絡まりあう心(3)
昼食はファーストフードがいいと言う由衣のリクエストに応えた周人はゲームセンターのすぐ近くにあるファーストフード店に向かうと先に席を由衣にキープさせ、自分は注文を取りに行った。時間的なせいか、まだそう混雑していない列に並ぶ周人を眺めるように見ている由衣の口元は心なしか緩んでいた。やがてトレーを持って席に戻ってきた周人はいやににんまりしている由衣に少々げんなりしたが、それを顔には出さずに無表情を保った。2人ともセットを頼んでいるので小さなテーブルの上はポテトやジュースのコップなどで一杯になってしまった。
「これ食べたらどうするの?」
チーズバーガーを頬張りながらそうたずねる由衣に、周人は意味ありげに視線を送る。だがそれが意図する事が全くわからない由衣は年相応の可愛らしい仕草で小首を傾げてみせた。
「何?」
「まぁ、まかせとけって」
周人はそう言うとポテトをつまんで食べた。今日は周人に全てを任せている由衣は素直にうなずくと自分もポテトを頬張るのだった。こういう風に素直にしていれば可愛いのにと思いながら、周人はそんな事を考えている自分に苦笑を漏らした。
「今週で、もう西塾には来ないの?」
唐突にそう切り出された周人だったが、それにはうなずいて返す。それを見た由衣は表情を変えずにジュースを飲んだ。
「ま、行っても雑用程度だろうし・・・荷物を運んだりもするからね。けど、それも君たちが授業受けてる時とかだろうから、もう会うことは滅多にないと思うよ」
そう言われた由衣は全く表情を変えずにストローから口を放すと周人を見つめた。
「そっか」
そう素っ気なく言うと、残ったバーガーを口にする。そのあまりに素っ気ない態度に苦笑しつつ、周人は今こうしている2人の雰囲気を悪くないと感じていた。
その後、会話らしい会話もなく昼食を終えた2人はとりあえずセンター街をブラブラと進んだ。どこに向かっているのかわからない由衣はとりあえず周人についていくしかない。人混みの多いこのセンター街は休日とあって若者や家族連れでごった返している。由衣は人混みのせいでうまくついていけずに苦労したが、人混みをかき分けるようにして少し前を行く周人に追いつくとポロシャツの袖を握ってはぐれないようにした。だが、それでも人混みに押されてしまうため急に周人の手を握ると、指を絡ませて身を寄せた。突然の事に驚いた周人が由衣を見やると、不安そうな顔で周人を見上げている。その顔を見た周人は淡い微笑を浮かべるとそっとその手を握り返し、てっきり離されると思っていた由衣を驚かせた。自分が勝手に手を繋いだだけで握り返してくれることは期待していなかった分、喜びと驚きが一緒に襲ってきたのだ。
「今日だけだからな?」
「わかってる!」
優しくそう言われたものの強がって前を向いたが、心の中で礼をつぶやく。由衣は心がときめくのを感じながらも、その手の温もりが今だけのかりそめのものだと自分に言い聞かせた。自分の気持ちにはもう気付きつつあるものの、肝心の周人の気持ちは今ひとつ掴めていない。もっとも、今日のデートは自分の気持ちをはっきりさせる為であり、周人の気持ちは二の次なのだが。しばらく行くと、この桜ノ宮では有名な占い横町と呼ばれる占いの店がいくつも建ち並ぶ通りが見えてきた。センター街から外れたそこは女子高生を筆頭に人気が高く、よく当たるとテレビなどのメディアでも有名でもあった。由衣は看板に目を留めた後、そこへと無理矢理周人を引っ張って行くと数組のカップルがいる列の最後尾にならんだ。昨日美佐の家で見た雑誌にここが載っており、その中でもこの店が一番よく当たると有名であったのだ。
「ここで占いたい!いいでしょ?ねぇ?」
「お前なぁ・・・並んでからそういう事言うかぁ、普通」
その会話を聞いている1つ前のカップルがくすりと笑う。どうやら付き合って長いカップルのようで、落ち着いた雰囲気が漂っていた。そんなカップルの視線を気にしながら疲れたようにそう言いながらも、その場から動かない周人を見上げる由衣は満面の笑みを浮かべて見せた。その笑顔を見て周人はそっぽを向いたが、だからといって別に怒っているといった感じはない。
「ありがとう。優しいね、周人は!」
「そりゃどうも」
相変わらず素っ気なくそう返す周人を心から優しいと思う由衣はここで占ってもらう内容を決めた。どんなわがままも文句1つ言わずに付き合ってくれるうえに、今でも繋いだ手を離さない周人に由衣は心が温かくなるのを感じずにはいられなかった。もっとも、その手を離そうとしても由衣は絶対に離さないのだが。
「ねぇ、ホントはこの後、どこ行くつもりだったの?」
自分たちの順番まであと2組と迫ったところで不意にそう聞かれた周人は気まずそうに頭を掻きながら前を見た。その様子からここに並んだことが失敗だったのかなと思い始めた由衣だったが、周人の返事を聞いてがっくりと肩を落としてしまった。
「いや、ただブラブラするつもりだったんだ・・・」
「どうぞ、お入り下さい」
ワインレッド色したカーテンの向こうには黒いテーブルクロスのような布が置かれた小さなテーブルの上に何やら模様が描かれた紙とペンが置かれていた。薄暗い小さな小部屋の奥に座っているのは20代後半とおぼしき女性であった。髪は黒く艶やかで長く、水晶のピアスをし、魔女のごとき黒いルージュを引いている。ヴェールのような素材の派手目な衣装のみが白で、あとは全体的に暗い。テーブルを挟んで自分の前に座るよう静かにうながしたその占い師は微笑みを浮かべて2人を招いた。2人は緊張した面もちで並んで置いてあるパイプ椅子に腰掛けると、並んでいる時に書かされた自分の生年月日等個人データを記載した紙を差し出すよう要求されてそれをテーブルの上に置いた。しばらくの間それを見つめていた占い師は何度か自分でうなずくとそれを自分の前に置き、テーブルの中央に置かれた模様の描かれた紙とペンを手に取った。
「で、何を占い致しましょうか?」
「あのぉ、2人の相性をお願いします」
きっぱりそう言いきった由衣に思わず椅子から落ちそうになった周人は勢いよく由衣を見やったが、すました顔で占い師を見ている由衣に対してもはや何も言うまいと相づちを打った。2人のやりとりを見てくすりと小さく笑った占い師は、2人が書いた紙を見ながら模様が書かれているA4サイズの紙に何かを書き始めた。
「生年月日と血液型からの相性ははっきり言っていいです。抜群です」
澄んだ声でそう告げた後、2人の手の平を順番に見やった。そしてそれを組ませ、まじまじと見やる。わくわくしながらその様子を見ている由衣に対し、ちょっと疑いの目でそれを見る周人をチラリと見やった占い師が表情を曇らせた。
「お二人はまだお付き合いされていませんね?なぜなら、木戸さん、あなたに問題があるからです」
「オレ・・・ですか?」
「あなたは誰にも心を開いていない、閉じこもったまま。ですが、この彼女さんとの出会いがそれを解き放ちます」
意外な言葉に、驚きの表情を見せたのは由衣も同じであった。
「彼女は、今迷いの中にあって、やがて光を見つけます。それがあなたかどうかはわからない。でも、あなたは解き放たれる・・・・相性もいい、そして魂の繋がりもあります。2人が今後うまくいくかどうかの判断は木戸さんにゆだねられます」
「オレの心が、仮に彼女に無くても、解き放たれると?」
心が自分にないと言われた由衣は胸にズキリと痛い思いをしたが、それを決して顔には出さない。
「そうですね。彼女はあなたを呪縛から解き放つ、いわば鍵です。そしてその時、あなたは運命の選択を迫られます・・・」
その言葉を聞いて考え込むようにしている周人から不安そうな顔をしている由衣へと視線を移した占い師は微笑みを浮かべて由衣の手を取った。
「自分の中にある気持ちを信じること、そして何があろうともそれを譲らないことです。そうすれば、おのずと結果は良い方向へと向かいますよ」
「はい」
由衣は笑顔を返し、占い師はより一層の微笑みを浮かべた。こうして占いを終えた2人は小部屋を後にし、センター街へと戻っていくのだった。
『恵里』という名の少女の存在から、自分がそれを解き放つと占いを受けた由衣の表情は明るかった。対照的にずっと何かを考えたままの周人は暗い表情をしている。そんな周人を見て少し心苦しい由衣は無理矢理周人をアクセサリーショップに引っ張っていった。さすがにこうなってはさっきの占いの結果どころではなく、嫌な予感が頭を埋めていった。やがてシルバーアクセサリーの並ぶ前に立ち止まった由衣は1000円のピアスを手に取った。いくつか手にとって見ていたのだが、どうやらその1つが気に入ったらしい。由衣は後ろで待つ周人に向き直ると、周人が予想していたものとは全く違う意外な言葉を発したのだった。
「これ買ってくるから、ここで待ってて」
てっきり買わされるものだとばかり思っていた周人にとって、由衣のその言葉にはかなり驚かされた。だが、今までこうして店に入っては男の人に物を買わせていた由衣はあの事件以来、欲しい物は自分で買うように心がけていたのだ。そんな由衣の心情を察したのか、周人は優しく微笑むと由衣が持っているアクセサリーを見せてくれと言って受け取った。そのままカウンターに向かって歩き出すとそこにピアスを置き、自分の財布を取り出した。今日は何から何までお金を出し続けている周人を知っている由衣はさすがにこれはまずいと周人に詰め寄った。
「い、いいよ、自分で買うからさ、もう、そう決めてるから」
「こういのは彼氏が買うんだろ、普通は?」
『彼氏』という言葉に一瞬ドキッとしてしまった由衣を残し、笑顔でそう言いながらさっさとお金を払うと綺麗にラッピングされたピアスを由衣に手渡した。
「・・・ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
少し困った感じながら素直に礼を言った由衣にまっすぐな笑みを見せた周人はさっきの占いがまんざらでもないと思い始めていた。正直、あれだけの個人データでそこまでわかるのかと思っていた周人は由衣が自分を解放する存在であるとは思えないのだ。確かに今はこうしてデートしているが、これはいわば例外にすぎない。まるで『恵里』の死を知っているかのように語っていた占い師が何を感じてそう言ったかはわからないが、今、嬉しそうにポーチにピアスをしまう由衣を見る周人の心の中は何かしらの充実感で一杯だった。
とりあえず一通りぶらっとした2人だが、ウィンドウショッピングにも疲れてきたため、おしゃれなテラスのあるビルの2階に位置している喫茶店へと向かった。ここからセンター街を行き交う人々やお店が見下ろす事が出来るテラスがあり、店内はアンティークな感じの照明や時計などの置物によって落ち着いた雰囲気を出しているのだった。テラスは既にいっぱいなため、壁際のコーナーにあるテーブル席に座った2人は冷たい飲み物とケーキのセットを注文した。由衣はいちごをふんだんに使ったチーズタルト、周人はザッハトルテである。出されたおしぼりのひんやりとした感触を味わう由衣を見ながら、周人は小さく笑みを浮かべた。店内にいるカップルの男性や、サラリーマン風のスーツを着た男性も皆由衣を見ている。カップルは由衣を見ている男性のせいで女性の機嫌が悪くなっているようだった。そんな視線など全く感じていないのか、おすすめメニューを見ながらアレもいい、コレもいいと言う子供っぽい所を見せる由衣に苦笑する周人はこういった視線を受ける自分もまんざらでもないなと思い始めていた。無邪気にメニューを見る由衣は子供っぽさの中に大人びた色香も漂わせている。少女の中に大人の部分を感じるか、大人の中に少女を感じるかの違いだろうが、実際はまだ彼女は15歳なのだ。その15歳の少女に翻弄されている自分を嘆いていいのかわからない周人だったが、とにかく今日は楽しいと言えるだろう。
「ん?なに?」
周人の視線を感じてか、メニューを立てかけながら目をくりっとさせる由衣を見て図らずも可愛いと思ってしまった周人はバツが悪そうにしながら一旦間を置くために水を口に含む。そんな挙動不審さを見せた周人に対し、目を細めた由衣は片肘をついてアゴを乗せながら髪を後に流す仕草をした。こういう仕草は妙に大人っぽいせいか、さらに周人の中で由衣の可愛さがアップしていった。
「お前ってさ・・・年相応に見られないだろ?」
「まぁね・・・映画見る時も学生証見せたら驚く人がいるしね・・・老けて見えんのかなぁ?」
どうやら自分の可愛さは自覚していても、かなり大人びて見られる事は自覚していないらしい。周人は小さく噴き出すように笑うと優しい目で由衣を見つめた。
「美佐と一緒にいてもお姉さんに見られたりしてさ・・・ムカツク事もあるし・・・」
膨れっ面をしてそう言う由衣を見ながら、周人は今でこの可愛さを持つこの子が将来はどう美人になるかを想像して見せた。だが、逆に今大人びて見える分、あまり変化がないように思えてしまった。
「まぁただ・・・何よ?ずっと見つめちゃってさ」
「お前に惚れたのさ」
ごく普通にそう言われた由衣は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。胸の鼓動は高鳴り、痛いほどだ。自分でもどうしてここまで動揺するかがわからない由衣は目の前でにんまり笑う周人から視線を外すようにプイッとそっぽを向いた。そんな由衣を見て苦笑する周人は冗談だよ、と加えると店の中を見渡すようにしてみせた。
「わかってるわよ、そんくらい・・・本気で言われても困るしぃ!」
決して周人を見ることなくそう言う由衣はベーッと舌を出しながらもいまだに耳まで真っ赤にしながら暗めの茶色で塗られた壁を見つめるしかなかった。そんな由衣を見て小さく笑う周人は肘を付いてまたも店内を見渡すように眺め始めた。そんな周人をチラチラとしか見れない由衣だったが、ケーキが運ばれて来る頃には顔の火照りも幾分ましになっており、なんとか周人を見られるようになっていた。
喫茶店を出る頃にはいつもの悪態をつく由衣に戻っていた。結局その後も目についた店に入ってはいろいろ見たりしたため、センター街を出る頃には程良い時間になっていた。多少の強引さが功を奏してか、自然と手を繋ぐようになっていた2人はそのまま夕食を取るべく周人が決めている店へと向かった。今日行くのは周人のなじみの店という事のみで、場所もどういった所かも知らない由衣は黙ってついていくしかなかった。大通りを少し横にそれた路地を行く周人は小さな店の前に立ち、おもむろに昔懐かしい木で出来たその店の扉を横にスライドさせた。外見からもわかるそこは寿司屋であり、こういった本格的なお寿司屋さんに来たことがない由衣はどれくらいの値段がするのかすらわからずに戸惑ったが、すぐに中に入った周人を見た板前さんが顔をほころばせるのを見て少し落ち着きを取り戻した。
「よぉ!しゅうちゃん、久しぶりだなぁ!」
そう言いながら後ろにいる由衣を目を留めて少し驚いた表情を浮かべたが、今いる自分の前のカウンター席を勧め、そのまま2人はそこに座った。他に客は数人いたが、皆テーブル席についており、カウンターには周人と由衣しかいなかった。
「おやっさんの顔もたまには見ておかないとねぇ、怒られるのイヤだし」
おしぼりを受け取りながらそう言う周人に満面の笑みを浮かべた店の主人は由衣におしぼりを差し出すと感嘆の声をあげた。
「けど、こんなえらいべっぴんの彼女を連れてくるとは思わなかったよ」
「いや、まぁ・・・・そうッスねぇ」
彼女という言葉を否定しなかった周人は出されたお茶を飲むと主人任せのネタを頼んだ。今日は彼氏と彼女という設定だが、彼女といわれて素直に喜ぶ自分に何ら疑問を感じない由衣は初めて見るお寿司屋の中をぐるっと見渡している。カウンターの向こうでは主人ともう1人の板前が新鮮なネタを選び、素早い手つきでどんどんと握っていく。寿司屋といえば回転寿司しか知らない由衣にとってこういった場所は緊張を強いられたが、それよりも興味を引くものが多かった。
「そういや、最近は警部も来てるの?」
「あぁ・・・そういや先週来たなぁ。おっかない顔した子分連れてね・・・あの人は相変わらずだ」
苦笑混じりにそういう主人は何品かのネタを2人の前に並べて置いていく。周人は由衣の方にそれを置いて食べるよう勧め、由衣は恐る恐るそれを掴むと口へともっていった。回転寿司とは比べ物にならないなんともいえない味が口の中に広がり、自然と笑みが浮かんだ。それを見た主人は嬉しそうな顔をして周人を見やった。
「元気そうだな?」
「おかげさまで」
言いながらイカを頬張る周人もその味からか顔がほころんでいた。
「ビールは?」
「今日車だからダメなんだ」
片手を挙げてそれを制した周人は隣で次々とネタを平らげていく由衣を見て笑みを浮かべた。どうやらここに連れてきたのは正解のようだと安心した周人は自分もネタを食べていく。
「そういやこの間、茂樹が来てな。お前さんの話をしてたとこだった。茂樹の店に女連れで来たそうじゃないか。茂樹も面食らったそうだが、聞いたワシも驚いたよ。そしたら、今日がコレだろ?こう見えてももう驚きまくりさ」
テーブル席の客の為の寿司を握りながらそう言う主人を見た周人は苦笑しながら横目で由衣を見た。一瞬目を合わせた由衣だが、全く変わらぬ様子でトロを頬張っている。
「ちょっと、バイト先の人とね・・・けど、まさかあの茂樹がオーナーだなんて、オレもビックリさ!」
その視線と言葉からやはり恵とデートした時の事だと悟った由衣だったが、別に気にならずにその会話を聞いていた。逆に周人の方が意味もなくドギマギしてしまったほどだ。その様子を見て取った主人は苦笑いを浮かべて甘エビを周人に差し出した。
「ありゃりゃ・・・彼女じゃなかったのか?んじゃこの話題はまずかったかなぁ」
笑いながらそう言う主人に周人も笑みをこぼしたが、そう言われて何故か由衣の方をチラチラ見ていた自分に対する苦笑でもあった。
「別にいいですよ・・・彼女も知ってる人だから」
言いながら差し出されたネタを受け取る周人の前から由衣の前に移動した主人は新鮮さが溢れているウニを由衣の前に置いた。由衣はそのウニを見てにんまり笑うとそれを頬張り、その食べっぷりに主人は嬉しそうな顔をしてみせた。
「しゅうちゃんとは2年前に知り合ってね。警察の偉いさんに連れられてここに来たんだ。その偉いさんに気に入られたようにワシも気に入ってなぁ。ちょくちょく来てはくれるんだが、何せ1人じゃ愛想がない」
「高い寿司屋にそうそう来れませんよ・・・」
そう言う周人を横目で見る主人だったが、周人はネタ表を見ており、全く無視を決め込んでいるといった風だ。
「警察の偉いさんですか?聞いてないですねぇ・・・」
わざとらしい仕草を交えながらそう言った由衣を横目で睨むようにした周人だったが、主人はカウンター越しに由衣の顔に近づくと周人にわざと聞こえるように内緒話を始めた。
「昔、その警部さんを助けたそうでな、それから付き合いが始まったとか。昔は結構悪いこともしてたらしいぞぉ・・・」
「・・・人聞き悪いなぁ・・・いち市民として善意を行っただけです!」
「うん?そうか?ガハハハ!」
主人は大笑いをして次のネタに取りかかる。自分の知らない周人の過去を知れた由衣はそれだけで嬉しくなった。反対に周人は余計な事を言われて少し憮然とした感じだったが、怒っているという風ではなかった。その後もいろいろ主人に暴露をされた周人の話を聞きながら、由衣は少し周人の事がわかってきたせいか前よりも周人の事を知りたいという気持ちが大きくなっていった。その後も初めて店に来た時の周人の様子を語る主人は中学生には見えない由衣にお酒を勧めたりしてその場は大いに盛り上がった。結局由衣の年齢を18歳に設定し、お酒も飲めないとした周人は終始話題を変えることに専念したせいか、せっかくの美味しいお寿司の味も半減してしまったのだった。そして主人に何度もお礼を言ってから店を出た2人は車を止めてある市営の地下駐車場に戻るべくセンター街へと戻っていった。
まだ20時過ぎなせいか人通りは少なくなったとはいえ、それでもまだ多くの人がせわしなく行き交っている。店を出てからはもう手を繋いでいない2人は並んで歩いているが会話は少なかった。それでも不満はなかった由衣だったが、そっと周人の腕に自分の腕を絡めるようにすると、そのまま体を寄せた。その様子に一旦は由衣を見た周人だったが、何も言わずにそのままにしておいた。昼間手を繋いでも、今こうされても別段嫌な気はしない。周人は自分のその気持ちに不思議なものを感じながら、昼間の占い師の言葉を心の中で繰り返していた。相性がいいこと、そして自分の中にある問題、それを解放する由衣の存在、運命の選択。当たっているか、どこまで当たるかはわからないが、それが意味するところはわかっている。それは『恵里』という名の少女の存在。心の中で生き続ける彼女こそ、亡くなってもなお周人の彼女なのである。自分はずっとそう思って生きてきた。だが、そこでふと妙なことに気付いた。そして周人は隣にいる由衣を見やった。恵の時にはなかった事だが、占いの時と今以外、今日一日『恵里』を思い出していないのだ。たしかに今日はそれを感じさせるほど余裕を与えてくれなかった事もある。だが1日限定の彼女という立場もあったのか、『恵里』を意識することもなかった。いや、こうして彼女という設定の下、手を繋いだり腕を組んでも悪い気がしなかったのは事実だ。もっとも、こういう設定がなければ、あるいはこうまでべったりはさせなかっただろう。あの事件の恐怖を忘れさせてやる事も頭をよぎったからこそ、こうして彼氏を演じたりもしたのだ。だからといって彼女が自分を好いていると勘違いしない人だという確信もあった。嫌われていた頃ほどではないにしろ、好きでも嫌いでもないと、周人はそう思っていたのだ。だが、由衣の心の中は違っていた。今日1日こうしてみて、何度もドキドキしてしまった自分を自覚している。それが好意に値することも知っている。周人の視線に気付いた由衣は周人を見上げ、微笑みを浮かべた。その笑顔に『恵里』を重ねる周人だったが、『恵里』とは正反対の性格、そして『恵里』よりもずっと美人な由衣にそれを重ねることはできなくなっていた。だからといって恵に重ねていたわけでもない。恵にも『恵里』を重ねる事は不可能だった。
「何?本気で惚れた?」
じっと自分を見つめている周人にそう言う由衣は昼間の仕返しとばかりにやらしい笑みを浮かべていた。小さなため息をつきながら前を向き直った周人はバカ言えとだけ答えると、押し黙ったまま歩いていく。だがその口元は苦笑が浮かんでおり、結局ずっとペースを握られている自分に笑ってしまったのだ。由衣はそんな周人を見ながら歩き、自分の本当の気持ちを再確認したのだった。
「アンロック!」
周人が言うより早く由衣が言うが、車は何の反応も返さなかった。
「アンロック」
苦笑混じりの言葉で周人がそう言うとズコンという低い音が響くのを聞いた由衣は少し膨れっ面をして見せたが、すぐに助手席に座った。そのまま苦笑を交えながら周人も運転席に座り、キーを差し込んで赤いボタンを押し、エンジンをかけた。低い音と振動が乗っている由衣にも伝わってくる。
「オレの音声で認識してるから、残念でした」
運転席に乗り込みながら得意げな感じでそう言う周人を睨みながらも、由衣の口元はほころんでいた。
「彼女ができても、やっぱり周人の音声だけに反応させるの?」
「そりゃぁ認識は1人にしかできないんだから・・・特にこのダブルワンはね」
エンジンが暖まるまでまだ時間がかかる。周人はナビゲーションの画面を操作し、渋滞状況をチェックした。地下であろうと衛星からの受信は可能である。
「この車、『ダブルワン』っていうんだ・・・」
初めてその名を知った由衣は噛みしめるようにもう1度マシンの名をつぶやく。
「エスペランサES―11(ダブルワン)。ES―01の次世代試作型マシンだ」
「へぇ~・・・かっこいいねぇ」
「でも『アール』じゃないとダメなんだろう?」
かつてそう言われた事を思い出した周人はニヤリとしながら少し嫌味を言った。だが由衣はそんなことなど全く気にしていないのか、周人を見て逆にニヤリとしている。
「確かにね・・・でも『アール』よりランクが上なわけでしょ?じゃぁダブルワンでもいいわけじゃん」
「・・・・・おっしゃるとおりですね」
ようやく暖まったエンジンを確認した周人は車を進めた。駐車場を出てからも道は空いており順調に車は進んだ。だがさっきまでとはうってかわって横に座る由衣は一言も口を開かなかった。かといって不機嫌ではなく、前を向いたままの表情はいたって普通であった。周人は不思議に思いながらもこのままの雰囲気はまずいと感じ、とりあえず話を振ってみた。
「疲れた?」
その言葉に由衣は周人を見やった。だがやはりその表情は穏やかであり、普通に首を横に振るとすました顔で周人を見つめている。
「疲れてないよ、考え事してただけ」
「何を?」
「内緒」
前を向いてそう言う由衣に肩をすくめるしかない周人は国道から幹線道路へと入っていく。由衣から話しかけてくるまでそっとしておこうと考えた周人はとりあえず運転に集中した。べつに気まずいわけでもない車内の雰囲気からそう判断したのだ。だが由衣はその表情とは裏腹に心の中は暗く沈んでいた。今日一日で、由衣は目的通り周人の事をよく知ることができた。そしてあの事件に遭遇する前の自分がいかに周人の事をよく知りもしないでバカにしていたかを思い知らされ、逆に周人がいかに優しい人物であるかを再認識させられたのだ。自分の中で悪い部分を勝手に作っていたせいか、今では良いところしか見えなくなっている。今日も自分のわがままに文句一つ言わずに付き合ってくれたのだ。由衣は今はっきりと自分が周人を好きだと認識していた。だがそれは親友である美佐の気持ちを裏切る事にもなってしまう。複雑な想いを胸の中にしまいながら、由衣はそれを悟られまいといつもと変わらぬ態度を取っていたのだった。そしてもう1つ気になっている事があった。だがやはりそれも口にせず、由衣は自宅に続く最後の交差点を曲がって進む道路を見つめ続けた。もう少し一緒にいたかったが、そうはいかない。デートはここまでなのだ。周人はゆっくりと脇に車を止めると、由衣の方を向いた。
「今日は楽しんでもらえたのかな?」
やや芝居ががったその言葉に、由衣は胸を張って満足そうにうなずいた。それを見た周人は大げさに頭を下げてみせる。お互いに笑い合う2人に別れの時間が訪れていた。ドアを開けて外へ出た由衣はそのまま運転席の真横に立った。さすがに夜も9時前になればこの時期は肌寒い。腕を組んでその寒さを我慢する由衣だったが、顔はほころんでいた。
「『先生』、今日はいろんなわがままに付き合ってくれてありがとう」
車を降りた時点で恋人同士という設定は終わりだと決めていた由衣は、もう『周人』とは呼ばなかった。
「オレも楽しかったよ、じゃぁ今度は金曜日だな・・・」
ウィンドウを下げたドアの枠に手を置いて顔を出すようにした周人がそう言う。由衣はその腕に触れたい衝動を抑えながら周人から距離を置くように立ち、少し寂しそうな笑顔を浮かべているのみであった。
「あっちで、最後の日だね・・・・」
「そうだな」
その言葉を最後に長い沈黙が2人の間に流れていく。だが、由衣は精一杯の笑顔で周人の腕にそっと一瞬だけ触れると、すぐに車から1歩離れた。
「じゃぁ、金曜日にね」
その言葉を聞いた周人は小さな微笑みを口に浮かべながらハンドルを握ると、ギアを入れる。そして顔だけを由衣の方に向けて別れの言葉を発した。
「じゃぁな、由衣、おやすみ」
片手を挙げてそう言い、エンジン音をうならせて去っていく周人を見送る由衣の顔に笑顔が浮かぶまで少しばかり時間を要してしまった。今日1日、恋人同士という設定だったため、由衣は周人を名前で何度も呼んだが結局周人が由衣を名前で呼ぶことはなかったのだ。それだけがただ1つの心残りであり、気になっていたのだが、今言った周人の最後の言葉がそれを吹き消してくれたのだ。心が温かくなるのを感じながら元気よくただいまと家に入る由衣の顔は満面の笑みであった。




