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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
スズキノヤマ編
62/811

62. スズキノヤマ帝国 弟

結局ローズが選んだ学校は薬学の学校だった。


ローズが魔力の回復薬を作ってみたいと気楽に考えていたけれど、市販されていないということはまだ誰もその作り方が知らないことに気づいた。しかし、もし作ることができたら、戦闘に非常に便利なアイテムとなるに違いない。


しかし薬学はかなり難しい学問であるため、エフェルガンは心配している。薬学には医療学と化学と植物学と魔法の知識が必要だ。二年間でこれらを全部学ぶのは非常に難しい、と言った。魔法の知識はなんとかなるけれど、他の知識はまったくないため、ローズはどこから勉強すれば良いのかと悩んだ。


リンカの提案で、ローズはとりあえず植物学を学ぶことにした。エフェルガンに植物辞典や標本など買ってもらって、城の一階にある広い部屋と中庭を与えられて、そこで色々な植物や実験もできるようにと整えてくれた。植物を育てるためにガラスの家まで建ててくれた。ちゃんと鍵もかけられるようにしてある。薬は毒にもなるため、特に注意が必要だ。


毒を盛られた時の教訓として、毒消しの存在がとても重要であることが分かった。もしその時、毒に詳しいロッコがいなければ、ローズはもう死んでいたかもしれない。けれども、ロッコは身近(みじか)にいる存在ではない。任務中は居場所も分からない。なぜなら、彼は暗部隊員だからだ。任務の内容は、期間、場所を含め、全て秘密だ。


つまり、毒に詳しい医療師か毒味役の人しか頼れない。かと言って、医療師全員が毒に詳しいとは限らない。なぜなら毒にも種類がたくさんあるからだ。暗部の者に教えてもらうのが一番早い。けれど、まず毒消しになるような植物を知ることから始めないといけない。


自分にまったくない知識だったから、毎日遅くまで勉強室で数々の本を読んでいるローズである。護衛官にソファや椅子に座らせて適当に過ごすように指示した。だって、ずっと何もせずに待っているとかわいそうだからだ、とローズは思った。リンカはもちろん猫の姿で過ごしている。隣の部屋でエフェルガンは忙しく仕事をしているのと同じく、ローズも自分の世界に夢中している。意外と、ローズは勉強ができる方だ。与えられた課題やレポートをちゃんと順調にやっていて、期限までにちゃんと提出している。


エフェルガンの指示か、先生達はローズにとても優しく教えてくれている。学校にいる時に護衛官はリンカ一人で、エファインとハインズは教室の窓の下とフクロウの近くにいる。リンカはおとなしく一番後ろの席に座り、本を読んだり、授業を聞いたりしている。


貴重な勉強時間なので、いつも先生の言葉を一つずつ理解するようにしている。どうしても分からない時に、授業の後、質問を聞きに先生の部屋に行く。ちなみにローズが移動すると、護衛官も移動する。移動時にはリンクを行っているのだけれど、非常に便利で警護しやすいとエファインらに好評だ。もちろんできるだけ学校で飲み食いをしないようにしている。ローズは毎日、お弁当を持って行くのだ。毒味役まで学校に連れて行くと移動用フクロウが三羽が必要になる。ただでさえ大きな移動用フクロウなのに、これ以上連れてきたら、学校の庭がフクロウだらけになる。


時には同じクラスの学生とおしゃべりしながら持ってきたお菓子で一休みをしている。そう、これは噂になったアルハトロス特産品、里の料理長のオリジナルレシピで作られた焼き菓子だ。販売開始から数分で、売りきれ状態の大ヒット商品である、注文が殺到していて、ただいま本国では料理長監督の製品の生産ラッシュだ、と大使に教えてもらった。職人街の工場は注文に追われて、人手不足になる状態ぐらいになった。しかし、品質に厳しいダルゴダスはお粗末な製品を許さない。だから品不足でも構わないと言った。高品質な製品は我が里の誇りだ、とダルゴダスが言った。


ちなみにローズが今食べているお菓子は、城の料理長とローズの手作りだった。エフェルガンもこの焼き菓子が大好きで、いつも執務室に一箱を置いている。形が微妙な彼女の手作り焼き菓子でも喜んで食べてくれる。


ローズの正体はほとんどの先生が知っている。一般の学生らは彼女のことをアルハトロスの留学生として認識していたけれど、護衛官やフクロウの存在であっという間にばれてしまった。今はエフェルガンの婚約者として認識されて、丁寧な言葉で話をかけられている。学生の中でもエフェルガンの言った通り、個人的な関係を持ちかけてくる人もいる。彼女が次期皇帝であるエフェルガンに一番近い人物として、特別な友人関係を作りたいという動きもある。やはり、やりづらい、とローズは感じた。だからできるだけ先生からたくさんの課題やレポートをもらって、授業も必須科目だけに絞って、時間の調整をする。また学校の図書室で時間外の使用許可ももらった。これもエフェルガンの力なのである。


休みの日でも図書室が使えるようにして、できるだけ他の学生との関わりを少なくする。またエフェルガンも、ローズが必要としている本を買って、城で勉強できる環境を整えた。もちろん実験も中庭の近くにある部屋で行ったりして、時には失敗もする。変な煙が出たり、くさい臭いや、目が痛くなる臭いまで出てしまった時もある。毒に関しては暗部出身のエトゥレが付き合ってくれている。彼は毒に詳しいため、毒の作用と副作用を丁寧に教えてくれた。また毒味役のハティは食品によく混ぜられる毒について詳しく教えてくれた。やはり死と隣り合わせの仕事だけに、毒について非常に詳しい。毒消しの作り方まで教えてくれて、ローズはとても助かっている。


学校で勉強してから数週間が経って、ローズは他の学生と比べたらかなり上位に入って、特別な別室で授業を受けることができるようになった。目標の魔力の回復薬はどのように作ればいいかまだ見当も付かないけれど、とりあえず薬の作り方など習っている。ちなみに学校の図書室にある本をもうかなり読み終わった。ちゃんとノートもとって、ちゃんと理解もしている。この頭脳だけは前世と違う気がする、とローズは思って、良い頭脳を与えてくれた龍神に感謝している。





その忙しい毎日の中、ある日の夕方、勉強部屋にエフェルガンが入った。


「ローズ、忙しいか?」

「ちょうど明日提出す課題を書き終わった。今、大丈夫だよ」


ローズはうなずいた。


「最近、僕たちはお互い忙しいから、時には休みが必要だと思って、明日は忙しいか?」

「学校にこの小論文を提出するだけで、後は特にない」

「もう小論文まで入ったか?早いな、まだ1ヶ月ちょっとだろう?」

「うーん、基礎知識をほとんど終えたと言われたから、もうこれから専門知識に入っても良いと先生が言ったの。都合が良い時に特別授業を別室で受ければ良いと言われた」

「頭が良いな。ちょっとさっきローズが書いた小論文を見せて」


ローズは書いた小論文をエフェルガンに渡した。ふむふむと言いながら、エフェルガンは興味深く読んでいる。


「よくまとまったね」

「ありがとう」

「それに文字もきれいになった」

「頑張ったの。あまりにも変な文字だと先生が読めないからね」

「僕はローズが昔書いた手紙が読めたよ」

「読めたというよりも、解読したんじゃないの?あれはひどかったでしょう?」


ローズが苦笑いして、自分の文字のことを言った。


「個性的な字だったな。てっきりアルハトロスの文字の特徴かと思ったよ」

「いや、単に私が下手なだけだ」

「まぁ、ローズはまだ目覚めてからそんなに経ってなかったからね。字の読み書きできることだけでもすごいことだと思う」

「うん」


ローズがうなずいた。


「小論文ありがとう。明日、それを提出してから少し出かけよう。連れて行きたいところがある」

「はい。服装は?」

「何でも良いよ、楽なもので構わない。ちょっと遠いから念のため、短剣でも持って行った方がいい」

「分かった」


ローズが荷物を片付け始めた。


「ローズ」

「ん?何?」

「僕は今、ものすごくローズを抱きたくて仕方がないけど・・」

「うわー、そんなに正直に言われると、どう反応したら良いか、分からないよ」

「ダメか?」

「抱くぐらいなら良いけど、それ以上したら、リンカが動いてしまうかもしれない」

「いるのか」

「机の下にいる」

「じゃ、抱くだけにしよう。ぎゅっと、抱きしめてくれるか?」


エフェルガンは床に跪いた。両手を広げている。ローズは戸惑いながら、エフェルガンに近づいて両手をエフェルガンの体に回し、ぎゅっと抱きしめた。エフェルガンの手も彼女の背中に回し、強く抱きしめた。でも・・何かが変だ。彼は無言で、しばらく抱きしめた。


「エフェルガン、大丈夫?」

「しばらくこのままにして」

「うん」


ローズはエフェルガンの臭いを感じる。上半身は裸だから、その体つきが直接伝わってくる。そしてぎゅっと、もっと強く抱きしめられた。ちょっと苦しくなったけれど、まだ大丈夫だ。しばらくしたらエフェルガンは手を離した。


「ありがとう、ローズ」

「はい」

「明日早く出るから、今日早めに休んだ方が良い」

「朝餉の後?」

「そうだね。食べ終わったらすぐにも出発したい」

「はい」

「お休みなさい、ローズ」

「お休みなさい、エフェルガン」





翌朝、朝餉の後、ローズたちは出発した。途中、彼女の学校へ寄って、昨日書いた小論文を学校の受付箱の中に入れた。時間外の提出物はいつもこの箱の中に入れるのだ。


学校の用事が終わって、再びフクロウ達は空に飛び立った。向かった先はスズキノヤマのずっと南東にある小さな島だそうだ。名前はカニア島だという。


首都からカニア島まで大体4時間ぐらいの距離だとエフェルガンが言った。南国らしいの雰囲気が空の上から見えた。途中、小さな町で休憩して。また再び出発した。スズキノヤマはとても広いので、北側と南側の雰囲気も、自然も、気温も多少違っている。昼間でもそんなに熱くなかったヒスイ城と比べたら、この南周辺の気温は比較的に高い。


しかし、やはり高地が多い国だと感じた。高い山々が数多くあり、幻想的な風景となっている。ローズにとって、初めて見た景色だ。


4時間ぐらいの長い旅で、やっとカニア島に到着した。カニア島は海に囲まれている小さな島だ。その島にはいくつかの高い丘がある。ちなみにビーチも無く、島全体は断崖絶壁だ。それに、島には誰もいない。これは観光地ではなさそうだ、とローズは思った。エフェルガンは巨大フクロウを丘の上に着陸させた。


「着いたよ」

「ここは?」

「カニア島だ。と言っても分からないよね」

「うん」

「まぁ、着いてきて」


エフェルガンの護衛官は周りにある高く伸びた草を切りながら前に進んでいく。やっと比較的に広い所につくと、一つの石が地面に半分埋まっていた。エフェルガンはその石の上にポケットにいつも持っている飴玉の箱から一粒を取り出しておいた。


「僕の弟の墓だ」

「あの弟さんですか?」

「そうだ。ここで・・処刑されたんだ」

「なんていえば・・」


ローズが言葉を失った。


「かわいい弟だった。いつも一緒に遊んで、飴玉も大好きだった。いつか僕の右腕にでもと思ったこともある」

「なんで・・罠にはめたのか・・聞いたの?」


ローズが聞くと、エフェルガンの顔に悲しみが見えた。


「権力さ。やはり2番目になるのがいやだって。皇帝になりたくて、モルグ人手先の奴らに耳を傾けて、あの恐ろしい計画を実行した」

「それで皇后様がエフェルガンに冷たい目でそう言ったわけでしたか」

「母上は、僕よりも、弟の方が好きだった。弟は、・・昔母上が好きな人に、・・似ていたから・・と」

「つまり・・」

「聞きたくなかったが・・知ってしまったんだ、暗部からね」


エフェルガンが苦い真実を言った。


「皇帝陛下はこのことを・・」

「さぁ、知っているかどうか分からない。知っていても、母上の身分の高さで何もできないだろう」

「そんなに身分が高いのですか?」

「そうだね。先王の一人娘だったんだ」

「そうなんだ」

「僕が無事に戻って来た時に、犯人は誰だと聞かれて、正直に答えたら、皇帝陛下は見せしめのためにも弟の身柄を捕らえた」


エフェルガンがため息をついて、その日を思いだした。


「そして、誰も知らないこの島で、弟を処刑するようにと命じられた。体がバラバラにされてから、この島の数カ所に埋められた。母上は、今でもこの場所を知らないと思う」


エフェルガンは石の前に跪いた。そして石をなでるようにした。


「弟は、僕の目の前で、処刑されたんだ。体までバラバラにされて、肉の塊になった。皇帝陛下の命令だったから、僕はどうしようもなかった」


エフェルガンはとても辛そうに言った。


「ローズ、弟は最後まで、命乞いしていたんだ」

「エフェルガン・・」

「でも僕は何もできなかった。というか、何もしてあげられなかった。彼が起こしたことによって、たくさんの人が死んだ。死んでしまった者と残された彼らの家族に比べたら、僕が魔石にされたことなんて大したことではなかった。僕を助けるために、たくさんの兵士が犠牲になった。他国の兵士の犠牲も、他国の者であるローズたちまで巻き込んでしまった。正直に言うと、辛くて悲しかった。今でもそれを思い出すと、耐えられないほど辛い・・」


エフェルガンの目に涙が流れている。ローズは思わずエフェルガンを抱きしめた。これが昨日の答えだったんだ。様子がおかしいと思ったけれど、実は悲しくて仕方がなかったんだ、とローズは思った。


「母上が、僕のことを無慈悲だと言ったが、彼はその罪を償わなければいけなかった。その罪の重さは計りしれないほどの物だった。だから、最後の最後まで、命乞いをしていた弟に、言葉一つもしてあげられなかった」

「辛かったのね」

「ああ、辛かったよ。でも、どうしようもなかった」

「エフェルガン」


ローズはぎゅっとエフェルガンを抱きしめた。エフェルガンもまた強くローズを抱きしめた。怒りと悔しさと悲しさが混じり、どうしようもなかった自分を慰めるための涙がその目から流れている。


その後、しばらく無言で過ごして、島を後にした。醜い権力争いで、大好きな弟を失ったエフェルガンの気持ちを知り、彼のことをまた少し分かるような気がした。


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