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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
1章 最低な救世主たち

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14.戦わない罪

「戦場で迷う暇があると思うな!」

 

石造りの訓練場の一角に、ダンザの怒号が響いていた。

無機質な灰色の壁が、声を反響させる。


「反撃しろ!目の前に“敵”がいるんだぞ!!」

 

乾いた土煙が舞い上がる。

茜は歯を食いしばった。


目の前の訓練魔像は、ダンザが《土》の魔法で造った魔族型の人形。

だが、刃を振り下ろそうとする瞬間、身体が凍りつく。


ただの土だ。命などない。

分かっているのに、血まみれで自分を見上げたあの目が重なる。


——斬れない。


「茜——!!」


怒号と同時に、背後から衝撃。

背中に走る痛み。

視界が歪み、地面へ叩きつけられた。


剣が手から滑り落ち、乾いた音を立てる。


「お前のその迷いは、仲間を殺す。覚えとけ!」

吐き捨てるような声でそう言うと、ダンザは踵を返した。


周囲の魔導士たちは何も言わない。

誰も責めないし、誰も助けない。


彼女が“罰を受けるべき存在”であることを、全員が理解しているかのように。


茜は、静かに息を吐いた。

その吐息さえ、許されないような静寂だった。


「お疲れ様です」


背後から、穏やかな声。

振り返ると、采牙が立っていた。


「立てますか?」

采牙が手を差し出した。

 

一瞬の逡巡のあと、茜はそっと掴む。

あたたかい。

その体温が、胸の奥の冷えた場所に染みた。


「ダンザさんも……悪気があるわけではありません」

 

采牙がわずかに笑う。

その笑みは、慰めのようでいて、どこか諦めにも似ていた。


「皆、初めは誰かを守るために戦っていたはずなんです。けれど、自分が苦しみから逃れるために“戦うこと”を選ぶ。そうなれば迷わずに済むんです」


茜は顔を上げる。

采牙の瞳は、深い森のように静かだった。


「自分の得だけ考えれば、戦うのは楽ですよ。あなたは弱いのではなく……優しいから、苦しいんです」


言葉は優しいのに、その奥に沈むものが重い。

それだけ言って、采牙は立ち上がる。

 

茜が何か言おうとしたとき、訓練場の遠くでダンザの声が再び響いた。


「いつまで休憩している。立て、茜!」


その声を背に受けながら、茜は小さく息を吸う。

立ち上がる膝が震えても、もう誰も気に留めない。



 

同じような日々を繰り返すうちに、やがて茜は土人形を倒せるようになっていった。


魔族と戦う覚悟が決まったわけではない。

『人ではなく、命を持たない土』だと心の中で何度も繰り返す。

そうしてようやく、ただ土の“人形”を壊せるようになっただけだった。



空はまだ曇っていて、灰色の光が訓練場を覆っていた。

ダンザの怒号が響くたび、茜の体は反射的に震えた。


鉄の棒が地面を叩く音、魔力の衝撃波、焦げた土の匂い。


息が続かない。足が動かない。

だが止まれば罵声が飛ぶ。


『あなたの甘さは誰かの手を汚す』


リーインの言葉が、頭の奥で何度もこだまする。


《鋼》の正確さと速さは増し、日を追うごとに技術は上達していく。


それにも関わらず、魔導士が茜を見る目は変わらない。

刺すような視線は常に向けられ、

誰も茜を信じてはいなかった。


たかが土人形。

まだ敵を倒した訳ではない。


そう思っていることは明らかだった。


終了の合図が響く。

皆が訓練場から去った後も、茜は一人でその場に座り込んでいた。


采牙は水筒を手渡して、茜の隣に座る。


訓練の時に、采牙の姿はなかった。

疲れ切っていた茜は、いつ采牙が来たのかも分からない。


「お疲れ様です」

茜に変わらず話しかけるのは、采牙だけだ。


そして、茜の前に小さなケースを置いた。

 

「回復魔導士に頼みにくいようだったので……傷薬と痛み止めです」

采牙の《植物》で作った薬だった。


打撲、擦り傷、切り傷。どれも大したものではない。

だが、数が多すぎる。

采牙の表情が、一瞬痛ましそうに歪む。


「……人を殺せないのは、そんなに悪いことなの?」

しばらく黙っていたが、やがて茜はぽつりと呟いた。


「襲ってくる敵なら分かるの。でも……敵は、戦いたくないって言ってるんでしょう?わざわざ魔族を作り出して、人を襲わせてまで、殺し合うのが正しいの?」

 

水筒を握りしめて、茜は俯く。


「組織には、組織の正義がある。でも、私にも私の正義があるの。誰も殺したくない。殺されたくない。そのためには、和解が一番早いじゃない」


采牙は黙って聞いている。茜の声が震えた。


「だけど……こんな思いをするくらいなら。この思いがすべて間違っているのなら……」


少しだけ沈黙が流れる。


「……いっそ、何も感じなくなってしまいたい」


茜の目に涙はない。だがその声には涙が混ざり、掠れていた。



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