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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第八章
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募る想い(4)

一旦職員室に戻った周人と新城は今生徒たちを送っていった康男と、さくら塾から来る八塚と米澤を待つためにくつろぐことになった。恵を入れた3人で始まった西校での周人のアルバイトは、今、また3人だけで終わりを迎えようとしている。当初は3人の間で複雑に絡まり合っていた恋模様も、今ではもうない。新城はかすみと付き合い、周人にフラれた恵はまだまだ次の恋には進めそうもない。そして周人もまた、『恵里』という存在からは解き放たれてはいないのだ。


「吾妻さんに何を貰ったの?」


恵は椅子ごと周人の方を向いてそうたずねる。由衣がプレゼントを渡したところは見ていなかった恵だが、戻ってきた新城からその話を聞いていたのだ。少し返事をためらう周人に代わって新城がその質問に答えた。


「オイルのジッポライターでぇす!」

「・・・お前しばらく会わないうちに性格変わったな」

「そうか?」

「そうだよ」


久しぶりの、それでいて相変わらずの2人の会話に顔をほころばせる恵はまるで周人が来た頃に戻ったような錯覚をしてしまう。今思えばこれほど楽しくアルバイトをやってこられたのはこの2人のおかげだとはっきり言える。恵は周人を好きになり、フラれたとはいえこのバイトを楽しくこなせていることを嬉しく思っていた。


「ライター、見せてくれるかなぁ?」

「あぁ、いいよ」


さっきの新城の時とはうって変わって素直にライターを渡す周人に向かって新城は睨み付けるように周人を見る。


「可愛いじゃない?ハートマークだし!」

「まぁな・・・・」


周人は少し照れたような感じでそっぽを向いた。ようやく見られたライターを覗き込むようにしていた新城はそれを見てにんまり笑うと肘で周人を何度も突っついた。


「さくらの方でも結構貰ったし・・・・オレって結構人気があったってことだなぁ」


自分でしみじみそう言いながらうなずく周人に素っ気なくライターを返す恵、そしてさっさと自分の席に座る新城。


「なんだよ、ちょっと言ってみただけじゃん」


周人のその言葉に2人は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。周人もまた笑い、職員室にゆったりとした和やかな雰囲気が流れていった。


「こんばんわー!」


勢いよくドアを開けて挨拶してやって来たのはかすみであり、後ろには貴史の姿も見えた。2人とも周人の送別会に参加するべく仕事抜きでやってきたのだ。


「よぉ!わざわざすみませんねぇ」


周人はそう言うと立ち上がり、新城の横の椅子を引いて丁寧な仕草でかすみを招いた。いやらしい笑みを新城に振りまきながらもホテルマンのような動作でかすみを誘導し、座らせる。貴史はちゃっかりと恵の横に腰掛けていた。


「仲良くやんなよ?」


座ったかすみと新城の肩に手を置いてそっと耳元でそう言う周人に、かすみは照れながらも力強くうなずき、新城もやや顔を赤くしながら視線を宙に向け、おう、とだけつぶやいた。その正反対の反応を見た周人は嬉しそうな笑みを浮かべて2人を見やると近くの椅子に腰掛けた。


「お前こそしっかり見定めて、判断してやれよな?」


それが由衣の事を指しているのは分かり切っている周人は素っ気なくあいよと答えた。その答え方にどこか納得いかなかった新城だったが、かすみはその言葉の裏側にある周人の気持ちを察して新城をなだめた。


「おー、もう揃ってるじゃないか!」


さくら校から到着した八塚と米澤が同時に職員室へと入ってくる。そう広くない職員室がこう人であふれかえるのは珍しい。そうこうしながら軽い雑談をしていると康男が戻ってきた。


「お!揃ってるなぁ・・・・よし、じゃぁいつもの所で悪いが、行くとしますか?」


その言葉を合図にみんな一斉に立ち上がった。


いつも座る席は人数的にたいがい4人掛けのテーブルだったのだが、今回は人数も多いせいか一番奥にある座敷の席へと案内された。皆それぞれ好きな飲み物を注文し、料理に関しては康男が適当にオーダーをしていく。そして全員の飲み物が揃ったところで、康男が立ち上がって挨拶を始めた。


「え~、本日を持ちまして、我がさくら塾一の古株バイト講師、木戸周人君が退職されることとなりました。そこで彼の労をねぎらい、また栄えある前途を祝してここに送別会を行いたいと思います!」


そう言って康男は全員を見渡す。皆が飲み物を手に周人へと視線を向け、それを受けた周人は軽く頭を下げた。


「では、木戸君、お疲れさま!乾杯!」

「乾杯!」


隣同士のみならず、向かい同士でもジョッキを当てあう。こうして周人の送別会は幕を上げたのだ。あとは塾の生徒の話やら、他愛のない会話でしばし盛り上がる。やがて程良く酔い始めたせいか、話題は周人の就職先の事へと移っていくのだった。


「しかし、あれだな・・・カムイなんて一流によく入れたもんだなぁ。大卒でもないのに」


感心したようにそうつぶやく新城に、周人は苦笑いをしてごまかそうとした。


「コネ?コネなのね?そうよね?っていうか、他にありえないし!」


酔うと発言が大胆になるかすみに驚かされながらそれを止めようともしない新城とかすみのカップルに突っ込まれた周人はカムイの社長との出会い、そしてマシンの譲与、果ては勧誘までを簡単に話して聞かせた。皆偶然はどこで何が起こるかわからないとしながらも、周人の運の良さに感心していた。


「だってすっごい車だもんねぇ?ナオのもすごいけど・・・アレ見た後じゃぁ・・・・正直・・・ツライ」

「お前・・・悪かったなぁ、ヘボくて」

「夫婦漫才はいいとして、木戸君はどういった部署にいくの?」


2人のやり取りを軽く流した恵のその質問に周人は本当の事を言おうかと迷ったのだが、それはあえて伏せておく事にした。


「新型マシンのソフト開発らしいよ。まぁ、実際入ってみないとわかんないけどさ」

「君はパソコンには強いもんなぁ・・・ホント凄いよ」


感心したように康男がつぶやく。実際ああいった機器や作業が苦手な康男にとってキーボードを軽々、そして素早く打ち込む周人の手並みは神の領域にも等しい。


「でも、この塾には必要な人材だった事を考えると・・・カムイの社長さんとの出会いは複雑だな」


米澤のその言葉に康男は力強くうなずいた。実際同じバイトをしている恵や新城も、周人がしている生徒に近い位置での授業には感心させられるほどだった。周人は正解すれば大げさに褒め、また間違えても大げさに間違いを指摘した。それが当初の由衣たちの反感を買ったのだが、今では新城も若干ながらそれを取り入れているほどだ。


「たまには遊びにきてくれるんでしょ?」


八塚のその質問に、周人は正直戸惑った。実際は入社してすぐに世界中を駆け巡らなくてはならず、日本にいることが少ないのだ。


「そうだな、忙しくなければ顔を出すさ」

「そうしてくれ、みんな君なら歓迎するさ」


全員がその康男の言葉にうなずいた。周人はこのバイトで得た友達や信頼関係こそかけがないのもだと思い、深く感謝して頭を下げるのだった。


送別会がお開きになったのは午前1時。今日は全員が康男の家に泊まることになっていた。田舎の一軒家は大きく、男性は広間のような場所で雑魚寝、女性は居間で眠るようにと布団が用意されていた。各部屋には暖房が用意されており、まずは女性陣から順に入浴となった。男性陣は酔いからすでに眠っている者もいたのだが、新城と米澤がオセロをし、周人はそれを眺めている。


「新城君は奥田さんと混浴してくれば?」


米澤は何も考えずに突然そう言いだし、さすがの新城も顔を赤らめて反論した。


「な、何言い出すんですか・・・突然!」


明らかにうろたえている新城から何かを感じ取った米澤はニタリと微笑むと気まずそうにしている新城を横目でねめつけた。同じくニヤつく周人もこれは面白いと思ったのか、さらなるツッコミを入れていく。


「あれれ~?新城君、もしかして、まだ・・・・ヤってない?」

「うっさいな!お前は!悪いかよ!」


意外なその言葉に米澤も周人も笑いを堪えきれずに吹きだしてしまった。


「でも、付き合ってどれぐらいなわけ?」

「2ヶ月半・・・・・・・・かな?」

「昨日は甘い夜じゃなかった?イブだぜイブ!」

「まぁそれなりに・・・」

「こりゃ行ってキス止まりだな?かなり奥手だなぁ、君は・・・きっと奥田さんは待ってるはずだよ」


2人に交互にあれこれ言われてさすがに頭に来たのか、新城は周人を攻撃し始めた。


「そ、そういうお前こそ・・・・吾妻さんとはどうなんだよ?」

「付き合ってないし、好きかどうかもまだわかりませぇん。で、いつ頃から彼女を好きになったわけ?」

「クッ!・・・じゃ、じゃあ・・・・・・・・好きになりそうなのか?」

「どうだろうねぇ?まだわかんねぇ・・・・・・で、告白はどういう言葉?というか、向こうからとか?」

「・・・・・・なんであんなに、しかも異常に強いんだ?」

「・・・・投げてくる質問が無茶苦茶なんだけど・・・・」


結局周人に負けた新城はオセロにも敗北してふてくされて布団の上に寝転がった。その後すぐに女性陣が風呂から上がり、新城が周人を睨みながら大股で風呂場へと向かった。笑いを押し殺す米澤は喉が乾いたと台所へ向かい、かすみは洗面所でドライヤー。残された周人はおおいびきをかく八塚と貴史に囲まれながら湯上がりのいい香りを漂わせる恵と2人きりとなった。


「ゆっくりした?」

「いいお湯でした」


周人の言葉に笑顔を見せた恵はもう2人きりになっても平気な自分に小さく笑った。フラれた後遺症はまだ残っているとはいえ、元々告白自体自分から失敗しているだけに周人がそれに関して何かを気にしているのではと思っていたのだが、どうやらその心配はなさそうだった。縁側の方を見やる周人の横顔を見ながら、恵は由衣か美佐のどちらかが自分に代わって彼の心の中の幻影を追い払ってくれる事を願った。だが、最近の美佐の様子から自分と同じく周人を想う事を重く感じていると悟っていた恵はもはや由衣に絞られてきていると思い、その事を口に出した。もちろん、美佐が今日周人を諦めた事を知らない。


「きちんと、答え出してあげてね?」

「ん?・・・・そうだな」


恵は周人をジッと見つめた後、おやすみと言い残して居間へと消えていった。周人は閉じられたふすまを眺めながらポケットからジッポを取り出す。そして由衣の顔を思い浮かべた。はにかみながらもこれをくれた由衣の顔は周人の心に今でもはっきりと残っている。周人はそれを再びポケットにしまうと、布団の上に寝転がった。あの瞬間、心が熱くなった事も覚えている。だがそれがどういう意味を持つのか、今の周人にはわからない。いや、わからないフリをしているのかもしれない。揺れ動く心を整理できるほど、まだ、周人の心は解放されていないのだった。


暮れも押し迫った12月29日、1本の電話が周人の自宅で鳴り響いていた。だが、あいにく留守にしていた周人がその電話の内容を聞いたのはその日の夜遅くのことだった。


『周人?お母さんです・・・・・お正月、こっちに帰ってこれないかしら?お前がお世話になっている大山先生からいろいろお話は聞いています。久しぶりに、どうかな?返事・・・下さい。待ってます』


その留守電を聞く周人は電話の前でただ立ちつくすのみだった。久しぶりに聞いた母の声はどこか寂しそうで、そして元気がなかった。家に居づらくてそこから飛び出した周人だったが、自分を罵った父親や泣かせてばかりだった母親を困らせてやろうと思ってここに来たわけではない。距離を置いて自分を見つめ直したかった、これ以上誰にも迷惑をかけたくないという気持ちがそうさせたのだ。何故父が自分を罵倒したかも今では理解できている。周人は受話器を取り、少し緊張しながら実家の電話番号を1つずつ丁寧に押していった。コール音が響くたびに胸の鼓動が速くなっている。そして何回かのコール音の後、電話の向こうで受話器が上がった。


『はい?木戸ですが』

「あ・・・・母さん?オレ、周人・・・・・・・・留守電、聞いたよ」


そう絞り出すのが精一杯の周人。そして沈黙する母親。


『・・・元気に、してるの?』


ようやく出た母親の涙声に、周人はつらそうな顔をしてみせる。だが、それは母の目には届かない。


「うん、元気。その・・・春に一度帰ろうと思ってたんだけど・・・・正月、予定ないし、帰ろうと思う」

『そう?じゃぁ、おせち料理作って待ってるから・・・・お父さんにもそう言っておくわね』


さっきよりも随分明るい声でそう言う母に、周人の表情も次第にほころんでいく。


「うん・・・・・」

『お父さんも・・・・口には出さないけどあなたに会いたがってる・・・・・私がそれを言うと怒るんだけど、でも、寂しそうよ』


そう言われた周人は父親の顔を思い出していた。復讐に関して厳しく自分を叱責していた父だったが、普段の周人の行動には寛大だった。だが、復讐にとらわれた周人を激しく叱責し、幾度と無く対立をしたのだ。


「そう・・・・じゃぁ、正月にね」

『そうね、じゃぁ切るわね』


名残惜しそうにしながらも、母親は受話器を置いた。電話が切れた後も周人は受話器を握りしめ、しばらくの間その場に立ちつくす。やがて我に返り、受話器を置いた周人はため息をつきながらベッドに座ると家を出た時の事を思い出していった。


『キング』を倒し、『恵里』の復讐を遂げた周人だったが、『キング』を操っている政治家の圧力で高校での生活も、そして父親たる源斗の職場での立場も危ういものになっていった。源斗は常々復讐という名の無差別的な暴力を止めるよう周人と口論になり、何度も衝突していた。復讐自体を良しとしないわけではない、ただ闇雲に暴力を振るう周人に対し、人を守るために教えた古武術の本来の意味を理解して欲しかったのだ。確かに元は殺人技だが、人を殺すなら銃やナイフを使えばいい今の世の中において誰かを守れるようにとその技の全てを教え込んでいたのだ。そして周人がそれに気が付いたのは『キング』を倒してから随分後になってのことである。結局いろいろなところから反感を買った周人は哲生たち仲間の助けもあり、何より警視庁内でも一目置かれていた秋田警部の政治家汚職事件の逮捕劇によってなんとか事なきを得たのだ。とりあえず高校は無事卒業でき、父親は管理職を退いて窓際へと追いやられたのみで退職せずに済んだ。源斗は自分が降格されたことを怒るのではなく、周人自身がむやみに暴力を振るった結果、多方面に大きな迷惑を与えたことが許せなかったのだ。周人はそれに責任を感じて家を飛び出し、現在に至っている。自分が蒔いた種を刈り取ることなく逃げるようにここに来た周人は自分に対するけじめをつけるべく、故郷に帰る決心をしたのだった。


12月31日、新年を迎える寸前の午後11時半に家を出た由衣は友達数人と共に近所の神社へと初詣に出かけた。振り袖もない由衣たちは寒い夜を過ごせるように厚着をしてこの時期に風邪など引かないように万全の体勢で臨んだのだった。桜町で有名な神社といえば桜ノ宮にある花田神社、その西にある第2の繁華街たる桜ノ宮南にある大河神社である。だが由衣たちが行った神社はさくら谷にある古いながらもそれなりに大きい神社であり、この周辺では最も人出の多い桜見神社であった。春になればその名の通り綺麗な桜が花を咲かせる事で有名なこの神社には多くの屋台が軒を連ね、晴れ着を着た若い女性などが綺麗な化粧をして歩く姿が多く見られた。由衣は美佐やあやたち総勢12人でここにやって来ていた。もちろん補導員も来ている事が予想され、ここでの滞在時間は1時間と決められていた。つまり、遅くとも午前1時には自宅に帰らねばならないのだ。たいがいの親もその時間を門限としている。とりあえずお参りをすませ、おみくじを引きに向かう。あやたち数名はすでにたこ焼きなどを買っており、それをパクつくことに必死になっていた。そして全員がおみくじを引き、悲鳴や喜びの声が上がっていった。由衣もおみくじを引いて慎重に開いていく。そこには大きく『中吉』と明記されており、運勢的にはまずまずといえる結果に由衣も満足そうであった。そして学業の欄に書かれている内容は良く、俄然として合格へ向けての拍車がかかった。だが、問題は恋愛と待ち人の欄であった。恋愛に関しては『成就するが実らない』とされ、さらに待ち人は『来るが、去っていく』と記されていた。この2つからすれば、周人と両想いになっても付き合えないということになる。だが所詮は占いであり、当たるかどうかなどはわからない。それでも由衣は不安になり、ジッとおみくじを見つめる視線も弱々しいのだった。それを覗き込む美佐に気付いた由衣はおみくじを素っ気なく差し出した。


「ま、合格は間違いなしだね」

「・・・・でも」

「所詮はおみくじだし・・・・成就すれば去っていかないように捕まえるだけだよ」


由衣はにこやかにそう言うと美佐からおみくじを受け取り、適当な木にくくりつけた。美佐の方も学業も問題なし、恋愛と待ち人に関しては今は実る恋も好きな人もできそうもないといった感じだった。その後は焼きとうもろこしなどを買い食いし、12時半には家路に着くのだった。終始穏やかな表情の由衣に少し安心した美佐だったが、実際はさっきのおみくじに書かれていた内容が気になっており、一体自分はどうしたらいいのかすらわからなくなってきていた。それでも由衣の合格祝いのデートの時に告白する決心は揺るぎようがないほど固く、周人がどういった返事を返そうとも後悔しない覚悟はできていた。奮発したお賽銭で合格と、恋愛成就を祈った由衣の新たな年はこうして始まったのだった。


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