25.偽装
采牙が周囲を見渡して、小さく息を吐く。
「それで……この子どうします?魔族にも魔導士にも見られてますし、朱嶺の友達と公言してしまっていますが」
重たい沈黙を破ったその声に、場の空気が一気に緊張した。
「殺すのが一番早ぇだろ」
あまりにも当然のように千弦が言い捨て、京が飛び上がった。
「え!?やだ!!」
「表向きの話だ」
千弦は露骨に鬱陶しそうに眉をひそめる。
その一言で、京は胸を撫で下ろしたものの、落ち着くにはまだ遠い。
茨雷が腕を組んで頷いた。
「いいと思う。流れは……『全員仲良くしろ』っていうのはみんな聞いてるんだしさ」
少し考えながら、茨雷が続ける。
「『このまま戦うと魔王が復活する。魔族と魔導士が手を取って、このまま魔王と共存するのが一番平和』……って訴えたというのはどう?君らが殺しそうでしょ」
軽い口調だが、内容は容赦がない。
「そうね。話を聞いてみれば過去から来たわけじゃなくて、朱嶺の生まれ変わりを名乗る男に洗脳された少年だった」
リーインが髪を払って続ける。
「そしてその男は魔族との共存こそ世界平和だと純粋に信じてるのよ。だから和平交渉を訴えてる。……これで“危険思想の持ち主”は完成ね」
「いいな。粛清対象だ」
短く言い切ったのはダンザだった。
感情の欠片もない声音に、京が再び震える。
采牙が片手を上げた。
「『予言の続きがある』っていうのは、『カラーズと魔族は死ぬけど、魔王は生きのびる』『茜が殺戮マシーンになって発狂』でどうです?このくらい誰でも言えます。茜さんが発狂寸前なのは、周知の事実ですし」
「それはそうね!ほんと、発狂しそうだったもの。それでいきましょ」
即座に茜が頷いた。
「だからその少年は和平協定を提案した。聞いてみれば、大した予言でもないし、過去から来たわけでもない。ただの危険思想の妄想」
茜はダンザに視線を向ける。
「で、ずっと黙っていたダンザが突然動いて京を殺すの。『大した話でもなかったな』って……うわぁ、やりそう……」
茜が非難混じりに睨むと、ダンザは「否定する気もない」と言わんばかりに黙っているだけだった。
「本物のこの子は《結界》で隠しておけばいい?身柄はそっちで預かるんでしょ」
茨雷が京を振り返る。
「オルディア本拠地に遠隔で魔法をかけ続けるのはきついから、今日だけ隠してあげる。零時に魔法が解けるから、それまでに隠し場所を考えて」
「分かりました」
采牙が頷く。
次の瞬間、京の姿がふっと世界から消えた。
そこに“いる”はずなのに、視界からも気配からも消失している。
「声も聞こえないのは不便では?僕らに感知できません」
采牙が眉を寄せると、茨雷が肩をすくめた。
「会話できるようにすれば、気付かれるリスクも上がるよ。戦場で一言も声をあげずにいられる?」
「千弦には心の声が聞こえるから、このままで大丈夫よ。何か言いたいことがあれば、心で千弦に言いなさい」
これはリーインの言葉だ。
この瞬間、零時まで千弦が京の面倒を見ることが決定した。
「めんどくせぇな」
千弦が舌打ちして京の気配だけを感じ取っているように視線をそちらへ向ける。
そして話はまとまった。
「京、服を貸せ」
ダンザが低く言うと、何もない空間から服が飛んでくる。
見えない京が脱いで投げ渡したのだ。
ダンザは受け取った服を無造作に手にかけ、静かに片膝をついた。
その足元の地面が、ぐらりと揺れる。
土がうねり、盛り上がり、人の形を作り始めた。
——頭部。 胴体。腕。脚。
粗雑で、しかし人だったものの輪郭だけは確かにそこにある。
ダンザは無言で京の服をその土人形へ被せた。
その瞬間、土の表面がざらりと焼け焦げたように色を変え、
ひび割れが走り、崩れかけの炭化死体に変わっていく。
魔力の熱ではない。
圧殺の瞬間に生じる摩擦と圧力で焼けただれた状態の再現だ。
本物としか思えないリアルさに、茜が眉をひそめる。
「……やっぱりダンザ、怖すぎるわ。逆らったらこうなるってこと?」
「必要があればな」
淡々と答えたダンザが手をかざすと、上空に巨大な土塊が形成される。
それは岩どころか、巨大な地層を切り取ったような質量だった。
そして何のためらいもなく、
ダンザはそれを“落とした”。
轟音。
土煙。
やがて土塊が砕け散り、崩れ落ちた中には、潰れかけた炭化死体が転がっていた。
ダンザが千弦を見る。
「最低限でいい。血を貸せ」
千弦が黙って手の平を軽く切り、飛沫のように血を撒く。
それは土に吸われ、赤黒く滲んだ。
死体は完成した。
「……十分だな」
ダンザが立ち上がると、誰も反論しなかった。
その死体は生々しく、あまりにも本物すぎたからだ。
千弦の手はすでに傷一つ残さず再生している。元から何事もなかったかのように。
「これで、僕らは交渉決裂したってことでいいね。この部屋の結界、解くよ」
カラーズが頷くと、彼らを取り巻いていた結界がふっと消滅した。
たった今、一人の少年の“存在”が世界から消された。




