↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華村花音の事件簿  作者: 川端睦月
百合の葯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/86

百合の葯 ―4―


「夜分遅くに申し訳ありません」


 車のエンジン音に混じって、男の声が微かに聞こえた。


 さらに男は言葉を続けるが、よく聞き取れない。咲はもどかしさに車外へと降り立つ。


 それに気づいた花音が、チラリと咲を振り返り、すぐに男に視線を戻した。


 その視線を受けて、


「……先ほどチャペルでお会いしましたよね。俺は法月(ほうづき)青(あお)って言います」


 男は名を名乗る。


「法月……」


 花音の顔色がわずかに曇った。


「――それで、どういったご用件でしょうか、法月さん?」


 警戒に身構えたまま花音が尋ねる。


 実はですね、と法月が応じた。


「先ほどのチャペルの一件なのですが、なぜか依頼主よりお怒りの言葉をいただきまして」


 両手を挙げ、肩を竦める。


「『式をメチャクチャにしろ』とのご要望だったので、サプライズ演出で、式の段取りをメチャクチャにしてみたんですけど……どうやら、イマイチだったようです」


 ニヤリと口の端を歪めた。


 花音は無言で法月を見つめ、やがて「……あなたは馬鹿ですか?」とポツリと呟いた。


「よく言われます」


 法月が嬉しそうに答える。


 花音は小さくため息を吐いて、首を横に振った。


「――それで、依頼主というのは、二階堂悟のことですか?」


 その問いに、法月は再びニヤリと口を歪める。


「ちょっとそこは機密事項でして」


 そう言うだけで否定も肯定もしない。


「そうですか。では、やはり二階堂の仲間だということでいいのですね」


 花音はそう結論付けた。


「仲間、と言われるのはちょっと嫌かもです」


 花音の言葉に、法月は不満そうに眉根を寄せた。


「あんな下衆な人と一緒にされるのは……」


 そう言った法月の声は嫌悪に満ちていた。


「ただ、その方から新たに依頼を受けまして」

「依頼?」


 はい、と法月は頷く。


「――新たな依頼は、華村ビル(ここ)を燃やせ、とのことでした」


 言い終わると同時に、法月はスーツの内ポケットへと右手を伸ばす。


「なっ……」


 花音が驚きの声と共に、法月の元へと駆け寄る。そして、今まさに懐から引き出さんとする手を力任せに掴んだ。


「あ、残念です」


 法月は揶揄うように笑い、ズボンの左ポケットからライターを取り出す。


「あなたには恨みはないんですけど、すみません」


 謝罪の言葉をくちにして、足元に置かれた紙の束へとそれを放り投げた。


 瞬間、紙の束を赤い炎が包む。それは勢いを増し、あっという間に延焼範囲を広げていく。


「だめっ」


 咲は慌てて紙の束へと駆け寄った。上着を脱ぎ、燃え盛る炎を叩きつける。


「咲ちゃんっ」


 それに花音も加わる。


 しかし、炎の勢いは衰えず、華村ビルの入り口へと火の手が迫る。


「花音さん、咲さん、どいてください」


 悠太が消火器を構え、シャッターの陰から咲たちに声をかけた。


 騒ぎを聞きつけたのだろう。


 悠太は咲たちを押しのけるように前に出ると、手にしていた消火器を構え、紙の束へと吹きかけた。


 勢いよく白い粉が噴射され、炎の勢いを弱めていく。そこに遅れて現れた凛太郎が加わり、ものの数分で炎は消し止められた。


 騒ぎに乗じて法月は姿を消したようだった。


「――よかった……」


 完全に炎が消えたのを確認した咲は、身体の力が一気に抜け落ち、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


「咲ちゃんっ、大丈夫?」


 そんな咲を花音が支える。


「は、はいっ、大丈夫です」


 咲は足がガクガクになりながらも大きく頷く。


「でも、ビルが……」


 ビルの入り口へ目を向けると、ドアの横の白い外壁がわずかに黒ずんでいた。


「あんなの、大したことないよ――咲ちゃんの服こそ……」


 そう言われて手にしていた上着を見る。焦げて黒くなっているところがところどころに見受けられた。


「ああ、大丈夫です。服なんていくらでも買えますから――それより、華村ビルが無事でよかった」


 咲はホッと息を漏らした。


「咲ちゃん……」


 花音が呟き、ギュッと唇を結ぶ。


 それから咲の両肩を押さえ、身体を離す。そのまま、真っ直ぐ咲を見つめた。


 その瞳にはいつもの穏やかさはなく、暗く沈んでいる。


「……花音さん?」


 咲は不安になり、花音の瞳を見つめ返す。


 花音は何かを断ち切るようにゆっくりと首を振ると、


「――咲ちゃん、華村ビルを出て行ってくれないかな」


 静かに告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。