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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
1章 最低な救世主たち

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20.光

砦の近くに魔族が現れたと報告が入った。


魔族の幹部が“魔物”と呼ぶものではない。

揃いの軍服を身に纏い、自ら魔王の配下を名乗る者たちだった。


戦場に立つ魔導士たちの間に緊張が走る。

空気が、ひりつくように冷える。


茨雷と澪が先陣を切って現れ、その背後に魔王軍が整然と並んだ。

灰色の空の下、魔族と魔導士、ふたつの軍勢が静かに向かい合う。


茜もその列の中にいた。



あの訓練の日。

何度も死の恐怖を叩き込まれ、“殺すこと”を選ばされた日。


あの瞬間から、茜の中の何かは止まったままだ。



澪はその変化に気づいていた。

かつての茜にあった、揺らぎながらも消えなかった光が、どこにも見えない。


「……ボロボロじゃないか」

責めるのではなく、ただ痛ましそうに。


茜は自分の体を見下ろす。

千弦との訓練での怪我は、リーインが全て癒している。

今ある傷はダンザとの訓練によるものだ。

 

怒号だけが響く訓練場で、敵を殺せと責め立てられながら、技を磨いた時のもの。

 

「ボロボロ?」


自分では分からない。

怪我は大したことはない。“普通”に身につく程度のものだ。

「……普通でしょ?」


だが澪は、静かに首を振る。

「オルディアでは……仲間に、ここまでするのか?お前はカラーズだろう?」

その問いに、わずかな怒りが滲む。


「このくらい当然のことでしょ?敵を殺せない勇者は、許されないから」

茜の声は乾いていた。


突き刺すような視線と、訓練でできた傷やあざ。

それは、まともな戦えない自分への当然の罰だと、受け入れられるようになっていた。


「……茜」

 

澪が一歩、歩み寄る。

その足音だけがやけに鮮明に響いた。


「魔王軍に来い」


命令ではない。

手を差し伸べるような響きだった。

 

「私たちは、仲間を傷つけることはしない」


茜は笑って首を振る。

「戦う相手が、魔導士になるだけでしょう? どうせ私には殺せないわ」

 

「戦わなくていい」

澪の返答は即座で、迷いがない。


「魔王様は、何も強要はしない。人に戻した魔物たちの中には非戦闘員を選ぶ者も多い。軍を抜けるのも、自由だ。魔王様が私に戦えと命じたことは一度もない。……ここに立つと決めていいのは、己の意思だけだ」


「魔王が……?」

思わず聞き返す。

それは、あまりにも想像とかけ離れていた。


化け物。怪物。世界を滅ぼす存在。

そう教えられてきたはずなのに。


「魔王様は、お優しい方なんだ」

澪の声は静かだった。

崇拝ではなく、ただ事実を述べるように。

 

「今は人間の姿をしている。人として生きていくことを願ってる。世界を滅ぼす気なんてない」


茜の眼が、かすかに揺れる。

「……優しい?」

理解が追いつかないことへの戸惑いだ。


「そう」

頷いたのは茨雷だ。

「一緒に食べるし、一緒に働くし、よく笑う」

その口元に、柔らかさが浮かぶ。

「……本当に、優しい方だよ」


信じられない言葉だった。


だが、二人の金の瞳は、揺らいでいない。

打算も焦りもない。

嘘をついている目ではなかった。


「裏切ったカラーズを、魔王は信用するというの?」

嘲笑うように茜が呟く。

 

「する。私が、信じたものなら」

澪の迷いのない即答。

 

「私はお前を信じる。来い、茜」


これが、敵の“甘言”。

茜は嫌と言うほどダンザから聞かされた。


彼らは心の隙間に容易く入り込み、惑わせ、手下に取り込むのだと。

分かっている。それでも——。


「誰も殺さなくていい」


澪が、迷いなく言う。

茜の胸が強く締め付けられた。


一番、聞きたかった言葉だった。




「——世界は、どう思うだろうな」

黙って見ていたダンザが口を開いた。


「世界を救う救世主である王女が、人々を裏切り、魔王についたなどと知ったら……」

その声は驚くほど冷たい。

「トウラ王国は厳しい立場に立たされるだろう」


それにリーインが続いた。

「仮に、トウラを魔族が襲撃したとして……組織を裏切った国を組織が守ってくれるといいわね」


茜が息を飲む。

故郷の風景が脳裏に浮かぶ。

 

唇を噛み、剣を抜いた。


「……私ね。ずっと考えていて、気づいたことがあるの」


ぽつりと呟く。


「心から魔族と仲良くできると思っていた訳じゃなかった。私はただ……戦いから目を背けたかっただけだって」


組織のやり方をひどいと思ったのは事実だ。

だけど本当は、自分が戦いたくなかっただけ。

自分の手を汚すのが嫌だっただけだ。


だから、戦わなくていい理由を探していた。


「殺したくない理由も、ただ……自分が傷つきたくなかったから。戦場で殺さないことが、どういう意味なのか……“死なない地獄“で思い知ったわ。やっと分かったの」


言葉を区切り、澪を見つめる。


「魔族と手を組むよりも、魔王を倒す方が、安心してみんなが暮らせる……って」


そう答える茜の瞳は、迷いに満ちている。

声は震えていた。

 

「誰も殺したくない。……でも、あなたたちと行くことはできない」


「そっか。それが君の答えなんだね」

茨雷の目に、哀れみと寂しさが浮かぶ。


「分かった」

澪もゆっくりと頷く。


「ならばこちらも、全力で相手をする。全軍、かか——」


その時だった。




「その戦い、ちょっと待ったぁ——!!!」




澪も、茜も、そして両軍の誰もが同時に顔を上げた。


空から、何かが降ってきた。




「落ちる落ちるっっっ!誰か助けてええええ——!!!」


叫び声とともに、空を舞う人影。


茨雷がカラーズに視線を向けるが、誰も状況を理解していない。

敵ではなさそうだと判断し、彼は手をかざした。


金色の風が渦を巻き、落下する影をやわらかく受け止める。


ふわり、と地面に着地したのは、まだ幼い少年だった。

 

年齢は、十歳くらい。

乱れた髪で満面の笑みを浮かべたまま、少年は勢いよく茨雷の手を掴んで振った。


「ありがとっ!!めちゃくちゃ助かったっ!!!」


「……君は誰だ?」


茨雷の問いに、少年はぱっと振り向く。

 

魔族も魔導士も関係なく、その場にいる全員を見渡して満面の笑みを浮かべた。


「はいっ!おれの名前は京(キョウ)!予言者・朱嶺(シュレイ)の友達で、伝言を預かってきました!」


「……朱嶺?」


ざわめきが広がる。

その名を知らぬ者はいない。


だが、彼が存在した時代ははるか昔だった。


魔王の襲撃、魔導士の出現、飛躍と救世主の誕生を予言した——古代に生きた予言者、朱嶺。


「まさかカラーズの誕生を予言した予言者のことじゃないだろうな?」

とダンザが低く問う。

 

「うんっ!そうそう」

京がパッと嬉しそうな顔で頷く。

 

「わぁ、本物のカラーズだ!!すごい綺麗な色だね!」

そしてダンザを見上げて、目を輝かせた。


「よかったぁ、ちゃんと来れたんだ。おれ、朱嶺にいちゃんのいた時代から、ここまで飛んできたんだよ!あ、朱嶺にいちゃんは、予言者の朱嶺のことね」


「飛んできた?」

千弦が眉をひそめる。

 

「うん、なんかこう……びゅんって」

手で放物線を描く京。まったく説明になっていない。


「……意味がわからないが、彼の言っている内容が事実だ」

澪が息を吐く。

「は?どういう理屈だ。古代から来たってのか?」

千弦も眉をひそめる。

「時空を超える魔法なんて、聞いたことないよ。自称・朱嶺の生まれ変わりがいるんじゃない?」

茨雷が首を傾げた。


《同調》能力を持つ三人が、互いに視線を交わす。

嘘ではない。

理屈はわからないが、少年の言葉はすべて“事実”だ。


「にいちゃんから、『予言書の続きを伝えてくれ』って頼まれたんだ。あの予言書って、この時代にはまだ半分しか見つかってないでしょ?から、予言書の内容をちゃんと伝えてほしいって」


それは事実だった。

遺跡から発見された朱嶺の予言書は完全な形ではなく、その後半がまだ見つかっていない。


「あと、伝言も伝えて欲しいって言われたんだ」

魔王軍と魔導士軍。

その両方に囲まれているというのに、京の表情も口調も、無邪気そのものである。


「……で、その予言書の続きというのは?」

采牙が続きを促す。


「うん、じゃあ先に朱嶺にいちゃんの伝言から伝えるね」

 

京は胸を張り、ふんぞり返るように立つ。

そして、どこか芝居がかった口調で声を張り上げた。



「“お前ら、いい加減に仲良くしろ!“」



あまりにも唐突な言葉に、誰も反応できない。

風の音だけが、戦場を抜けていく。


そんな彼らを見渡して、京がにこっと笑った。

「だ、そうです!」


戦いの予感で張り詰めていた空気がほどけた。


怒ることも、疑うことも、呆れることも、

その一瞬、誰もが忘れていた。


あの少年の無邪気さが、あまりにも真っすぐで、あまりにも現実離れしていて——

だからこそ、本当に“希望”のように思えたのだ。


澪が静かに息を吐く。


「……まったく意味が分からん」



少年が落ちてきた空を仰ぐ。

雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいた。

 


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