決別の咆哮(4)
睨みあう2人は攻撃のタイミングを探りあっていた。長年周人と行動を共にしている哲生は木戸流を最も身近で見た人間であり、また身をもって体験しながら木戸流を倒すべく腕を磨いてきた人間である。だからこそ、百零が大技を出せない間合いでの戦いを演じているのだ。そんな2人が周人の膨大な気を感じて目だけでそっちを見やる。見た限り肩を裂かれ、内臓にもダメージを受けているとわかる男がこうまでの気を放てるのか。
「十二年前、『キング』と戦ったあいつはこうだったよ・・・誰もが勝てないと思ったその戦い振りは『キング』を超え、そして最後には勝ちやがった」
哲生はそう言うと真剣な顔つきになった。
「お前らは話でしか知らないからな、『キング』の強さを・・・ありゃ化け物だった」
「確かに知らないがな・・・が、勝てる自信はある!」
その百零の言葉を聞いた哲生はフンと馬鹿にしたように鼻息を荒くした。
「『キング』ってのは人間じゃない・・・こいつだけには絶対勝てないと本能でそう思ったただ1人の人間だ。オレだけじゃない、誰もがそう思った相手にあいつは勝った・・・何故だと思う?」
今戦っている相手に言う言葉ではないが、百零はさあなと答えた。
「簡単だ・・・あいつの方が心が強かっただけさ」
「心?」
「そうだ。あいつの心は折れずに『キング』のそれは折れた。シューは終わってからこう言ったよ、『勝てないと思ったが絶対負けないと思った』そうだ・・・・対して『キング』は生まれて初めて恐怖した。何度殴ろうが蹴ろうがしても向かってくるシューにな・・・『全てを捨てて一矢報いよう』と思った、ただそれだけの心が最強の存在を打ち破ったんだ」
「・・・・何が言いたい!」
「それもこれも、千早茂樹と戦っていなかったら、あいつは確実に『キング』に殺されてた」
まるで答えになっていない、ますますわけのわからないことを言うがどこか興味がそそられる。百零は攻撃する態勢を崩さぬよう動かずに黙ったまま哲生の言葉の続きを待った。
「殺気だよ。彼女を失った怒り、犯人を知りながら逮捕しない警察に対する怒りから来る殺気であいつは数々の強敵を倒してきた。だが怒りってのは負の感情で冷めればもろい力でもあるんだ」
現に怒りの感情に任せて別れを切り出した由衣はその熱が冷めるにつれて周人を失ったかもしれないと不安になり、毎晩泣いたほどだった。周人もまた然り。あれほど別れるということに抵抗すらなかったのにも関わらず、怒りが冷めたとたんに不安や悲しみ、後悔といった別の負の感情が心を支配していったのだ。
「茂樹の旦那とのケンカで、2人は怒りの感情を超えて全力を出して戦える喜びを知った。弟を病院送りにされた兄と恋人を殺された復讐にとらわれた男。怒りに燃える男たちがそれぞれその怒りを昇華し、ただお互いに全力で戦うことの喜びに目覚めた。それはシューにとっての魂の再生だよ」
「魂の再生?」
「怒りだけでない、ただ一矢報いたいと純粋に願う心が負の感情を中和した。結果、負の感情である怒りを冷静な闘争心が覆ったんだ。これを我が流派では『無我の領域』という。負の感情だけにとらわれていたあいつが愛するものを守りたいという本来の意思に目覚めた、つまりは魂の再生だ」
「くだらんな・・・木戸の技は元々人殺しの技。守るのではなく、破壊するために存在する」
「あっそ。けどな、それもまた負の感情だ・・・そういうお前が『無我の領域』を極めたオレには勝てやしねぇ」
ここで哲生から発せられていた気がかき消えた。いまだ動きを見せずに対峙する2人からは全く気合と呼べるものを感じることができない。そしてその状態のまま間合いを詰めた哲生が回し蹴りを放った。だが、その蹴りを軽々かわすと同時にその動作である体ごと回転させた右足を哲生の足下に踏みつけるようにして叩きつけた。そのままさらにその足を軸に野球で言うアンダースローの動き、体を横に倒しながら背中の方から横に腕を回しこんで哲生のわき腹にその拳をめり込ませる、はずだった。だが哲生はその百零の動きに合わせて自分もまた体を回転させて相手の左側に回りこんでいたのだ。まるでダンスを踊るかのように。ただ空を切り裂くのみの右の拳は百零自身のその体勢をも狂わせる。数々の強敵を倒してきた最大の必殺技たる木戸無双流奥義・豪天龍昇・稲妻はあっけなく破られ、逆に流れた体の心臓の真上に哲生の右手がそっと添えられる。相手の左胸に手を添えたまま、まるでかけっこの前に取る体勢のように右足を出してふんばるような前傾姿勢を取った哲生の表情が笑みに変わった。ゾクリとする冷たいものが背筋を駆け抜けるが、逃れようとよじった体に添えられた手はそのまま一緒に動くのみでなんの効果も無かった。
「絶っ!」
言葉が気合となって体中の気がふんばった足から螺旋状に舞い上がり、津波のごときうねりをもって添えられた手の平から爆発的な気が炸裂した。打撃など一切無いにも関わらず、それ以上の衝撃が百零の心臓を直撃し、時間にしてわずか1秒ほどその動きを完全に停止させた。意識も、脳の活動も、呼吸、心臓すら一瞬停止したのは致命的である。停止したのは一瞬だが、飛んだ意識がはっきりするのには数秒を要するからだ。その一瞬で哲生は百零の両腕を交差させた状態で背負い投げを放ちながらその腕を自分の方へ引き気味にした結果、軽々と空中を舞いながら背中ではなく後頭部から床に叩きつけられる百零。
「佐々木流究極奥義『絶』、重ね、奥義『砕落参式』」
首を軸に一瞬直立した百零の体は哲生のその言葉が終わるのを待っていたかのようにビクンと1度うねるように痙攣したあと、ゆっくりとその場に背中から倒れこむのだった。白目をむき、完全に意識を失っている百零を見下ろす哲生は『絶』に全ての気を使ったせいか、やや気だるい体を震わせながら大きく深呼吸してみせる。
「光二・・・お前やっぱ強いわ。あの『絶』のタイミングならシュー以外の人間になら勝てたよ。まぁ、これでオレも答えが出た・・・・木戸流が強いんじゃない、木戸周人が強いんだってな。そりゃあんた、そんな基本的なことを間違えるようじゃこの計画は失敗だよ、福山さん」
光二が周人と戦った際、もはや神業といえるタイミングで『絶』をかわした周人。そして今、その光二と全く同じタイミングで放った『絶』を喰らった百零。これによってどっちが強いのかははっきりした。そして流派など関係なく、木戸周人という人間が強いのだということも。木戸流が強いとし、百零を『王』に選んだ時点で福山の計画は失敗していたのだ。そう思う哲生は何故か苦笑しつつ、フロアの隅の方で身を寄せ合って怯えている少女たちを見やった。全部で7人いる内、4人は全くの全裸だが残る3人は首輪で鎖につながれている。哲生はその少女たちの方へとゆっくり歩み寄ると怯える少女たちを無視して鎖が繋がっている床に埋め込まれた鉄製の輪を見た。これは取れそうにないと判断し、今度は首輪を見る。怯えたように顔をそむける少女の頬にそっと触れながら笑顔を見せた哲生は首輪を切断できるような刃物を探すがあいにくとそれらしい物は見つからない。ため息混じりに周人を見ればどうやらゾルディアックの猛攻を受けているようで防戦一方だった。
「あのおっさんの方が強いじゃん、ねぇ?」
そう言いながらわざわざ少女たちにうずもれるようにして座る哲生は怯える少女たちに人懐っこい笑顔を見せながら優しくその肩を抱くようにしてみせた。
「百零が負の気を逆転させていたら、俺が死んでたけど、ま、それがないからあっけなかった」
周人の昔話をしてもなお負の気を満たし、相手を舐めきった百零に勝ち目などない。佐々木哲生はザコだと勝手に決めたその目測を見誤り、たった一撃で勝敗は喫した。だから、哲生は周人を見つめる。その戦いぶりを見つつ、強さの度合いは技でも体躯でもない、心なのだと改めて認識していた。
「あいつがあのおっさんを倒せば刃物が手に入るから、それまでもうちょっと我慢してくれな?」
そう言いながらゾルディアックの左腕、剣になっているそれを見てにんまりする哲生は、もうしばらく戦ってから勝ってくれとよこしまな考えをめぐらしつつ今のこのハーレム状態を楽しむのだった。
切りつける剣をかわせばドリルで衝かれ、蹴りを浴びせにかかれば盾となる。間合いを開けば弾丸のごとき速さで武器が射出され、組みにかかれば小さな5つのハサミで切り裂かれそうになる。まさに変幻自在の動きで周人を圧倒するフルタクティカルアームズを持つゾルディアックは5年前をはるかに上回る強さを発揮していた。確かにフルタクティカルアームズはそれ単体でもその強さを発揮するが、それを扱うゾルディアックもまた強いのだ。武器だけに頼らずに己の肉体をも織り交ぜて攻撃してくるせいか、周人のダメージばかりが蓄積される。攻撃も致命傷にはならずに自分自身に細かな傷が増えていくだけだったが、それ以上に折られたあばらと斬られた右肩がうずいた。それでもまったく動きに変化が無い周人にゾルディアックは恐怖すら覚えつつあった。気も全く弱まることがなく、パワーも落ちないのだ。
『やはり強い・・・・・・しかし、何故にこうまで戦える?あの女はこいつとは無関係だったはずだ、なのに、何故?』
周人がここへ乗り込んできた上に自分に対してこうまで怒りをあらわにしているのは昼間に瀕死の目にあわせた高原みさおが原因だろう。だが、それだけで何故こうまで命を賭けて戦えるのかがわからない。
「ダァァァッ!」
その疑念が一瞬だがゾルディアックの攻撃を雑にした。5年前の教訓からそれだけを気をつけて戦っているゾルディアックはあわてたように大振りした左手に急制動をかけ、結果として大振り自体に隙は出なかったが結合部から血が流れる。さっき受けたダメージもあって苦痛に顔が歪むのは仕方が無かった。攻撃している分にはさほど痛みは無かったが、やはり無茶な動きは痛みを伴うのだ。その現象を見た周人は目つきを鋭くするとゾルディアックの左腕に攻撃を集中させた。だが、盾の形状を取るタクティカルアームズは超硬化テクタイトで出来ており、バズーカの衝撃すら受け流す硬度を持っている最新素材だ。何度も何度も盾を殴る周人の拳からも血が流れるが、そんなことなどおかまいなしに叩きつけてくる。
「バカが!」
その単調な動きに合わせ、なんと瞬時に盾を剣に変形させたタクティカルアームズに殴りかかった周人の拳がその刃にめり込む。その一撃は刃の部分を殴りつけた周人の拳を裂き、その腕ごと切り裂くはずだった。
「な・・・・バカな!」
同じ言葉でも今度のはニュアンスが違う。なんと周人は握った拳の人差し指と中指の間でその刃を受け止めていた。まさに握った拳の指で真剣白刃取りをやってのけたのだ。
「木戸無明流『挟刃』・・・・やっと捕まえたぜ!」
戦慄させる笑みと共に左腕の生身の部分であるゾルディアック自身の二の腕を左手が、タクティカルアームズの手首部分を右手が掴む。そしてその状態のまま肘を支点に、左腕の肉体と機械の結合部分を支点に逆間接を叩きつけるような状態で下からそこを蹴り上げた。言うなれば腕を鉄棒に見立てた変形の逆上がりか。凄まじい絶叫がフロアを襲い、恐怖に引きつった少女たちがあわてて耳をふさぐ。神経組織すら結合させているその義手は一番基本である人間の腕の形に変形し、そして沈黙した。もはや痛みで思考すら奪われたゾルディアックの両腕を持ち上げるようにした周人はTの字にさせた体を正面にゾルディアックの体を駆け上る形を取った。ちょうど子供が大人の手を借り、足の上を駆けるようにしてくるっと体を回転させるように。だが子供のそれと違ったのは駆け上がるのではなく、腹部を蹴りつけて上体を折らせ、そのまま下りてきたあごを両足で蹴り上げるところだ。折れた上体があごを蹴られた衝撃で逆方向へ反り返る中、さらにその鎖骨部分に足を置いて押し出すように力を込め、相手の体をサーフィンの板に見立てたようにして背中から床に叩きつけた。腹部、あご、背中と後頭部に衝撃を喰らって脳震盪を起こし、さらに鎖骨を折られては気を失うしかない。
「木戸無明流、『天』」
「天、未完成バージョンだろ?」
確かに哲生の言う通りだった。実際の『天』は最後に鎖骨部分ではなく、喉に足を置いて首の骨を砕くのだ。かつてその技を、未完成バージョンを喰らいかけた哲生の口に苦々しい笑みが浮かんでいた。とにかく、そう言った哲生の方向に目をやった周人は勝った余韻もどこへやら、あきれたような顔をしてみせた。真っ裸の少女3人に囲まれるようにして座っている上半身裸の男。しかもその両手は少女たちの肩に馴れ馴れしく置かれている。その姿はまるで哲生こそが悪の親玉のようだ。
「お前なぁ・・・・ったく」
「ま、これぐらいの見返りは欲しいからな」
そう言ってにんまり笑う哲生に周人もまたあきれたように小さく笑った。こうして、最強の集団『アーク』は1人の最強サラリーマンと、1人の子持ちプレイボーイによって倒される結果となった。そして、周人がゾルディアックを倒したのとほぼ同時刻、危篤状態だった高原みさおは医師が驚くほど安らかな表情のまま、必死の救命作業にも関わらずお腹の子供共々、静かに息を引き取ったのだった。
さすがに心地いいとはいえいつまでもそうしているわけもいかず、哲生は少女たちにおいでと促して鎖を重そうに引きずって歩く少女たちを気絶しているゾルディアックの左側に座らせた。
「あれ・・・これじゃダメか・・・・・」
よく見ればその左腕は人間のそれとなっている。剣でなくては首輪を解除できない哲生は目論見が外れて頭をかくしかなかった。
「君たち、怪我はないかい?」
周人のその言葉に近くに寄ってきた首輪のない4人の少女たちも含めて全員がうなずいた。
「首輪を外してやりたいけど・・・」
言いながらだだっ広い部屋を見渡すがそれらしいものは無い。こちらも困ったように頭を掻く仕草のせいでズキンと痛むあばらを押さえた周人は全く無傷の哲生を見てため息をついた。
「ほれ、やっぱお前の方が強いじゃん」
「え?っつーか、あいつ全然強くなかったもんよ・・・このおっさんの方がはるかに強いって」
そう言う自分たちの方が強いと思う少女たちだが、声には出さない。
「なんか損した気分っつーか、外れクジ引いた気分だぜ」
ズキズキ痛む腹部を押さえつつすねたようにそう言う周人に向かって豪快に笑ってみせる哲生は急にその笑みを止めるとドアのない入り口付近を見やった。
「どうやら、刃物は不要みたいだな」
そう哲生が言った瞬間、突然銃で武装した集団があっという間にフロアを占拠し、気を失っている『アーク』のメンバーはおろか周人たちにもその銃口を向けたのだった。
およそ二十人からなる武装集団にあっという間に占拠されたフロアでは、落ち着きを取り戻していた少女たちが再び怯えて震えるのをかばいながら鋭い目をした周人と哲生が臨戦体勢を整えつつあった。目の前で銃を構えられながらこうも落ち着いている2人を凄いと思う1人の少女はぎゅっと哲生の腕を掴むようにするとそのまま体を擦り寄らせる。はからずも剥き出しのままのその豊かな胸を腕に押し付けられる格好となった哲生はそのままの体勢で横にいる周人に小声で話し掛けた。
「動くなよ・・・・・・・今が、最高の気分だ」
言っている意味がわからず哲生を見てその意味を知り、あからさまに大きなため息をついた周人は自分に銃を突きつけている迷彩服にゴーグル姿の男に疲れたような表情を見せた。この状況でこうまで余裕を見せる2人を心の底から凄いと思える哲生にしがみついているショートカットの少女はこの2人ならば絶対に自分たちを安全に救い出してくれると確信し、信頼していた。
「福山は?」
何を思ってそう言ったかはわからないが、その言葉に倒れている4人を拘束した男のうちの1人がゴーグルを外しながら近づいてきた。口ヒゲをはやしたやや小太りのその男はどうやらこの部隊の隊長らしい。付けているバッジからそれを悟った周人を睨むようにする隊長は腰の銃に手を置き、威嚇するような態度を取った。
「木戸周人だな?お前も拘束しろとの命令だ、後ろを向け!」
「・・・いやだと言ったら?」
「死ぬだけだ」
無表情にそう言うひげの男は腰から拳銃を抜き放ち、周人の額に銃口をくっつける。ひんやりした感触をおでこに感じながら、周人は後ろで恐怖からむせび泣く少女たちの気配を感じて表情を険しくした。哲生はしがみつく少女に一旦笑顔を見せた後、怒気とも言える殺気を放出し始めた。少女は恐怖にも似た感情が湧きあがるのを感じながらも哲生の腕を離さなかった。その殺気はこの目の前の男に向けられたものであり、そこには自分たちを守ろうとしている意思が感じられたからだ。
「後からのこのこやってきて、はい、拘束ですってか?ふざけんじゃねぇよ!」
怒りをあらわにする周人に銃の安全レバーを解除する男。もはや引き金を引けば周人の頭には小さいながらも死を呼ぶ穴が開く。
「おとなくしろ」
「そんなもんでオレが殺せるか・・・」
そう言う周人から信じられないような殺気が放出される。その場にいた誰もが振り返るほどの鬼気に、銃口を突きつけている絶対的有利なはずの男の顔に汗が浮かんだ。
「女1人すら満足に守れないで・・・・クソ偉そうに!」
怒りは頂点に達し、額につきつけられた銃などお構いなしに今にも目の前の男に襲い掛からんとした瞬間、怒声に似た声が静まり返った空間にこだました。
「銃を下ろせ!このバカどもがぁ!」
その声の主である白髪混じりのオールバック姿の男性は警察の制服、しかも幹部が着る正装姿であった。ざわつく部隊員を制しながら、ひげの男は周人に向けていた銃を下ろすとそのオールバックの男性である秋田の前に歩み寄り、敬礼をした。
「陸上自衛隊特殊任務隊、高塚です。残念ながらご命令には従えません。我らは内閣直属の部隊ですので」
「なるほど・・・警視庁所属である私にその権限はない、ということだな?」
「はい、残念ながら」
「では、仕方が無いな・・・・」
その言葉に含まれた意味がわからず全員に緊張が走ったその時、靴音を響かせてフロアに姿を現したのはやや黒髪を残した白髪も長く、切れ長の目をした男であった。高級そうなスーツに身を包んだその男のそばには屈強な大男が黒いスーツ姿で付き添っている。この熱帯夜にあってスーツを着ている初老の男性には威厳が感じられ、脇を固める2人の男からは全く隙が感じられなかった。
「なら私の命令ならば聞けるな?テロ主犯『ゼロ』こと木戸百零、『ゼット』ことゾルディアック・アーロン、『D』こと出井弘樹、『Xi』こと六秀行、この4人を拘束後、直ちに『針』による手術をすべく指定の病院に搬送しろ。今の状態のまま麻酔薬を打つのを忘れるな」
「ハッ!」
さっきまでの横柄な態度が嘘のように、高塚は声を張り上げて緊張した様子で返事をすると全員に銃を下ろすように命じ、今言われた4人を早々と連れ出した。
「・・・デイだからD?六だからXiかよ・・・ひねりもクソもねぇな」
呆れたようにそう言う哲生の言葉に苦笑する周人を横目に特殊部隊員が全裸の少女たちに持ってきた毛布を着せ、その首輪をナイフで切り裂いて解放してから外へと連れ出していった。そんな中、さっき哲生にしがみついていた少女が付き添う隊員を無視して2人の前に小走りでやってくると涙を浮かべながら頭を下げた。
「ありがとうございましたっ!」
そんな少女に淡い笑みを返す周人とにこやかに片手を挙げる哲生を見ながら再び隊員に付き添われてフロアを後にする少女は何度も何度も2人を振り返りながら出て行くのだった。
「たった今、福山耀司は『プロジェクト・ゼロ』、『リジェネレイト計画』の総責任者から解任された。計画も中止、破棄も決定だよ」
そう言う秋田は2人の肩に手を置くとその手を離してから深々と頭を上げた。
「ありがとう・・・・君たちにはもう感謝の言葉も無い・・・ありがとう」
「そう言って礼を言われるのはこれで2度目ですね」
にこやかな表情でそう言う周人に、秋田も自然と笑みがこぼれた。十二年前、周人が『キング』を倒した際にもこうして礼を言ったのだ。
「私からも礼を言うよ、ありがとう・・・この国はテロから救われた」
「そう思うんなら、税金免除とかしてほしいよ」
悪態をつく哲生にスーツ姿の屈強な2人が凄みをきかせた顔をして哲生を睨むが、哲生は涼しいものだ。その態度がさらに男たちに怒りをあおり一触即発の雰囲気が流れる中、白髪の男、内閣総理大臣大沼は片手を軽く挙げてそれを制した。
「止めたまえ・・・彼はあの『ゼロ』を倒した男だ。勝てるわけもなかろう」
そう言われては仕方が無く、男たちは1歩下がって直立不動の体勢を取った。
「とにかく、感謝している」
「なら、もう2度とこうも馬鹿げた計画は実行しないでくれ」
首相に言う言葉遣いではないが、結局何もせずにこの事態の引き金を引いた人物にはこれで十分だと、秋田はそう思っていた。
「用が無いならもう帰るよ・・・疲れたし、待ってる人がいるからね」
そう言うと周人は秋田に笑顔を見せてから歩き出した。顔も若干腫れ、肩口から血を流す。それ以外にもあちこちから血が出ている姿は死闘の凄まじさを物語っており、見送る秋田や大沼にもその姿は見ていて痛々しかった。
「傷の手当ては?」
「変な『針』を打たれたらたまらんから、滝先生のとこにでも行くさ」
その言葉に苦笑する秋田に片手を挙げると、哲生もまた同じようにしてフロアを後にした。
「まさに獣だな、彼は・・・・いつかは彼が脅威になりそうだが?」
「それはないですね・・・ただし、政府が彼の大切な者を傷つけない限りは、でしょうが」
「肝に銘じよう」
そう言うと、大沼はついさっきまで特殊モニターで見ていた周人の戦い振りを思い出して身震いをした。千江美の情報によって周人たちの向かった先、『ゼロ』の潜伏先を教えられた秋田だったが、福山にそれを盗聴されていたのだ。それを知った秋田は大沼に連絡し、大沼は秋田と共にボディガードだけを連れてここへ来たのだった。たまたま建設途中に取り付けられていた監視用特殊カメラを起動させた秋田によってフロア内の様子を一部始終見ていた矢先、特殊部隊の突入を見てあわててここへとやってきたのだ。幸い事無きを得たが、あのままであれば死んでいたのは周人の方か、それとも高塚の方か。
「何にせよ、すべて終わった・・・ということですな」
「この国に『闇の王』はいらんよ・・・すぐさま体制を組み直し、裏社会に対してのけん制を行うようにせねばな」
そう言うと窓のそばに近づく大沼は止っている白い車に近づいていく2人を眼下に見ながらつぶやくように付け加えた。
「いつまた、『魔獣』が目を覚まして、今度は我々の喉元を噛み切るやもしれんから、な」




