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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
1章 最低な救世主たち

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18.死なない地獄

午後の訓練場。

陽光を遮るほどの魔力が、張り詰めた空気の中に渦巻いていた。


茜はまだ戦場で一人も殺していない。

そのせいで味方の犠牲ばかりが増えていく。

 

ダンザの訓練は容赦なく茜を追い詰めていた。


幾度となく地面に叩きつけられ、怒号が浴びせられる。周りの魔導士はもう茜に見向きもしない。

 

その時だった。


「よう」

軽く片手を上げて、千弦が現れた。


その何気ない声に、訓練場の空気が一瞬で変わる。

茜は反射的に背筋を伸ばし、ダンザが険しい目で睨みつけた。


「お前の訓練は生ぬるいんだよ。代われ」

ダンザが返す前に、千弦が勝手に言い放つ。

 

「戦場で役立つ駒を作りたいなら、生きるか死ぬかの特訓じゃなきゃ意味ねぇよ」

その声には、淡々とした殺気が滲んでいた。


「殺しはしねーよ。てめーらがうるさいからな。命だけは保証してやる。——おい、お前。紋章の位置はどこだ?」


茜は言葉に詰まった。

魔導士にとって生命線でもある。

紋章は魔法攻撃を受けて面積の半分以上を損傷すると、消失する。

その位置を決して人に知られてはならないと、魔導士は教わっている。


「壊すためじゃなくて、守るためだよ。そこだけは攻撃しないでやる。素直に言わなきゃ、勝手に確かめるけど?」

軽く笑いながら千弦が問い詰める。


「……紋章の、場所は……」

「もういい、分かった」


声に出す必要はない。頭に浮かべた言葉なら《同調》の能力で聞こえるからだ。

だが、茜はそんなことを知らない。

千弦もわざわざ説明はしない。


戸惑う茜にお構いなしに、

「じゃ、始めるか」

あっさり言うと、音もなく千弦が動いた。


風が裂ける音がして、茜の身体が吹き飛ぶ。

無数の刃が茜の皮膚を切り裂いた。


倒れた瞬間に白い光が茜を包み、瞬く間に傷が癒えていく。

いつの間にか背後にリーインが立っていた。


「リーイン……?」

「早く立たないと、次が来るわよ」

「え?」


そこからは、一方的だった。

茜の攻撃は全て読まれ、かわされ、逆に千弦の魔法が確実に肉を裂く。

 

痛みと恐怖、回復と再びの痛み。

それが何度も繰り返された。


「あれのどこが訓練だ。吐き気がするな」

ダンザが顔をしかめる。


千弦の魔法が発動するたびに、茜の体を刃が貫く。

悲鳴を上げて倒れるたびに、リーインが回復魔法を施す。

痛みは消え、肉体は元通り。

だが恐怖は確実に茜に刻まれていく。


「立てよ。体は無傷なんだろ」


その足元から、氷が走った。

声にならない悲鳴を上げながら、茜の体が瞬く間に首まで凍りついた。


「……嫌、やめて……!」

 

「死ぬ前には、出してやるって」

頭の先まで氷が包み込む。


指先の動きひとつで、氷が砕け散った。

茜が咳き込み、床に膝をついた。


「反撃してこいよ。面白くねぇな」

千弦が隣にしゃがみ込み、笑う。

「今で何回死んだ? 五回?十回?……次はどう死にたい?」


「もうやめて……」

 

「これ、全部お前がいつも戦場でやってることだけどな」

その声は、冷たく、静かだった。


「回復されずに死ぬのを待つって地獄だろ?下手に生かしても、回復されてまた戦場に送られるだけだ」

ただ、淡々と事実を告げる声。


「なんでお前、敵を殺してやらねぇの?何度も切り刻まれて苦しむより、ひと思いに殺す方が親切だろ」


青色の目が探るように細められる。


「お前の『殺したくない理由』って、何?」


茜は震える声で答えた。

「……死んだら終わりだから。この先の楽しいことも嬉しいことも、全部なくなっちゃう。どうしても考えちゃうの。他に戦わずに済む方法はないのかって……」


千弦は鼻で笑った。


「あなたはどうして戦うの?使命感や魔族への憎しみではないでしょ?」

 

「あぁ、違ぇよ。——うるさいから」

 

「うるさい?」

「あぁ。『助けて』だの『怖い』だの、全部うるせぇんだよな。その声が消える瞬間が、好きなんだよ」


あまりにも軽い声で。

あまりにも、本音だった。 


茜が息を飲む。


「……あなた、それでも人間なの?」

声が震えた。


「さぁ?色々呼ばれてきたな。救世主なのか、化け物なのか、もう分かんねぇよ。《再生》がなければ、とっくに魔族にされてただろうしな」

軽い口調だった。


「立てよ、茜。次はてめぇが殺す番だ」

「え?」


「俺は《再生》能力者だっつったろ。再生の紋章さえ壊さなきゃ、何しても生き返る。俺を殺してみろよ」

 

「……そんなことをして、あなたに何の得があるの?」


「別に?“殺したくない、死にたくない、戦いたくない”

お前の声が一番戦場でうるさいんだよ。——その声を消したら、面白いだろうなって」


おもちゃを見つけた子供のような顔で、千弦が笑う。


「まぁ、ためらう気持ちはわかる。誰だって最初はそうだ。慣れだよ、こんなん」

彼は茜の剣を拾うと、地面に突き刺した。


「一度でも俺を殺せたら、訓練は終わりにしてやる。嫌なら、さっきの訓練を続けるか?」


茜は震えながらも立ち上がり、剣を握った。

このままにすれば、また死ぬ目に遭わされる。


死にたくない。

その恐怖が、体を動かした。


「あなたの紋章の……場所は?」

 

「言わねぇよ」

即答だった。


攻撃を受けない自信があるのかと思った。

その心を読んだのだろう。


「《同調》と《氷》は、紋章が壊れても《再生》で直る。……《再生》の場所だけは、死んでも人に教えたくねぇだけだ」


茜を侮っているわけではない。

《再生》の紋章を破壊されれば、生き返らない。だから他人に明かす気がないだけだ。


「一度でも倒したら……本当に終わりにしてくれる?」

「あぁ」


(この人は、生き返る。だから——)


茜の剣が、千弦を貫いた。

 

血の匂い。重い音。

一瞬、千弦の顔が苦痛に歪む。


「……どこ狙ってんだよ、下手くそが」

血の滴る刃を引き抜きながら、千弦が笑った。

 

「心臓はもっと上だ。やり直せ」

血が止まり、瞬く間に傷が癒えていく。


「嫌……」


「じゃあまた、戦場で魔導士を犠牲にすんのか?てめぇが迷えば、そうなるぜ」

剣を放り投げる。

 

「庇ったのがリーインじゃなかったら、お前のせいで誰かが死んでた」

「……っ」


血溜まりに倒れるリーインの姿が浮かぶ。

茜が叫びとともに剣を振り抜いた。

 

刃が肉を裂き、血が再び地面を染める。

温かい血が手に伝わり、指が震えた。


「……だから、そこじゃねぇっつってんだろ。目を閉じるな。やり直せ」


何度剣を振るっても同じだった。

こんな訓練を一刻も早く終わらせないのに、切り裂いた傷は瞬く間に癒えていく。


「もう一回」

同じ言葉を千弦が淡々と言った。


一瞬の静寂。

茜の手が震える。視界が滲んだ。


「ただ斬るだけで殺さないってのはな。……相手にとっては、命で遊ばれてんのと一緒なんだよ」

千弦の声に静かな怒りが滲んでいた。


「もう一回だ。斬るならちゃんと殺せ」

その声は、氷の上を引きずった靴音のように冷たかった。


「もう、やめて」

震える喉から、ようやく言葉が漏れる。

千弦は、頷くでも怒るでもなく、ただ薄く笑った。


「お前が俺を殺すまで、同じことをやらせるぞ。俺を何度刺すつもりだ?一回で終わらせてくれよ」


自分が刺される側でありながら、飽きたような口ぶりだった。

ほんの遊戯の延長のように、氷の刃が千弦の指先に生まれる。


「やらねぇなら、俺の番な」


次の瞬間、氷が青白い光を引きながら飛ぶ。

茜の肩を貫き、鋭い痛みが身体を裂いた。

息が止まり、悲鳴が遅れて喉を突き破る。


その刹那。


空中に、巨大な氷刃が出現した。

千弦の攻撃とは比にならない大きさと魔力密度。

それは茜ではなく、千弦へ向けて一直線に落下する。


千弦は口元に笑みが浮かべたまま動かない。


轟音。


千弦の身体を貫き、そのまま地面へ叩きつけた。

おびただしい量の血が飛び散り、茜の視界を赤く染める。


仰向けに倒れ、宙を見つめる青の瞳から、光が消えた。



 

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