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第4話 盗みの朝

トマの足音が消えたあとも、腹は減ったままだった。


床にはパン片が二つ残っている。片方はリルの前、もう片方はフィンの指の下にあった。


食べれば、それで終わりだ。残しても増えない。


フィンは自分の分を口に入れた。固い皮が歯に当たり、粉っぽさだけが舌に残る。腹に落ちた感じはしなかった。


リルはまだパンを見ている。


「食え」


リルはフィンの口元を見たあと、パン片に触れた。つまむまでに少し間がある。口へ運ぶ途中でまた止まり、フィンの顔を見る。


昨日よりは早い。


けれど、普通の子どものようには動かない。


フィンは戸口を見た。


座っていても銭は落ちてこない。水は瓶の底に少し残っているだけで、パンもこれで終わりだ。


出るしかない。


フィンは自分の胸を指した。


「フィン」


リルの目が指を追う。


次に戸口を指し、外を指す。それから、リルの座っている場所を指した。


「リル」


リルは自分の膝の上を見た。古い布の端には、泥の落ちた縫い目があり、そこにリルという名が残っている。


フィンは戸口の影に、昨日と同じ木片を立てかけた。軽く押せば倒れる。戻った時に倒れていれば、誰かが入ったか、リルが外へ出たか、風が強かったか。


どれでもよくない。


「ここにいろ。戸口の外には出るなよ。俺が戻るまで」


リルは返事をしない。


ただ、フィンの口元を見ていた。


フィンはそれ以上言わず、外へ出た。


朝の道はまだ湿っていた。川の方から冷たい匂いが流れてくる。市場へ続く通りでは、人の声が増え始めていた。


昨日の通りは避ける。


革袋のことで、まだ怒っている男がいるかもしれない。顔を覚えられていたらまずい。覚えられていなくても、子どもが近づけば疑われる。


フィンは一つ裏の道へ入った。


肉屋の前は人が多い。店主も目が早い。パン屋は、銭がなければ棚の端すら見せてもらえない。魚屋の桶から落ちた尾を拾っても、腹をごまかすだけだ。


今日は、そういうものでは足りない。


リルの分がいる。


盗るなら、ちゃんと銭になるものだ。


香辛料を扱う商人が、市場の端に台を出していた。小さな袋がいくつも並び、乾いた葉や赤い粉の匂いが通りまで流れている。フィンは足を止めず、横目で見た。


身なりのいい男が、紙包みを受け取っている。


「銅貨七枚だ」


男は銀貨を一枚、台の上へ置いた。


「銀貨で」


「はいよ」


商人は台の下へ手を伸ばした。


売上袋だ。


袋は台の内側、商人の右膝の横に吊ってある。客からは見えにくいが、商人が銭を出すたびに、袋の口から白い銀貨の縁がちらりと見えた。


軽い袋ではない。


朝の売り上げだけではなく、釣り銭もまとめて入れているのだろう。


商人は銅貨を三枚、男の手へ落とした。


「釣り三枚」


男が銭をしまう。


商人の目が、ほんの一瞬だけ台の品へ戻った。


フィンは位置を覚えた。


台の奥。客からは見えにくく、商人が釣り銭を出す時だけ手を伸ばす場所。


男が紙包みを懐へ入れる。


商人は次の客へ顔を向けた。


台の足元近くには、香辛料の小袋を詰めた木箱が一つ置かれていた。


フィンは、通りすがりの子どもみたいに肩をすぼめ、その木箱の角へ靴先をわざと引っかけた。


こん、と箱が鳴る。


商人の顔が動く。


「おい」


商人の目が、フィンの足元へ落ちた。


その一瞬で、フィンの手は台の奥に滑り込んでいた。


袋は重かった。


思ったよりも、ずっと。


指に重みがかかった瞬間、腹の奥が冷えた。これは銅貨の袋ではない。盗られたと分かれば、商人は市場中を騒がせる。


それでも、もう手は止まらなかった。


袋を服の内側へ落とし、布地で押さえる。胸の下に、ずしりとした重さが残った。


フィンはそのまま歩いた。


商人の声は飛んでこない。


振り返らない。急がない。台の前を離れ、魚桶の横を抜け、洗濯物の陰へ入る。そこで初めて、上着の内側を押さえた。


売上袋はある。


銅貨だけの軽い音ではない。


銀貨の重さだった。


細い路地へ入ってから、フィンは袋の口を少しだけ開けた。


銀貨が十枚。銅貨が何枚か。折った紙片と、商会の印が押された小さな札も入っている。


子どもが持っていていい重さではなかった。


フィンは息を止めた。


盗みとしては大きすぎる。これをなくした商人は、市場中に声を張る。見つかれば、殴られて終わりでは済まない。


けれど、今すぐパン屋に出せる銭ではなかった。


子どもが朝から銀貨を払えば、どの店でも顔を覚えられる。盗んだと疑われる。銀貨は隠すしかない。あとで崩すか、誰かに替えさせるしかない。


フィンは銅貨だけを四枚抜いた。


少ない。


売上袋の重さに比べれば、馬鹿みたいに少ない。だが、今使えるのはこれだけだった。


商会の札はまずい。持っていれば、売上袋ごと盗った証拠になる。フィンは札を丸め、壁の割れ目へ押し込んだ。折った紙片も同じ場所へねじ込む。


売上袋は、服の奥へ押し戻した。


これで戻ってもいい。


だが、市場の向こうで、別のものが目に入った。


酒場の前に、羽織のいい男が立っていた。朝から酒の匂いをまとい、店の女に何か言って笑っている。手には煙草入れがあった。黒い革に、緑の石がはまっている。


ヒスイだ。


フィンでも分かる。ああいうものは、銅貨四枚とは比べものにならない値で売れる。盗品だと分かっても、欲しがるやつはいる。


男は煙草入れを胸元へ戻した。


場所は見えた。


店の女が笑い、男の肩へ軽く触れる。男の目が女へ向く。酒場の入口は人が出入りしていて、影もある。近づく道は三つ。逃げる道もある。


盗った後は、走ることになる。


酒場の男は太っていない。足も悪くなさそうだ。店の女が叫べば、表の大人が振り向く。いつもの塀の隙間を抜ければ逃げられる。井戸の裏から、干し布の下をくぐれば撒ける。


ひとりなら。


でも、リルを連れてその道は通れない。


今も廃屋にいる。木片の奥で、古い布を握っている。犬の声がすれば、そちらを見る。戸口へ近づくかもしれない。誰かが入っても、返事はできない。


男が煙草入れをまた出した。


緑の石が朝の光を受けた。


フィンは歯を鳴らした。


手は届く。


でも、戻るのが遅くなる。


フィンは煙草入れから目を外した。


洗い桶を抱えた女の後ろを通り、市場の反対側へ抜ける。背中で、酒場の男の笑い声が遠ざかった。


細い路地に入ってから、フィンは服の内側の売上袋をもう一度押さえた。


銀貨十枚は重い。


それでも、今日使えるのは銅貨四枚だけだった。


フィンはその四枚を握り、パン屋へ向かった。


パン屋の女は、フィンの銅貨を見てから、棚の端を指した。


「焼きたては無理だよ」


「あるものでいい」


女は棚の端から、昨日の残りを一つ取った。紙にも包まれていない。片側が少しへこんでいて、焼き色の濃いところは固そうだった。


フィンは干し肉の端も指した。


女は銅貨を受け取り、薄い肉の端を一切れ紙にのせた。


四枚の銅貨は、ほとんど残らなかった。


フィンはパンと干し肉を服の中へ押し込んだ。


人の多い道では足を速めなかった。


目立てば追われる。追われれば、廃屋へ着くのが遅くなる。


壊れた塀を抜け、川沿いの路地へ入る。


廃屋が見えた。


戸口の木片は倒れていない。


フィンはそこで足を止めた。


それだけで腹の奥が少し軽くなる。すぐに、その軽さが気に入らなくなった。


木片が立っていたから何だ。中で何があったかは、まだ分からない。誰かが入って、また立て直したのかもしれない。リルが動いて、たまたま倒さなかっただけかもしれない。


フィンは戸板を押した。


中は、出た時と同じ匂いがした。


湿った藁。古い埃。床の黒い水染み。


でも、リルは同じ場所にはいなかった。


壁際から、少し戸口の方へ寄っている。膝の向きも外へ向いていた。古い布は抱えたままだが、袖の端に木屑がついている。


朝置いたパン片は、床の上で半分つぶれていた。


食べたのか、落としたのか、触っただけなのか、分からない。


フィンは戸口の前に立ったまま、リルを見た。


リルは顔を上げる。


責められたとは分かっていない。怒られたとも分かっていない。ただ、フィンの口元を見ている。


フィンは近づき、リルの袖についた木屑を指で払った。


リルはその手を見ていた。逃げない。けれど、何をされたのか分かっている顔でもない。


フィンは服の中からパンを出した。


昨日よりは大きい。干し肉の端もある。だが、二人分にはやっぱり少ない。


リルの目がパンへ動く。


フィンは焦げた端を自分の方へ残し、白いところの多い欠片をリルの前へ置いた。干し肉は細く裂いて、その横に置く。


「ほら」


リルはすぐには取らない。


パンを見つめたまま、しばらく動かない。フィンが手を出さずにいると、袖の端から細い指がのぞき、欠片にそっと触れた。


フィンは焦げた端を口に入れた。


苦い。


飲み込んでも、食べた気がしなかった。


煙草入れを盗っていれば、もっと買えた。


そう思いながら、リルの指を見る。


リルは欠片をつまみ、口へ持っていく途中で一度止まった。フィンの顔を見る。それから、ゆっくり食べた。


道の向こうで、犬が鼻を鳴らした。


痩せた茶色の犬だった。肋骨が浮いている。片耳が欠け、尻尾の先に泥がついている。廃屋の入口から少し離れたところで、地面の匂いを嗅いでいた。


リルの顔が、そちらへ向いた。


フィンは気づいた。


「見るだけだぞ」


リルは犬を見ている。


犬が、もう一度鼻を鳴らした。


リルの口が、少し開いた。


「あ……」


返事ではない。


犬の声でもない。


ただ、外の音に引かれるみたいに、細い声がこぼれた。


フィンは焦げた皮を握った。


服の奥には、銀貨の入った売上袋がある。


盗ったものは重い。


それでも、廃屋の戸口へ向くリルの目の方が、フィンにはずっと扱いにくかった。


リルは犬を見たまま、床に置いた片方の手を、ほんの少し前へ動かした。

本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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