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COLORS~魔王を倒す救世主たちに、正義の心がありません~  作者: 水嶋りこ
1章 最低な救世主たち

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12.扉の向こう側

采牙の言葉が、茜の思考の底に沈んでいる。


『何も考えずに敵を殺すのが、一番楽で平和な生き方です』

 

その声音は穏やかで優しかったのに、あまりに真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

彼は自分より一つ歳上なだけなのに、その言葉は深く、静かで、重かった。


だからこそ、茜は足を止められなかった。


采牙の言う“楽”がどれほど残酷なのか。

それを知るべきだと思った。

逃げたままでは、前へ進めない気がしたから。


そして今、茜はカラーズ達の暮らす寮の最奥の部屋にいる。

扉の向こうは、ジェレンだけが知る閉ざされた世界だ。


彼の張る結界を破れる者はいない。

茜は手を握りしめ、その扉の前に立った。

深く息を吸い、木目を見つめる。


扉を叩く。



「ジェレン。魔族の真実を教えて」


「ほんとに来たんだ」

内側から、低い笑い声が返ってきた。


「君が赤の勇者?さっき、緑の子から《伝令》が届いたよ」

耳を扉に寄せると、ジェレンは軽く面白がるように言った。


「真実なんて知ってどうするの?オルディアの闇は、君が思ってるより厄介だ。知れば沈むよ」

 

「それでも、知りたいのよ」

茜の声揺れていなかった。

「そうしないと進めないから」


トン、と静かな振動が伝わる。

「ふうん。じゃあ教えてあげる」

声が近くなる。扉に背中を預けたのだろう。


「僕はあの“魔族”を作っていた。狂って理性のない方のね。組織に逆らった人に薬を飲ませて——」


茜の手に力が入り、指の色が白くなる。

「どうして、そんなことを?」


「想像力が足りないね」

呆れたような声が扉越しに響く。

「逆らったら、自分が魔族にされるからだよ。僕は自分が一番かわいい。殺されるくらいなら、喜んで魔族を作るよ」


その声にはためらいも罪の意識もなかった。

ただ、当然のことを告げる口調だ。

 

茜は何も返せなかった。

胸の奥に血の匂いが蘇り、息が詰まる。


「……どうしてあなたみたいな人が、カラーズの候補に選ばれたの?」


「分からない子だなぁ」

ジェレンの嗤いは、皮肉で冷たい。

「組織にいれば普通に知ってることを、君はなぜ知らない?」


「……最近入ったの。聖剣の試験に落ちてここにきて……まだ十日程度なのよ」


「なるほど」

少しだけ興味深そうな声。

「元聖剣使い手候補ね。用済みになったから“儀式の生け贄”にされたわけか」


茜は息を飲む。


「僕がカラーズになった理由は、自分で儀式に志願したからだ」

構わずジェレンは続けた。

「研究員はね、定期的に異動になるんだ。五年ごとくらいに。知りすぎると厄介だからね。大抵最前線に送られるが、魔族にされることもある」

 

「嘘でしょ……」

「本当だよ。何回、同僚を魔族にしてきたと思う?」

 

茜は言葉を失う。


「秘薬の儀式は、発狂する人も死ぬ人も多い。だから優秀な魔導士や幹部のお気に入りは、選ばれないんだよ」

 

「……つまり、儀式に選ばれるのは“捨て駒”ってこと……?」

軽い口調のジェレンとは対照的に、茜の声は震えていた。


「まぁね。その通り。だから”僕みたいな人”が儀式に選ばれる」

淡々と告げられる事実が、刀のように胸を刺した。


「最前線はほぼ死ぬ。でも儀式は半数生きる。無傷の者も稀にいる。狂ってしまえば、それはそれで楽には生きられる」

悲壮感などまるで感じられない、軽やかな口調のまま続ける。


「まぁ、どのみち戦場には送られると思うけど。少なくとも”元研究員”として送られるよりは、監視の目は減るよね」


茜は口を挟むことができない。構わずにジェレンは続けた。

「あとは簡単な確率の話だ。五割と十割、生きたいならどっち選ぶ?」

と。


茜は目を伏せ、涙をこらえた。


「じゃあ……あの魔族達が言っていたことは全部本当なのね」


「だと思うよ」

本当に興味がなさそうな声。

 

「組織は……どこまで腐ってるの……?」

「大きな声は出さないほうがいい。“危険思想”は生きづらい。君はともかく、君の周りが迷惑を被る」


『誰かに話せば、相手が粛清対象になる』

ジェレンのその言葉は、采牙が言っていたことと一致する。

 

それが、オルディアの”真実”。


茜は拳を握り締めた。怒りと恐怖が絡み合う。


「それでも……組織にも正義はあるんでしょ?魔王は災厄で、倒すべき敵で……そのための魔導士で、カラーズで……その大義だけは、間違っていないんでしょ!?」

そうでなければ、なんのために戦うのか分からない。


しばらくの沈黙の後、ジェレンは小さく吐息を漏らした。


「組織に大義はあるよ。でも敵にも敵の大義がある。君が知らないのは“手段”の残酷さだ。人を道具とすることを、正義と呼ぶかは君次第だよ」


茜は唇を噛んだ。目の奥が熱い。

「じゃあ私は、どうすれば……」


「幸せになりたいなら、考えるのをやめて、さっさと魔王を倒しなよ」

声は軽く、残酷なまでに現実的だ。

 

「組織を正そうとするより、そっちのほうがずっと早い」


采牙と同じ言葉をジェレンは言った。


「采牙も言っていたわ。“何も考えず敵を殺すのが一番楽だ”って……」

その言葉は、棘のように胸に刺さっている。

 

「あの子は利口だね。僕もそれをおすすめする」

他人事のような口調だった。

 

「——まぁ、僕はやらないけどね」

 

嘲るような小さな呟き。


扉は閉ざされたまま、結界が揺れることもない。

茜はしばらく黙って立ち続け、やがて力なく手を下ろした。




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