5.朱嶺の予言書
「……その話には、続きがあります」
采牙が静かに言う。
「魔王が死んでなかったって話でしょう?」
茜はすぐに答えた。そのくらいは知っている。
「はい。では、なぜそれが分かったと思いますか?」
「え、なんでって……」
「四百年前の襲撃以降、今に至るまで魔王の姿を目撃した人はいません。生きているという確たる証拠は出ていません」
「え、そうなの!?」
オルディアは魔王との戦争の準備をしており、世界中が魔王を警戒している。
実際に世界各地で魔族が暴れ回り、魔導士との戦いを繰り広げている。
魔王自身は姿を現していないが、まさか魔王が生きている証拠がないとは思っていなかった。
「魔王が生きている根拠は、朱嶺の予言書です。予言書に『魔王は生きていて、手下を率いて再び襲う』と書かれていたんです」
一呼吸分の間があった。
「予言書が発見される百年前までは、魔王は死んだとみんな本気で信じていたんですよ」
「え!?」
茜は思わず声を上げた。
「嘘でしょ?本気??」
古代人が残したただの予言。
それを世界が鵜呑みにするだなんて、到底信じられなかった。
「ただの予言書なら無視されたでしょう。でもあれは普通ではなかったんです」
采牙は静かに言った。
「朱嶺の予言書は今から八百年前に書かれたものです。発見当時は七百年が経過していて、保存状態も悪かった。紙は崩壊しかけ、文字は掠れて滲み、とても読める状態ではなかった」
淡々と説明する。
「後半部分は抜け落ちていて、見つかっていないのか、劣化に耐えられなかったのかも分からない。そんな悲惨な状態にも関わらず——」
采牙は少しだけ間を置いた。
「予言書の文字が、分かるんです」
「……どういうこと?」
茜が眉をひそめる。
「原本は資料室にある。俺も見た」
ダンザが続けた。
「文字は見えない。なのに読める。予言というには、それはあまりにも詳細な“記録”だった」
「予言書に書かれているのは、四百年前の戦争からカラーズ誕生に至るまでの、数々の出来事です。それも曖昧な予言ではなく、まるで見てきたかのような記述でした」
采牙が説明を引き継ぐ。
「今までの四百年の歴史において、朱嶺の予言が外れたことは一度もありません。朱嶺は、魔王の襲撃、魔族と魔導士の争い、カラーズの人数とその色まですべて言い当てています」
茜は言葉を失った。
「……最初の魔導士は、魔王が湖に沈んだ直後に誕生しました」
采牙は続ける。
「魔王襲撃直後、湖の周辺で雷を操る者など……魔法を持つ者が突然現れはじめたんです」
そして静かに問いかけた。
「魔王に似た力を持つ彼らを、世界がどう扱ったと思います?」
エメラルド色の瞳が細められる。
「英雄?それとも勇者?」
そして静かな声音で告げた。
「——化け物、です」
茜の肩がわずかに揺れる。
魔王と似た力を持つ彼らを、人々は化け物と呼び、恐れ、迫害した。
それから予言書が発見されるまでの三百年間。
彼らは日陰で生きるしかなかった。
そんな中、予言書が発見される。
『魔王は生きている。手下を集め、再び人々を襲撃するだろう』
絶望的な言葉と共に、そこには希望も記されていた。
『だが、魔王に勝つ方法はある』
『レグナス湖の周辺で魔王の血に触れた者たち、そしてその子孫の一部に、魔法が宿る。魔王と戦うための力だ』
『彼らは邪悪な存在ではなく、希望だ』
『彼ら“魔導士”だけが、魔王に対抗することができる』
その言葉は、
世界に追われた“化け物”たちを、世界を救う“希望”へと変えた。
彼らは魔王を倒すため、朱嶺の予言書を掲げ〈大魔導機構オルディア〉を立ち上げた。
世界は最初、予言書に懐疑的だった。
しかし本当に『魔王の手下』——半人半獣で魔法を振るい、理性なく暴れる魔族が現れはじめると、態度を変えた。
魔族に対抗できるのは、朱嶺の遺した言葉の通り、本当に魔導士だけだったからだ。
世界を味方につけ、オルディアは急速に発展していった。
茜は息を飲む。
「魔導士は魔王の血から生まれ、魔王の力を宿した存在です。魔王を倒す使命を持ち、人々を守るから、魔導士は存在を許されています」
采牙が淡々と続ける。
「だからこそ、魔導士は世界に正義を示し続けなければならない。……それが組織の考えです」
「正義を失った魔導士など、ただの魔王の眷族だ」
ダンザが低く言った。
二人の視線が、床に倒れた亡骸へ向く。
だからこそ。
魔王と戦わない魔導士に、——組織は容赦しない。




