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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第十七章 思い出の続き

 ライブが終わったあと、体育館のロビーに人が溢れた。

 来てくれた子たちが口々に話しかけてきた。よかった、泣いた、透子さんの声がすごかった、最後のMCで泣いた。わたしは一人ひとりに答えながら、その言葉を全部受け取った。これが届いた、ということだと思った。

 母親が来てくれた。

「ひかり」

 振り返ったら、母親が泣いていた。珍しかった。母親が人前で泣くのを、あまり見たことがなかった。

「よかったよ。本当に」

「見てたの、ちゃんと」

「見てた。全部」

母親が少し笑った。

「最後のMC、あなたらしかった」

「らしかった?」

「昔から、人のために言葉を使う子だったから」

 わたしは少し照れた。

「お母さん、一つ聞いていい?」

「なに?」

「送ってくれた写真の子。幼なじみの子って、透子だったんだよね」

 母親が少し驚いた顔をした。

「そうよ。あなた、本当に覚えてなかったの? 小学校に上がる前まで、毎日一緒に遊んでたじゃない」

 わたしは少し息を止めた。

 やっぱりそうだった。

 でも今は、確認じゃなかった。もう分かっていた。ライブの最中に、思い出していたから。

「覚えてる。やっと思い出した」

「よかった。何があって忘れてたのか知らないけれど」

 母親がわたしの頬に少しだけ手を当てた。

「ちゃんと思い出せてよかった」


 透子は、ロビーの隅にいた。妹と並んで立っていた。妹はわたしの母親に頭を下げていた。透子がその横で、少しだけ困ったような、でも悪くない顔をしていた。

 わたしが近づくと、透子がこちらを見た。

「ひかり」

「透子の妹さん?」

「うん。向こうがひかりのお母さん?」

「そう」

 透子の妹がわたしに向いた。透子に似ていたけれど、表情が豊かだった。目が大きくて、笑うと顔が変わった。

「お姉ちゃんのこと、いつもありがとうございます」

「こちらこそ。今日来てくれてありがとう」

「来てよかったです。お姉ちゃんの歌、初めてちゃんと聴いた気がして」

 透子が横を向いた。

「初めてじゃない」

「ちゃんとは初めて。いつも部屋から聴こえてくるだけだったから」

「じゅうぶんでしょ」

「全然違いましたよ。今日の方が何百倍もよかった」

 透子がまた横を向いた。耳が赤かった。

 妹がわたしに小声で言った。

「お姉ちゃん、今日帰りにすごく嬉しそうだったらどうしよう、って朝から言ってて」

「言ってない」

透子が即座に言った。

「言ってたよ。嬉しそうにしていいのかな、って」

「言ってない」

 妹がくすくす笑った。わたしも笑った。透子は正面を向いたまま、耳の赤さが増した。


 凛ちゃんがロビーの外に出ているのに気づいたのは、しばらくあとだった。

 人が少し引けてきたころ、玲奈さんがわたしに言った。

「凛さん、外にいますよ」

「ひとりで?」

「そのようです」

 わたしは外に出た。

 学校の正面玄関の外、植え込みの近くに凛ちゃんが立っていた。スマホを持って、何かを調べているみたいだった。

「凛ちゃん」

 凛ちゃんが振り返った。目が少し赤かった。

「ひかり」

「どうしたの、一人で」

「ちょっと調べてた」

「何を?」

 凛ちゃんが少し間を置いた。

「地元の友達。名前を思い出したから、SNSで探してた」

 わたしは少し驚いた。

「思い出したの? 名前」

「うん。ライブ中に。踊ってたら突然出てきた」

凛ちゃんが手元のスマホを見た。

「田中さくら。あたしと毎日走り回ってた子」

「見つかった?」

「見つかった。同じ学年で、今は隣の県の学校に行ってる」

 凛ちゃんはスマホの画面をわたしに向けた。SNSのアカウントが開いていた。短い自己紹介と、写真が一枚。

「見た感じ、元気そうだよね」

「うん」

「連絡、するの?」

 凛ちゃんは少し考えた。

「しようと思う。急に連絡来ても驚かせるかもしれないけど、なんか、ちゃんと言いたくて」

「何を?」

「覚えてるって。ずっと覚えてた、って」

 凛ちゃんの声が少し震えた。

「ほんとは覚えてなかったんだけど。でも今は覚えてる。だから、覚えてるって言いたい」

 わたしは何も言わなかった。

 凛ちゃんがスマホを胸に当てた。

「あのさ、ひかり」

「うん?」

「ほしあま部、終わったじゃん」

「うん」

「なのに、なんかすごく満たされた感じがする。終わった悲しさより、やり切った感じの方が全然大きい」

「それはよかった」

「ひかりのおかげだよ。ひかりが誘ってくれなかったら、あたしダンスも歌も、ただ好きなだけで終わってた」

「凛ちゃんが来てくれたから、できたんだよ」

「でも、ありがとう」

 凛ちゃんはそう言って、わたしに抱きついてきた。ロビーの中じゃなくて、外で、人が少ないところで。

 わたしは凛ちゃんの背中を叩いた。

「ありがとう、凛ちゃん」

「お礼言わないでよ、泣くから」

「もう泣いてるじゃん」

「もっと泣くから」

 二人で少し笑った。


 音楽室に、玲奈さんがいた。あと片付けが終わったあと、岸本先生が音楽室の鍵を開けてくれていた。玲奈さんがピアノを弾きたいと言ったらしい。

 わたしが顔を出すと、玲奈さんがちょうど弾き終わったところだった。

「何弾いてたの?」

「母との思い出が戻ったので、その曲を」

 わたしは椅子を引いて、玲奈さんの隣に座った。

「何の曲?」

「母が昔、よく弾いていた曲です。わたくしが小さいころ、夜になるとリビングでよく弾いていて。それを横で聴くのが好きで」

「覚えてたの、それ?」

「戻ってきました。ライブの途中で」

玲奈さんが鍵盤をじっくりと見た。

「サビを歌いながら、急に出てきて。夜のリビングで、お母様がピアノを弾いていて、わたくしがソファから聴いていた。それだけの記憶なんですが」

「でも大事だった」

「とても。自分がピアノを好きになったのは、そこからだと思います。お母様の弾くピアノが好きで、自分も弾きたくなった。その最初の気持ちが、ずっと消えていたんです」

 玲奈さんは少し指を鍵盤の上に置いた。

「戻ってきて、よかったです。自分がなぜピアノを弾くのかが、やっと分かった気がします」

「お母さんに、話せる?」

「話します。今夜電話します」

 玲奈さんはそう言って、少しだけ微笑んだ。いつもの丁寧な微笑みじゃなかった。もっと素の、柔らかい笑顔だった。

「ひかりさん」

「うん?」

「凛さんのことなんですが」

「凛ちゃんが何か?」

「わたくし、凛さんのこと、もっとちゃんと知りたいと思っています」

 わたしは少し笑った。

「それって、どういう意味で?」

「どういう意味かは、まだ分かりません」

玲奈さんが少し考えた。

「ただ、もっと話したい。喧嘩したときに初めて、ちゃんと話せた気がして。それからずっと、もっと話したいと思っていました」

「言えばいいじゃん、凛ちゃんに直接」

「そうですね」

玲奈さんはまた少し微笑んだ。

「言います」


 ましろちゃんを探したら、舞台の上にいた。

あと片付けが終わったあとの、誰もいない体育館の舞台に、ましろちゃんが一人で立っていた。客席の方を向いて、ただそこにいた。

「ましろちゃん」

 ましろちゃんがわたしの声で振り返った。

「先輩。片付け、手伝わなくてすみませんでした」

「いいよ。何してたの?」

「立ってました」

ましろちゃんは少し恥ずかしそうに言った。

「さっきまであんなに人がいたのに、今は誰もいない。その差が、なんか、感じたくて」

「残響みたいな?」

「そうです。まだここに、さっきの空気が残ってる気がして」

 わたしも舞台に上がって、ましろちゃんの隣に立った。

 客席を見た。誰もいない。パイプ椅子が乱れていた。プログラムが一枚落ちていた。

 でもましろちゃんの言う通り、何かが残っていた。

「ましろちゃん、夢思い出したね」

「はい。学校の先生。歌いながら、急に出てきて。びっくりしました」

「嬉しかった?」

「嬉しかったです。でも、もっと別の気持ちもあって」

「どんな?」

「ましろ、この学校に入りたかったのは、先生になるための勉強をしたかったからだと思いました。でも今は、ほしあま部で歌を歌っていた。全然違う方向に来てしまった気がして」

「後悔してる?」

「してないです」

ましろちゃんは首を振った。

「してないけど、不思議だなと思って。入学したかった理由と、実際にやったことが、全然違うのに、どっちも大事だった」

 わたしは少し考えた。

「どっちかが正しくて、どっちかが間違いとか、ないんじゃないかな」

「そうですか」

「入学したかった理由が戻ってきたなら、これからそっちに進めばいい。でも、ほしあま部でやったことも、消えたわけじゃない」

 ましろちゃんが少し考えた。

「……先生になっても、歌は歌えますよね」

「歌えるよ。ずっと歌えばいい」

「子どもたちに歌を教えるのも、いいかもしれないです」

「すごくいいと思う」

 ましろちゃんが少し顔を上げた。

「先輩」

「うん?」

「ましろ、先輩のことが大好きです」

 わたしは少し驚いた。ましろちゃんが真顔でそういうことを言うのは珍しかった。

「ありがとう」

「憧れていたのが、好きになっていました。いつの間にか」

「ましろちゃんのことも好きだよ」

「本当ですか」

「本当。踊り場で膝抱えてた子が、今日あんなに歌ったんだよ。好きにならないわけない」

 ましろちゃんが少し顔を俯けた。でも口元が緩んでいた。

「ましろ、また先輩たちと歌えますか」

「歌えるよ。部は終わったけど、歌うのは終わってないから」

「よかった」

ましろちゃんが顔を上げた。

「ましろ、まだ歌いたいです。もっと上手くなりたい」

「なれるよ」

「なれますか」

「透子がいるじゃん、お手本が」

 ましろちゃんが笑った。


 夕方、学校の外でみんなが揃った。解散する前に、なんとなく揃った。誰かが声をかけたわけじゃなかった。でも気づいたらみんなが校門の前にいた。

 春の夕日が低くなっていた。橙の光がみんなを照らしていた。

「屋上、行く?」

 凜ちゃんの誘いに、誰も反対しなかった。みんなで校舎に戻って、四階の端まで上がって、扉を開けた。屋上は春の風が吹いていた。冬より柔らかくて、でも夕方だから少し冷たい、ちょうどいい風だった。

 みんなでフェンスの前に並んだ。

 街を見下ろした。誰も何も言わなかった。しばらく、ただそこに立っていた。

 凛ちゃんが口ずさみ始めた。一曲目のサビだった。

 玲奈さんが続いた。ましろちゃんが続いた。透子が続いた。

 わたしも続いた。マイクも音源も何もなかった。ただみんなの声だけだった。

 サビを歌い終わった。

 空を見た。流れ星は、落ちなかった。

 凛ちゃんが「落ちなかった」と言った。

「うん」とわたしは言った。

「やっぱり終わったんだね」

「そうみたい」

 でも凛ちゃんは悲しそうじゃなかった。わたしも悲しくなかった。

 ただ、そういうことだった。

伝説の通りだった。最後のライブが終わって、星が降らなくなった。

「でも歌えた」

ましろちゃんが言った。

「歌えた」

「星がなくても歌えました」

「そうだね」

 透子がわたしの隣に立っていた。

 わたしは透子を見た。透子もわたしを見た。

「透子、幼なじみだったね」

「……うん」

「覚えてた、やっと」

「やっと」

「またここで一緒に歌えたね」

 透子は少し間を置いた。

「……また一緒に歌おうね、って言った」

「覚えてた?」

「今日、思い出した」

 透子がフェンスに手をかけた。街を見た。

「約束、守れた」

 わたしは何も言わなかった。

 夕日が落ちていった。橙が濃くなって、少しずつ赤に変わっていく。

 流れ星は落ちない夕空の下で、みんなで並んで街を見ていた。

 星が降らなくなった屋上は、でも変わらずそこにあった。

 風が吹いた。誰かがまた口ずさみ始めた。誰が最初だったか分からなかった。でも気づいたらみんなで歌っていた。

 星がなくても、声は出た。声は、ここにあった。

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