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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第五章
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絡まりあう心(4)

お風呂から上がり、部屋に戻った由衣は今日撮った2種類のプリクラをにんまりしながら眺めていた。お姫様抱っこをされた自分が笑っている周人の頬にキスをしている。そしてもう1枚は頬を寄せ合う2人がアップで写し出されているものであった。もはやラブラブカップルと言っても問題ないそのプリクラを抱きしめるようにした由衣はおもむろに立ち上がると、机の上にある写真立てを手に取った。そこにはプールの時に撮った新城との写真が飾られていた。だがそれは、告白した日に変えようと思いながら結局変えずじまいになっていたのだ。さっきとはうって変わって少し暗い表情で机の引き出しを開け、周人と撮った写真を手に取ると写真立てから新城との写真を抜き取って周人の物と入れ替えた。そして今日撮ったプリクラをその下あたりに貼り付ける。それを眺めて再びニヤけていた由衣だが、ふと思うところがあって急に表情は暗くなった。それは美佐の事である。ずっと前から周人が好きだった美佐を差し置いて後から好きになった自分がその想いを確かめるためにした今日のデートは美佐に対する裏切り行為に値する。だがもはや由衣の中の周人への想いは本物であり、美佐には申し訳ないのだが譲れない思いもそこにある。激しく葛藤する由衣だったが、周人と写る写真やプリクラを見て美佐に正直に自分の心をうち明ける決心をするのだった。


金曜日には周人の壮行会と新人さんの歓迎会を兼ねて呑み会を行う予定となっていた。そのため周人はバイクで塾に向かい、最悪康男の家に泊めてもらう事も頭に入れていた。今日で西校での授業は最後である。当初は苦痛だった由衣たちの態度も今ではもう平穏そのものだ。そのせいか、西校を離れる事に対して余計に寂しさを感じる周人のその重たい心とは裏腹に、軽快にバイクは進んでいった。今日はめずらしく新城が先に来ており、彼の車が確認できた。バイクを下りて時計を見やるが、いつもと変わらぬ時間である。先に来ている恵との事を考えて小さなため息をついた周人だったが、いつも通りの飄々とした態度で職員室のドアを開けた。


「うぃ~ッス!」


言いながら靴を脱ぐ周人はいつもと違う雰囲気に顔を上げた。新城と恵が仲良く会話し、そこにかすみも混じっている。大木は読書に集中しており、まるでそこは今から授業を受けるために集まった生徒たちの教室といった雰囲気である。そして自分がここの教室の先生だ、そういう気分にさせられる場の空気に、周人は苦笑を漏らした。


「よっ!」


席につく周人に新城が手を挙げ、恵たちも挨拶をかわした。周人は綺麗に物がなくなった机の上に鞄を置くと唯一残しておいた今日のための教材を引き出しから取り出した。


「どうだ?最後の日の感想は?」

「最後って・・・・別に辞めるわけじゃないからなんにも」


そう素っ気なく答えた周人は教材を机の上に置くと全員が自分を見ている事に眉をひそめた。


「何?」


その様子に怪訝な顔をしてみせた周人は片眉を上げて周囲を見渡す。大木を除く3人は冷たい視線を周人に浴びせていた。


「今日でいつ会えるかわからないのに、素っ気ないなぁ~」


恵はわざと悲しそうな顔をして涙を拭くような仕草を取った。そんな恵の言葉に腕組みした新城がうなずき、横にいるかすみも悲しげな顔をしていた。


「まぁ、用があればいつでも来るさ・・・・年内まではな」

「・・・・そうだな」


感慨深げにそう言う新城はどこか寂しげであった。周人は壁に掛かっているデジタル時計を見やり、まだ余裕があるのを確認してから椅子に腰掛けた。


「用がなくてもおいでよぉ・・・」


恵のその言葉に苦笑を漏らしながらもうなずく。そのやりとりを見ていたかすみがくすりと笑った。


「木戸さん、慕われているんですね・・・」

「慕われてるというよりは・・・・・まぁ友達だからね、寂しいのは一緒だし」


その言葉に嬉しそうな顔をするかすみは微笑みあう3人を見て心底仲がいいんだなと思った。そしてそれを羨ましいとも思っていた。


「今度は奥田さんたちがこうなっていくんだよ、オレの替わりに新城をおちょくってやってくれ」


周人のその言葉にかすみは力強くうなずいた。そして新城云々に関してはさておき、仲良くありたいと心底思うのだった。


「お前・・・おちょくるってひどくない?」

「さぁて、そろそろ時間かなぁ?」


突き刺さるような視線を投げかける新城に対し、周人は完全に無視をした格好で時計を見やった。


「吾妻さんたち、どういう反応するかな?」


わざと意地悪い口調でそう言う恵だったが、実際どういった反応をするかを自分の目で見たいほどであった。ここ最近の急接近から軽い嫉妬心を覚えていた恵だけに、やはりそこは気になるのである。


「吾妻さんって、あのすごく大人な感じの?」


三年生を担当していないため、送迎の時にしか由衣と面識がないかすみはアゴに人差し指を置いて首を傾げると顔を思い出すような仕草を取りながらそう言った。その言葉に少し反応を示した大木もチラッとかすみの方を見やった。


「そう。最初は木戸クンをすっごい嫌っていたんだけど、最近は仲良くなったのよねぇ?」


別に嫌味っぽくもない普通の口調でそう言う恵にうなずくだけの周人はこの間由衣とデートしたとは死んでも言えないと自分に言い聞かせた。


「そうなんだ・・・じゃぁ好きになっちゃったのね?」


かすみという人間をまだよく知らない3人にとってこの発言はかすみという人物をかなり強烈に印象づけるものとなった。どうやら思ったことはすぐに口に出す性分らしい。そしてそこに悪気は感じられない。良く言えば天然、悪く言えば考え無しといったところか。


「まぁ、そうだな」

「そうね」


新城と恵が同時にうなずいてそう言うのを聞いた周人は椅子から転げ落ちそうになったが何とか堪えた。2人がごく普通にそう言ったせいもあって、周人には尚一層強烈に感じたのだ。


「いや、違うでしょう?」

「さぁて、行こうか・・・時間だ」


さっきの仕返しとばかりに周人の反論を無視して新城が立ち上がる。恵はかすみと周人をチラチラ見ながら何やらこそこそ話を始め、相変わらず大木は読書をしている。


「なんなんだよ・・・」


周人はそんな2人の様子を横目にそうぼやきながらも新城の後について出ていった。それを見やった恵はピロッと舌を出してみせたが、すでに玄関先に立つ周人にはもちろん見えていない。それを見ていたかすみは恵の気持ちを悟ったのか、意味ありげな笑みを浮かべて見せた。


「木戸さんて、モテモテなんですね」


かすみのその言葉とにこにこした笑顔に一瞬ドキッとした恵だが、そうね、とだけ短く言葉を返すと背伸びをしてその場の空気を変えようとしてみせたのだった。


今日が周人が行う最後の授業と全員が知っているせいか、いつもと違う雰囲気がそこにあった。緊張感こそ無いものの、どこかピリッとしたムードに包まれている。周人は気を引き締めるとプリントを配り、授業を始めた。いつもは以前ほどではないにしろそれなりに騒ぐ由衣たちのグループですら今日は真面目に話を聞いている。美佐も由衣も普段通りだが、時折見つめるようにされた周人は少々その視線を意識してしまい、所々でぎこちない口調になってしまった。それでも終始穏やかに授業は進み、いよいよ終わりの時間を迎えた。普段通り授業を終えてそのまま教室を出ていこうと決めていた周人だったが、突如乱入してきた康男に驚いてしまった。だが生徒たちはいたって冷静であり、まるで康男が入って来るのを知っていたかのようであった。


「みんな知っての通り、今日で木戸先生はあっちに戻っていく。短い期間だったが、よく指導してくれた木戸先生から、何か言葉をいただきたいと思います」


それを聞きながら困った顔で小さく『いいですって』を連呼した周人だったが、生徒たちにはやし立てられ、康男にうながされるままに教壇の正面に立った。幾分緊張した面もちだったが、深呼吸をして平静を取り戻すと全員に向き直った。こういった堅苦しい挨拶は苦手な周人はまず生徒たちを見渡した。自分に対し、興味がないといった態度を取る者もいたが、一応全員が注目している。


「あー、短い期間でしたが、どうもありがとうございました。至らぬ点が多すぎたと思いますけども、ご勘弁を・・・」


そこまでで一旦言葉を切った周人は、ふっと肩の力を抜いたやんわりした表情に戻した。


「堅苦しいのは苦手なんで、いつもの調子で一言だけ。受験、頑張れよ!高校って所は絶対行くべき場所だと思う。高校行って、勉強や部活やりたきゃ好きにすればいい。でも、一生の友達ができる場所だっていう事は自分の経験上、よくわかってる。だからランクがいい高校よりも、本当に自分が行きたい高校に行って下さい!以上!おしまい!」


そう言って頭を下げた周人に1つの拍手が鳴った。ゆっくりと顔を上げる周人に送られた拍手はやがて2つになった。それは由衣と美佐であった。そこからまばらではあったが拍手が広がり、周人はもう1度だけ深々と頭を下げた。


「では今日の授業は終わり、みんな外に出てくれ」


康男にそう言われ、皆帰る準備を整えて教室を出ていく。周人に手を振る者や話しかけて来る者など様々だったが、最後に残った由衣と美佐が教室をぼんやりと見渡している周人のそばに近づいてきた。


「一応お疲れさまと言っておくかな」


由衣は素っ気なくそう言うが、その表情は緩やかであった。


「どうも。まぁ、お前さんも頑張れよ?」


由衣はその言葉に素直にうなずくと手を振ってからそそくさと教室を後にした。それを苦笑混じりに見送る周人は残った美佐へと視線を向けた。


「先生、お疲れ様でした。たまには遊びに来てよね?」


美佐は笑顔でそう言うと、周人を見つめた。


「そうだな、また来るよ、必ずね。小川さんも頑張ってな。周囲にとやかく言われても自分が行きたい学校に行けばいい。学校の名誉のために行くんじゃないんだし」

「そうします。ありがと」


その言葉に周人は笑顔になった。康男もまた少し離れた場所で腕組みしながら笑顔でそのやりとりを聞いている。美佐は肩からかけた鞄を担ぎ直すと一礼をして周人の横をすり抜けるようにして出口に向かった。


「先生?」


出ていこうとした美佐が振り返る。周人はそっちを見て小首を傾げた。美佐は真剣な目つきとは裏腹に表情は緩やかである。だが、強く握られた拳から幾分緊張している様子に気付いたのは康男だけだった。


「わ、わたし・・・先生が好きです。ほ、本気で好きです!由衣ちゃんに負けないように頑張るから、だから、卒業までに・・・考えておいてくれますか?」


内気な彼女がはっきりと心の中の想いを周人にうち明けた。顔を真っ赤にしながらも決して目を逸らすことなくまっすぐ自分の気持ちを告白した美佐の真剣さは痛いほど周人の心に突き刺さった。


「わかった、しっかり考えさせてもらうよ。高校に受かったら、報告に来たときに返事するから」


真剣な顔でうなずいてそう言う周人を見た美佐は照れた笑いを浮かべて手を振ると、耳まで赤くした顔をそのままに教室を後にした。小さな微笑をたたえながらそれを見送るしかない周人は美佐がいなくなった出口をぼんやりと見ていたが、そのすぐ横の壁にもたれかかっている康男に気付いて苦い顔をすると、無視するようにして一旦誰もいなくなった教室の中を見渡すようにした。予想通りやらしい笑みを浮かべている康男がジッと自分を見ているのは知っている。ため息をついて荷物をまとめた周人が帰ろうと康男に背を向けた瞬間、康男が周人の肩に手を置いた。


「日曜日には吾妻さんとデート、で、今日は小川さんから告白。いやはやモテモテだなぁ・・・ここに青山さんと奥田さんが加わればそんじょそこらの昼ドラよりも面白いんだけどねぇ・・・」


その言葉に素早く康男を振り返った周人の顔は驚きで一杯であった。まさか由衣がデートの事をバラしたのかと背筋が冷たくなる。口をパクパクさせている青い顔の周人を笑いながら見ている康男はそのことに関しての説明を始めた。


「いや、たまたま君たちが歩いているのを見たんだよ。用事があってセンター街に行ったものでね。そしたら、まぁ驚いたよ、仲良く手を繋いで歩いているんだから・・・」


引きつった顔をしながらそれを聞いていた周人はやはりあれはまずかったかと後悔していた。だが、人混みで不安そうにしていた彼女を思うとそれも止む無しと思ったが、その後はごく普通に手を繋いでいた自分を思い出して自己嫌悪に陥った。


「い、いや、あれはですね・・・」


変に言い訳するのはさらなる誤解を招く恐れがあるのだが、周人はこれだけは弁解しておこうとした。


「いや、わかってる。大方、あの子が彼女気分で1日付き合わしたんだろう?」


さすがに由衣の事も周人の事もよくわかっている康男はそう言うと周人の肩にもう1度手を置いた。


「でも、君にはそういった強引さが有効なのかもしれんな」


その言葉に何も言い返せない周人は黙っているしかなかった。


「まぁ、誰を選ぼうが、誰も選ばないのも君の自由だ!大いに悩みたまえ、青年!」


康男はわざとらしい口調でそう言うと2度ほど背中を叩いて周人を外へ出るよう急かし、戸締まりをした。康男はそのままバスを出しに駐車場へと向かい、周人は生徒たちが見上げる中、階段を下りながら職員室へとやや重い足取りで戻っていくのだった。


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