90. スズキノヤマ帝国 ガリカ(3)
エトゥレが示した方向に向かって、ローズたちは移動し始めた。
ガリカという小さな町の人々が一夜で全員失踪した原因は術式であることが分かった以上、油断ができない状況となった。この森の広い範囲で浄化したので、全員で移動するのが心配ないけれど、森を越えて、これから先は注意が必要だ。
「ねぇ、エトゥレ」
「はい、何でしょうか?」
「なんであなたは自我を保つことができたの?」
「それはよく分からないのですが・・」
エトゥレが首を振った。
「昨夜エトゥレは私と一緒に庭に行って会話していたのです。その時少し風呂のお湯で冷えた足を温めていました」
ケルゼックが答えてくれた。なるほど、これで確信した、とエフェルガンが思う。ローズが入っていたあの露天風呂で術を破壊する効果が少しあるということだ。
「やはりローズの加護が大きいな」
「私は神様じゃないんだから、加護なんてないよ。その言い方では誤解を招くことになるわよ」
ローズの文句でエフェルガンは笑った。
「シッ! 静かに。何かが見えるわ」
リンカは低い声で注意した。森を越えたその先に見えるのは、何かの集落のような場所で、基地のような感じもする。ローズが聞くと、エフェルガンに聞いたら、この辺りにそのような国軍基地がない、と答えられた。
エトゥレが探って見ると言ったけれど、リンカに止められた。足下がまだふらついているエトゥレはこの役目が無理があるからだ。リンカは猫に変化して、素早く動いてその基地に入った。
リンカとリンクで繋がっているため、リンカが見たものはローズの頭に映像として入ってくる。リンカが見せた映像からは、その基地に出入りしている人々は普通のミミズクフクロウの人々であることが分かった。
リンカが奥に進むと、見えたのはいくつかの立派な屋敷の建物のようだ。何人かの女性と子どもが見えている。全員同じ色の首飾りをしている。何かの集まりなのか、ローズは分からない。
時間が経つと、エフェルガンの顔が険しくなっている。けれども、リンカからの情報が必要だ。鏡を持って行かなかったから、リンカが見たものをエフェルガン達に見せることができない。すべての映像がローズの頭の中に入っているのに、と彼女が周囲を見渡した。何か鏡の役割になるようなものがあれば・・と思っていたら、水たまりが近くにある。ローズが動いて、試しにその水たまりを触りながら不完全な映像だけれど、リンカが見たものを映し出すことができた。
エトゥレ達は興味深くその映像をみている。ケルゼックとオレファは周囲を気にしながら基地から目を離さない。
「その人だ、同じ宿に泊まっている人だ」
エトゥレが一人の男を指さした。宿の客だそうだが、変な歩き方をしている。まるで・・ゾンビー。まさかエファイン達がこのような歩き方をしていたのか、とローズはぞっとした。
「他に気づいたことがあれば言って下さい」
ローズが言うと、リンカがうなずいた。
(ローズ、エファイン発見した)
リンカの知らせを受けて、水たまりでは見えにくいがその体つきはエファインの体そのものだと分かった。寝間着のままで、先ほど見えていた女性達と同じ首飾りをしている。
「あの首飾りはどういう意味があるんだ?」
「さぁ・・」
エフェルガンが首を振った。
「灰色の布を肩かけしている人たちと違う色の首飾りだ」
「身分の区別するためか?」
「子どもまで色で区別するのか?」
「分からない」
「エファインはそこで何をしているんだ。リンカは目の前に通っても反応しなかった」
「術にかかっているかもしれない」
「その中にいる人たちに何をしようとしたんだ?」
「さぁ・・。人質にしても数が多すぎる」
ローズとエフェルガンがそう言いながら、映像を見つめている。
「こんな小さな町でも数百人がいるはずだ」
「でも今見えている者がそこまでいなかった」
「どういうことだ」
「考えたくないが・・魔石にされてしまった可能性があるかもしれない」
「それはまずい」
エフェルガンが険しい顔して、映像を見つめている。
(ガレーを見つけた)
リンカの報告がまた上がった。床に座り込んでいるガレーらしき人物が見えた。目には何も映らないような・・無表情のガレーであった。その部屋にいる全員、ガレーを含み、まだ首飾りを付けていない。
「リンカ」
(はい)
「ガレーを噛んで」
(・・・)
「美味しくないと分かっているけど、噛まれたら多分自我が戻るかもしれない」
(分かった)
ローズが申し訳ない様子でリンカにお願いした。リンカは言われた通りにガレーに近づいた。彼女が猫らしい構えをしてから、がぶっと噛みついた。
ふむふむ、そうやってジャタユ王子を噛んだかもしれない・・、とローズは何となく考えてしまった。
ガレーの表情に変化が現れた。噛まれて痛かったかもしれない。急いでリンクをかけた。
「ガレー・・、私が分かるか?」
(ロ・・・ズ・・さ・・ま・・)
「繋がった。今助けるよ」
ローズが集中して、ガレーに繋がった。彼女がガレー単体の浄化を試みをする。
「聖なる光で、汚れ無き体に戻れ、ガレー!ピュリファイ!」
水たまりで見えたガレーの姿が一瞬で光り出した。幸い、その部屋で見張らしき者がいなかった。ガレーは床に崩れていて、目から涙が流れている。リンカはガレーの顔を近くまで確認してくれた。
(ありがとうございます、ローズ様)
「自我が戻って、良かった」
(はい。しばらくしてから行動を開始する)
「うん、無理はしないで」
(はい)
「ガレーにヒール!バリアー!速度増加エンチャント!」
ガレーに魔法の支援を送った。
(ローズ様の愛情が届いております。ありがとうございます)
「うん。リンカと組んで、ハインズを探して下さい」
(はい)
良かった。これで後一人の行方が分かれば。これからどうするかを考えることができる。
「エファインの首にある飾りはもしかすると術式が施されているかもしれない」
「僕もそう思う」
「じゃ、どうする?」
「特攻したいが、中の様子がいまだにつかみきれない。人質が数百人になるとかなりまずいから」
「そうね・・ハインズを見つけて、そしてその首飾りの術の解放を考えないといけない」
ローズとエフェルガンが再び映像を見ながら、言った。
「あれはどういう働き方の首飾りだ?」
「無理矢理に外すと被害に加えるようなものだ、と気がする」
「なぜそう思う」
「先ほどの女性達と子どもたちを見て、そうかもしれない、と思ったの。彼女たちの様子が普通の人に見えたが逃げようとしなかった。また子どもが首飾りをいじろうとしたら一人の女性に注意をされた。彼女たちの身にかかった術がとっくに切れた、と考えるとしたらなぜ逃げないか。逃げないならば関係者か、あるいは逃げられないように術か何かで縛られているかもしれない」
「なるほど」
「基地を攻撃したらパニックになる人々が基地から逃げ出してしまって・・術が発動したら怖いことになるかもしれない」
「それはそうだな」
エフェルガンが考え込んだ。
「術を破壊する方法を調べないといけない」
ローズの言葉にエフェルガンもうなずいた。
(ローズ、ハインズ発見した)
目の前にハインズが見えたが・・変だ。彼は寝台の上にいる。謎の女性と一緒にいるけれど、誰だ?、とローズが映像をじっと見つめている。
「エフェルガン、その女性は知っている人?」
「知らない」
エフェルガンが首を振った。
「ケルゼック、オレファ、この女性に見覚えがある?」
ローズが聞くと、二人とも首を振った。
「エトゥレは?」
「いや・・」
エトゥレも首を振った。
「ハインズと関わっているのか?」
エフェルガンが聞くと、全員その映像を見つめている。
(ハインズに首飾りがついているわ。まだ術にかかっているようだ)
リンカは細かい情報を知らせてくれた。しかし、その映像が段々と過激になってしまう。何しろ、男女の関係ゆえ、やはりとても過激だから、ローズの顔はとても赤くなった。なぜなら、彼女が初めて見たからだ。
「うむ」
ローズが別の方向へ見た。
「殿下も顔が赤くなりましたな」
「エトゥレ、うるさい」
「はい。くすくす」
エフェルガンも恥ずかしくなって、別の方向へ見た。
「うむ、話を戻そう・・」
冷静に・・冷静に・・、とローズは思った。
「そうだね」
エフェルガンがうなずいた。
「あの女性は多分この事件に関わっている人物だと思うわ」
「なぜそう思う?」
「首飾りをしていなかったから」
「なるほど」
ローズがそう思って、うなずいた。
「うむ、小さなハインズが生まれる前に、早く片づけよう」
「だな。でないとハインズがかわいそうだ」
エフェルガンがうなずいて、立ち上がった。
「リンカ、ガレーと連携をして欲しい。ハインズの救出とその女性の確保がしたい。でも無理をしないで下さい」
(分かった)
リンカがそう言いながら、また別のものを見ている。
「エフェルガンは建物の周囲に術破壊をする。私はこの周囲を浄化するね」
「両方やるのか?」
「それしか道がない。術を破壊しないとエファインとハインズ、そしてその中にいる町の人は助けることができない」
「なるほど」
「建物から出られない用にする。侵入するならエフェルガンの術の発動後に合わせて入って下さい」
ローズが言うと、他の人がうなずいた。
「分かりました。私とオレファが入るから、エトゥレは殿下とローズ様の警護を任せた」
ケルゼックが言うと、エトゥレがうなずいた。
「私は中に入ってはいけませんか?」
エトゥレが悔しそうな顔をしている。
「今のエトゥレは中に入ったら反撃の応援に厳しいと思う。逆に言うけど、これから大魔法を使う私とエフェルガンは何かの襲撃を受けたら、対処することが難しい。頼りはあなた一人ですよ、エトゥレ」
「分かりました」
「私の命をあなたに託す」
「精一杯お守りします」
「ありがとう」
ローズがにっこりと微笑んだ。
「ローズ、始めようか」
「うん」
エフェルガンは構えている。建物に付いている術式の破壊を試みていて、呪文を唱えた。ローズも雨雲を集めている魔法に集中する。風の魔法で雨雲を呼び寄せ、重ねて重ねて重くなり、黒い雲となった。
エフェルガンの術が発動し、基地を囲む大魔法が現れた。やはりこの人はすごい。基地全体を囲む魔法がパチパチの音をしながら破壊されているのが分かる。そして発動し終わった時と同時にオレファ達が侵入した。
「ホーリー・レイン!」
ザーーーー!、と大量の浄化の雨が基地の上に降り注いている。そして急いでバリアー・シールドを発動した。これは見えない壁のような魔法で、囲まれた場所への出入りを防ぐことができる。浄化の雨にかかっている人々が我に戻りパニックになり外に出ようとしたけれど、首飾りのこともあるからバリアー・シールドで外に出られない。
中ではリンカ達が動いてくれたようだ。術から目が覚めたハインズとエファインがガレーに助けられて、ケルゼックとオレファ達と合流できた。リンカは人型になり、あの女性と戦っている最中だ。どうやら彼女は主犯の人物らしい。
「リンカに金のバリアー!速度増加エンチャント!攻撃力増加エンチャント!」
(ありがとう)
そして首飾りの術を解くための方法を考えないといけない。
「ガレー、エファインたちの首飾りをどうやって解除するのか幹部らしい人がいたら捕まえて聞いてちょうだい」
(了解)
ガレーの目から見ると状況はかなり混乱している。これはかなりまずい状況だ、とローズは思った。
(ローズ様、状況は混乱していて、首飾りを外せる者がなかなか見つかりません)
「首飾りを使っていない者で灰色の布を身につけている。恐らく彼らは幹部でしょうね。何しても情報を聞き出して」
(了解)
そしてハインズとエファインにリンクをかける。
「ハインズ、エファイン、返事して」
すると、二人とも返事してくれた。ローズが微笑んで、うなずいた。
(ローズ様!)
「繋がった!」
エフェルガンがローズに近づいて、見ている。
「彼らは大丈夫だったのか?」
エフェルガンは自分の配下の安否を心配している。
「術が解けているけど、首飾りがまだ解除できていないんだ」
「それはまずい」
「今ガレーが外し方を探っている」
「じゃ、ローズは彼らと連携をしてやってください。僕とエトゥレはちょっとこの人たちの相手にしなければいけないんだ。ハティ、ローズのそばにいて」
エフェルガンが言うと、ハティがうなずいて、短剣を抜いた。
「はい」
ハティが早速ローズのそばに移動した。
「え?」
ローズが驚いた。
「囲まれているんだ。敵に」
エフェルガンは剣を抜いた。敵の数がかなり多い。エトゥレも構えている。ハティは初めてローズの前で自分の短剣を抜いて構えている。ハティは軍人ではないため、戦闘訓練を受けていないはずだけれど、どうやら短剣の使い方は分かっているようだ。これでもエフェルガンとともに数々の戦をくぐりぬいてきた人だ。
「エファインにヒール!バリアー!ハインズにヒール!バリアー!」
(ありがとうございます)
「エファイン、ガレーとともに首飾りの解除方法を探って」
(分かりました)
ローズがエファインに指示を送った。
「ハインズ、混乱になった人たちをなんとかおとなしくさせて、ケルゼックとオレファの指示に従って」
(はい!)
「ごめん、こちらの都合でリンクを外すよ。襲われているの」
ローズがハインズに言ったものの、襲われてしまった。
(ローズ様、大丈夫ですか?)
「問題ない。片付いたらまたリンクをかける」
(はい。お気をつけて)
「ハインズもね」
ハインズとエファインとのリンクを解除して、ガレーとリンカの状況を確認した。リンカはまだその主犯の女性と戦っている。なかなか激しい斬り合いとなっているが、状況がリンカの方が有利だと見えた。リンカの攻撃がとても素早い。生きて捕らえることができるなら、すべての謎が明らかになる。
「リンカ、エンチャントが必要な時に言って」
(あい)
ローズは自分の体に金のバリアーと支援魔法をかけた。そして近くにいるハティに金のバリアーと速度増加をかけた。もうすでに戦っているエフェルガンとエトゥレにリンクをかけて金のバリアーと速度増加エンチャントと攻撃力増加エンチャントをかけた。
「エトゥレにヒール!」
やはり負傷した足が痛むのか、エトゥレの動きが鈍い、とローズは思った。
敵の数は・・倒れた敵を計算入れなければ約二十名ぐらいがいる。エフェルガンは今数人を相手にしている。いくら戦いに慣れていても結構きつい、とローズが思う。ローズの周りにも数人が集まってきて。
「うむ、仕方がないな」
「ローズ様」
「ハティはここにいて」
ローズは持ってきた剣を抜いた。これはダルゴダスからもらった里の武器職人が作った剣だ。とても実戦に向いている両刃の剣で、彼女のために作られた特別な一本である。
「ローズ、無理をするな」
「大丈夫よ」
「今そちに行くよ」
エフェルガンが攻撃をかわしながら、ローズのところまで移動した。ハティは戦いの邪魔にならないように木々があるところへ移動した。彼は本当に周囲の動きに合わせて上手に動いてくれている。
「エフェルガン、私を信じて。あなたの背中を私に預けて」
「分かった。ローズの背中が僕が守る」
「うん」
片手の剣を構えてローズはエフェルガンの背中を守る体制にした。身長の差がかなりあるけど、負けない。必ずエフェルガンの背中を守ると決めた。身長がたった百二十センチの彼女は小さいけれど、ただのチビではない。これでもアルハトロスの第三将軍と毎日剣で勝負していた者だ。
「来るぞ!」
「はい!」
エフェルガンは攻撃してくる敵を相手にしながらローズを気にしていた。けれど、ローズも負けないぐらいの動きをしている。アルハトロス式の剣術ならマスターしている。あの体が大きな第三将軍のおかげだ、とローズは心に感謝を込めながら、剣を振り降ろした。複数の相手にするのが難しいけれど、丁寧に一人ずつ処理をすれば問題ないはずだ、とローズは思った。
次々と敵を倒しているローズをみて、エフェルガンは安心して、目の前にいる敵を集中して戦うようになった。
「弓に注意!」
エトゥレの言葉に周囲をみていたら敵の一人が弓を構えて矢を放った。
「シールド!」
ポン!、 と放たれた矢が魔法の盾で弾かれた。
「バインド・ローズ!」
その弓を放った敵を遠距離魔法で地面の中から出てきた茨の枝で捕らえた。枝にトゲがびっしりとついていて、ぐいぐいと敵の体を巻き縛っている。大きな悲鳴が聞こえていた。痛かったのでしょう、とローズは思った。
残りの敵があと数名でエフェルガンとエトゥレが片づけてくれた。エフェルガンの腕に切り傷があったため、回復魔法をかけた。その間、エトゥレは茨の枝で縛られている敵に向かって何かを聞き出している。暗部的な行動をしているため、ローズは見なかったことにした。しばらくその敵の悲鳴だけが聞こえている。
「ローズ様、首飾りのことなんですが・・」
エトゥレが聞き取りから戻ってきた。縛られている敵がぐったりしている。
「あれは、無理矢理外すと爆発する。また基地から逃げたりすると同じく爆発するものです」
「なんていう・・」
ローズは瞬いた。
「外す術は?」
「術をかけたのは龍神の姫、薔薇姫・・だそうです」
「へ?」




