表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第五章
PR
30/127

絡まりあう心(5)

一旦教材を置いてから外へ出てきた周人に何人かの生徒が別れを惜しみに集まってきた。もちろんその中には由衣と美佐の姿もある。中には泣きそうになっている生徒もいて、男女問わずやってくる生徒たちと雑談をしながらこのアルバイトをしていてよかったと心底感じていた。やがてバスが姿を現し、生徒たちが乗り込んでいく。バスが出てきた事に気付いた新城たちも姿を現すと、既に乗り込んでいる生徒たちを窓越しに手を振って別れを告げた。やがて周人の前にはさっき同様美佐と由衣が残る。2人は右手を差し出すと、周人がそれを返してくれるのを待った。2人とがっちり握手をかわしながら、周人は笑顔で頑張れよと言葉を添えた。2人は大きくうなずくとバスに元気良く向かって走っていく。手を振ってそれに応える周人は同じく手を振る新城の横に立った。


「涙の1つでも見せるかと思ったんだけどな」

「甘いよ」


笑いながらそう会話する2人のすぐ後ろにいたかすみはこの今の会話だけで2人の仲の良さを見せられたような気がして少し微笑んだ。どっちかというとこの2人の仲が良くなさそうな感じを持っていたかすみにとって、2人の奇妙な友情を見たような気がしたのだ。バスが角を曲がって大通りに消えたのを確認した後、新城と周人はタバコを吸いながらここでこうして一緒にタバコを吸うのもこれが最後かもしれないと言い合い、そんな2人を残して恵とかすみは職員室へと戻っていった。見送りに出てこなかった大木はずっと読書にふけっており、そんな協調性のない大木に恵はうまくやっていく自信を失っていた。


康男がいつもより早く戻ってきたせいか、宴会は22時前に始まった。場所はいつもの居酒屋だが、家が塾から近所のかすみや大木の事を配慮したのだ。少々遅くなっても2人とも車で5分程度の距離であるため、最悪酔い覚ましに徒歩で送ってもしれている。ともかく、周人たちバイト5人に、康男と米澤とを加えたメンバーで壮行会兼歓迎会は始まった。最初から堅苦しいような話はなく、和気藹々とした感じで宴会は進んでいった。やはりここでも協調性と面白味に欠ける大木をなんとかしようと康男が奮闘したが、結局恵とかすみ、新城と周人、そして大木と康男に米澤といった風に個々に別れて話が始まった。だが、恵とかすみの話はやがて新城たちを巻き込み、恋愛に対する心構えといった話題にシフトしていた。そういう話題となると黙ってしまう周人は、今日思いもかけずに告白を受けた美佐の事、そしてこの間デートした由衣の事がぼんやり頭に浮かんでいた。そんな自分を見やる恵の視線に気付いた周人は恵とデートした事も思い出したが、あえて表情は変化させずにそのまま見つめ返した。だがそれも一瞬の事で、ここ最近で自分も随分変わったと思いながらも美佐や由衣の事を考えてどうしたものかと思案にふけってしまった。おそらく、あの時の由衣の行動からして好かれている事は明白である。その上もし、恵も同じであれば事態は最悪である。由衣、美佐、恵という3人に好かれていること自体は悪くないのだが、今は誰も選べない自分は結局3人とも傷つけてしまうだけなのだ。1人うなだれる周人は飲んで忘れようと追加のビールを頼んだ。そうして小1時間ほどが過ぎた頃、いつの間にか横に座っている恵がかなり酔った顔をしながら周人にもたれかかってきた。見れば新城とかすみは何やら意気投合し、康男たちは何故かちまたの女子高生の乱れっぷりについて熱く語っている。


「シュートちゃん、えらく無口だねぇ?」


どこまで飲んだのかわからないが、すでにろれつは危うい。触らぬ恵に祟りなしとばかりにうまくかわすことにした周人は相手の態度から下手に出ることにした。


「そう?なんか取り残されてしまって・・・」

「んふぅ~・・・今日でお別れなんだよぉ!ねぇねぇ、私と別れるの、寂しい?」


顔を思いっきり近づけた恵は間髪入れずに少女っぽい仕草でそう続ける。さすがに押され気味の周人からは酔いが醒めていくのがわかる。


「そうだな、寂しいね・・・」

「でしょ?んじゃ飲め!飲んでそれを忘れるのだ!」


自分が飲んでいたビールを強引に差し出す恵は康男の前にある日本酒に手を出していた。悪酔いの原因を突き止めた周人だったが、もはや今の恵を止められるわけもなく、ただ言われる通りにするしかなかった。


「まぁ今度また遊びに誘うから、来てよねっ!」


まるで猫のように体をすり寄せる恵が発するオヤジ臭い言い方に苦笑するしかない周人は丁重にうなずくと困った顔をしてみせた。そしてそれから30分が経過し、ここに宴会は終わりを迎えた。結局最後は周人が簡単な挨拶をしてその場はお開きとなったのだ。店を出た7人はとりあえずどうするかを検討しあった。かすみは自ら新城を指名し、それを受けて新城がかすみを送っていく事になった。大木は地道に徒歩で帰ることになり、残された4人はひとまず康男の家に行くことになった。3人を見送った周人たちだったが、そこで問題が持ち上がった。酷く酔った恵はしゃがみ込むと、がんとしてそこから動こうとしないのだ。理由を聞いても答えてくれない恵に困り果ててしまった3人はどうしたものかと思案した結果、恵にどうしたいかを聞くことになった。そしてその役目を周人が負う。


「青山さん、どう致しましょうか?」


その声に虚ろな目を周人に向けた恵は嬉しそうな顔をしてフラフラと手を挙げた。


「おんぶ・・・しゅーちゃん、おんぶ!」

「・・・はいはい」


一瞬引きつった顔を見せた周人だったが、すぐに仕方がないなとばかりの笑みを浮かべ、膝をついて背中を明け渡すとそこに乗っかった恵をおぶった。まず周人が前を行き、そして康男と米澤がその後に続く。


「寂しいんでしょうねぇ・・・」

「だろうな」


後ろからその光景を眺めていた2人がそうつぶやくが、前を行く周人には聞こえない。やがて恵は規則正しい寝息を立て始めた。砂利道を行く音、遠くを走る車のライト、だが、2人の歩く所だけが静寂と暗闇に覆われて独自の空間を作りだしている。


「うぅ~ん・・・・・・木戸クン・・・・・・好きだよ・・・・」


不意に恵の発した小さな小さなその言葉に驚いて一瞬動きを止めた周人だったが、険しい表情を浮かべてからまたすぐに歩き出した。一瞬立ち止まった周人に何事かという風に顔を見合わせた康男と米澤だったが、またすぐに歩き始めた周人を見て何も言わずにその後についていった。ただの寝言と言えばそれまでだが、泥酔の熟睡状態のその告白は周人の胸に突き刺さった。


「運命の選択って、これか?」


由衣とのデートで言われた占い師の言葉。それを思い出して苦笑する周人だったが、ふとあることに気が付いた。


「運命の選択、ということは・・・・オレ、相当悩むわけだ?」


今は誰とも付き合う気はないとしている周人だったが、占い師の言葉が真実ならばそういうことになる。深々とため息をつきながら頭を左右に振る周人はかなり困った様子を浮き彫りにしていたが、背負っている恵のおかげで後ろからはその動きは見えなかった。


「今で3人か・・・・これ以上増えない事を祈るよ」


そうつぶやく周人が疲れた表情をしている事に、誰も気付かないのだった。


居間に恵を寝かせた周人は先にシャワーを浴びさせてもらい、そのまま前回のように玄関に座るとタバコを取り出した。米澤はそのまま塾の仮眠室で眠り、今は康男がお風呂に入っている。残る新城を待ちながら、周人はタバコに火を点けた。ゆっくりと煙を吐き出しながら美佐の事、由衣の事、そして恵の事を頭に思い浮かべる。一旦灰を落としてから再びタバコを口にくわえると、今度は『恵里』の事を思い出していた。夏の似合うその少女はどちらかといえば容姿的には3人とも違う。だが性格的な中身は絶対美佐だろう。そんな事を思い浮かべながら、結局自分が欲しているのは『恵里』という少女の代わりなのだと、かぶりを振った。立ち上る煙は魂のごとく揺らめきながら上昇していた。考え込む表情も徐々に険しくなっていく周人は恵とデートした事を思い出し、次に由衣とデートしたことを思い出した。


「こんな気持ちで付き合っても、全然うまくいかないだろうな・・・」


周人はそうつぶやくと誰に見せるでもない自虐的な笑みを浮かべた。


「恵里・・・」


空を見上げるが、雲が厚いのか月はおろか星1つ見えない。今見たいはずの月は雲の後ろにいる。まるで恵理が隠れているような気分になってしまった。もはや悩む事すら疲れた周人が何気なく塾のある方を見やると、やや千鳥足の新城が帰って来るのが見えた。


「よぉ、ご苦労さん」


タバコをくわえた周人が手を挙げると、新城も手を挙げてそれに応えた。


「なんだ・・・待っててくれたのか?」

「まぁな」


その素っ気ない返事に苦笑する新城は周人の横に座るとポケットから取り出したタバコに火を点けた。銘柄は周人のものより軽い種類のものだ。並んで煙を揺らしながらぼーっとしている2人だったが、おもむろに新城が話を始めた。


「奥田さん、せっかく仲良くなれそうなのに、って残念がってたぞ」


煙を揺らす周人はそうだな、と言ったきり黙ってしまった。このまま一緒にいてまた告白されるんじゃないかという心配は消えたが、それが自意識過剰だと自分で自分を笑った。


「じゃぁ、その分お前が仲良くしてくればいいよ」

「あぁ、そうする」


新城はそう言うと、空をぼんやりと眺めている周人の横顔を見やった。そしてこれが良い機会だと、自分の腹の内を正直に話し始めた。


「青山さんが、お前を好きなの知っていたか?」


唐突にそう言われた周人だったが、落ち着いた様子でゆっくりと煙を吐くと、小さくうなずいた。


「さっき告白されたよ・・・・寝言だったけどな」


告白されたと聞いて固まった新城だったが、それが寝言と聞いて少しホッとしてしまった。


「なんだ・・・寝言かよ」

「ああ・・・でも、きっと本心だろうさ」

「で?」


新城は今答えを急かすのもどうかと思ったが、これだけはどうしても聞いておきたい。その気持ちが伝わったのか、周人は携帯の灰皿に灰を落とすとチラッと横目で新城を見やった。


「前にも言ったが・・・・今は誰とも付き合う気はないよ」


そうはっきり口にした周人の答えは予想済みであり、新城は続けざまに次の質問を浴びせた。


「たとえそれが誰であっても、なわけだな?」

「そうなるな・・・」

「そうか」


それ以上は何も言わなかった新城だったが、今の言葉を胸に深く刻み込み、お先にと声をかけてから家の中へと入っていった。残された周人はタバコを消すと立ち上がり、新城と反対に塾の方へと歩き出した。しんと静まり返った暗い周囲に、人気のない塾は見事にとけ込んでいる。外灯が少ない上に家もほとんどないせいか、かなりの暗さを持っている夜の闇は周人を飲み込もうとしているように思えた。だが、この程度の闇など全く気にしない周人はいつもの階段に腰掛けると新しいタバコをくわえた。そしてアスファルトで舗装された道路の方を見やる。夏に由衣が自転車で現れたその場所を睨むようにしていた周人は、少しふくれたような顔をしてそこから目を逸らした。


「恵里、お前はどうしてほしい?」


もうこの世にいない最愛の人に語りかけても、答えが返ってくるはずもない。だが自分でも答えを出せない周人は目を閉じてうつむくしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ