魔女の館 ―2―
台車に荷物を積み終え、《《魔女の館》》に向かって歩く。木々に囲まれた細い石畳の小道を、台車の上の荷物が倒れないように慎重に押して、建物の中へと入った。
入り口を抜けると、すぐ左手に受付が見えた。
「ここはカフェのほかに、森の資料館も兼ねているんだ」
「森の資料館?」
「そう。元は営林局の建物だから。それに因んで、森林に関する展示を行っているの」
そうなんですか、と咲はうなずいた。
花音は受付窓を覗き込み、「おはようございます」と中に向かって声をかける。
中には数人の人影があり、その中の三十代後半の男性が「華村さんっ」と花音の名を呼ぶ。それから、受付カウンターの横にある引き戸を開け、「おはようございます」と挨拶を返した。
「おはようございます、川上さん」
花音も彼を見、ペコリと頭を下げた。その視線が川上の足に絡みつく小さな男の子を捉える。
「あれ、可愛い子がいますね」と花音が笑った。
小学校に上がる前くらいの川上によく似た男の子だ。
「川上さん、こちらは?」
川上の顔に視線を戻し、尋ねる。
「息子の陸です」
川上はそう言って、陸の頭を撫でた。
「陸、ご挨拶は?」
それに陸は花音と咲を見比べ、警戒するように川上の足の後ろに隠れた。
「恥ずかしかったかな」と花音は苦笑し、肩をすくめる。
「あ、そうだ、咲ちゃん。こちら、今日お世話になるカフェのオーナーの川上さん」
咲に川上を紹介した。
「オーナーと言っても、間借りしてる身ですが」
川上はハハッと笑って頭を掻いた。
「初めまして、田邊咲です」
お辞儀をした咲に、おや、と川上は眉を上げた。
「華村さんこそ、ずいぶん、可愛い子を連れてきましたね……もしかして、彼女さんですか?」
興味深げに咲を見つめ、揶揄うように花音に尋ねる。
いえいえ、と花音はやんわりと否定した。
「今日は悠太くんが風邪をひいてしまったので、代わりに咲ちゃんに手伝いをお願いしたのです」
「悠太くんが風邪を……大丈夫なんですか?」
どうやら、川上も悠太とは顔見知りのようだ。花音の手伝いで悠太もここを訪れているのだから、当然といえば当然か。
「はい。今朝は熱も下がっていましたから。それより、川上さんこそ、どうして子連れなんですか?」
花音の質問に、「実は、先日、第二子が生まれまして」と川上はホクホク顔で告げた。
「子供が? それはおめでとうございます」
花音は深々と頭を下げた。それに、ありがとうございます、と川上は顔を綻ばせる。
「でも、仕事をしている場合ではないのでは?」
花音の問いに「逆ですよ」と川上は答える。
「逆?」
「今は新しい家族のためにバンバン稼がないと。特に今日は華村さんの教室ですからね。せいぜい稼がせてもらいますよ」
「それはそれは。あまり無理はしないでくださいね」
花音が苦笑する。
「気をつけます」と川上は陸の方に体を向けた。
「それで妻も入院しているし、陸の預かり手が見つからなくて。まぁ、それならと、僕のお手伝いをしてもらうことにしたんです」
「なぁ、陸」との呼びかけに、陸は力強くうなずく。
「えらいね、陸くん」
咲はしゃがみ込み、陸と視線を合わせた。
「お姉ちゃんも今日はお手伝いなの」
「お姉ちゃんも、おてつだいなの?」と陸は首を傾げた。
「うん。お花の教室のお手伝いなの。初めてだから、上手にできるか心配なんだ」
咲はそう言って、大袈裟に不安そうな顔をしてみせた。
「だいじょうぶだよ」
陸は川上の足の後ろから飛び出し、咲の頭を撫でる。
「お、陸、一丁前にお兄さんぶってるな」
それを川上が揶揄う。陸はキッと川上を睨みつけ、「陸、おにいちゃんだから」と言い返した。
その愛らしさに、咲は頬を緩めた。
「ありがとう、陸くん」
咲は頭に置かれた小さな手を握り、顔の前へと持ってくる。ぷくぷくと丸みのある、可愛らしい手だ。
「お姉ちゃん、陸くんのお陰で自信が出てきた。今日一日、頑張れそう」と笑顔を返す。
「ほんと?」
陸は繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら言う。
「本当だよ」
「だったら、陸、きょう、お姉ちゃんのおてつだいする」
「え?」
「だって、お姉ちゃん、陸がいると《《じしん》》がでるんでしょ?」
「そうだけど……」と咲は花音を見上げた。
「いいんじゃないですか」
花音がニコリと笑ってうなずく。それから「どうですか、川上さん?」と川上の返事を促した。
「僕は構いませんけど、ご迷惑になりませんか?」
「全然迷惑ではないですよ。こんな可愛らしい子のお手伝いなら、大歓迎です」
花音はそう言って「よろしくね、陸くん」と手を差し出す。しかし、陸はプイッとそっぽを向き、咲の後ろに隠れた。
「あっ、あれぇ?」
宙に浮いたままの手と陸を交互に見つめ、花音が顔を引き攣らせる。
「す、すいません、華村さんっ」
慌てて川上が詫びて、「こら、陸っ」と咲の背中の陸を叱った。
陸はベーと舌を出し、「ぼく、お姉ちゃんのおてつだいをするの」と咲の背中越しに、花音を睨む。
花音は小さく息を吐き、「どうやら、嫌われたみたいですね」と肩をすくめた。
「すいません……」
川上が再度詫びた。
「いいんですよ」
花音は顔の前で手を振り、「そろそろ準備があるので、移動しましょうか」と咲と陸に呼びかけた。




