23.守りたい人
衝撃的な発言に、重苦しい沈黙が落ちた。
誰も口を開けない。
信じがたい内容だ。しかし、嘘だと切り捨てるには、あまりにもカラーズの内情に詳しすぎた。
沈黙を破ったのはリーインだった。
「……京、と言ったわね。茨雷と澪を呼んだ理由を説明して。『魔族には言うな』という指示をなぜ破ったの?」
京はきょとんと首を傾げた。
「カラーズに会ったら、別室に呼んで『カラーズに会えたよ』って言えって……あ、魔族には言うなって言われてた!!」
京が慌ててみんなを見渡し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「落ちた時に助けてくれたから、つい……正義の味方な気がしちゃって。……ごめんね」
千弦が苛立ったように舌打ちした。
「で?どうすんだ。ここでこいつら消すのか?」
伝承は魔王を倒すためのもの。
魔族に聞かれた以上、邪魔をされる可能性がある。
この先を考えれば、今消すのが一番早い。
そう言いたげな視線が、茨雷へと向けられる。
采牙が静かに口を開いた。
「それなら、僕は茨雷たちにつきますけど?」
ダンザの目が険しくなる。
「……お前が魔族側だというのは、本当か」
「はい。僕は魔王軍のスパイです」
その告白は静かに、しかし場の重心を確実に揺らした。
「采牙……!」
と澪の声が漏れたが、もう隠す空気ではなかった。
茜が口を開く。
「ほんとに敵なの?訓練の時の優しさも、トウラの思い出も嘘だったってこと?」
「思い出は本当です。『王女が野生的で驚いた』というだけの記憶を、だいぶ美化しました」
さらりと答えて微笑む。
「戦える勇者になってもらっては、困るので。このまま混乱と亀裂を生んで欲しかったんです」
悪びれる様子もない采牙に、茜が唖然とする。
「澪、王女を勧誘するなって言ったはずですけど。仲間に加えたら厄介そうだと伝えましたよね」
采牙の言葉に、澪がため息をつく。
「茜があまりに哀れで、これ以上は見ていられなかった。采牙……やりすぎだ」
澪が軽い非難の目を向けた。
「あなたはお人好しすぎるんです。黙って見ていられる性格じゃないのは、知ってますけど」
采牙の口調に優しさはない。
しかし遠慮のない口調と呆れた表情こそが、かえって彼らの距離の近さを感じさせた。
ずっと前から采牙は魔族側だったことを、言葉よりも雄弁に語っている。
「まさか、お前が裏切り者だとはな」
ダンザが殺気を纏う。
しかし、リーインが冷ややかに笑った。
「でもカラーズは、“伝承集め”に必要なんでしょう?次の条件はカラーズ全員でお茶会、だそうだけど?采牙の協力は必須よ」
澪が淡々と答える。
「魔王様を倒す伝承を、我々が見逃すとでも思うか?ここでその子を殺す方が早い」
「でも、魔族全滅も、人を滅ぼす魔王様も僕らの本意じゃない。魔王を生かす方法がある、というのも悩むところだよね」
茨雷が静かに続けた。
また沈黙が落ちた。
誰もが京の言葉と、それが示す未来を反芻している。
やがて茜が、茨雷を見つめた。
戦場で消えていた光が、茜の目に宿っている。
諦めかけた平和を、少しだけ信じる目だ。
「……もうこの際だから、本当のことを教えて。あなた達の戦う目的はなに?」
茨雷は優しい口調のまま、けれど目だけは真剣に言った。
「僕らの願いはね、このままずっと“無力で優しい人間の魔王様”でいてもらうことなんだ」
「……無力な魔王?」
茜が眉を寄せる。
「魔王様はさ、勇者の聖剣に刺されて湖に落ちた時——追撃を避けようとして、本能で人間に変身した。その結果、なぜか魔法がまったく撃てなくなったんだよ。今の魔王様は、非制御魔法しか使えない」
魔王が使用しているのは同調や再生、不老不死などコントロール不可能な魔法のみ。
人の姿に変えた『変身』でさえ、今の魔王は自在には操れない。人間体となった後、魔王は四百年同じ青年の姿を保っている。
「茨雷」
澪が抑止するように名を呼んだが、茨雷は続けた。
「《同調》ってあるでしょ。他人の心が読める魔法。あれ、同種族にしか通じないんだけどさ。
魔王様はね、人間になって初めて人の心がわかったんだ。優しい人に会えて、優しくなった。……それが今の魔王様」
静かに目を伏せる。
「でも、それがいつまで続くかは分からない。身の危険が迫れば、本能で元の姿に戻るだろう。また人の心がわからなくなり、ただ人々を襲う化け物に戻る可能性はある」
茨雷の声は淡々としていたが、その裏に切実な願いが滲んでいた。
「予言書によれば、魔王を脅かすのはカラーズだけ。カラーズさえ滅ぼせば、魔王が真の姿に戻る可能性はかなり減る。だから、君らカラーズを倒そうと思った。それが……僕らの戦う理由だよ」
澪が続けた。
「今の魔王様は、本当に人を好きなんだ。そのままでいてほしい。この記憶があれば、元の姿に戻ったとしても人の心を知る魔王様でいてくれるかもしれないと思っていたが……」
続く言葉を飲み込む。
「今はどうあれ、元の姿に戻れば、化け物は化け物みたいだな」
続けたのはダンザだ。
「いつ人を襲うか分からない魔王など、倒すしかないだろう」
吐き捨てるように言う。
「じゃあ、このまま戦争するの?」
茜の問いが、場を静かに締め上げた。
「最悪な未来になるって、あの朱嶺が言ってるんでしょう?」
朱嶺の予言は、今まで外れたことがない。
予言というよりも、まるで見て来たかのように詳細な記録だった。
文字が掠れているのに、なぜか読める。
——予言書は、未来の魔導士が魔法を使って残した史実。
信じがたいのに、それで全てが説明できた。
ダンザが沈黙する。
事実だと認めている自分がいたからだ。
他のカラーズも同様だった。
誰もが京が告げた言葉を、否定できないでいる。
「君たちはどうなの?時を超えて来た、未来の史実。……そんな話を本気で信じられる?」
茨雷が尋ねる。
「信じるとかは置いといて」
口を開いたのは千弦だ。
「オルディアに采牙が魔族だと気づいてる奴はいねぇよ。誰が最初に気づくか、楽しみだったからな。ついでに、俺の〝冤罪″、組織は誰も信じなかったぜ」
采牙が意外そうに千弦を見た。
「大量殺人犯の死刑囚というのは、冤罪だったんですか?」
「逆だ。組織ではそういう話になってたけどな。冤罪で死刑になったから、腹いせにそいつら皆殺しにしたんだよ」
軽く笑いながら千弦が訂正した。
千弦が、大量殺人を犯した死刑囚であることは、組織に来て日が浅い茜以外のカラーズ全員知っている。
だが、その経緯は誰も知らない。
「……茜にフェルメリアの試験をもう一度受けさせる話は、聞いていない」
ダンザが言った。
「一度落ちた試験だ。二度目を受けさせる可能性は低い。采牙、何か知っているか?」
「僕も聞いていません。……もし、今後二度目の試験の命令が出たら、伝承の信憑性は増しますね」
そして采牙が引き継ぐ。
「僕への言葉が、『魔王が心のない化け物になって世界を滅ぼす』でしたが……魔王が、心のない化け物だなんて、オルディアの常識では?あれは、そうじゃないと知っている人の言葉です」
魔族は、魔王が優しいことを知っている。
「だけど、魔族はカラーズの内情までは知りません」
空気が静まり返る。
「もし仮に、さっきの言葉がすべて事実だとしたら」
ダンザが吐き捨てるように言う。
「……最悪だな」
返事はない。
だが、その場にいる全員の同意だ。
千弦もリーインも、世界や未来に興味はない。
魔王が世界を滅ぼしても、関係のない話だ。
だが、そんな彼らにとってさえも、最悪な未来が突きつけられている。
世界がどうなっても、それぞれに叶えたいものがある。
朱嶺を名乗る者が言うには、誰もこの先の未来で叶わない。
再び、長い沈黙が落ちた。




