97. スズキノヤマ帝国 パララ(3)
朝日が部屋を照らし、水面に映った光のようなキラキラと光が顔に当たって、ローズが目を覚ました。このふかふかの寝台から、身を起こしたくないような気がするけれど、おなかが空いたから、ローズはいやいやしながら起きることにした。
この屋根付きの寝台が、とても美しいだ、と今気づいた。エフェルガンが何も言わなかったけれど、寝台の天井に、螺鈿で薔薇の花の模様が施されている。とても美しい。エフェルガンが作ったのでしょう、とローズが思った。なぜなら、机と同じ模様だからだ。本当に、とても細かい人だ。彼のこだわりや芸術センスがとても素晴らしく感じると同時に、彼の愛情も感じる。
窓から見える海の景色がとても美しい。地平線に映った空と海の色がまるで絵のように、大変美しい。ローズは寝台に座って、その美しい景色を眺めて時間を忘れてしまった。
「おはよう」
リンカの声で我に戻ったローズであった。彼女が猫の姿で寝台に登って、ローズの顔をあの冷たい鼻でキスした。
「おはよう、リンカ」
「大丈夫?さっきからずっとぼーとしている」
「うん」
「ローズの部屋はきれいだね」
「うん、とても」
ローズがうなずいた。
「ここからだと海だけではなく、彼も見えるよ」
「え?」
「ほら、海岸にケルゼック達にぼこぼこにされているところも見えるよ」
「本当だ・・」
海岸で武術訓練中のエフェルガンが見える。リンカの言った通り、苦戦中だ。かなりぼこぼこにされている。近くにいたオレファが指示を出す姿も見える。こうやって色々な場面に備えるために、エフェルガンと護衛官達が日頃練習をしているんだね。
「私は練習をしなくても良いかな」
「ローズはまだダメ。ガレーに起こすなと言われたぐらいだった」
「そうなんだ」
「本当のことを言うと、まだ完全に治ってないんだって。もっと休まないといけないと言われた」
リンカがそう言うと、ローズが口を尖らせた。
「もう熱がないけど」
「そうだけどね。無理をしたらまた熱が出るって」
「それはいやだ」
「そう、だから朝餉の後にちゃんと回復薬を飲むようにと言われた。昨夜も飲んだでしょう?」
「うん。苦かった」
ローズがうなずいた。
「まだしばらく飲むらしいから、ローズも自覚して、無理をしないようにしてね」
「うん」
ローズは身を起こして、寝台から降りた。窓を近づくと彼らの様子がよく見える。頑張って、エフェルガン!、と彼女が思わず念じてしまった。すると、海岸にいるエフェルガンは動きを止めて屋敷の方に手を振ってくれた。練習の邪魔になってしまった気がして、お詫びをして、リンクを切った。ローズがシャワーを浴びて、着替えた。
リンカと外に出たら、ガレンドラがいた。朝の挨拶をしたら、黒猫のリンカを見て、困った顔をしている。
「その猫はどこから入ったのですか?」
「あ・・これは・・」
ローズが慌て、リンカの隣にいて、言おうとした。
「その猫はリンカだから、問題ないよ、ガレンドラ」
ローズがガレンドラに説明しようとしたが、帰ってきたエフェルガンが先に言った。ガレンドラに黒猫のリンカのことが言うのを忘れた。
「分かりました。では、失礼します」
ガレンドラが頭を下げて場を離れた。エフェルガンは大きな笑みでローズたちをみている。
「おはようございます」
「おはよう、ローズ」
「さっき、ごめんね。お邪魔してしまったみたいで」
「問題ないよ。どう?よく眠れた?」
「うん。寝台の天井の美しさも見たよ」
「気づいたか」
ローズがうなずいた。
「夜は分からなかったけど、朝起きたら見えた」
「あれは3ヶ月ぐらいかかった」
「そうなんだ。素晴らしかった」
ぐ~~~~~~~~~~
おなかから恥ずかしい音が朝餉の時間を知らせている。
「うむ」
「朝餉の時間だね」
「うん」
「リンカと先に行って。僕は少し汗を流してから行くよ」
「うん。食堂で待っているよ」
エフェルガンはうなずいて、自分の部屋に入った。ローズとリンカは食堂に向かった。食堂に着くと、ガレンドラがいて、ローズのための席を準備した。
リンカは猫の姿のままで彼女の足下で座っている。護衛官らしく警備体制だけれど、・・猫の姿のままだと、餌を待っているペットのようだ。かわいい、とローズが彼女を見て、微笑んだ。
「あの、ローズ様・・」
「はい、なんでしょうか?」
ガレンドラが恐る恐ると問いかけている。
「リンカさんは、・・あの、・・猫なんですが・・、お食事はどうなりますか? 牛乳や魚が必要ならばご用意できますが・・」
それを聞いた瞬間、リンカもローズも彼を見て、びっくりした。リンカが、完全に猫として、認識されてしまった。
「リンカはケルゼック達と同じ食事ですから問題がありません。エフェルガン殿下が来るまで、今私を護衛しているんです」
「あ、はい。失礼しました」
ガレンドラが慌てて、うなずいた。
「ガレンドラさんは猫が苦手か?」
猫のリンカが突然ガレンドラに聞いた。それを聞いたガレンドラがびっくりした。
「あ、普通に話せるんですね」
「ええ」
「これは失礼しました。慣れていないもので、少し戸惑っているだけです。私が、生まれて初めてリンカさんのような・・猫?・・の種族と会ったのですから・・」
ガレンドラが言うと、ローズが微笑んだ。リンカも優しい眼差しで彼を見ている。
「私は猫人族です。たまに猫になるけれど、人の姿が良いなら、人の姿のままにします」
「あ、いや、大丈夫です。殿下は問題ないとおしゃったので」
「そう?」
「はい」
ガレンドラがうなずいた。
「ガレンドラ、リンカは優秀な護衛官だ。猫の姿だから敵にも気づかれず、大変大きな戦力になった」
さっぱりしてきたエフェルガンが食堂に入って、ローズの前に座りながらガレンドラに声をかけた。
「それにリンカの料理はとても美味しい。厨房の者たちと一緒に、料理をすると良い」
「さようでございますか?」
ガレンドラは驚いた顔をしながら、リンカを見つめている。エフェルガンが食堂に来たから、リンカは猫らしく、「プルルル」と喉を鳴らしながら尻尾を上に立てて、すたすたと、隣の部屋に入り他の護衛官達と朝餉を食べに行った。
「どうみても・・猫だ」
「あはは」
エフェルガンは笑いながらリンカを見て、首を傾げた。
ハティと厨房の者が現れて、二人が暖かい朝餉を準備した。ハティの厳しいチェックが終わり、ローズたちが食事した。食事を終えると、ガレーが入ってきて、回復薬を持ってきた。苦い、と。しかし、その後、ハチミツ入りのハーブティを差し出して、少し口直しができた。
その後、エフェルガンと少し庭で散歩をしてから庭で、二人が絵を描く。相変わらず絵が下手なローズだけれど、エフェルガンが真剣な顔で彼女の絵を見ている。花を描くつもりだが、変わった形の花になった。個性的すぎて、この世界では通じないアートだ、と彼女が思う。
この世界は写真の技術がないため、ほとんどの絵は写実主義だ。エフェルガンもかなり凄腕の写実主義者だ。それと反対に、ローズはまったく忠実に絵を描かない主義者である。どちらかというと、印象主義に近い。その時に見えるものと自分の気持ちを合わせて描く。
アートは自由だ!、と思ったのは彼女だけかもしれない。
「ローズの絵って面白いね」
「うむ・・やはり下手?」
「いや、個性的な絵だ」
「あはは、そうか。ありがとう」
ふーむ、とエフェルガンが絵を見ながら考え込んだ。
「エフェルガンの絵も見せて」
「良いよ、どうぞ」
エフェルガンは自分の絵をローズに見せた。そこに描かれているのは絵を描いているローズの姿だった。
「あれ?花を描く絵じゃなかった?」
「ちゃんと描いたよ」
「どこが?」
「ほら、ローズの頭の上と周りの花もちゃんと描いたよ」
「うむ」
「一番きれいな鼻も描いたよ」
「でもこのほっぺについているオレンジ色の絵の具は余計なんだけど」
「そうか。鼻にも緑の絵の具もあるんだね」
「いやいや、訂正しなくても良いんだ」
ローズが恥ずかしく思った。絵を描いた自分の顔に、絵の具がたくさんついてしまったからだ。
「そう?かわいいと思うけど」
「恥ずかしいの」
「この絵を僕の屋敷に飾ろう。ローズの絵も書斎に飾るか」
「うむ」
「今夜も絵を描きたい。満月だそうだ」
エフェルガンがローズを見て、微笑んだ。
「やっと天女のロースが描けるんだ・・楽しみ」
「天女って・・どんな姿なんでしょう」
「神々しく・・美しく・・月に照らされるローズの姿と想像すると、頭の中に出て来たのはその天女だった」
「鞭を振り回す凶暴な天女・・・」
そう聞いたエフェルガンが笑った。
「僕は寝る前にそんな戦闘姿の天女を見たら、夢の中で緊張になりそうだ」
「あはは。やはりしとやかな姿が良いか」
「そうだね。あるいはかわいらしい微笑みをしてくれたら嬉しいな」
「長時間微笑みをすると結構大変そう・・」
「慣れれば問題がない」
彼がまったく悪気なく、言った。
「うむ」
「そのうち慣れてくるよ。これからいっぱいローズの絵を描くからね」
「今度エフェルガンと一緒に絵を描いてもらおうよ」
「そうだね、ヒスイ城に戻ったら正式な服装で絵を描いてもらおう」
「旅姿の絵も良いんだけどね。自然で飾りのない顔で」
「そうか。それも良い。あとで探しに行こう、パララでも良い絵師がいると聞いたから」
「うん」
絵を乾かしている間に、ローズは体をきれいにして、着替えた。そして忘れる前に終わらせた課題と小論文と参考書をまとめてガレンドラにヒスイ城まで送るようにお願いした。またペンと紙とインクも用意してもらいたい、と彼女がお願いした。長い髪の毛を切りたいと話したら、近所に良い美容室があると言われて、後ほどエフェルガンと相談する、と彼女が思う。
昼餉終えると、エフェルガン達と街に出かけた。ガレンドラが言った良い美容室に行って、少し髪の毛を短くした。これでもまだ腰辺りまで髪の毛があるんだ。本当のことをいうともっと短くても良いと思うけれど、エフェルガンがダメと言って、結局腰辺りまでになった。公式の場では髪の毛を結わなければいけない場合もあるため、あまり短すぎると、無様な格好になるからだ、と言われた。
美容室で髪を切ってから街に絵師を捜しに行った。職人街では色々な情報があって、その中に有名な絵師の情報も聞けた。早速訪ねて見ると、絵師の家にたくさんの依頼人が来ていて、話すらできなかった。エフェルガンが一つの絵をみて首を振った。どうやら彼が求めている腕ではなかった。
次々ともらった情報で次の絵師を訪ねて、またダメだった。エフェルガンは本当に厳しい。おそらく基準は、自分より同じか、もっと優れているか、どちらかだ、とローズが思った。
もう数人の絵師の所に行って、すべてダメだった。歩き疲れて、スイーツの店で一休みして、甘い物を食べながら店内を見てまわったところできれいな絵がある。その絵のことをエフェルガンに言うと、突然エフェルガンは壁に飾られているその絵を見て、立ち上がった。店主に声をかけて色々と尋ねている。そして、席に戻った。話を聞くと、その絵を描いた絵師をこれから会いに行くと。
おやつタイムが終わって、スイーツのお店の店主が教えてくれた住所にたどり着いた。そこはとても普通の家にしかみえない。絵師の屋敷のような場所にはみえない。エフェルガンは扉をノックしたら、中から歳を老いた女性が現れた。名前を尋ねると、絵師の家に間違いない。
その絵師は今裏庭で昼寝をしているところだと答えられた。それでも会いたいとエフェルガンが言ったから、絵師が起きるまで待たせてもらうことになった。
しばらく経つと女性がまた戻ってきて、家の中に案内してくれた。人数が多いのでローズとエフェルガンとリンカとケルゼックの四人だけが入って、残りの六人は外で待機している。中に入るととても良い感じの家で、小さいながら快適な住まいである。居間に入ると、ソファに座っている年老いた男性がいた。
「やはり、師匠だったんだ!」
いきなりエフェルガンがその男性に声をかけた。男性はじっとエフェルガンを見つめている。そして驚いた表情で目を大きくした。
「ああああ、殿下ではありませんか?」
「お久しぶりだな、師匠」
「おほほほ、はい。もうずいぶん昔のことで、まだ覚えておられるとは・・」
エフェルガンはその人の手をとり、隣に座った。男性は嬉しそうにエフェルガンを見つめていながら笑った。
「ローズ、僕の師匠のティノハルガだ。師匠は僕が小さい時に、絵の描き方を教えてくれたんだ」
「ローズです。よろしくお願いします」
ローズが丁寧に頭を下げて、挨拶した。
「殿下のお妃でございますか?」
「将来、妃になる人だ」
「婚約者でございますか?とてもお美しい方でございますね。ローズ様、私はティノハルガと申します。殿下はまだローズ様と同じぐらいの時に出会いました」
「そうなんだ」
「殿下はとても才能があって、素晴らしい方でございます」
ティノハルガが微笑みながら言った。
「師匠のおかげだ。そうだ、まだ絵を描けるのか?」
「はい。もうこの歳になったが、まだ引退しておりません」
「ならば、明日僕の屋敷に来てくれるか?僕とロースの絵を描いてもらいたい。無論、迎えに来る者を用意する。そしてローズが描いた絵を見て欲しいんだ。多分驚くだろう」
「おほほほ。はい、喜んで参ります」
「良かった。これで安心だ。明日の朝迎えにくる。ケルゼック、その手配をよろしく頼む」
「はっ!」
しばらくエフェルガンと絵の師匠のティノハルガとの会話が続いていた。そして別れの挨拶をして、屋敷に戻る。途中、ケルゼック達が警戒して、構えている。
「殿下・・」
「囲まれている」
エフェルガンが警戒した。
「何人だ?」
エフェルガンは構えている。ローズは探知魔法を発動した。位置を把握できる範囲では10人ぐらいいる。
「多分、10人ぐらいです」
エトゥレが先に返事をした。同じ結果だね。
「油断するな。ローズ、僕から離れるな」
「うん」
「魔法を使わないで。ここは町の中だからね」
「うん」
エフェルガンは構えている。エファインとハインズはローズの後ろに回り護衛をかためる。リンカはいきなり上に高くジャンプしながら建物の上に登り、そして素早く武器を装着して、暗殺者を足でかかと落としで、地面に叩き落とした。彼女が素早く次々と動き、また三人も倒した。あと六人だ。
リンカの攻撃に驚いた暗殺者の者が攻撃に出たけれど、リンカの素早さに敵わなかった。本当に目で追うのも難しいぐらい素早い。エトゥレとガレーも動いて、残りの暗殺者を倒した。生きて捕まえようとしたら、自害してしまった。これで誰が暗殺者を送った人が分からなくなった。残念だ。
ガレーは暗殺者の遺体を確認して、何かの記録をした。エトゥレは近くの警備隊を呼んで処理してもらった。警備隊が駆けつけてきた時に、ローズたちはもうすでにその場を離れて、屋敷に戻った。後から戻ってきたガレーの話を聞くと、エトゥレは身分証明書を見せただけで、例え数人の遺体があってもすぐに素早く処理される。
やはり皇太子の近衛としての身分が護衛官の中でもかなりランクが高いようだ。そういえば、リンカは身分証明書を持っているかどうか、分からない。ロッコは持っているから、リンカも持っているのだ、と彼女が思う。けれど、ローズ自身は身分証明書持っていない。今度エフェルガンに頼んで作ってもらう、と。
夕餉の後、月がきれいに輝いている。月が二つあるこの世界は、同時に満月になると、大変美しい夜になる。里ではこの夜は能力鑑定が行われる日となる。なぜなら、自然の力が恐ろしいほど湧き上がるのだ。当然魔力を持つ人も分かるぐらい自分が強くなっていることだ。この日は、敵も味方も強くなっているため、注意が必要だ、と昔ミライヤに言われたことがある。
町の中で暗殺者に襲われたけれど、エフェルガンはもう問題ないと言ったから、安心して庭に出て、エフェルガンの絵のモデルになるところだ。護衛官達は所々で警備に励んでいる。
「ローズ、もっと笑顔を出してくれ」
「うむ」
「にこっと」
「うむ」
なかなかうまく表情が作れないのだ。それはそうだ・・。今魔力を制御するのにとても難しい。さっきからずっと分からないけれど、体がうずうずしている。二つの月の満月のせいか、とても落ち着かない。
「どうしたの?様子が変だよ?」
「分からない。満月のせいかな」
「少し飛んで行こうか。そんな険しい顔じゃ、怖い天女の絵になるから」
「うん、ごめん」
「大丈夫だ」
エフェルガンは翼を広げて、そして彼女の手をとって、二つの満月が映った海を見ながら少し高く飛んでいる。星空がとてもきれいに見えるけれど、月が明るいから、星空の輝きが月の周りにあまり明るく感じない。エフェルガンは月に照らされている彼女の顔をずっと見つめている。そして彼は近づいてきて、抱きして、口づけをした。
「きれいだ」
「エフェルガン・・」
「今の顔を描きたい」
「でも・・なんだか落ち着かない」
「どうしたの?」
「力が・・制御が・・難しい」
「ローズ?」
「ああああああああああああああああああ!」
額に痛みを感じて、力が集まってきた。一瞬で体が光ってしまい、押さえきれないほどの魔力が体全体を包む。エフェルガンに抱かれたまま、莫大な力が体に入ろうとしている。必死に抵抗しようとすればするほど、苦しく感じる。エフェルガンは彼女の体を離すどころか、両手でしっかりと空中で支えている。光が段々強くなっている。そして二人を包み、ローズたちは違う空間にいることに気づいた。しかし、この痛みは治まらない。体が膨張して、割れてしまいそうな感覚だった、と。
「ここはどこだ?」
「あぁ・・あぁ・・」
「ローズ、大丈夫か?」
「あぁ・・あぁ・・」
「大丈夫だ。僕はここにいるから、大丈夫だ」
なんで大丈夫か、何が大丈夫か、何の確信がないけれど、エフェルガンはローズの体をしっかりと抱きしめている。ローズは言葉にできないこの額の痛みが少しずつ治まってきたけれど、体がまだ光っている。
「あぁ・・あぁ・・」
「痛いのか?」
「はい・・でも・・大丈夫」
「ローズの魔力がすごく溢れている」
「押さえきれないんだ・・全部体に入ろうとしている」
「心を落ち着かせて、息を吸って・・吐いて・・吸って・・吐いて・・」
ローズはエフェルガンの言う通りにした。少しずつ治まってきた。
「あぁ・・はぁ・・はぁ」
「ローズ、痛みを僕に分けられるなら、すべて僕が受けても良い」
「これだけは・・無理よ」
ローズは痛みを感じて、首を振った。
「神よ・・僕はローズの力になれる方法があるのか」
エフェルガンが不安な顔で彼女を見つめている。
『その言葉の意味を理解しているのか・・鳥の子よ』
突然姿なきの声が聞こえている。エフェルガンがびっくりして周囲を見回している。けれど、誰もいない。ここは光に溢れる空間の中だ。
「聖龍様だ・・」
その声が見覚えがある。この土地の守り神の聖龍様の声だ。ローズの言葉に驚きを隠せなかったエフェルガンだったけれど、態度を改めて静かに聖龍様の問いに答える。
「聖龍様、僕はエフェルガンと言います。僕はローズを愛しているのです。ローズのためならこの命をささげていても良いと思います。だからローズのために、僕ができることなら、なんでもおしゃって下さい」
「鳥の子よ・・」
「はい」
「龍神の娘のために・・」
「はい」
「死よりも辛いことになる覚悟があるのか?」
「はい」
「何年経っても・・死ぬまでも・・」
エフェルガンがそれを聞いて、迷わずうなずいた。
「はい」
「龍神の娘の身に何が起きていても・・どんなことになっても・・」
「どういうことですか?」
「信じてやれるか?」
「聖龍様・・」
「答えろ・・鳥の子よ」
「はい」
彼がうなずいた。
「誓うか?」
「はい、誓います」
「その言葉に偽りがあると見なしたら、そなたの身ももちろん・・そなたの国も・・民も・・すべて滅びる」
「はい」
聖龍の言葉に偽りがない、とエフェルガンが理解している。今の会話の相手は神そのものだ。
「ならばその龍神の娘を抱くが良い。力を治まるようにと、ともに痛みを分け合うが良い」
エフェルガンはローズを強く抱きしめている。不思議なことに頭の痛みが減ってきた。
「龍神の娘よ・・」
「はい」
「その鳥の子を信じるのか?」
「はい、信じます」
「ならば、そなたの目を預かろう」
「え?!あああああああああああああああ!」
凄まじい光が目に入った。痛みはなかったが、・・取られたという感覚がある。目蓋を開けることができない。目がなくなった!
「聖龍様!」
「あぁ・・あぁ・・」
エフェルガンは驚いたあまりに顔を両手で隠したローズをかばった。ローズの目が何も見えなくなったのだ。
「鳥の子よ、その龍神の娘の目になりなさい」
「なぜだ?」
「次の満月にアカディアに来るが良い」
「次の満月にアカディアに行けば、ローズの目が戻して下さいますか?」
「それはそなた次第だ」
「どういう意味ですか?」
「アカディアへ・・・」
「聖龍様?!」
すべてが静かになった。恐怖と不安に追われてしまったローズが泣いている。目玉がないのに、涙が閉じた目蓋から流れている。エフェルガンがローズを強く抱きしめている。
「ローズ・・大丈夫だ」
「・・・」
「アカディアに・・ローズの目を取り戻すから・・大丈夫だ」
「エフェルガン」
「僕はローズの目になるから大丈夫だ」
「怖いよ、・・本当に、怖いよ・・」
「大丈夫だ」
「・・・」
「帰ろう、皆の所へ・・」
エフェルガンは強く抱きしめながら翼を羽ばたいている。彼がローズを抱きしめて、地上にいる人々の方へ降りて来た。
心配したリンカの声やケルゼック達の声が聞こえている。けれど、目を失ったローズはただ涙を流していることしかできなかった。




