百合の葯 ―3―
「――だけど、葯が残っていたの」
「やく?」
咲はパチクリと目を見開いた。
「そう、葯――チェア装花に白い百合が使われていたでしょ」
「ああ、はい、使われていましたね」
それが? と咲は花音を見つめた。
「で、百合の雄しべの先にオレンジ色の塊がついてたよね」
「えっ……うーん、たぶん?」
さすがにそこまでは覚えていない。咲は曖昧に返事をする。
「まぁ、そこまで気にならないか……」
花音はクスリと笑った。
「それが葯なんだけど――あれ、百合の花が開いたら、普通は取るものなの」
「そうなんですか?」と咲は首を傾げる。
「うん。そうしないと、花粉が付いちゃって大変だから」
「花粉が付く……」
葯の話をしていたのに、急に花粉が出てきて、咲の頭は混乱する。
それを花音が可笑しそうに笑った。
「葯はね、成熟すると裂けて、その中から花粉が出てくるようになっているんだ。
しかも、百合の花粉は草木染めの染料としても利用されるくらいだから、服に付いたらなかなか落ちないんだ」
「それなら、たしかにドレスに付いてしまうと大変ですね」
咲の言葉に、ねぇ、と花音が相槌を打つ。
「だから、おかしいなぁと思って見てたの」
――『おかしいなぁ』っていう軽い表情ではなかったですけど。
咲はあのときの花音を思い出し、心の中で呟いた。
「でも、結果的に、ドローンからのフラワーシャワーは盛り上がったから良かったよね」と咲に同意を求める。
「あと、披露宴も楽しかったね。無理やり余興に参加させられたのは困ったけど」
肩をすくめた。
――たしかに、結婚式が無事終わったのは、喜ばしいことだけれど。
咲は眉根を寄せる。
花音さんは、それで良かったのだろうか?
「あ、でも、咲ちゃんは知り合いもいないし、つまらなかったかな……」
花音は咲が難しい顔をしているのを、不満があるからと思ったらしい。
「いえ、違うんです」
咲はフルフルと頭を振った。
「結婚式はとても素敵でしたし、楽しかったです。でも……」
「でも?」と花音が続きを促す。
「その、……花音さんは平気なんですか?」
咲は思いきって口にしてみる。
「平気って?」
花音は意味がわからないというように眉間に皺を寄せた。
咲は小さく息を吐く。
「花音さんは……その、まだ文乃さんに未練があるみたいなので……」
「はっ?」
咲の言葉に、花音はキョトンと目を丸める。
「えっ……なにそれ?」
驚いたようにチラリと咲を見、
「もしかして、咲ちゃん、ずっとそんなふうに思っていたの?」
呆れた顔で言う。
「えっ? 違うんですか?」
咲が聞き返すのに、花音はハァとため息を零した。
「全っ然っ、違うよ」と声を荒げ、否定する。
咲はビクリと肩を震わせた。
「あ、ごめん――ちょっと、動揺して声が大きくなっちゃった」
そう言って、前髪を掻き上げた。
「あのね、咲ちゃん。僕、こう見えて結構独占欲が強いの」
「はぁ……」
突然の告白に、なにを聞かされているのだろう、と咲は曖昧にうなずく。
ちょうどそこで車は華村ビルの前に到着した。花音は車をビルに横付けし、ウインカーを上げる。
それから咲へと向き直った。
「だから、好きならきちんと引き留めていたし、譲らなかった」
真っ直ぐ咲の目を見つめ、言う。
「――文乃さんはそうじゃなかった」
「そう、なんですか……」
いつもとは違う真剣な眼差しに、咲は照れて視線を逸らした。
――そんな詳しい事情まで教えてくれなくても大丈夫です。
心の中でぼやく。
「あのね、咲ちゃん」と花音が意を決したように口を開いた。
それと同時に「あれって……」と咲が声を上げた。
花音は拍子抜けし、咲の視線の先に目を向ける。
前方を照らすヘッドライトの丸い光の中に、人影が確認できた。
細身ながら均整の取れた体格で、そこそこ長身の若い男。
顔までは確認できないが、おそらくチャペルの男であることは想像できた。
花音の目が鋭く細められる。
「咲ちゃん、ちょっとここで待ってて」
冷ややかな声で花音が告げ、ゆっくりと車を降り、男に近づいていく。
男は花音との距離が数メートルに縮まったところで、スッと胸に手を当て、お辞儀をしてみせた。
花音は警戒し、ピタリと歩みを止める。




