21.伝承魔法
突然、少年——京が、茨雷の袖をちょん、と引いた。
「ねぇ、この辺に個室ないかな?内緒話できるところ!みんなに聞かれない天幕とか!」
京は明るい調子だが、その目だけはどこか急いでいる。
「……結界の方が早いよ」
茨雷が短く応じると、その場にすっと指を走らせた。次の瞬間、京と茨雷を中心に空間が静かに閉ざされ、外界の気配が遠ざかる。
「カラーズのみんなも来て!朱嶺にいちゃんの予言を伝えるよ!」
京の呼び声で、カラーズ、茨雷、澪だけが結界の中に集まった。
「外からはこの中の様子は見えないし、聞こえないよ。これでいい?」
茨雷の言葉に、京が笑顔で頷く。
「うん、ありがと!」
誰も特に整列することなく、好きな場所に腰を下ろしたり、立ったまま腕を組んだりしている。
京は中心で、ぽすんと座った。
「えーっと……じゃあ、伝えるね。いい??」
全員の頷きを見て、一度深呼吸した。
そして、天井を見上げる。
「にいちゃん。“カラーズに会えたよ”!」
その瞬間だった。
ふわりと、髪を揺らす程度の小さな風。
京の表情が変わった。
笑みも、まなざしも、色を失ったように静かに凍りつく。
京の口が、ゆっくりと、意志のない動きで開く。
「——俺の名前は朱嶺。伝承の魔法を使って、未来の記録を伝える」
その声は京のものなのに、まるで別人だった。
感情が一切なく、音だけが淡々と落ちていく。
「俺は過去の人間ではなく、未来の人間だ。これから伝えることはすべて、実際に起きた史実だ」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「まず結論から言う。これから起きる魔王との戦争で、お前たちカラーズは全員死ぬ」
誰も、すぐには反応できなかった。
息を飲む音が、遅れて重なる。
言葉の意味を理解するより先に、空気だけが沈んでいく。
誰もが、無意識に京へと視線を向けていた。
「魔導士は敵の結界に阻まれ、戦場に近づくことすらできなかった。そのため多くが生き延びている。現在残っている記録は、彼らが観測した戦闘の記録だ」
魔族幹部とカラーズの殺し合い。
魔王との決戦。崩れ落ちる城。
端的な事実だけが、淡々と告げられていく。
それでも、その光景は鮮明に浮かび上がった。
「魔族幹部、および魔族も戦争で全滅した。生き延びたのは魔王のみ。オルディアの魔導士から魔族になった者のうち、死亡が確認できていないのは一名だけだ」
わずかに間が置かれる。
「名前はシキ。戦闘中に姿を消した」
リーインが、息を飲んだ。
家族を奪った仇。リーインが復讐を誓った相手。
魔族が全滅した後に、その存在だけが生き延びる可能性。
「どうして……」
思わず声が漏れた。
「ジェレンは、魔王の手でカラーズが全滅して初めて戦場に姿を現した。そして魔王を封印した」
淡々と京が言葉を紡いでいく。
「だが、封印は完全ではなく、七百年後に解ける。——今、俺が生きている時代だ」
空気が、重く沈んだ。
「今から二年前に、封印は解けた。そして現在、世界は地獄の中にある」
感情のない声が、現実を突きつける。
「地は砕け、水は枯れ、草すら生えない。昼夜を問わず魔王が現れ、人々を蹂躙する。世界は、まもなく滅びるだろう」
未来からの伝言などあり得ない。
冷静に切り離そうとする思考とは裏腹に、その言葉の重さが心を揺らす。
「それが俺のいる世界だ。そして、お前たちの世界の延長線上にある未来でもある」
わずかな間が空く。
「魔王を倒す力を持つ者は、歴史上カラーズ以外に存在しない。
だから前世の俺は、時を遡る魔法を使い、カラーズの元へ向かった。未来を変えるために」
時を遡る魔法なんて、誰も聞いたことがない。
それでも静かに続く声を、遮る者はいなかった。
「だが魔法は失敗した。俺はカラーズが生まれるより遥か昔の時代へと落ちた。その時代で俺が、伝承魔法を使って書き残したもの——それが〈朱嶺の予言書〉だ」
わずかに、場の空気が揺れた。
魔導士なら誰もが知っている。
大魔導機構オルディアの発足のきっかけとなり、カラーズを予言した古代の書物。
「予言書の前半には史実が、後半には未来を変えるための戦略が記されていた。
だが後半が発見されたのは、お前たちが死んだ後の時代だった」
前半部分もページは破れ、あるいは抜け落ち、破損した部分は見つかっていない。
「その結果、歴史は変えられなかった。未来は繰り返され、そしてまた俺が生まれた」
誰も口を挟まない。
理解が追いつかないまま、それでも耳を離せなかった。
「俺に前世の記憶はない。だがこの予言書の存在が、歴史が繰り返されている証拠だ」
その言葉には迷いがない。
「俺は一度、失敗している。だから今回は、俺ではなく京を送る」
京の表情は変わらない。
だが、その言葉だけが異質な響きを持っていた。
「未来を変えるために必要な情報は、すべて伝承の魔法で京に封じた」
これから起きる出来事。
カラーズの力を最大限活かすための研究。
魔王を倒すための戦術。
「それらの記録を、京の中に刻んでいる。それがあれば、未来を変えられるはずだ」
淡々とした声の温度は変わらない。だが、その口調には確信が宿っていた。
「ただし、伝承には発動条件がある。それぞれ条件は異なり、京には条件も内容も知らせていない。京を拷問しても無駄だ」
わずかにまた間が空いた。
「一つ目の条件を伝える。——紫のジェレンと顔を合わせ、カラーズ全員でお茶会を開くこと。まずは、あの引きこもりをなんとかしてくれ。続きはそこで話す」
「……お茶会?」
思わず、茜が呟いた。
あまりにもこの場に似合わない言葉だったからだ。




