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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第六章 最初のライブ

 文化祭の話を切り出したのは、七月の最初の週だった。

 放課後の屋上で、練習の後、わたしは四人に言った。

「文化祭、ステージに申し込もうと思う」

 凛ちゃんが「おっ」と声を上げた。

「いよいよ?」

「いよいよ。締め切りが二学期始めだから、夏休み終わるまでに曲を仕上げて、部として申請して、顧問の先生を見つけないといけない」

「顧問かあ、誰に頼む?」

 凛ちゃんがみんなに聞いた。

「まだ決めてない。誰かいい先生いる?」

 わたしは聞き返した。みんなで顔を見合わせた。

 玲奈さんが少し考えてから言った。

「音楽の岸本先生は、わたくしに声をかけてくださった先生です。音楽に関わる活動には理解があるかもしれません」

「どんな先生?」

「五十代の女性の先生です。厳しそうに見えますが、話すと穏やかで。生徒の話をちゃんと聞いてくれます」

「当たってみていい? 玲奈さんから」

「お任せください」

 ましろちゃんが、おずおずと手を挙げた。

「あの、部として申請するには、何人必要ですか?」

「五人いれば申請できるはず。ただ顧問がいないと正式には認められない」

「じゃあ今日中に先生に当たって、明日申請、って流れにしよう!」

「凜ちゃん早い」

「早い方がいい。ひかりがいつも言ってる」

 言ってるけど、と思いながらわたしは頷いた。


 玲奈さんが岸本先生に話をしたのは、その日の夕方だった。

 翌朝、玲奈さんから報告があった。

「引き受けてくださいます」

「本当に?」

「ただ、一度全員の顔を見たいとおっしゃっていました。今日の放課後、音楽室で」


 みんなで音楽室に行った。岸本先生は小柄な女性で、丸眼鏡をかけていた。見た目は厳しそうだったけれど、わたしたちが並ぶと、眼鏡の奥の目が少し細くなった。

「星降る屋上アイドル部、ほしあま部ね」

「はい」

「変わった名前だけど、嫌いじゃないわ」

先生はわたしを見た。

「あなたがまとめ役?」

「水瀬ひかりです。センターをやっています」

「転校してきて二ヶ月くらいでこれだけ集めたの」

「はい」

「行動力だけは認める」

 先生はみんなを順番に見た。

「文化祭のステージ、ちゃんと準備できる?」

「できます」

わたしは答えた。

「衣装は?」

「これから考えます」

「曲は?」

「ほぼ完成しています」

「ほぼ、ね」

先生が玲奈さんを見た。

「あなたが作曲?」

「はい。あと少しで仕上がります」

「聴かせてもらえる? 今日」

 玲奈さんが頷いた。音楽室のピアノに向かって、メロディを弾いた。Aメロからサビまで、今できているところを。

 先生は黙って聴いていた。


 弾き終わって、先生が言った。

「いいじゃない」

 玲奈さんが少し驚いた顔をした。

「歌詞は?」

「わたしが書いています。まだ途中ですが、もうすぐ完成します」

「歌える? 今」

「全部は無理ですが、できるところだけなら」

「やってみて」

 音楽室で、みんなで歌った。屋上じゃないから流れ星は落ちない。でも声は出た。透子が歌い始めると、先生の眉が少し動いた。


 歌い終わったら、先生が腕を組んだ。

「顧問、引き受けます」

 凛ちゃんが小さく「よし」と言った。

「ただし、文化祭当日まで、週に一回は音楽室で練習を聴かせること。屋上での練習は自由にしていいけど、私への報告は欠かさないこと」

「分かりました」

「あと」

先生がわたしを見た。

「歌詞、早めに仕上げなさい。メロディに対して言葉が追いついてない部分がある。そこを直せば、いい曲になる」

 厳しかった。でも、当たっていた。

「はい」


 その夜、わたしは部屋で歌詞と向き合った。

 先生の言葉を思い出した。メロディに対して言葉が追いついていない。サビの最後の一行が、ずっと決まらなかった。

 何を言いたいのか。

 この曲で、何を伝えたいのか。

 屋上で、みんなで歌った夕方のことを考えた。流れ星が落ちた瞬間のことを。凛ちゃんの顔、玲奈さんの顔、透子の横顔、ましろちゃんの目。

 それから、ペンを動かした。


 星が落ちるとき、わたしたちはここにいた

 願い事より大事なもの、この声に乗せて

 

読み返した。悪くない。むしろ、これだという気がした。


 翌日の練習で、完成した歌詞を持っていった。

 玲奈さんがメロディと合わせて確認した。透子が一通り歌ってみた。

 歌い終わって、透子がわたしを見た。

「……いい」

「本当に?」

「うん」

 凛ちゃんが「サビの最後、好き!」と言ってくれた。

玲奈さんが「メロディとよく合っています」と言ってくれた。

ましろちゃんが「ましろも好きです」と言ってくれた。

 曲が、完成した。


 そこからの日程は、慌ただしかった。平日は屋上で練習して、夏休み中も週に一回音楽室で岸本先生に聴いてもらう。先生は毎回ちゃんと聴いていて、毎回何かを指摘した。厳しかったけれど、言われた通りに直すと確かによくなった。

 衣装の話が出たのは、申し込みを済ませたあとだった。

「衣装どうする? 制服のままはさすがに微妙でしょ」

 凜ちゃんがそう言うと、

「お金ないよ」

と、わたしは答えた。

「手作りは?」

「誰が作るの」

「あたし、家庭科は得意じゃないんだよな」

 凜ちゃんはそう言って笑った。

「わたくし、少し裁縫ができます」

 玲奈さんが穏やかな声で言った。

「できるって、どのくらい?」

「コンクールの衣装を、以前自分で直したことがあります。一から作るのは難しいですが、市販のものを手直しする程度なら」

「それでいい。材料費だけなら出せる」


 みんなで放課後に商店街の布地屋と手芸店を回った。玲奈さんが生地を選んで、凛ちゃんがリボンを選んで、ましろちゃんが何も言えないままついてきた。透子は無言だったけれど、白い生地のところで少しだけ足を止めた。

「これがいい?」

わたしは聞いた。

「……白が好き」

「じゃあ白ベースで」

 こうして衣装の方向が決まった。白をベースに、それぞれ少しずつ色を加えるデザインになった。玲奈さんがスケッチを描いてきて、それが思ったより本格的で全員が驚いた。

「玲奈さん、絵も描けるの?」

「少々。曲のイメージを整理するのに、昔から描く癖があって」

「多才すぎる」

「……そんなことは」

 でも玲奈さんは少し嬉しそうだった。


 振り付けは凛ちゃんが担当した。

 最初は簡単なものを、と言っていたけれど、凛ちゃんの「簡単」は他の人の「それなりに本格的」だった。

「これ、難しくない?」

わたしは三回目の振り付け練習で言った。

「簡単だよ」

「あたしには難しい」

「大丈夫、できるって。ほら、ましろは一回でできてたじゃん」

 ましろちゃんが慌てて首を振った。

「ましろも間違えてます」

「でもほぼできてる。ましろ、ダンスやったことある?」

「……ないです」

「嘘でしょ」

「本当です。ただ、真似するのが好きで」

 凛ちゃんがましろちゃんを見て、少し考える顔をした。

「ましろって、見たまま動けるタイプ?」

「たぶん」

「それ才能だよ」

 ましろちゃんがまた赤くなった。凛ちゃんはそれを見てにんまりして、またステップの説明を始めた。

 透子は振り付けが一番苦労していた。

 歌は誰より上手い。でも体を動かしながら歌うのは、勝手が違うらしかった。眉間に皺が寄って、凛ちゃんの動きを真似しようとしては少しずれる。

「透子、肩の力抜いて」

「……抜いてる」

「抜いてない。ガチガチ」

「うるさい」

 でも凛ちゃんの横で何度も繰り返して、少しずつ動きが柔らかくなった。透子は練習量で解決するタイプだと、わたしは思った。


 二学期が始まって、文化祭の二週間前。岸本先生の前で通し練習をした。

 衣装を着て、振り付けをつけて、最初から最後まで一曲通す。音楽室にスピーカーを借りて、玲奈さんが録音したピアノ音源を流した。

 歌い終わった。

 先生が少し間を置いてから言った。

「見違えたわね」

「本当ですか?」

わたしは尋ねた。

「本当。最初に聴かせてもらったときより、全員の声が揃ってる。特に」

先生が透子を見た。

「あなたの声がちゃんとグループの中に入ってきた。最初は一人で歌ってた」

 透子が少し目を伏せた。

「透子は一人で長く歌ってきた子なんです」

わたしは伝えた。

「それは分かる。だから最初は周りに合わせることより、自分の歌を優先してた。それが変わってきてる」

 先生が全員を見回した。

「一週間前にもう一回見せて。それで問題なければ、本番に送り出すわ」

「はい」

「一つだけ言っておくね」

 先生の声が少しだけ変わった。

「文化祭のステージは、たくさんの人の前で歌う初めての場所になる。緊張するのは当たり前。でも緊張したとき、隣に誰がいるかを覚えておきなさい」

 先生は眼鏡の奥で少し目を細めた。

「それだけで、ずいぶん違うから」


 本番一週間前の夜、わたしは屋上のことを考えていた。

 文化祭のステージは体育館だ。屋上じゃない。流れ星は落ちない。

 それは分かっていた。

 でも、ここまで来られたのは屋上があったからだ。流れ星が落ちて、透子に出会って、凛ちゃんに声をかけて、玲奈さんが来てくれて、ましろちゃんが扉の外で聴いていた。全部が繋がっていた。

 願いが叶う、ということ。

 思い出が消えていく、ということ。あれから何度か、気になる瞬間があった。

 数日前の放課後、練習のあとで、わたしたちは屋上の端に並んで座っていた。

 夕日がフェンスの向こうでゆっくり傾いていて、空は橙と薄い紫のあいだみたいな色になっていた。歌ったあとの屋上は、いつも少しだけ静かだ。風の音と、遠くのグラウンドから聞こえる部活の声だけが残る。その中でみんなが水筒を回したり、楽譜を片づけたりしている時間が、わたしは好きだった。

「文化祭終わったらさ、打ち上げしたい」

 凛ちゃんが言った。

「気が早い」

 玲奈さんがすぐに返した。

「早くないって。そういうの考えると頑張れるじゃん」

「何をするんですか?」

 ましろちゃんが尋ねる。

「んー、カラオケとか。あと中学のときよく行ってたクレープ屋まだあるかな。あの子、めっちゃ好きだったんだよね」

「あの子?」

 わたしが聞き返すと、凛ちゃんはすぐに頷いた。

「うん。中学のとき一緒にダンス部だった子。大会の帰りとか、よく寄ってて――」

 そこまで言って、凛ちゃんはふっと黙った。

 笑ったまま、少しだけ視線が泳いだ。

「……あれ」

「どうしたの?」

「いや、名前、すぐ出てくると思ったのに」

 凛ちゃんは自分のこめかみを軽く叩いた。

「ほら、いつも一緒に帰ってて、背がちょっと高くて、前髪長くて」

「特徴は出てくるんだ」

 わたしがそう言うと、凛ちゃんは「そうなの」と苦笑した。

「顔も分かるんだよ。笑った感じとか、踊り方とか。なのに名前だけ変に引っかかる」

「疲れてるんじゃないですか?」

 玲奈さんが穏やかに言った。

「文化祭前ですし」

「かなあ。でも名前だけじゃなくて、なんか、そこだけ霧かかってるみたいで変」

 凛ちゃんはそう言ってから、自分で「やだ、怖いこと言った」と笑った。

 ましろちゃんもつられて笑ったけれど、その笑いは少しだけ控えめだった。

 そのとき、玲奈さんが鞄の中から一枚の写真を出した。楽譜を挟んでいたらしい小さな写真で、端が少し丸くなっていた。

「……わたくしも、最近少し変なんです」

 珍しく、玲奈さんの方からそう言った。

 わたしたちは自然にそちらを見た。写真には、小さな玲奈さんと、隣にしゃがんだ女の人が写っていた。たぶん、お母さんだと思った。二人とも笑っていて、後ろには大きな木が見えた。公園か、どこかの広場かもしれない。

「この写真、小さい頃から家にあって」

 玲奈さんは指先で端をなぞった。

「見るたびに、大事な写真だったんだろうとは思うんです」

「でも?」

 わたしが聞くと、玲奈さんは少しだけ間を置いた。

「写っているのが自分と母だとは分かります。でも、このとき何をして、何を話して、どんな気持ちだったかが、何も出てこないんです」

 凛ちゃんが「え」と小さく言った。玲奈さんは続けた。

「昔の記憶が曖昧なのは普通かもしれません。でも、これは少し変で。懐かしい、という感じだけはあるのに、その中身が空白なんです」

 風が吹いた。写真の端がかすかに揺れた。

「写真の中に、ちゃんといたはずなのに」

 玲奈さんは穏やかな声で言った。

「あとから辿ろうとしても、そこだけ道が切れているみたいで」

 わたしは何も言えなかった。凛ちゃんが名前を思い出せないことと、玲奈さんの写真の中の空白は、たぶん同じではない。けれど、まったく別とも言い切れない気がした。

 そのとき、少し離れたところにいた透子が、フェンスの向こうを見たままぽつりと言った。

「……わたしもある」

 全員が透子を見た。透子は振り向かなかった。

「妹のこと、前はもっと細かく覚えてた気がする」

 声は小さかったけれど、風に消えずに届いた。

「好きだった歌とか、手をつないだ感じとか。そういうのが、昨日まで近くにあったみたいなのに、今日見たら少し遠い」

 そこで透子は止まった。それ以上は言わなかった。言えなかった、という方が近い気がした。屋上が静かになった。誰かが何か言えば、たぶんいつも通りに戻れた。でも、その最初の一言が、しばらく出てこなかった。

 やがて凛ちゃんが、わざとらしく大きく息を吐いた。

「だめだ、今は考えたら余計怖くなるやつだ」

 明るく言おうとしているのが分かった。

「文化祭前にメンタル削る話は禁止!」

「自分から話し始めたのに」

 わたしが言突っ込むと、凛ちゃんは肩をすくめた。

「それはそう。でも今は歌のことだけ考えたい」

 その言い方に、わたしは少しだけ救われた。

 たぶん、みんな同じだった。気になる。でも今は、まだそこに踏み込みたくない。踏み込んだら、文化祭の方をまっすぐ見られなくなる気がしていた。

凛ちゃんが地元の友達の話をぼんやりした顔でするとき。玲奈さんが母親の写真を見て黙るとき。透子が妹のことを話しかけて、止まるとき。

 この前、凛ちゃんが地元の友達の話をしていたとき、不意に言葉を止めたことがあった。

「ほら、あの子。中学のとき、いつも一緒にいた……」

 そこまで言ってから、凛ちゃんは少しだけ困ったように笑って、「やだ、名前出てこない」と言った。その場では、みんなで笑って流した。そんなこと、たまにはある。そう思おうとした。でも、胸の奥に小さな棘みたいなものが残った。たぶん、見ないふりをしてはいけない違和感だった。でも今は、考えないことにしていた。

 文化祭が終わったら、ちゃんと向き合おうと思っていた。

 今は、ただ歌いたかった。みんなと一緒に、たくさんの人の前で。

 それだけのことが、こんなに大事だと、転校してくるまで知らなかった。

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