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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第十五章 最後のライブをやろう

 年が明けて、三学期が始まった。三月に最後のライブをやると決めてから、練習の密度が変わった。今までも真剣にやっていたけれど、終わりが見えると、一回一回の重さが違ってくる。屋上に集まるたびに、これがまた一回減ったと思うようになった。それが嫌なわけじゃなかった。ただ、一回ずつを大事にしようという気持ちが、自然と出てきた。

 三曲目の話が出たのは、一月の最初の練習だった。

「最後のライブは何曲やる?」

「三曲がいいと思う。一曲目は最初に作った曲。二曲目は今の曲。三曲目は新しく作る」

 凜ちゃんの意見に、わたしはこう答えた。

「三曲目、また作るの?」

「最後のライブのために、作りたい。玲奈さん、できる?」

 玲奈さんが少し考えた。

「二ヶ月あれば。ただ、三曲目はみんなの話を聞いてから作りたい」

「みんなの話?」

「この部活で感じたこと、伝えたいこと。それを聞かせてもらえたら、曲に込められる気がします」

 わたしは頷いた。

「じゃあ今日、全員で話そう。練習の前に」


 みんなでフェンスの前に並んだ。一月の屋上は寒くて、全員がコートを着込んでいた。ましろちゃんは今日も手袋を忘れていて、凛ちゃんが片方を貸していた。

「玲奈さんに聞かせてほしい。この部活で、一番大事だったことを」

 しばらく誰も話さなかった。

 凛ちゃんが最初に口を開いた。

「あたしはさ、ダンスが好きで、歌が好きで、でもそれを一人でやってた。ほしあま部に入って、初めて誰かと一緒に動くことの楽しさを知った」

「一人じゃなくなったってこと?」

「そう。それが一番。あたし、実は結構一人が多かったんだよね。明るいキャラで友達はいるんだけど、本当に一緒にいたい人って、あんまりいなかった。でも今は、みんなと一緒にいたい」

 凛ちゃんはそう言って、少し照れたように前を向いた。

 玲奈さんが次に言った。

「わたくしは、完成前のものを出す怖さを手放せたことだと思います」

「それって、凜ちゃんと言い争ってたときの話?」

「凛さんとの一件もありますが、もっと根っこのところです。ピアノは一人で完成させてから人に見せるものでした。でも曲作りをみんなと一緒にやって、未完成のまま渡すことを覚えた。それがわたくしには、一番大きな変化でした」

「その変化、曲に出てると思う」

わたしは主張した。

「そうだといいのですが」

玲奈さんは少し微笑んだ。透子が次に話した。

「一人で歌うのと、みんなで歌うのが、こんなに違うと思わなかった」

「どう違った?」

「一人のときは、歌い終わっても、空気がそのまま残る感じがした。でもみんなと歌うと、歌ったあとに何かが残る。声の形が、空気の中にしばらく留まってる感じ」

「それって、どういうこと?」

「うまく言えない」

透子は少し困った顔をした。

「ただ、そういう感じがする。みんなと歌うと、消えない気がする」

 消えない、という言葉が、今の状況と重なって少し胸に刺さった。でも透子はそういう意味で言ったわけじゃないと思った。

 ましろちゃんが最後に話した。

「ましろは、先輩たちに憧れていたんですが」

「うん」

「入部してから、憧れだけじゃなくなった気がします」

「どういう意味?」

「一緒にいる人に、なった。見上げる人じゃなくて、隣にいる人に」

 ましろちゃんは少し恥ずかしそうに言った。

「それって、すごく嬉しいことだと思って。ましろ、ずっと一人が多かったので。誰かの隣にいるって感覚が、まだ慣れなくて、でも大事で」

「大事だよ。あたしもそう思う」

 ましろちゃんが少し顔を上げた。

 玲奈さんがゆっくりと全員を見回して、何かを確かめるように頷いた。

「分かりました。作ります」


 玲奈さんが三曲目に取りかかった間、わたしたちは一曲目と二曲目を磨き続けた。

 岸本先生に月に四回聴いてもらって、その都度直した。先生は相変わらず厳しかったけれど、最近は指摘のあとに「でも、いい」と付け加えることが増えていた。それが先生なりの変化だとわたしは思った。

透子の声が、また少し変わっていた。二月に入ったころから、歌い方が変わった。以前は声を出すことに集中していた感じがあったのが、最近は声を届けることに変わった。どこかに向けて歌っている、という感じがするようになった。

「透子、最近歌うとき、誰かのことを考えてる?」

わたしは練習後に聞いた。

「うん」

「誰のこと?」

 透子は少し間を置いた。

「妹のこと。ライブ、来てもらおうと思って」

「最後のライブに?」

「うん。約束の記憶が戻るかどうか、分からない。でも、ちゃんと歌うところを見せたい」

「妹さん、来てくれる?」

「聞いたら、来るって言ってた」

 わたしは少し嬉しかった。透子が誰かに来てほしいと思ったこと、誰かに歌を届けようとしていることが、嬉しかった。

「わたしのお母さんも呼ぼうかな」

「呼べばいい」

「来てくれるかな」

「分からないけど、呼べばいい」

透子がわたしを見つめた。

「来てもらいたいなら、呼んだらいい」

 透子の言葉は短いけれど、いつも正しかった。


 玲奈さんが三曲目のメロディを持ってきたのは、二月の中旬だった。

 屋上で弾けないから、音楽室にみんなで集まった。玲奈さんがピアノの前に座って、全員が周りに立った。

 弾き始めた。穏やかな出だしだった。ゆっくりとしたテンポで、でも単純じゃない。何層かの音が重なって、少しずつ広がっていく。サビに向かうにつれて、音が積み上がって、最後に解放される感じがした。

 弾き終わった。誰も最初に話さなかった。

 やがてましろちゃんが、目に涙を溜めたまま言った。

「玲奈先輩、すごいです」

「ましろちゃん?」

「ましろ、なんか泣けてきました。なんでか分からないんですが」

「分かります。なんか、来るものがあった」

凛ちゃんも少し目が潤んでいた。

 透子が玲奈さんを見た。

「……タイトルは」

「まだです。ひかりさんが歌詞をつけてくれたら、そこから決めようと思っています」

 わたしはピアノの音の余韻がまだ部屋に残っているうちに、今感じていることを頭に入れた。穏やかな始まりから、少しずつ広がって、最後に解放される。

 それはこの部活そのものだと思った。

 ゆっくりと始まって、少しずつ積み上げて、最後に全部を出す。

「歌詞、書く。今夜書く」

「急がなくていいですよ」

「急ぎたい。この気持ちがあるうちに」


 その夜、三時間で歌詞を書いた。書けなかった部分は一箇所もなかった。言葉が先に来た。メモしながら、削りながら、並べながら、最後のサビだけは少し時間がかかった。

 一番伝えたいことを、最後に置きたかった。

 何が一番伝えたいことなのか。

 星が落ちたこと。願いが叶ったこと。思い出が消えていったこと。でも今ここにいること。

 全部が詰まった一行を、わたしは探した。

 見つかったのは、日付が変わる少し前だった。

 消えても消えなくても、わたしたちはここで歌った。

 それだけでよかった。その一行を最後に置いて、歌詞は完成した。


 翌日、玲奈さんに渡した。

 玲奈さんが読んで、少し黙った。

「最後の一行」

「うん」

「……合わせます」とだけ言った。

 それがどういう意味か、わたしには分かった。曲を歌詞に合わせるんじゃなくて、歌詞と曲が合うように最後を整える、ということだった。

 三曲目のタイトルは、翌日に玲奈さんから来た。

『星が降らなくなった日』

 それを見て、わたしは少し息を止めた。

 最後のライブで星が降らなくなるかどうか、まだ分からない。でもこのタイトルしかないと思った。


 二月の後半、三曲通しの練習が始まった。

 一曲目から三曲目まで、止まらずに通す。本番と同じように。

 最初の通し練習は、ぼろぼろだった。

 一曲目はよかった。何十回も歌った曲だから、体が覚えている。二曲目も大丈夫だった。問題は三曲目だった。まだ歌い込みが足りなくて、透子の声が迷っている感じがした。凛ちゃんの振り付けと歌のタイミングがずれた。ましろちゃんが二番の入りを間違えた。

「三曲目、難しい」

「難しい。でも時間はある」

凜ちゃんの意見に、わたしはこう答えた。

「本番まで一ヶ月あるから、毎日やる?」

「毎日は無理でも、できるだけやろう」

 透子が三曲目の楽譜を見ながら言った。

「この曲、他の二曲より感情を使う」

「そう?」

「一曲目は楽しい気持ちで歌える。二曲目は覚悟みたいなものがある。三曲目は、もっと別の何かが要る」

「何が要ると思う?」

 透子は少し考えた。

「……別れる気持ち」

 誰も笑わなかった。

「だから難しい。本番のときにしか、本当の意味では歌えない気がする」

「じゃあ練習では何をする?」

「体に入れる。感情は本番に任せる」

 それが透子の答えだった。わたしはそれが正しいと思った。


 三月になった。春の気配が少しずつ来ていた。屋上の風がまだ冷たいけれど、一月二月よりは柔らかくなっていた。夕日が少し遅くなって、練習できる時間が延びた。

 ライブの日程を決めた。三月後半の春休み前の週末、土曜日の午後。場所は体育館。文化祭のときよりは小さい規模で、でも呼べる人は全員呼ぼうということになった。

 岸本先生が体育館の使用許可を取ってくれた。

「最後まで面倒見ますよ」

先生は言った。それだけで、わたしにはじゅうぶんだった。

 告知はSNSで出した。学校の生徒向けに、星降る屋上アイドル部最終ライブ、と書いた。文化祭を見ていた子たちから反応があった。来る、という声が集まってきた。

 凛ちゃんがその反応を見て「やばい緊張してきた」と言った。

「本番前からそれじゃ心配だよ」

「でも嬉しい緊張だから大丈夫。文化祭のときと同じ感じ」

 玲奈さんが衣装を少しだけ手直しした。最初に作った白ベースのものに、少しだけ新しい飾りを加えた。最後のライブのための、仕上げだった。

 ましろちゃんが練習のたびに、確実に上手くなっていた。最初に屋上の踊り場で一人で聴いていた子が、今はみんなの中に当たり前にいる。それが、なんとなくわたしには嬉しかった。


 ライブ三日前の練習で、三曲通しが初めてうまくいった。

 三曲目の最後まで、誰も大きなミスをしなかった。透子の声が安定していた。凛ちゃんの振り付けが揃っていた。玲奈さんの音程が綺麗だった。ましろちゃんの声が、透子の声と不思議と合っていた。

 最後の音が消えて、みんなで少し黙った。

 凛ちゃんが「……できた」と言った。

「できたね」とわたしは言った。

「初めて、全部通った」

「うん」

「本番、絶対できる」

「できる」

 流れ星が落ちた。五本。最後の通し練習が終わった日の夕空に、五本の光が走った。今日の五本は、いつもより少し遅かった。ゆっくりと落ちて、長い尾を残した。

「星が、ゆっくり落ちた」

ましろちゃんが伝えた。

「うん」

「急がなくていい、って言ってるみたいです」

「それ好きな解釈だ」

 凜ちゃんが突っ込む。

 透子がわたしの隣で空を見ていた。

「ひかり」

「うん?」

「妹、来ると言ってた。土曜日」

「よかった」

「うん」

透子が少し間を置いた。

「来てくれる人がいると、ちゃんと歌える気がする」

「わたしのお母さんも来てくれることになった」

「よかった」

 透子はそれだけ言って、また空を見た。

 もうすぐ暗くなる空の、一番明るい場所に、薄く一本の光が走った。

 六本目だった。今日はいつもより一本多かった。

「六本」

凛ちゃんが言った。

「今日は六本」

「誰か増えた?」

 わたしは少し考えた。来てくれる人たちのことを思った。透子の妹、わたしの母親、岸本先生、文化祭で見てくれた人たち。

「もう始まってるのかもしれない」

「何が?」

「最後のライブ。三日後に向けて、もう始まってる」

 わたしの意見に、誰も否定しなかった。

 春の夕空に、六本の光の軌跡が残っていた。

 三日後、この屋上で流れ星が落ちることはない。体育館で、みんなで、最後に歌う。

 終わりが近かった。

 でも今は、終わりより始まりに近い感じがした。

 最後のライブへ向かう、始まりの夕方だった。


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