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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第七章 文化祭ライブ

 文化祭当日の朝は、晴れだった。教室の窓から空を見上げて、よかったと思った。雨だったら気持ちが沈む。晴れていれば、それだけで少し前向きになれる。

 ホームルームが終わって、凛ちゃんがわたしの机に飛んできた。

「ひかり、緊張してる?」

「少し」

「あたしめちゃくちゃ緊張してる」

「顔に出てないよ」

「出てないの? 心臓やばいんだけど」

 凛ちゃんは胸に手を当てた。本当にやばそうな顔をしていた。でも目は笑っていた。緊張しているけれど、楽しんでいる。そういう顔だった。

 玲奈さんは朝から落ち着いていた。

「緊張しないんですか?」

ましろちゃんが聞いていた。

「緊張はしています。ただ、コンクールで人前に立つことには慣れているので」

「すごい」

「ましろちゃんは?」

「……ましろ、たぶん本番になったら足が動かなくなると思います」

「大丈夫よ。歌い始めたら、体は動くものです」

 玲奈さんが、ましろちゃんの頭をそっと撫でた。ましろちゃんが目を丸くして、それから少しだけ顔を緩めた。

 透子はひとりで廊下に出ていた。

 わたしはあとを追った。廊下の窓の前に立って、透子は外を見ていた。

「大丈夫?」

「……うん」

「緊張してる?」

「してる」

 透子が緊張していると言うのは珍しかった。わたしは透子の隣に並んだ。

「透子、今日楽しみにしてた?」

 透子は少し間を置いた。

「……楽しみ、だったと思う」

「だった、って過去形なの」

「今は緊張の方が上」

 わたしは笑った。

「終わったら楽しかったになるよ、絶対」

 透子は窓の外を見たまま、ぽつりと言った。

「……あなたとなら、たぶん大丈夫」

 わたしは少し驚いた。透子がそういうことを言うのは珍しかった。

「ありがとう」

「お礼はいい」

「言いたいから言う。ありがとう、透子」

 透子は答えなかった。でも、耳が少し赤くなった気がした。

 ステージは午後の二番目だった。一番目のバンドが演奏している間、みんなで体育館の袖に集まった。衣装に着替えて、髪を整えて、玲奈さんが音源の最終確認をした。

 白ベースの衣装は、思ったより綺麗だった。それぞれ少しずつ色が違う。わたしは薄い水色のリボン、凛ちゃんはオレンジのライン、玲奈さんは金のボタン、ましろちゃんは淡いピンクの飾り、透子は何も足さない純白だった。透子が「何も足さなくていい」と言ったので、そのままにした。それが一番透子らしかった。

 体育館の客席を袖から覗いた。

 思ったより人がいた。全校生徒が来るわけじゃないけれど、パイプ椅子が半分以上埋まっている。知っている顔も見えた。岸本先生が後ろの方に立っていた。

「人、いるね」

凛ちゃんが言った。

「いるね」

「あたし、吐きそう」

「吐かないで」

「吐かないけど」

 ましろちゃんが袖から客席を見て、そっと引っ込んだ。

「……多いです」

「大丈夫よ。みんないます」

 玲奈さんが言った。

 透子は客席を見なかった。目を閉じていた。何かを確認しているみたいな表情だった。

 前のバンドが最後の曲を終えた。拍手が起きた。

 司会の生徒がマイクを持って出てきた。

「続きまして、星降る屋上アイドル部。略して『ほしあま部』です」

 凛ちゃんがわたしの手を握った。ましろちゃんがわたしの袖を少しだけ掴んだ。

 わたしは四人を見回した。

「行こう!」


 ステージに出た瞬間、光が眩しかった。

 体育館の照明が思ったより明るくて、最初の一歩で少し足がふらついた。でも止まらなかった。みんなで横並びになって、定位置に立った。

 客席がよく見えた。たくさんの顔があった。こちらを見ている。どんな気持ちで見ているか分からない。期待しているのか、暇つぶしに来たのか、たまたま座っていたのか。

 でも、みんながいた。

 音源が流れ始めた。玲奈さんのピアノの音が体育館に広がった。

 わたしはマイクを持った。

 Aメロが始まった。最初の一言を出した瞬間、緊張が少し溶けた。声が出れば大丈夫だと、体が覚えていた。

 透子が入った。体育館の空気が変わった。

 分かりやすかった。客席がざわついていたのが、すっと静かになった。透子の声が入ると、空気が変わる。屋上で感じていたことが、体育館でも同じように起きた。

 Bメロに入った。凛ちゃんが振り付けを始めた。わたしとましろちゃんも続いた。透子と玲奈さんはほぼ動かない。それもあらかじめ決めていた。透子は歌うことに集中する。玲奈さんは音源を管理しながら声で参加する。動くのは三人でいい。

 サビが来た。みんなの声が揃った。

 練習のときより、声が出ている気がした。緊張しているはずなのに、むしろ声が伸びた。体育館という広い空間が、声をあと押ししている感じがした。

 客席が動いていた。さっきより前のめりになっている人がいた。スマホを取り出している人がいた。隣の人と顔を見合わせている人がいた。


 二番のAメロに入ったとき、わたしは少しだけ周りを確認した。

 凛ちゃんが笑顔で踊っていた。緊張していたはずなのに、ステージに出たら全部吹き飛んだみたいだった。体育館が似合っていた。元気で、明るくて、見ているだけで楽しくなる動き方だった。

 ましろちゃんは一点を見つめていた。客席の真ん中あたりを、まっすぐに。緊張しているのは分かった。でも声が出ている。音程が外れていない。むしろステージに立ったら、何かが安定した感じがした。

 玲奈さんは落ち着いていた。コンクールを経験しているだけある。ステージの上でも丁寧で、整っていた。声の出し方も、立ち姿も、ちゃんとしていた。

 透子はただ歌っていた。

 何も余分なことをしていない。ただ前を向いて、声を出している。それだけなのに、目が離せなかった。客席もそうだと思った。他の四人が動いていて、透子だけが穏やかに歌っている。その対比が、かえって透子の声を際立てていた。

 サビが戻ってきた。

 最後のサビだった。

 わたしは声を張った。みんなの声が体育館に広がった。


 最後の音が消えた。

 一秒、静寂があった。

 それから拍手が来た。思ったより大きかった。パイプ椅子の半分以上から、同時に音が来た。前の方に座っていた女子生徒が立ち上がった。後ろの方でも立っている人が見えた。凛ちゃんが「やったあ!」と小声で言った。わたしの隣で、声を殺して飛び跳ねていた。ましろちゃんが目に涙を溜めていた。玲奈さんがゆっくりと目を閉じた。

 透子が、ほんのわずかに、口元を緩めた。

 わたしは客席に向かって深くお辞儀をした。顔を上げたとき、体育館の窓から空が見えた。高い窓から差し込む青空の中に、一本の光が走った。

 流れ星だった。室内なのに、体育館の中なのに、窓の外を光が落ちていった。昼間の青い空を、まっすぐに。

 凛ちゃんも気づいた。ましろちゃんも気づいた。玲奈さんも気づいた。透子も気づいた。客席は気づいていないと思った。窓を見る角度じゃないから。でもみんなには、はっきり見えた。

 全員で、顔を見合わせた。何も言わなかった。でも全員、同じものを見ていた。

 わたしはまた客席に向かって頭を下げた。拍手がもう一度大きくなった。

 舞台裏に引っ込んでから、凛ちゃんが爆発した。

「やったやったやった!!」

 ましろちゃんが凛ちゃんに抱きつかれて、小さく「わっ」と言った。玲奈さんが柔らかく笑っていた。

 透子がわたしの隣に来た。

「……よかった」

「よかった」

「緊張した」

「したね」

「でも」

透子が少し間を置いた。

「楽しかった」

 わたしは笑った。

「言ったでしょ。終わったら楽しかったになるって」

「……そうだったね」

 岸本先生が側に来た。腕を組んで、眼鏡の奥で目を細めていた。

「合格」

「本当ですか」

「本当。よくやった」

先生がわたしを見た。

「歌詞、ちゃんと届いてたわよ」

「ありがとうございます」

「白石さん」

先生が透子の方を向いた。

「あなたの声、客席に刺さってた。分かった?」

「……分かりませんでした」

「そう。でも刺さってた。自分の声が届いたとき、客席がどう変わるか、これから覚えていきなさい」

 透子が頷いた。先生は全員に短く「お疲れ様」と言って、客席に戻っていった。


 放課後、みんなで屋上に上がった。衣装のままだった。着替える気になれなかった。夕日がみんなの白い衣装を橙に染めた。

 フェンスの前に並んで、街を見下ろした。

誰も何も言わなかった。しばらく、ただそこに立っていた。

 やがて凛ちゃんが聞いてきた。

「ねえ、体育館で見た? 窓の外」

「見た」

わたしは言った。

「流れ星、体育館でも落ちた」

「落ちた」

「屋上じゃなくても落ちた」

「うん」

 凛ちゃんは少し考える顔をした。

「それって、どういうことなんだろ」

 誰も答えなかった。

 少し間をおいて、玲奈さんが穏やかな声で言った。

「場所じゃなくて、わたくしたちが歌うことが条件なのかもしれません」

「どこで歌っても落ちる?」

「そうかもしれない」

「ましろは、落ちてよかったと思います」

「なんで?」

「今日のライブ、ちゃんとできたって、星が言ってくれた気がして」

「それいいな」

凜ちゃんがそう言って、玲奈さんが微笑んだ。

 透子は黙っていたけれど、空を見上げていた。

 わたしも空を見た。今は星は落ちていない。でもさっき落ちた。体育館の窓から、一本だけ。みんなで歌った最初のライブで、星が落ちた。

 それだけで、今日はよかったと思った。

 夕日が落ちていった。橙が濃くなって、少しずつ赤に変わっていく。みんなの影がコンクリートに長く伸びている。

 凛ちゃんが突然言った。

「次のライブ、もっと大きくしよう」

「どのくらい?」

「この町の人たちまで見に来るくらい」

「欲張りだね」

「欲張ってなんぼでしょ」

「それなら、曲をもう一曲作りましょう」

「ましろも頑張ります」

 そのあと、透子がぼそっと言った。

「……もっと歌いたい」

 わたしはその言葉を聞いて、胸の中が少しあたたかくなった。

 透子がもっと歌いたいと言っている。

 ひとりで屋上に来ていた透子が、今は四人に囲まれて、もっと歌いたいと言っている。

「歌おう。これからも、ずっと」

 わたしの意見に、誰も反対しなかった。

 夕風が吹いて、白い衣装の裾が揺れた。

 屋上に流れ星は落ちなかった。でも今日はもう、それでもよかった。

 今までじゅうぶんすぎるくらい、星は落ちた。

 今日という日が、ほしあま部の前半の終わりで、そして本当の始まりだった。


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