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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
1章 最低な救世主たち

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17.復讐

騒然とする魔導士軍の中で、ただ風の音だけが耳に残っていた。


魔族にとっては絶好の機会だった。陣は乱れていたし、追撃すれば大打撃を受けたに違いない。

それなのに、澪は短く「撤退」と告げ、魔族たちは影のようにかき消えた。


まるで、もともと存在しなかったかのように。


「采牙、伝令を飛ばせ。回復魔導士を総動員しろ、リーインを死なせるな!」


ダンザの声が救護室に響く。

腕の中のリーインは苦しげな呼吸をしている。

 

「すでに手配済みです」

采牙の声に焦りが滲んだ。


カラーズである彼女なら一瞬で治せる傷。

だが、並の回復魔導士には癒せるか分からないほどの深手だ。


《回復》は万能ではない。

体は死に向かって進み続ける。それに回復が間に合わなければ、救うことはできない。

回復速度は魔力の量に比例する。


リーインには複数の回復魔導士がつき、魔力が枯れれば次の者が入れ替わった。


昼夜を問わず回復魔法が施され、どうにか一命は取り止めた。

だが傷はかなり深く、内臓の損傷も大きい。


付きっきりで回復を施しても、治療を終えるまでに数日はかかるだろうと告げられた。


「茜さん、手が空いているならこちらにお願いします」

 

救護室の中央で、采牙が《植物》を操り薬草を生み出していた。

その手つきは静かで早く、どこにも迷いがない。


「回復魔導士がリーインさんにかかりきりです。救護が手不足なんです」

采牙は《植物》で薬草を生み出すと、慣れた手つきで次々と薬を調合していく。

 

麻酔、止血、毒抜き。

淡々とした作業の奥に、焦りの影だけが沈んでいるのが分かった。


茜は包帯を取り、負傷兵の腕に巻きつける。

それは剣士として慣れた動きのはずだった。

けれど戦争の傷は、剣術試合で見慣れたものとは違いすぎた。


泣き声と呻き声が響く。

直せるはずの傷が、ただ布で覆われていく。


茜の指に、誰かの視線が刺さる。

背後から刺すような怨嗟を感じる。

 

あのとき茜がとどめを刺していれば、リーインは倒れずにすんだ。回復魔導士は今ごろ彼らを癒していた。


その現実だけが、じりじりと胸を焼いた。


「……リーインさんの方は大丈夫です」

采牙の声は、落ち着いていた。

 

「もう命の危険はありません。後悔しても、状況は変わらないんです」

少しだけ茜の方に視線を向ける。

 

「だから今は、できることだけをしましょう。リーインさんより彼らの方が危険です」


茜は采牙の焦りは、魔導士へと向けられているものだと気づく。

回復魔導士のついているリーインは、数日で治ると言われている。

危険なのは、本人の回復力に頼るしかない魔導士の方だった。


茜は黙って頷き、包帯の端を結んだ。

 



数日後。

リーインが目を覚ましたと聞き、茜は病室を訪れた。


薄暗い部屋の中、リーインは上体を起こしていた。

常に付き添っていた回復魔導士たちの姿はもうない。


「もう平気よ」

リーインは穏やかに笑う。

「完全には治っていないけれど……私だけが治療を独占する訳にはいかないものね」


「……ごめんなさい」

茜の声が震えた。

「私がちゃんと倒していれば……あれほどの怪我を……」


「気にすることじゃないわ。私が勝手にしたことよ」

リーインは茜の言葉を遮る。


「でも……私のせいで」


「茜」

リーインが優しく微笑む。

「じゃあ、私に力を貸して。それで今回のことは貸し借りなしにしましょう」


「え……?」


リーインはゆっくりと視線を上げた。

彼女の声は静かで、いつも通りだった。


「家族の仇を取りたいの。それが、私が魔族と戦う理由よ」


その言葉が、部屋の空気を変えた。

静かで、冷たくて、逃げ場がないほどまっすぐだった。



「……五年前のことよ」


リーインは孤児院で育った。

院長は気丈な女性で、悪事をすれば拳骨が飛ぶ。

けれど温かい手で頭を撫でてくれる、そんな人だった。


孤児たちは皆、彼女を「かあさん」と呼んだ。

リーインにとって、その小さな世界はすべてだった。


「私が用事で出ている間に、村が魔族に襲われたの。戻った時には、もう……孤児院は炎に包まれていた」


茜が息を飲む。

 

「炎の前に、魔族がいた。火を放ったのは、同じ孤児院で育ち……私が兄のように慕っていた人だったわ」

声は低く、揺れない。


「その時も茨雷が魔族の”回収”に来て、言ったのよ。彼を魔族に変えた組織か、家族を殺した彼か。どちらが憎いかって」


茜は何も言えず、ただ聞いている。

リーインは淡々と続ける。


「……茨雷が言っていたように、彼は組織によって、魔族に変えられただけ。それは事実だったわ。でも、それでも……」

リーインは一瞬だけ、言葉を切った。


「私の家族は、彼の手で死んだ。それだけは、変わらない事実よ」

銀色の瞳が、まっすぐに茜へと向けられた。その目に映るのは憎悪ではなく、無だった。

 

「あの人を許すということは、みんなを殺したことを許すということ。それだけは……できない」

淡々と話していたリーインの声が、ほんのわずかに揺れた。


「彼は私の手で殺す」


感情のない声で、ただ事実を告げるかのように、言葉を置く。

 

「……私に力を貸して。彼は魔王城にいるの。茨雷が言うには、魔王の側近をしているそうよ」

リーインは静かに目を伏せた。

 

「手を貸すと言っても、彼を殺して欲しい訳じゃないわ。魔王城に辿り着いた時、幹部も魔族もカラーズを狙うでしょう?……その時に少しだけ、私に時間をちょうだい。彼の元に行かせて欲しいのよ」


月光が彼女を照らす。まだ顔色は悪く、痛々しい包帯が服の隙間からのぞいていた。


茜は頷くしか出来なかった。



夜が深まった頃、気配ひとつなく病室の扉が開いた。

入ってきたのは千弦だった。


「庇って死ぬような性格かよ」

壁にもたれ、いつもと変わらない調子で笑う。

「いつからそんな殊勝な勇者になった?」


リーインは起き上がらず、そのまま視線だけを向ける。


「敵に回ったら面倒だからよ。自分のせいで誰かが大怪我したら……もう魔族に寝返るなんてできないでしょう?」


「自分は治せねぇくせに。馬鹿じゃねぇの?」

千弦は肩をすくめる。


どんな魔法にも制約がある。

《回復》は他人を癒やせるが、自分を癒やすことはできない。


「……死にかけたのはただのミスよ」

リーインは淡々と告げた。

「ここまで深手を負うつもりはなかった。あの子を魔王側につかせたくなかったから……まぁ、結果的には良かったわ」


千弦は喉の奥で低く笑った。


「カラーズと戦うのも、面白そうだったけどな?」

「珍しく意見が分かれたわね」


短いやり取り。しかし、どちらも声の奥に冷たい影を落としている。


「これで、あの子はもうここで勇者として戦うしかないでしょう?」

「いたところで、戦力になんねぇだろ。大体あいつの“声”、うるせぇんだよな」


千弦は笑っているが、その笑みはどこにも明るさがない。


「“殺したくない”ってさ。殺さないことが、正義だと思ってんのかな。……戦場だぜ?」


乾いた笑い。

場に沈黙が落ちる。

 

そして千弦は、ふと思いついたように言った。


「なぁ、黙らせていいか?こっちに置いとくつもりなら……どのみち、アレじゃ使えねぇだろ?」


リーインは静かに目を閉じた。


「……何をするつもりか分からないけど、私が治ってからにして。あと、壊さないでね」

 

千弦は薄く笑った。

「修理はお前の仕事だろ」


その会話は、どこか軽口めいていた。

けれど、ふたりの声の奥底には薄暗い企みが沈殿している。


夜の闇は、彼らの影を静かに飲み込んでいった。


 

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