7.誘惑
「反抗的ではあるが……あいつらよりはマシだな。少なくとも、正義も使命感もある」
ダンザは資料を持ち上げる。
茜。
トウラ王国第一王女、十六歳。
「トウラ……お前も確かトウラの出身だったな」
「はい。僕はただの平民なので、身分は天と地の差がありますけどね。争いとは無縁な、のどかな田舎の小国です」
資料には、数々の剣術大会で優勝と書かれていた。
普通なら、王女が優勝するはずがない。
相手が手加減したと考えるのが常識だ。
だが——先ほどの《鋼》。
八つの瓶だけを正確に割った剣筋は本物だった。
聖剣フェルメリアの候補者に選ばれただけはある。
魔王を貫き、その血を受けた時に、魔力と魔法を宿した唯一の器物。
持ち主を選ぶ剣で、使い手は長年不在のままだ。
予言書はカラーズの誕生以降のページが抜けており、聖剣の使い手が現れるかは分からない。
「お前はどう思った?」
「いくら剣技があっても、実戦で使えるかは別です。粛清対象に手を合わせる王女に、敵が殺せるかどうか」
資料によると実戦経験はない。
平和な小国の模擬戦のみ。
守るということは、綺麗事ではない。
「血に染まる覚悟と、敵に惑わされない強い意思が必要です」
采牙が静かな視線を扉に向けた。
カラーズは魔王を倒す勇者だ。
だが敵は魔王だけではない。魔族たちも相手にする。
最も厄介なのが、魔族幹部だ。
朱嶺の予言書に書かれていない、謎に包まれた三人の幹部たち。
闇色の髪と、金色の目。
彼らは文献に記載された魔王と同じ色を纏う。
『黒なのに、紫や緑に見え、銀に光る闇色』
『赤や青という証言もある』
子どもの頃、昔話で聞いた時には、何を言っているのか分からなかった。
初めて目にした時も、分からなかった。
第一印象は紫で、思い出そうとすると紺色。
そこまで変わった色ではなかったから。
『幹部の闇色の髪って、何色に見えます?』
戻ってきたあと、カラーズ聞いてみた。
みんな「藍色」「紺色」「濃い青紫」と答える。
だが——
『第一印象は、緑だ』とダンザが答え、
『最初は赤だったわね』とリーインが言う。
『銀だろ。緑も赤もねぇよ』と千弦は言った。
文献にも書かれていた。
黒に近い色なのに、誰も黒とは証言しなかったと。
それが、”闇色”。
彼らは魔王と同じ色を纏い、カラーズに匹敵するほどの魔力を持つ。
紋章はいくつあるのか分からない。
何度も戦ったが、少なくとも五種以上の魔法を操る。
姿は半人半獣ではなく、完全なる人型だ。
魔王の最強の配下。
彼らがどのような秘薬または技術により誕生したのかは謎に包まれている。
現時点で、幹部は三人。
しかし、彼らは魔王の血を容易に手に入れられる。
いつ四人目の幹部が出てきてもおかしくない。
戦闘力もさることながら、何より恐ろしいのは、彼らは“敵“として現れないことだった。
優しい顔をして、甘い言葉で魔導士を揺さぶる。
亀裂を生み、味方を増やすために。
『こちらに戦う意思はない』
『魔王様は優しい方だ』
『我々は平和に暮らしたいだけ』
分かっていても、簡単に人の心をかき乱していく。
抗えないほどの“誘惑“——
何人もの魔導士が、彼らの手に堕ちた。
「正直なところ、幹部の甘言に流されないか心配しています」
彼らは茜の善意を利用するだろう。
混乱を生むために。
組織はカラーズ同士の戦闘を禁じている。
千弦やリーインが組織の命令に反しても、
ジェレンが部屋から出てこなくても、
ダンザと采牙に、攻撃命令は出ない。
だが、敵に寝返るなら話は別だ。
「……僕らに王女の討伐命令が出ないといいのですが」
「そんなことはさせん」
ダンザが断言する。
“ならない”ではなく、“させない”。
止めるという強い覚悟だった。
采牙は黙って目を伏せる。
——『こちらへ来い、采牙』
その声が胸に蘇った。
どれほど警戒していても、言葉は隙間から入り込む。
意思を絡め取り、惹きつける。
まるで魔法のように。
ダンザは知らない。
抗うために、どれほどの強い意思を必要とするのかと。
「……そうですね。僕も、王女を討ちたくはないので」
采牙は顔を上げる。
その瞳に宿るのは、確かな覚悟だった。




