決別の咆哮(1)
梅雨明けも宣言された七月も半ばを過ぎれば午前中とはいえかなり気温が上がっており、日影であっても汗が流れてくるほどの熱気が太陽によって熱せられたアスファルトやコンクリートから発生していた。天と地とからやってくる熱気が大地を歩く人間を襲うが、これが夏だとわかっているだけに流れる汗を拭きながらビルの影によってその暑さから身を隠すようにしている女性が流しているその汗はどちらかといえば暑さからくるものではなく、目の前に展開されている壮絶なまでの非日常的な光景にあった。うつぶせに倒れこんでいる女性の右胸から流れる大量の血が歩道であるグレーのコンクリートを広範囲に渡って赤黒く染めていた。倒れる女性の周囲1メートル四方はまさに血の海状態にあって、もはやその女性が着ている服が元々何色であったかすらわからないほど赤く染まっていた。まばたきも無く見開いた目に光は無く、どうやら意識も無いようだ。だいたい、見た限りその傷口である右胸の損傷はひどいようで、少し離れている場所からでもそこが欠落している様子がわかるほどだ。普通なら死んでいてもおかしくない状況だったがまだ生きているらしく、時折手足が痙攣をおこすようにビクビクしている様がなんともいえない恐怖感、悪寒、そして気持ち悪さを強調している。汗を流す女性は時折身を震わせながらさっき電話した救急車がまだ来ないのかと何度か周囲を見渡すようにしながらも倒れている女性から目を離せずにいるのだった。だが、不思議なことに流れ出ている血の量はある一定の時間から増えていない。確かに大量の血が流れているその状況だが、これだけの大怪我にもかかわらずコンクリート上に溜まっている血の量はそばで見ている限り周囲に広がっていく気配をみせないのだ。その原因と思えるその女性のそばに膝立ちをしながら大きな傷口の上に両手をかざしている男性のGパンは大量の血が染み込んで黒く変色しつつあるが、さらに興味を引くのがそのかざしている両手である。通常ではありえないのだがうっすらと金色の光を発しているのだ。その効果かはわからないが、倒れている女性の止血と何かが関係しているのは明白である。男性は日の光をまともに受けるせいか大量の汗を流しながらじっと女性の傷口に手を当てたまま動かないでいる。
「くそ・・・・こんなんじゃ、もたない!」
苛立ちを募らせ、吐き捨てるようにそう言いながら滴り落ちる汗も拭わずに添えている手に意識を集中する。すると両手の金色の光がさらに強くなりながら女性の傷口だけでなく、体全体をその金色の光で包み込んでいくではないか。何がどうなってそういう現象が起こっているかはわからないが、日影で見ている女性だけではなく、わらわらと集まってきた数人いるヤジウマも驚きの表情を浮かべる中、男の両手はさらに金色の光を強めていくのだった。
血を流して倒れている女性に何やら奇妙な術を施している男性のすぐ近くに立つ半袖のYシャツにネクタイをしたサラリーマンが車道を挟んで向かい側に立っているビルの屋上を睨みつけていた。鋭い目つきに加えて全身から立ち上る気は異様なまでの殺気だった。怒りに身を震わせ、その形相は鬼か修羅か。睨むビルの屋上に立つ3つの人影はそんな視線を受けても涼しい顔をして笑みすら浮かんでいる。特に今や瀕死の状態にある女性、高原みさおにその傷を負わせた張本人たる男は背にした太陽によって短い金髪を鮮やかに輝かせながらその表情は悪鬼にも似た笑みを浮かべている。銀色の輝きを異様なまでに光らせるその左腕は肘から先が完全に人工物だとわかる義手である。しかもただの義手ではない。異様な何かがあちこちに張り出して武器のようにも見え、さらにはとがった指先を含めた手には血の乾いた跡である黒いものがこびりついている。実際にその現場を見ていないヤジウマたちにしてみればみさおの右胸を貫通させた物がその手が変形して射出された物だとは思いもしないであろう。もはや兵器であるその左腕を下げた金色の髪の男ゾルディアックはその凄惨なる笑みを消すことなくそのまま屋上から姿を消した。同時にその左右にいた男たち、金髪にモップのような形状のパーマを当てた男とニット帽を目深にかぶった鋭く細い目の少年も姿をくらます。2人が立ち去った後もそこを睨みつづけるサラリーマンの男である周人は両拳を今にも血が滲みそうになるほど強く握り締め、その目から怒りの炎を消すことなくようやく近づいてきた救急車のサイレンを耳にするのだった。3人が消えたビルの屋上を見つつ、舌打ちしながらみさおと哲生の方へと駆け寄る周人はその状態からみさおの死が近いことを悟って苦々しい表情となった。目の前で人に死なれる経験を、まさか2度もする羽目になろうとは。そんな思いが周人の意識に働いた時、忘れかけていた感覚、愛しき人を失った時のあの絶望感を鮮明に思い出した自分に戦慄を覚えた。
「クソ!このままじゃマジでもたねぇぞ・・・!」
歯がゆい思いが込められた介抱している哲生の言葉が周人の胸に突き刺さる。気を操る哲生にしてみれば彼女の生命の気配が微弱になっていくのを感じているのだ。このままではあと数分でその命の火は消えてしまう。哲生は意を決して自らの中にある気を爆発的に高めていった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
気合を入れるかのように叫び終わった瞬間、なんと腕だけでなく体全体が一瞬直視できないほどにまばゆく黄金に輝いた光がみさおの全身に移動し、そして何事も無かったかのように昼間の明るさに戻るのだった。
「こ、これで何とか、とりあえずは病院に着くぐらいにゃもつだろう・・・・」
「お前・・・大丈夫なのか?」
脱力したように血の海にヘタりこみながら肩で大きく息をする哲生の全身を包むような汗の量は尋常ではない。まさに滝のような汗をかきながら息も荒い哲生はそれでも笑顔を周人へと向けた。
「オレの気を全て集めて彼女に移した。それで何とかつぶれた肺と血管の代替えをしてるってこった・・・今のこの子は大怪我だけど、体の内部は怪我してない状態に近い・・・でもこの状態でももって後1時間程度だろうが、出血もひどいし、あとは医者の腕によるってとこかもな」
気の力で本当にそんなことが可能なのかわからないが、今は哲生の言葉を信じるしかない。見たところ確かに出血は止まっているし呼吸も安定している。とはいえ、やはり顔は青く、唇も紫色だ。かろうじて息をしているという状態の中、やってきた救急車から2人の救急隊員が降りてきてすぐさま哲生の横にしゃがみこんでみさおの容態を見始めた。
「右胸損欠により失血状態・・・意識は無し・・・けど、なんだ?この落ち着いた状態は・・・この状態でこれはありえないぞ」
これだけの大怪我に出血となれば普通なら既に死に至っているか、もしくはショック状態にあるはずだ。だが普通に呼吸もできているし、今現在は血も止まっている。こんな状態などいまだかつて見たことがない救急隊員は首を傾げながらも応急手当を施しながらタンカへとみさおを横たえた。
「警察は?」
「今向かってます」
周人の言葉に救急隊員が手短に答えた瞬間、パトカーがやって来て2人の警官が降りてきた。1人はみさおの状態を確認し、1人は哲生と周人の2人から事情を聞く。とりあえず向かい側のビルから何者かがみさおを攻撃し、この状態になった。そしてさらにそのビルの屋上にも死体が1つあるだろうと告げる。より詳しい話を聞きたい警官だが、2人はみさおに同行することを決め、それぞれ哲生は撮影に立ち会うはずだったスタジオへ、周人は約束していた菅生へと電話をかけて予定をキャンセルした。その後すぐに救急車に乗り込んで応急手当てを受けるみさおを見るのだが普通ならば死んでいるほどの大怪我だ、助かる見込みはゼロに近いだろうことは誰の目にも明らかだ。ただ望みがあるとすれば哲生が施した気による治癒能力がどこまで補助できるかによるといったところか。悲痛な面持ちでみさおを見つめる哲生の横ではその青白い顔に亡きかつての恋人の姿を重ねる周人はいたたまれずにみさおから顔を逸らした。これが由衣でなくて良かったと思う自分を嫌悪しつつも、いつ由衣もこうなるかわからないという今の状況に対しての不安が頭をよぎる。『ゼロ』率いる『アーク』がペットとして彼女を手に入れようとしていることから今現在に関して命の保証はされているが、彼女はそれ以外に周人をおびき寄せるエサ、もしくは絶望感を与えるために目の前でこうして殺されるという確率も高いのだ。そう思えば胸が痛む周人はある決意を胸に哲生を見れば、哲生もまた真剣な目で自分を見ていた。どうやら考えていることは一緒のようだ。
「さっきの『強制内養生功』で最低十二時間は全く気が使えねぇ・・・で、相手の居場所はわかってるのか?」
そばにいる救急隊員に聞こえないようかなり小声でそう言う哲生に向かって首を横に振った周人だったが、そのことを知っている人物に心当たりがあるとだけ口にして押し黙った。その様子からここでの会話はまずいと判断した哲生もまた押し黙る。救急車がサイレンを響かせながら都内にある一番大きな大学病院へと運ばれようとしているみさおを見ながら、必ず仇は討ってやると誓う周人の顔はかつて『魔獣』と言われていた頃のそれに立ち戻っているのだった。
病院に到着後、すぐさま手術室に運ばれたみさおだが傷の大きさに反してその出血の少なさ及び肺機能の正常さに手術を担当する医師たちは皆驚いていた。いかなる奇蹟のたまものかはわからないが、とにかくこの落ち着いた状態のうちに急いで再生手術が開始される。それでも助かる見込みはかなり少ないと説明された周人たちはただ祈る事しかできない今よりも、彼女を瀕死の目にあわせた張本人たちの居場所を探し出すことの方が先決であるとし、事情聴取に来た警察に対して彼女の素性を明かして即座に秋田副総監に連絡するよう求めた。たかだか一介の市民が何故秋田の名を知っているかは疑問だったが、かといって『はいそうですか』というわけにはいかない。とにかく連絡だけでも取ってくれと言う2人の言葉すら耳を貸さない警察官にもはや我慢の限界が来た周人と哲生は目で合図をしあうと相手の目には見えないほどの速さでそのみぞおちに拳をめり込ませた。一瞬にして意識を失った2人の警官をそばにあったソファタイプのベンチに寝かせると、一旦赤く『手術中』とのランプが灯った手術室のドアを振り返った後、表情を硬くしながら病院を後にした。そしてタクシー乗り場で待っていた個人タクシーに乗り込むと、その異様な雰囲気からやや怪訝な顔をする初老の運転手に行き先を告げる。
「警視庁まで」
その言葉にますます怪訝な顔を深める運転手だったが、2人から放たれている人間とは思えぬ殺気にも似た気配ともいうべき雰囲気にたじろぎ、無言のまま車を発進させるのだった。
その一報はすでに全ての計画の発案者であり、また責任者である福山の耳に入っていた。しかもそれは意外な人物からもたらされた報告によってであり、激しく動揺する福山はもはや一刻の猶予もないとしてすぐさま大沼総理と秋田に連絡を入れた。さらには自分の部下をみさおが収容されている大学病院へと遣わし、自分はすぐさま警視庁へと車を飛ばす。本来であれば極秘に会議を行う地下施設に政府官僚を呼んで緊急会議を行いたいところだが、今は衆議院の本会議中だ。仕方なく情報整理や捜査の状況を知るために警視庁へと向かうことにしたのだった。恐れていたことが現実となったばかりか、こうまであからさまな宣戦布告を受けては後手に回ることだけは避けねばならない。そもそもつい三十分ほど前に鳴った1本の電話が全ての始まりだった。電話の主は『ゼロ』こと木戸百零であり、この国に対して宣戦を布告するといった内容だったのだ。その手始めとして自分たちに引導を渡す内容を持つ『リジェネレイト計画』の要である高原みさおの襲撃を実行したと言う『ゼロ』の言葉に耳を疑った福山だったが、その電話の最中に部下からメモでその事実を知らされたのだった。激しく動揺する福山に対し、『ゼロ』は自分たちが裏からも、そして表からもこの国を支配すると言ってのけたのだ。とりあえずまだ生きてはいるものの、瀕死の重傷であるみさおの容態からしてそのお腹に宿る『王』の命も危険にさらされている。自分たちが最も邪魔と思える存在を消すことから始めた『ゼロ』の行動に背筋が冷たくなりながらも毅然とした態度と口調で『アーク』の排除を宣言した福山は二十四時間以内にこの国を奪うと言ってのけた『ゼロ』に対し、真っ向から戦う姿勢を打ち出した。その電話の後、会議前の大沼と非常回線で相談した結果、かねてより計画していた『針』による脳波コントロール作戦を実行せよとの命令が下り、陸上自衛隊所属の特殊部隊を『アーク』が根城としているビルへと送り込んでからのこの警視庁へ向けての出発だった。すでに目的地である警視庁は目の前に見えてきているが、福山の苛立ちは言葉となって運転手を急かせることとなった。時おりしも今日、2人目の適格者である女性も到着するという中でおきたこの事件は『リジェネレイト計画』そのものの危機を迎えている。みさおはともかく、お腹の子供だけでもなんとかせねばと思う福山は携帯電話を取り出すと今回のクローンを作り上げた医師たちにみさおが収容されている大学病院へと向かうよう指示し、すぐさまみさおの子宮に替わる人工子宮への移動を命じたのだった。
Gパンはおそらく血であろうものが乾いて赤黒い色に染まっており、Tシャツにもその跡がはっきりと残っている。もう1人はサラリーマン風の男だったが、2人は共通した殺気を放ちながら鋭い目で受付をしている婦人警官を睨むようにみつめていた。突然やってきた不審なこの2人が口にした言葉は『副総監に会わせろ』なのだ。いきなりやって来てそう言われても普通に考えて会えるわけがないのだが、やって来た守衛に対してどうやったのかはしらないが一撃をもって気絶させた2人はあわてて取り囲む警官たちにすら目もくれずに婦人警官を見たままなのだった。
「とりあえず連絡だけでもしてくれと言ってるんだ・・・木戸周人が、『魔獣』が来たとな。それで通じるし、ここへ来た内容も知っているはずだ」
全身から放たれる殺気がより大きくなり、それが押さえ込もうとしていた警官たちの足を止めさせる。たった2人の不審者に7人からなる警官が全く動けないほどにこの2人は異様な殺気を放っているのだ。
「なんなら勝手に行くけどね」
血だらけの服装をしたいかにも軽そうなこの男も凄まじい殺気を放っているものの、表情や物腰は軽い感じがしている。それでも近寄りがたい雰囲気を持つ2人を取り囲むことだけが精一杯の警官たちは汗をかきつつ押さえ込みに行くタイミングを合わせるようにしながら1歩踏み出した矢先、入り口付近からの大声によってまるで海が裂けるかのようにしてそこから受け付けまでの道を空けるのだった。たった一言『止めろ』と言った言葉だが、その言葉の主の姿と威厳に満ちた雰囲気がそうさせたのだ。
「お前は相変わらずだな・・・・まさに『獣』よ」
そう言いながら白髪混じりのオールバックを掻き揚げる仕草をする秋田はため息を1つつくと、周囲の警官たちに離れるように指示してシンと静まり返ったエントランスの中、靴音を響かせて周人と哲生の前に歩み寄った。
「高原みさおの件か?」
既に事情を知っている秋田に口笛を吹いてさすがだと表現した哲生に対し、周人は今にも襲い掛からんばかりの殺気を持った目で睨みつけているだけだ。
「目の前でやられた・・・」
さっきまでの軽さはどこへやら、真剣な目でそう言う哲生に小さくため息をついた秋田はそれでこの殺気かと思いつつ、周人のこの怒りに満ちた目を見て初めて出会った時のそれに重ねてしまう自分が間違いではないと感じながらついて来いと2人をうながしてエレベーターへと向かった。ざわつくフロアの連中など目もくれずにさっさとエレベーターに乗り込んだ秋田はあわててついてきた側近に向かって片手を上げることによって無言で来るなと告げる。何も言わずに一礼して下がる側近すらおびえるほどの殺気を放つ周人は副総監室に入るまで一言も発せずにいた。
「やったのは『ゼロ』か?」
「うんにゃ、糸引いてるのはそうだろうけど、実際やったのは金髪の外人だ。けったいな左腕をロケットパンチしやがった」
言い方は軽いがそこに見える感情は救えなかったという後悔の念だ。秋田は自分のデスクの前に位置しているテーブルを挟んで対面上に置かれているソファに座るよう手で促すと自分はその綺麗に片付けられたデスクの上に腰掛けた。
「『リジェネレイト計画』については知っているようだな?」
「あぁ、『ゼロ』についてを含めて、全部な」
鋭い目つきに鋭い口調でそう言う周人は足を組んでから腕も組む。哲生はややくつろいだ体勢をとりながら斜めに秋田を見据える格好を取った。
「そうか・・・今ここへ責任者が来る。いきなり殴りかかるなよ?」
「そりゃ保証できないね・・・今のこいつは誰にも止められねぇ。外見はともかく中身は十二年前に立ち戻ってるからな。あん時、止めようとしてケンカに参加したオレじゃ無理だよ」
その言葉に苦笑する秋田は十二年前のことを思い返していた。『キング』に恵里を殺された結果、犯人を特定しながら動かない警察を見限って独自に復讐を開始した周人を止めようとした哲生だが、なりゆきか、それとも巻き込まれたのか結局手を貸す羽目となったのだ。そしてついたあだ名が『戦慄の魔術師』である。それを知っている秋田は当時の周人と今の周人が重なって見えるのも納得しながら、けたたましく鳴り響くデスク上の白い電話を取ると一言二言会話をしたのみですぐさま電話を切る。
「責任者の到着だ」
そう言う秋田の言葉にドアを睨む周人の殺気が増す中、哲生は耳をほじりながら自分の中の感情を抑えるように、心を落ち着けるよう努めるのだった。
2人の男を従えてやってきた福山はまず正面のソファに座る周人を睨むようにしてみせた。何故ここに周人と哲生がいるかはわからないが、側近たる2人の男が怯えるほどの殺気を受けながらも平然と歩み寄ることができるのは怒りから来るもののせいか。秋田は立っている福山と座っている周人がいつ殴りあいになるかを心配して緊張していたが、福山は周人を睨みながらも真横を通って秋田の前に立った。周人も立ち上がる気配を見せず、今すぐもみ合いになることは避けられたようだった。
「つい先程『アーク』から宣戦布告があった。ただちにアジトに特殊部隊を送ったがね・・・はっきり言ってナメられてる」
その言葉にうなずく秋田はそのまま自分の席である椅子に座る福山を見ながら果たしてそれがうまくいくかを思案していた。いかに特殊部隊とはいえ自分たちが選んだ最強の4人だ。しかも1人は元アメリカの軍人で最強の義手を持ち、さらに2人は『変異種』である。かなうわけもないと言えるだろう。
「高原みさおの容態は?」
「さっき車の中で聞いた限り、奇跡的に生きてるそうだが・・・時間の問題だ。『王』だけでも何とかするよう手配したが・・・」
その言葉に周人の中で何かが切れた。勢いよく立ち上がると秋田の静止を振り切って福山の前に立ったかと思うとその胸倉を掴み上げる。慌てる側近が周人を両脇から取り押さえようとするが一瞬にして顔面に拳を受け、鼻血を流しながら情けなく倒れこんだ。
「彼女は死んでもいいのか?」
「どのみち助からん!」
その言葉に周人は怒りを全開にし、福山の体を椅子に叩きつける。
「よせよ・・・んなアホを殺してもなぁんも解決しないって・・・・・・・それにほれ、さらに悪い知らせがやってきた」
実に穏やかにそう言う哲生を見た周人だが、見ただけで何も言わなかったのは口調とは裏腹に哲生からも凄まじい怒りの気が出ていたせいだろう。そして哲生が言った悪い知らせ、福山の携帯電話が鳴り響く音に冷静さを取り戻したのか、周人は元いたソファにドカッと腰掛けた。そんな周人を一睨みして服を正しつつ電話に出る福山はその表情を曇らせた。聞かれたくない話なのか、真後ろにある窓の方へと向いたまま何やら小声で話をしているのだがその動揺ははっきりと周人たちにも伝わっていた。福山は腹立たしそうに電話を切るとソファを回転させて自分を見ている秋田の目を見たが決して周人と哲生の方を見ることは無かった。
「すぐに厳戒態勢を敷いてくれ・・・特殊部隊はビルごと吹き飛ばされて全滅だ」
握りつぶす勢いで携帯電話を持つ福山の耳にあざ笑う声が聞こえてくる。その笑い声の主である哲生の方を睨みつけた福山は勢いよく立ち上がると怒りを表現した大股で周人と哲生の座る右隣に仁王立ちした。
「何がおかしい!」
「だって、ホントに悪い知らせだったからさ」
笑いながらむかつくことを言われた福山が怒りに任せて哲生を蹴りつけにいく。だが哲生はその足を簡単に受け止めた矢先に掴んだ足首をひねるようにしてみせれば、福山の体は半回転しながら宙を舞い、そのまま床に胸から叩きつけられて悶絶した。
「ってことは、ヤツらの居場所はもうわからないってことか?」
「そうなるな・・・」
「こりゃお手上げかよ」
哲生の言葉に秋田が答え、その回答に対して哲生がふざけたようにオーバーリアクションで肩をすくめてみせる。『アーク』が根城にしているビルは近々入居が開始される商社ビルだった。その最上階とすぐ下のフロアをあてがわれていたメンバーだったが、早々とそこを引き払った挙句に特殊部隊が踏み込んだタイミングを見計らってそこを爆破したのだ。ビルの上層部は派手に吹き飛び、近隣のビルの窓ガラスも破壊して結構な被害を出していた。上空を多数のヘリが舞い、テレビ局がこぞってテロか事故を強調する。もはや彼らがどこに潜伏しているかすらわからないこの状況では、いつどこでこういったテロが起こるかなど、もはや予測不可能なまでに事態は深刻となっているのだ。
「いや、そうでもない」
そう言うと立ち上がった周人はさっきの衝撃で落ちている福山の携帯を拾い上げるとそのメモリーを検索していく。痛む体を奮い立たせてあわててそれを取り戻そうとする福山だったが、哲生にあごを蹴り上げられて今度は背中から床へと倒れこんだ。
「あ、失礼・・・足組み替えようと思ったら当たったみたい」
白々しくそう言う哲生に苦笑する秋田はこの2人が昔から変わっていないことにどこか嬉しさを感じていた。いつでもふざけた様子を出しながら実際は実に冷静に物事を見ている哲生などは十二年前からそのまま変わらない。そして恐るべき殺気を消すことなく、それでも冷静な心を併せ持った周人も変わっていないといえよう。そして何より変わっていない部分、身の毛もよだつその殺気は2人ともあの頃から変わらぬ強さを維持していることがはっきりわかるほどに凄まじいのだ。
「オレだ、木戸だ・・・・大至急調べて欲しい、『ゼロ』の居場所を。わかったら今から言う番号に電話くれ」
福山の携帯を使ってそう話す周人を見ながら一体どこへかけているかが気になるその電話の持ち主たる福山は、自分が知る限り自分たちより詳しい裏事情を知っている人間に知り合いがいないと思いながらもその周人の口調からその相手が誰かを連想してみる。だがやはり心当たりなどない。逆に心当たりがあるならばとっくにそうしているところだ。
「頼むぜ、君にしかもう頼れない」
そう言って電話を切ると投げ捨てるようにしてあごをさすっている福山に電話を返すとまたもソファに座る周人。さっきよりも殺気は薄れているが、その表情の険しさに変わりは無かった。戻ってきた携帯を見た福山はさっき周人が会話をしていた相手を知るためにリダイヤル履歴を確認して驚きの声を上げた。そこに表示された名前は自分が最もよく知る人物の名前だったのだ。
「ち、千江美?バカな・・・・・・あいつが?」
「結局お前は井の中の蛙だよ」
吐き捨てるようにそう言う周人を睨む福山だが、妻である千江美が自分ですら掴めない情報を知っているわけがないと思える。確かに彼女は『破滅の魔女』と呼ばれた過去を持ち、裏社会に関してズバ抜けたネットワークを持っている。だがそれは昔のことであり、今はもうなくなったと思っていたのだ。
「秋田さん、何かあれば連絡します・・・・そのかわり、そのまた逆もお願いします」
そう言いながら立ち上がった周人に続いて哲生も立ち上がる。秋田は一言わかったと告げると座っていたデスクを降りて2人の前に歩いていった。
「ヤツらを止められるのか?」
「止めなきゃ、大事な人を守れないからね」
その言葉の重さがわかる秋田は自分をまっすぐに見据える周人の両肩に自らの両手を置くとその状態で頭を下げた。
「すまん・・・・・・・もう、これしか言えん。最初から計画に猛反対しなかったワシが言える言葉じゃないが・・・頼む、『ゼロ』を止めてくれ」
ギュッと肩を掴む手もどこか震えている秋田のその言葉の重さを感じ取った周人は殺気を消すと小さく、そして淡く微笑んでみせた。
「約束しますよ」
そう言う周人を見やる秋田は再度頭を下げた。いかに強力な軍勢で挑もうとも、『アーク』の前では無力に等しい。どんな軍勢にも勝てる最強の4人を選んだのだ、当然と言えば当然だ。だが、かといってこの2人に止められるとは到底思えない。その昔、『キングの軍団』を倒した時とはわけが違うのだ。
「バカか?貴様らごときでヤツらが倒せるだと?笑わせるな!」
「っつーかあんたの部隊、全滅じゃん・・・そっちの方が笑えるぜ」
「うるさいっ!いいか、あいつらの居場所がわかればすぐに教えろ!そこにミサイルを打ち込んでやる!」
もはや冷静さを完全に失った福山の言葉に周人と哲生から再び、いや、今までで最大級の殺気が放たれた。そしてもはや哲生ですら殴りかからんとした矢先、先にそれをやってのけたのは秋田だった。
「このバカ野郎!お前のそういう考えがこの結果を生んだんだ!それがわからんのか!」
「っ!・・・だがな、こいつら2人でやつらが倒せると?こんな、ふざけた連中に!」
「思っている」
福山の言葉にきっぱりそう言った秋田の言葉には自信がみなぎっていた。何故ここまでこの2人を信頼できるかが分からない福山はただ呆然と立ちつくすしかなかった。そんな福山に軽蔑のまなざしを向けながらドアへと向かう2人に怒りに満ちた目を向けた福山は秋田を突き飛ばすようにして2人の真後ろに立った。
「何故だ・・・何故1円の得にもならないことを?そうまでして自分たちの命を賭ける必要がどこにある?どうせ英雄にでもなりたいのだろう!」
「美女にはモテモテだろうが、英雄なんぞに興味ないね・・・ま、家族を守るのがオレの使命だからな。それに・・・・・」
「彼女にコーヒーをおごってもらった」
哲生の言葉の後に周人の言葉が続く。今言った『彼女』という単語がみさおを示すということに気付くまで少々時間を要した福山は呆気に取られたような顔をしてみせた。
「そういうこと。じゃ、よろしく!」
にこやかにそう言って片手を挙げた哲生は先に周人を出してから部屋を後にした。
「コーヒー・・・・だと?」
言っている意味がわからない福山は呆然と立ちつくしたまま、もはや思考も働かずにいた。確かに家族のためだというのは納得できる。このままいけば日本という国は『アーク』によって蹂躙されてしまうのだ。つまりは、自分の家族はおろかその自分の身すら危うくなるのだ。しかも彼らはかつて『キング』の軍団を倒した最要注意人物であり、真っ先に命の危険にさらされる立場にある。みさおの次に狙われる標的といってもいいぐらいだ。だからこそ先に打って出るのは理解できるし、そうしなくてはならないのだが、その理由が『コーヒーをおごってもらった』とは全く意味がわからない。だが、秋田にはその意味がわかっていた。目の前で命の危険にさらされる致命傷を受け、実際哲生の内養生功がなければ死んでいたのだが、とにかく今やその命は尽きようとしているみさおにかつての恋人の姿を重ねた周人。復讐に飲み込まれた男が復讐ではなく、そのみさおにコーヒーをおごられたという恩を返すことが理由になっても何らおかしくはないのだ。そしてそんなちっぽけな理由で命を賭けることができる男たちであることも知っている。秋田はデスク上の白電話を手に取るとビル爆破の詳細について逐一自分に報告するよう指示した後、いまだに呆然としている福山をうながし、即座に首相に連絡して表の仕事として緊急対策室の設置を促し、また裏で極秘対策本部を設置するよう要求するのだった。




