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華村花音の事件簿  作者: 川端睦月
チューリップはよく動く

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7/71

チューリップはよく動く ―1―


「さっきの咲ちゃんの顔ったら……」


 斜め隣の席で、花音はクスクスと声を上げて笑う。


「もう、やめて下さい」


 咲はケーキを頬張る手を止め、花音を睨んだ。


 今は喫茶店を辞去し、アトリエ花音に戻ったところである。


「私、本当に虫はダメなんです」


 さっき食べそびれたケーキと紅茶をおかずに、花音との会話を楽しんでいた。


「あんなに可愛いのに虫を食べてるところ想像したら、急に怖くなっちゃって」

「わかる。僕もその系統だから」


 そう言って花音はとても優雅な仕草で紅茶を飲む。ついつい見惚れていたら、目が合った。


「……そういえば、悠太さんがずっと厨房にいたって、なんでわかったんですか?」


 咲はバツが悪くなり、誤魔化すように尋ねた。


「チューリップだよ」


 花音はティーカップをソーサーに戻し、こともなげに答えた。


「チューリップ?」


 うん、と花音がうなずく。それから、その瞳に怪しい光を宿し、「ここだけの話なんだけど……」と咲の耳に口を寄せた。


 花音のフローラル系の香りが鼻をくすぐり、咲はドキドキしながら、耳を傾けた。


「実はチューリップって動くんだ」と花音が怪しげな声で囁いた。


「……チューリップが、動く?」


 驚いて花音を見ると、すぐ鼻先に彼の顔があり、それでまた驚いて椅子ごと離れる。


 ――びっくりした。


 咲は胸の動悸と顔のほてりを治めようと、顔を押さえたまま、うつむいた。


「あれ、怖い話ダメだった?」


 そんな咲の様子を、花音は怖がっていると勘違いしたようだ。


「まぁ、怖い話ではないんだけど」と花音は明るい声で続けた。


「咲ちゃんは、お花は土から離れると、死んじゃうって思ってない?」

「……思ってます」

「でも、実際は生きているんだ。枯れるその時まで、息をして生きてる――なんなら、枯れたあとだって、種を残して、新しい命を繋いでる」

「すごい生命力ですね……」


 咲は感心した。


「そうだよね。お花って、すごいよね――だから僕は、お花が土から離れたあとも、出来るだけ長く、綺麗に生きられるよう、手助けをしてるんだ」

「素敵な考えですね」


 咲の言葉に、花音は、いやぁ、とおどけてみせた。


「で、話を戻すと、チューリップは生きているから、光を求める」

「光を求める?」


 うん、と花音はうなずいた。


「光屈性(ひかりくっせい)っていう性質なんだけど」

「光屈性……」


 なんだか難しい言葉だ。


「有名なところだと、向日葵かな」

「向日葵?」


 咲は首を傾げた。


「ほら、向日葵って、太陽を追いかけてクルクル動くでしょ」


 そういえば、小学校の理科で習った気がする。


「それが、光屈性――いろんな植物が持ってる性質だけど、チューリップは特にそれが強くて、光を求めてグニャグニャ動くんだ」

「そうなんですか?」

「そうなの。朝に生けたお花が、夜には全然違うほうを向いてたりする」


 暴れん坊なんだよね、と花音は肩をすくめた。


「で、悠太くんの喫茶店のチューリップは、全部、厨房を向いていた」


「あ、それで」


 悠太の喫茶店で、花音がアレンジを見ていた理由が、ようやくわかった。


「だから、長い間、厨房にいたんだろうな、って想像できたんだ」


 花音は推理の種明かしをして、ニッコリと笑った。


「……お花って、奥深いですね」


 花音の話を聞いて、つくづくそう思った。今までなんとなく眺めていた花の、ちょっとしたエピソードを知ることで、別の見方ができるのが面白い。


 チューリップは、咲の中で、随分前に流行った『フラワーロック』のイメージに変わっていた――あれは、音に反応して動くのだけど。


「もっとお花について、知りたくなりました」

「お花だけ?」

「えっ?」

「僕は?」


 花音が悪戯っぽい目を向ける。思いがけない言葉に咲の顔は真っ赤に染まった。


「な、なにを……」

「なーんてね」


 答えに困って慌てる咲を、花音はクスクスと笑った。


「冗談だよ、冗談。咲ちゃんってば、かわいい」


 ――花音さんは意外に意地悪だ。


 咲はプクッと頬を膨らませた。


「まあまあ、そう怒らないで」


 花音は笑いをこらえながら、咲をなだめた。


「――でも、お花のこと知りたいってことは、生徒さんになってくれるってことなんでしょ?」


 嬉しそうに尋ねる。


「お願いしますって言いたいところなんですけど……」


 咲は口ごもった。


「言いたいところなんですけど?」


 花音が首を傾げ、その先を促す。


「ちょっとこれから、忙しくなりそうで」

「忙しくなる?」

「はい」

「お仕事?」

「えっと……」

「それとも、結婚?」


 『結婚』という単語に、咲は小さく肩を動かした。そのままうつむき、黙りこくる。


 その様子に、花音が小さくため息をついた。


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