募る想い(5)
久しぶりに見る実家の玄関はどこか違う家のような印象を受けた。父である源斗が買ったこの家のローンはつい2年前に全て終えている。2階建ての一軒家であり、小さいながらも庭が付いていた。車が2台は通れる道路に面した壁際に車を止めた周人はきちんと正月の飾り付けがされた玄関の上を見上げ、小さく深呼吸するようにしてからインターホンを押した。一呼吸置いて出てきたのは母親の静佳であり、46歳には見えない美貌を保ち、ショートカットに軽いパーマが当てられている。2年前と変わりがないその容姿にうっすらと笑顔が浮かぶ。同時に涙も浮かび上がった静佳は、おかえりとつぶやくように言うと周人を抱きしめた。年よりもずっと若く見え、スマートな体形を保っている母は周人にとっても自慢である。だが、間近で見た静佳の顔にはどこか疲れた様子が見て取れ、周人は胸を痛めた。
「ただいま、母さん・・・・明けましておめでとう・・・」
そう言う周人を一旦放した静佳は新年の挨拶を交わして微笑んだ。
「さぁ、中に入りなさい・・・・お父さんも待っているから」
優しく静佳にうながされ、周人は家に上がる。廊下の突き当たりがリビングであり、そこに父源斗がいるのだ。迷惑をかけたからと家を出る周人に勝手にしろと言ったのが父と息子の最後の会話である。源斗は家を出る際にも姿を見せず、結局静佳や哲生たち仲間に見送られてこの家を後にしていたのだ。源斗と衝突した日々を思い返しながら廊下を進み、そして静かにドアを開いた。ドアに背を向けた格好で置かれたソファ、その奥には大きなテレビが確認できる。全く変わらない家の配置にホッとしながらも、ソファから見える源斗の白髪交じりの後ろ姿に周人の緊張は高まった。静佳にそっと背中を押された周人は父の座る横に立ち、ジッとテレビを見たままの源斗に頭を下げた。
「父さん、今、帰りました・・・・・明けましておめでとう」
「あぁ」
源斗は決して周人を見ようともせずにそうとだけ言う。その返事に周人は顔を曇らせながらもそこに立ちつくしていたが、静佳にうながされて源斗から少し離れた場所に腰を下ろした。重い空気が流れる中、静佳はおせち料理の準備をしにキッチンへと戻り、リビングには緊張が走る父と息子だけが残った。だが、やはり会話もなく、居心地の悪さに絶えきれなくなった周人が静佳を手伝おうと立ち上がりかけたその時、不意に源斗が口を開いた。
「アルバイト先の女の子、生徒さんを助けたそうだな?それも2回も・・・」
急にそう言われた周人は少し浮かせた腰を下ろし、小さくうなずいた。
「3年も遠回りしてようやく自分にある力の使い方に気が付いたというわけか」
全くの無表情でそう言う源斗はゆっくりと周人の方を向いた。
「お前が復讐にとらわれてした事は、オレには許せないことだった・・・・だが、その時に得たかけがえのない仲間は唯一の財産だ、大事にしろ」
源斗のその言葉が何を意味するのかわからない周人は曇った表情をしていたが、しっかりと源斗の目を見据えていた。テーブルにおせち料理を運んで来た静佳は今の源斗の言葉を聞いて苦笑し、不思議そうな顔をする周人に説明をした。
「大山先生がちょくちょく連絡くれたの・・・あなたが塾を救ってくれたとか、女子生徒を2度も暴漢から救ったとかね。それに会うたびにてっちゃんやミカちゃんたちが私に言うのよ・・・周人はいつ戻ってくるのかってね」
周人はテーブルに料理を並べるのを手伝いながらその言葉にうなずいた。
「お父さんの顔を見れば周人を許してあげてって・・・・それ聞くと、なんか、母さん嬉しくてね」
静佳はまたも涙ぐみながらそう言った。自分の知らないところでそんな風にしてくれている親友や康男に感謝し、周人の胸も熱くなった。
「だからお前を許す。でないと近所に住むミカちゃんや哲生君と顔を合わせづらいからな」
素っ気なくそう言う源斗はテレビに視線を向ける。そんな父に深々と頭を下げた周人をたしなめ、久しぶりの親子3人の食事を始めるのだった。
「こっちには、しばらくはいられるの?」
「え?あー・・・・いや、今日、帰るつもりだけど」
「たまに帰ってきた時ぐらいは居てやれ・・・母さんは寂しがっているんだからな」
お酒を口にしながらそう言う源斗に静佳はクスッと笑うと周人にもお酒を注いだ。
「父さんの方が心配してた。ちょっと寒くなったりするとあいつは風邪でも引いてるんじゃないかってね?」
「こいつはひ弱だからだ!」
憮然としてそう言い放つ源斗に静佳は困った顔を見せたが、周人の顔には小さな笑みが浮かんでいた。おそらく、静佳が言うように心配をしてくれているのだろう。周人はそんな源斗に感謝した。
「わかったよ、とりあえず3日の夜に帰るようにするから」
「部屋もそのままにしてあるから、着替えの心配もしなくていいからね」
静佳はそう言うと源斗に酌をした。周人は礼を言い、久しぶりの母親の手料理を堪能した。懐かしい味が口いっぱいに広がる。胸が熱くなるのを感じる周人は約2年間戻らなかった事をすまなく思う気持ちでいっぱいになってしまった。
「父さん、母さん、オレ、就職決めた。カムイモータースに内定した」
まずその報告をしようと思っていた周人のその言葉に2人とも驚いた顔をしてみせる。周人の通う専門学校からでは到底カムイに入ることは無理だろう。驚く2人に社長である菅生との出会いからを説明した周人は、最後に言いにくそうに海外を転々とする勤務になることを告げた。悲しむ静佳の顔を見て心が痛んだが、源斗はそれに賛同し、静佳を慰めた。せっかく久しぶりに戻ってきた息子がまた3年間はろくに会えなくなるのだ。だが周人は日本に帰って来た時には必ず顔を出すことを約束した。
「彼女もそれを了承してるのか?」
思いも寄らぬ源斗の言葉に、思わず掴んでいた鯛を落としそうになる。
「・・・彼女って?」
嫌な予感を感じつつ怪訝な顔をする周人は静佳と源斗を交互に見ながら拾い直した鯛を口に入れ、酒を飲んだ。
「あれ?ミカちゃんとてっちゃんが言ってたわよ・・・もう彼女がいて、仲良くプリクラも撮っていたって」
お酒を飲み干していなければそれを吹き出していた周人はまさか自分の両親にすらそのことを話している2人を思い浮かべて表情を曇らせた。
「彼女ができたのはいいが、あまりひわいな写真を撮るな」
たしなめるようにそう言う源斗に、周人はどういうことかを問いただした。その質問に訳がわからないといった顔をする両親の顔を見やる周人の方が訳がわからない。
「裸で抱き合ってチューしてる写真を見たって・・・・違うの?」
その静佳の言葉に肩をわなわな震わせる周人は箸を折らんばかりに拳を握りしめた。その様子からミカと哲生にしてやられた事を悟った2人は小さく笑った。
「あのバカップルめ!」
「しゅぅ~ちゃぁん!」
独特の間延びした声に振り返る周人はそこにミカと哲生の姿を認めて憮然とした表情をしてみせた。ダブルワンを家の駐車場に止めて出てきたところにタイミング良く2人が現れたのだ。実家には2台の車が止められるスペースを設けてあり、いつも止めてある父の車の横に白い車体が輝いている。
「しゅうちゃんじゃねーよ!お前ら、親父たちにしょーもないこと吹き込みやがって!」
久しぶりの再会にいきなり怒られたミカはしゅんとしたが、哲生は嫌な笑みを浮かべていた。そんな哲生を睨む周人だったが、哲生は知らん顔で腰に手をやった。
「裸で抱き合ってチューだぁ?ふざけんなよ?」
「裸はまぁ冗談で言ったんだけどさ、『抱き上げてチューされていた』って言ったんだけどなぁ・・・・まぁ要は言葉の取りようだろ?」
確かに抱き上げて頬にキスされていた。それを言われてはグゥの音もでない周人は怒りをあらわにしながらもそれをぶつけられない。そんな周人を見るミカも哲生の腕にまとわりつくといたずらっぽい笑みを見せている。
「こぉんのバカップル!」
そう言うしかない周人に大笑いする2人。周人は大きなため息をつくと表情を緩め、源斗と静佳から聞いた話をしてあらためて2人に礼をいった。
「ありがとうな・・・・・オレのためにいろいろ言ってくれて。感謝してる」
「気にすんな」
「そうそう」
2人は普通にそう言うと微笑みを浮かべて見せた。周人も照れ笑いをし、3人の間に和やかな雰囲気が流れていた。そんな様子をリビングの窓からそっと見ていた源斗は目を細めて小さな笑みを口の端に浮かべた。窓の外を見て突っ立っている源斗の横に並んだ静佳もまた同じように微笑んだ。
「周人は、この家を出ていい方向に成長したな」
源斗のそのつぶやきにうなずく静佳はそっと源斗に寄り添うのだった。
今日、周人が帰ってくる事を静佳から知らされていたミカと哲生が仲間に招集をかけ、久しぶりにメンバーが勢揃いした。ラフな格好の男性陣と違って女性陣の半分は振り袖を着ていた。この間周人に会わなかったキング討伐メンバーの最後の1人、剣術の使い手柳生十牙は周人の顔を見て嬉しそうに笑った。周人も久々に会う仲間たちと喜びを分かち合い、そのまま初詣に向かう。まだ酒を飲んでいない純と、唯一酒の飲めない十牙が誠の家のワゴン車を出し、総勢9人は2台の車に分かれてここから30分ほどある地元で一番大きな神社へと向かった。みな彼女を連れており、1人身なのは周人のみである。誠には圭子が、哲生にはミカ、純にはさとみ、十牙には藤川千里という彼女がいる。全て高校からの付き合いであり、皆キングとの抗争も知っているいわば身内も同然の付き合いであった。だが実際に『恵里』と面識があったのは同じ高校だった哲生とミカ、そして圭子の3人のみである。周人との再会で現在の近況報告のような会話から始まった道中であったものの、すぐに昔のような打ち解けた雰囲気へと変わっていく。例のプリクラの話も広まっており、周人はもはや誤解を解く気力も失うほどターゲットにされていた。それにこの2年の間で随分明るくなった周人に、『恵里』を失った上にいろいろあった寡黙で無口なイメージを持っていたほとんどのメンバーが驚かされた。『恵里』を失う前の明るい周人を知っているミカや哲生からそういう話は聞かされていたが、実際こうやって話をしてみてそれを納得する。
「しゅうちゃん、いつまでにこっちにいるのぉ?」
「3日の夜には帰るよ」
「はっは~ん、例の彼女に会うためだなぁ?」
肘で突っつきながらそう言うのは千里である。人見知りすることなくあっけらかんとした性格の千里ははっきりと物を言うタイプであり、一度キレたら手のつけようがない十牙が唯1人恐れる人物でもあった。空手の使い手でもあり、キングを倒した後に手合わせとして1度周人と戦ったが、手加減された上にわずか30秒程度で倒されている過去を持っている。それぐらい気が強い千里だからこそ短気なで凶暴な十牙と付き合っていけるのだ。
「ミカ、お前は変な事を吹き込みすぎなんだよ・・・」
「いいじゃん・・・・別にぃ」
横目で睨むようにする周人から目線を外してそう答えるミカ。だが、今度は助手席に座る圭子が振り返りながらニタリと笑いを振りまいた。
「でもまんざらでもないって顔してたしねぇ~」
「ねぇ~!」
ミカとそう言い合う圭子にガックリ肩を落としてみせる周人。笑いに包まれる車内の雰囲気は和やかで、こういった空気を久しぶりに心地よく感じる周人だった。その後神社にお参りをし、出店を回る。おみくじこそしなかった周人だったが、交通安全のお守りは購入した。その日は久しぶりの再会を分かち合う親友たちと過ごし、夕食は親子3人の団らんを迎えた。翌日は皆親戚の家を回るということで周人が帰る最終日、つまり3日の夜にみんなで鍋を囲むことを約束した。この日は1日中家にいても仕方無いため、近所の公園に向かった周人はそれを聞いて追ってきた哲生と合流して懐かしい景色の中を散歩して歩いたのだった。人工的に作られた小さな川を横目に、春になれば満開の桜を咲かせる並木の下をゆっくりと散歩する。そしてその先にある大きめの野球グラウンドのさらに向こうには、あの忌まわしい事件のあった茂みが存在しているのだ。
「みんな言ってたぜ、お前が随分明るくなったってな・・・」
不意にそう言われた周人は表情も変えずに誰もいない野球グラウンドを見やり、それを取り囲む緑色したフェンスの方に近づいた。子供の頃はよくここで野球をしたものだと思いを馳せる。
「向こうで、嫌なことなんかを忘れさせてくれるほど楽しくやっているって事だろうさ」
「まぁな・・・・3年という時間もあるんだろうが」
「・・・そうだな」
周人はそう言うと公園の奥へと歩き出した。『恵里』の亡骸を見つけたあの茂みの方に向かう周人を心配そうに見ながらも哲生もそれに続いた。夜のランニングが出来なくなったほど心にダメージを受けたこの場所を、今、いかなる想いで訪れたのか。
「例の彼女な、正直ちょっと気になってる」
おもむろにそう言う周人を見やる哲生は驚いた顔をしてみせた。その例の彼女が由衣を指すことはすぐに理解できた哲生だったが、まさか周人の口からそういった台詞が飛び出すとは夢にも思っていなかったからだ。
「この間も、2人で遊びに行ったんだけど・・・・まぁ振り回されてばっかだったけど、それでも楽しかった・・・・あの子と過ごす時間だけが、唯一恵里を忘れているんだなぁって、思った」
「そうか・・・」
「でもそれが好きかって言われると・・・・それはわからない」
周人は『恵里』を失ったあの茂みの前に立つと、そうつぶやいた。そのままじっと茂みを見つめていたが、やがてその茂みをまたぐようにして向こう側に立った。3年前の夏、ここで悲劇は起こったのだ。
「誰かを好きになって、恵里を忘れることが怖い」
周人は『恵里』が倒れていた地面を見つめたままそう言った。土にまみれた全裸の彼女を見つけたこの場所は、周人にとって耐え難い苦痛を与えてくる。彼女を亡くしてからここへ訪れる事すら出来なくなっていた周人が、今、ここに立っている事は奇跡に近い。どういう心境でここへ来たのかわからない哲生は何も言えず、どう言って言葉をかけていいかもわからずただ隣で立ちつくすのみであった。
「誰かを好きになっても、きっと恵里は笑顔で祝福してくれると思う。でも・・・オレは・・・」
その言葉から、周人の中に芽生えつつある新たな恋愛感情に気付いた哲生はそっと肩に手を置いた。おそらく、自分でも気付いていないであろうその感情を周人自身が自覚して初めて恋へと発展していくのだ。プリクラの少女が果たして周人にどういう影響を与えるかは想像もできない。しかもその子は『恵里』との事を全て知っているのだ。へたにその辺の刺激を与えれば逆に周人はまた殻に閉じこもってしまうだろう。
「ゆっくり進めばいいんだよ、ゆっくりな」
哲生はそう言うときびすを返した。『恵里』にこだわり、それを忘れる事を怖がる周人の気持ちもわかる。何も今、あのプリクラの少女だけにこだわる理由はどこにもないのだ。
「そうだな・・・」
周人はそう言うと哲生の後に続いて茂みを出た。何度か後ろを振り返りながら元来た道を戻る周人が大きな1歩を踏み出せるようにと、『恵里』に祈りを捧げる哲生だった。
翌日の夜に行われた鍋大会は大いに盛り上がった。酒も進んだせいかいつもより饒舌な周人や、誰彼構わずに女性陣にべたべた触る哲生に誠や純が衝突する。ミカの天然ボケに全員がずっこけ、千里と圭子の鋭い突っ込みにたじたじになる。そういった和気藹々とした雰囲気のまま3時間の鍋大会は終了し、今日はお酒をよく飲んだ周人はもう1泊して翌朝に帰ることとなった。そして皆に見送られながら、周人はダブルワンを駐車場から進めた。一旦車を降りた周人は静佳が用意してくれた多くの差し入れを積み込むと、まず両親に向き合った。
「じゃぁ、3月にまた戻るから。体には気をつけて」
「お前も気をつけなさい」
静佳は名残惜しそうに周人の頭を撫で、寂しそうながらも笑顔を見せてくれた。
「しっかりやれ」
そう言う源斗は腕組みしたまま渋い顔を崩さなかった。そんな父に苦笑しながらもうなずく周人は見送りに来てくれたメンバーを見渡した。2年前はピリピリしたムードの中、こうやって家を出た事を思い出しながら、今は全く正反対の和やかなムードでこうされていることを嬉しく感じながらもどこか寂しさを感じていた。
「じゃぁ」
車に乗り込む周人にみんなが手を振った。ゆっくり車を進める周人にみなそれぞれがまた会おうと声をかける。
「またな!」
そう言い残し、周人のマシンは大通りへと出ていった。
「いっちまったなぁ・・・」
「でも、いい顔してたよぉ」
ミカのその言葉にみんながうなずいた。次に会う3月には周人の就職祝いをしようとさっそく計画が練られるのを聞きながら、源斗も静佳も周人が本当に良い友達を得たと心の底から嬉しく思うのだった。
久しぶりの我が家に戻った周人は部屋の中の静かさにやはり寂しさを感じていた。昨日までの騒々しさが嘘のようである。だがたくさんの年賀状を1枚1枚見ていくと少しはそれもましになっていった。美佐や恵たち塾のメンバーや、他の生徒たちからも多くの年賀状が届いている。両親からの物もそこにあり、周人は目を細めてそれらを見つめた。そしてひときわ色鮮やかな年賀状を手にした周人は思わず大きな笑い声を上げた。
『今年もよろしくー!イヤだって言ってもまとわりついてあ・げ・る!ジェットコースター嫌いが治るようにお賽銭をはたいてあげたからねー!感謝しろよ!』
そう書かれた年賀状には、可愛くデフォルメされた周人がジェットコースターに泣きながら乗っている絵が添えられていた。
「バカぬかしやがって」
そう悪たれながらも周人の頬は緩んでいるのだった。




