の育ての親は鬼神と元傭兵だから、神の娘だと言われてもピンと来ないよ」
「そうだね」
「エフェルガン、もしも、私の目が戻らなければ・・」
「必ず元に戻ると考えてくれ」
「もしも・・」
「もしもはない」
エフェルガンが否定した。
「なんでそう言えるの?」
「良いようにと考えると、良い方向へことが運ぶからだ」
「そうか」
「僕は何度も死にそうになった。それでも生きると思って、何度も立ち上がった。諦めるなと昔から教えられて、とても役に立った。諦めようかと思ったこともあったが、諦めたら今までやってきた苦労が無駄になってしまうから、諦めることを止めた」
「ズルグンさんの教えですね」
「そうだね」
「すごいわ」
ローズがうなずいた。
「だから努力を惜しまない。より良い未来のために、どんな困難でも必ず解決するための方法がある、と信じる」
「あなたは聡明なだけではなく、心も強い人ですね」
ローズが言うと、エフェルガンが彼女の髪の毛をまたなでた。
「僕の心を支えてくれたのは、ローズへの思いだ」
「今の私は・・あなたに支えられている。逆転立場ね」
「いや。互いに支え合っているなら、逆転ではない。同等な立場だ」
「うむ」
ローズが考え込んだ。
「リンカは今夜ローズを任せたと言ってくれたけど・・」
「この部屋で一緒に寝るの?」
「そうしたいが・・」
「うむ」
「ガレーにあまり遅くならないようにと言われた。よく眠れるように薬を飲ますって」
「そんな残念そうな声をしなくても良いのに」
「せっかくリンカが良いと言ったのに・・」
「うむ。じゃ、明日、私を起こしに来て下さい。多分また寝坊するよ。ガレーの薬を飲むと、朝早く起きられないんだ」
ローズが言うと、エフェルガンが微笑んだ。
「分かった」
「今日はあのミミズクのぬいぐるみを抱いて寝るよ」
「僕はそのぬいぐるみに嫉妬するよ」
「あはは」
エフェルガンはぎゅっと強く抱きしめた。彼の温もりを感じて安心する。これから彼と頑張る、と彼女が思った。
「お休み、ローズ」
エフェルガンがローズの唇に優しく口づけをした。
「お休みなさい、エフェルガン」
エフェルガンは寝台から離れて外に出て言った。その後ガレーが入って、薬を飲ました。ガレーが優しくローズを寝台に寝かして、ぬいぐるみを添えた。毛布を整えて、頭をなでながら回復魔法を与えた。ローズの気持ちが良くなって、いつの間にか彼女が眠りに落ちた。
翌朝。
唇に感触を感じて起きた。しかし、目蓋が閉じたままで、再び現実に戻った。ローズは両目を失ったことを思い出した。すべて闇の世界だ、と彼女が思った。
「おはよう」
「おはよう、エフェルガン」
「約束通り、起こしにきたよ」
「ガレーは訓練を許可してくれたの?」
「そうだね。ただし、ガレーの判断で止めることがあるって」
エフェルガンが優しくローズの体を起こした。
「うん。じゃ、支度をしないといけない」
「支度の手伝いはリンカに任せるよ」
「それはそうだね。エフェルガンに着替えの手伝いをさせられないもの」
「脱がすなら手伝うよ」
エフェルガンの言葉を聞いたローズは思わず笑った。
「あなたたち、朝っぱらから何を考えているんだ?」
不機嫌なリンカの声が聞こえてきた。ローズが笑うと、リンカは「ふん!」と言った。エフェルガンは外で待つと言って、外に出て行った。
リンカに手伝ってもらってなんとか、うまく着替えることができる。これからすべて自分でやらなければいけない。ローズは今日からすこしずつと視力なしで普通の人と変わらない生活をすると決めた。しかし、勉強はまだしばらく無理だ
外に出ると、エフェルガンたちがいた。ガレーは脈と熱を確認してからゆっくり階段を下りるように指示してくれた。そう、階段を下りるのが難しい。手すりにつかまりながら、一段ずつと認識しながら進まないと転んでしまうからだ。無事に階段から下りて、今度は玄関と庭だ。庭の小道は意外と分かりやすかった。小さい段差でつまずいたけれど、手すりが欲しいとエフェルガンに言ったら、あっさりと了解された。そしてリンクを行って、エフェルガンの目を借りて、軽いランニングをした。ここまでは何とかなった。久々の運動だったから、少し動きが鈍かったが、問題ないとオレファに言われた。
皆がローズを一所懸命励ましている。無口のエファインでさえ、よく話をかけていた。
そして組み手練習になる。今度は逆にリンクを切った。エフェルガンの目を借りると、ローズの動きが分からなくなるからだ。バリアーの魔法を自分にかけて、集中する。周りの波動を読み取り、前にいる相手に集中する。こんな戦いは久々だ。でもこれから、これが主流になりそうだ。いつ暗殺者が襲ってくるか分からないからだ。
エフェルガンが構えているのが分かる。ケルゼックの合図で、襲ってくるエフェルガンを感じる、応戦した。が、手加減しているのが分かる。
「エフェルガン、手加減は無用です」
「大丈夫か、いきなり本気になると大変だろう?」
「暗殺者は最初から全力で私を殺しに来るから、私が目が見えないと知ったら、彼らにとって倒すチャンスでしょう?」
「それはそうだ。では、本気でやるよ」
「うん」
再び気を取り直して、合図が出た。今度は彼が本気だ。痛いほど攻撃が次々と入った。彼の強さが上がっている。初めて龍神の都でやった親善試合よりも、キヌア島での組み手練習よりも、今の彼の方がずっと強くなった。それでもローズは負けない。ダルガが教えてくれた技とダルガの戦い方を一つずつ思い出しながら、彼の戦いに応じている。父の技もリンカの素早い動きも応用しながらエフェルガンの動きに合わせている。時に攻撃が入って、ぶっ飛ばされたけど、ダルガの教え通り、素早く立ち上がって回復魔法とバリアーなど、動きながら支援魔法をかけている。まだエフェルガンの体に有力な攻撃を入れることができていないが、息を整えながらなんとか長期戦ができるようになった。
「そこまで!」
ケルゼックの合図で両者の動きが止まった。駆けつけてきたガレーは回復魔法をかけて、脈と熱もこまめにチェックしてくれた。
「まだ平気なのに、なんで止めた?」
「ローズ様はまだ本調子ではないからだ。これから朝餉を食べて、少し休まないといけない」
「ガレー先生は厳しいな」
「ちゃんと体調管理しないといけないのですよ、ローズ様。これからたくさんの練習もあるから、疲れてしまうと、いざという時に対応ができなくなります」
確かに、ガレーは正しかった、と彼女が思った。
「うむ」
「今日の朝餉に甘くて美味しい果物があるんですよ」
「おお!」
「苦い薬の後で食べましょうね」
「うむ」
そんな会話を聞いたエフェルガンは思わず笑ってしまった。
「ガレーはローズの扱い方が上手だ。僕は見習わないといけないな」
「扱い方だなんて、失礼ですよ、殿下。ローズ様はとても素直で優しい姫君ですよ」
「分かっている」
「分かればよろしい。では、ローズ様、これで魔法が終わりました。屋敷まで戻りましょう。リンカさんは美味しいアルハトロスの朝餉を作ってくれているのですよ」
ガレーがそう言って、ローズの手を取った。
「おおお!」
ローズがうなずいた。普通は一飛びで屋敷まで行ってしまうけれど、目が見えない今、気が遠くなるほど長く感じられる小道を上って、屋敷まで戻った。やはり手すりが欲しい、と彼女が思った。
ガレンドラが手配してくれた侍女メイリナが風呂の手伝っている。まだ位置を覚えてない石鹸の置き場など、丁寧に教えてくれた。着替えの服も丁寧に準備して、なんとか朝支度ができた。食堂まで足を運ぶとリンカが作ってくれた料理の香りが食欲を刺激した。懐かしい香りだ。エフェルガンと一緒に朝餉を食べて、少しずつ味わいながら、食事の練習をした。難しい、と。
料理のお皿は波動で探すのがとても難しい。それでも手探りながらやらないといけない。飲み物のコップはなんども倒してしまった。しかし、ガレンドラと侍女メイリナは素早く掃除してくれた。何度も謝ったローズに、エフェルガンは優しく答えた。問題ない、と。
食事を終えて、結局今日の午前中は階段の練習と波動の練習で終わってしまった。昼餉の後は海岸で指の練習しながら、砂遊びをした。見ないで砂の城を造るのがとても難しい。それでも何時間もエフェルガンが付き合っている。リンカ達のボール遊びのかけ声が聞こえて、エフェルガンに誘われて軽く遊んだ。ボールの動きや波動を探知できてとても嬉しかった。皆の表情が分からないけれど、声を聞いて楽しそうで、ローズも笑顔になった。
昨日あんなに泣いた彼女だったけれど、今は笑顔でいっぱいだ。目が見えないことで、不安がいっぱいある。けれど、この人たちに囲まれて、これから、なんとか前に向けて歩み出せる気がした、とローズがうなずいて、笑った。