3.六色の勇者
空気が凍りついた。
「……何言ってるの?カラーズはもう生まれないんでしょ?」
茜の声が震えた。
采牙は、『予言書のカラーズはあと一人』だと言っていた。赤のカラーズが誕生すれば、全員揃うはずだ。
「予言はあくまで予言。六人誕生すると書かれているが、七人目のカラーズ誕生が絶対にないとは書かれていない。少しでも可能性があるなら、賭けるのは当然だ」
司祭は当然のように告げた。
「貴重な秘薬を無駄にはできぬ」
「人の命より、秘薬の方が貴重というわけね。……よく分かったわ」
緋色の瞳に怒りが宿る。
だが、茜はそれ以上何も言わなかった。
「そうだ。では、儀式を続行する」
司祭が頷く。
采牙は静かに視線を伏せた。
「皆さん、すみません。儀式の決定権は司祭にありますので、先ほどの僕の提案は忘れてください」
再び、小瓶が持ち上げられる。
だが、次の瞬間。
八つの瓶は同時に砕け散った。
破片が床に跳ね、液体が飛び散る。
「分かったって言ったのは、話し合いが無駄ってことよ」
茜の手に握られていたのは細い剣だった。
当然、儀式の場に凶器を持ち込めるはずがない。彼女が持っていたのは、ただの装飾品の指輪だ。
茜の持つ魔法——《鋼》。
触れたものの金属の形を自在に変える能力が、発動したのだ。
本来なら同じ質量のものに変える程度の魔法。だが、カラーズの魔力はその制約すら捻じ曲げる。
小さな指輪は細身の剣へと姿を変えていた。
剣が再び指輪の形に戻る。
茜は最後の一本を手に取り、司祭へ歩み寄る。
倒れた魔導士が飲むはずだったものだ。
「そんなに秘薬が大事なら、あなたが飲んだらどう?」
司祭が後ずさる。
「ねぇ。全員、歩いて帰っていいわよね?」
炎の瞳が射抜く。茜は更に一歩詰め寄った。
「何をしている!この者を捕えろ!」
だが、ダンザも采牙も動かない。
「カラーズ同士の戦闘は禁止されている。司祭に命じる権限はない」
「ここで僕らが戦えば、あなたも無事では済まないですよ」
淡々と告げると、采牙は候補者を見渡した。
「彼らを解放して差し上げてはいかがです?赤が誕生し、秘薬も破壊された以上、儀式を終わらせても問題はないはずです」
やがて司祭は、苦々しく息を吐いた。
「儀式を終了する。全員、退出せよ」
八人が広間を出ていく。
それを見届け、茜は安堵の息を吐き、秘薬を床へ叩きつけた。
硝子が砕け、赤い液体が魔法陣を汚す。
「——ダンザ、采牙」
司祭が扉の前で振り返る。
「この娘に、勇者の振る舞いを叩き込んでおけ」
重い扉が鈍い音を立てて閉まる。
広間には、三人だけが残された。
冷たい石床の上の陣から、光が静かに消えた。
◇
高い塔の窓辺から、
その光景を見ている者がいた。
青い髪の青年が、頬杖をついて下を覗き込んでいる。
——“青の勇者、千弦〈チヅル〉”
髪と瞳は澄んだ青。
波のない海のように、深く、静かで、どこか冷たい色。
長い前髪が風に揺れ、細い毛束が目元をかすめている。
細められた瞳は、すべてを面白がるようでいて、同時に信用していない。
観察する者の目だ。
「……新しいおもちゃ、かな」
その声には、期待と退屈が同時に混じっていた。
人も運命も、彼にとっては退屈しのぎに過ぎない。
その隣で、白銀髪の女性が微笑んでいた。
——”白の勇者、リーイン”
千弦と同じく、十九歳。
腰まで届く長い髪は、編まれることなく、ただ静かに背中へ流れている。
色はほとんど白に近い白銀。
月光を映したように淡く、どこか現実離れしていた。
瞳は銀色。
感情を映しているはずなのに、底が見えない。
「私の大事な『道具』よ。壊さないでね」
その口調は冗談めいているようで、どこまでも冷たい。
整った顔立ちは紛れもない美貌だが、そこに温度はない。
微笑みは柔らかく、声も穏やか。
それでも、本能的な距離を取らせる何かがあった。
「修理は得意分野だろ?」
「《回復》って言ってくれる?」
二人は冷たく笑い合い、窓を閉じた。
そしてある一室に、采牙からの伝令を受け取る青年の姿があった。
——“紫の勇者、ジェレン“
二十一歳。
カラーズで二番目の年長者でありながら、責任を背負う気配は薄く、育ちの良さと余裕だけが洗練されて残っている。
柔らかく癖のある紫の髪。
余裕を感じさせる深い紫。
触れれば簡単にほどけそうなのに、実際には距離を許さない、不思議な質感だった。
ジェレンは本を片手に、もう一方の手で采牙からの伝令を開く。動作は雑に見えて、無駄がない。
細い黒縁の眼鏡の奥で、紫の瞳が静かに光った。
その色は、夜更けの葡萄酒のようだった。
覗き込めば柔らかく見えるのに、奥までは決して掴めない。
「ふぅん。最後のカラーズ、生まれたんだ」
知的な顔立ちに、薄く浮かぶ皮肉な笑み。
紅茶を注ぎ、何事もなかったかのようにページをめくる。
「……まぁ、僕には関係ないけど」
窓の外では、灰色の雲が渦を巻いていた。
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