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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
2章 未来からの使者

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28.地獄

ダンザが去ったあと、采牙の部屋を訪れたのは千弦だった。


采牙から

〈寮に戻ったら、僕の部屋に連れて来てください〉

と伝令を受け取っていたからだ。


軽くノックして入ると、采牙は机の上に資料を広げたまま座っていた。

薄い灯火が、彼の表情をやわらかく照らす。


「ジェレンは?」

「返事がありません。彼は伝承を聞いていませんし、切羽詰まった状況でもない限り動かないでしょう」


「どーすんだよ、こいつ」

「僕の部屋で預かります。もし寮に近づく人がいたら、伝令を送ってください」


采牙の声は淡々としているのに、その態度がかえって計算高さを感じさせる。

千弦は彼の性格をよく知っていた。


「ジェレンさんの部屋が一番安全なんですが……。お茶会は一応ローブを着せて、魔導士として連れていきます」


幹部たちは、京についてまったく関心を示していない。

あれほど警戒心の強い連中が、少年の存在を取るに足らないものとして扱った。

“時を超える魔法など存在しない”——それが彼らの前提だ。

探られる可能性は恐らく低い。


「分かった」

 

そこで話は終わったはずなのに、千弦は立ち去らず、しばらく押し黙っていた。


采牙が眉を上げる。

「まだ何か?」 


「……なんか食うもの出してやれ。多分朝からこいつ、なんも食ってねぇんだよ。さっき氷だけやったけど」


采牙は一瞬、本気で驚いた。

千弦の口から“気遣い”に属する言葉が出ることが珍しかった。

珍しいどころか、初めて聞いた。


空中の一点を睨むように見つめ、千弦はため息をついた。

そこに京がいると知っているのは、千弦だけだ。


「いーんだよ。采牙は無限に食いもん出せるから」

 

京が千弦に何か必死に訴えているのだろう。

言葉ではなく、千弦の胸にだけ響く声で。

采牙の目が、すこしだけ揺れた。

 

「……意外ですね。『一日二日食べなくても死にゃしない。ほっとけ』とあなたなら言いそうなのに」

 

「お前さ、飢え死にしかけたことある?」

相変わらずの軽さで言うのに、そこに潜む温度はまったく軽くなかった。


「……いえ」


千弦は氷のように冷たく笑った。

「俺もギャーギャー騒ぐ奴ならそうしてたよ。でも京は……無意識に『お腹すいた』って思った後で、俺が聞いてることに気づいて……」


そして笑みが消える。


「『全然平気だよ。一日二日食べなくても慣れてるから大丈夫』……っつったんだよ」


采牙は言葉を失った。

京の明るさが、演技ではないことが伝わる。


「こいつは、食糧を分けてもらうことに、罪悪感を持ってる。ずっと食いもん探してたってのは、多分本当だ。……本当の飢えを知ってる」

「……あなたも?」

「餓死したことならある。あの頃は魔力が少なくて、怪我と飢えを同時に再生出来なかったからな」


あっさりした声なのに、その裏にある過去は重く、暗い。


采牙は黙って立ち上がり、簡単に食べられる野菜や果物を机に並べた。

色鮮やかな果実の匂いが、ほのかに部屋に満ちる。


「……こういうものは、食べられますか?おかゆやうどんの方がいいですか?」

「大丈夫だそうだ。こんだけ元気に動ける奴なら食えるだろ」

「では、お好きなだけどうぞ」


テーブルから次々と果物が消えていく。

その一つがぽいっと千弦の方へ飛んできた。


「いらねぇよ。自分で調達できる」

投げ返しながら、千弦はほんの一瞬だけ頬を緩めた。


最も人間らしい心を持たないカラーズだと、采牙は千弦を評価していた。

なのにその表情と口調には優しさが滲んでおり、采牙は思わず目をそらす。


千弦は立ち上がり、ドアに手をかけた。

振り向かないまま言う。

 

「『采牙にいちゃん、おいしい。ありがとう』……だ、そうだ」

「……どういたしまして」


扉が静かに閉まる。

その余韻の中で、采牙は深く息を吐いた。



零時を過ぎた瞬間、京を包んでいた結界が溶けるように音もなく消えた。


そこには、下着姿に大きな上着を羽織って立つ京がいた。 

さっきまでいた千弦が、上着を着ていなかったことを思い出す。

京は死体の偽装のために服を脱いでいた。

結界を纏った後に脱いだため、姿が見えなかったから皆そのことを忘れていた。

千弦が気づいて貸してやったらしい。


そして、采牙は気づいてしまう。


上着から覗く幼い体は、無数の傷跡が散らばり、あまりにも痩せ細っていた。

その傷は最近できたものではなかった。

半年以上前についたと思われる古傷が、身体中至るところにある。


空から落ちてきたとき、ぶかぶかの服に隠れていた真実。


京は、部屋の外に声が漏れないよう、采牙にそっと顔を寄せる。


「采牙にいちゃん、ごはんありがとう」


小さな声で囁き、にっこりと笑う。

痛ましいほど、普通の子どもの笑顔。


泣き叫ばれるよりも、助けを乞われるよりも。

その笑顔は采牙にひとつの事実を突きつけてきた。


京が生きてきた未来は、地獄だ。


そしてその地獄をもたらすのは——


(……魔王様)


あたたかな笑顔が脳裏をよぎる。

采牙は思わず拳を握りしめた。

 

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