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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第十三章 ひかりの消えた思い出

 十二月になった。屋上の風は本格的に冬の冷たさになって、練習できる時間が短くなった。日が落ちるのが早いから、五時を過ぎると暗くなる。暗くなると星が落ちても見えにくくなる、とましろちゃんが言って、全員が笑った。

 二曲目がほぼ完成していた。玲奈さんのメロディに、わたしの歌詞が乗った。凛ちゃんの振り付けが固まった。透子が歌い込んで、ましろちゃんがそれを追いかけた。岸本先生に聴かせたら「一曲目より深みがある」と言われた。

 順調だった。順調だったから、逆に気になっていたことに向き合う余裕が出てきた。

 幼なじみのことだった。


きっかけは、小さなことだった。

ある朝、母が古いアルバムを持ってきた。

「小さいころの写真、懐かしくて見てたんだけどね。ひかり、あの子のこと覚えてる?」

「あの子?」

「ほら、近所に住んでた子。よく一緒に遊んでたじゃない。透き通るみたいな声で歌う子」

 わたしは少し考えた。

「……誰のこと?」

「えっ、覚えてないの? 仲良かったのに。写真も一緒に写ってるよ」

「顔が出てこない」

「そう? ちょっと待って」

 母がアルバムをめくった。

「あった。見てみて」

 わたしはそのページの写真を見て、スマホで撮った。公園のブランコに二人で乗っている。五歳か六歳くらいだろうか。一人はわたしだった。もう一人は、黒い髪の女の子だった。

 顔が、見えなかった。写真は鮮明だった。でも、もう一人の顔だけが、なぜか認識できなかった。誰なのか分からないのではなく、見ようとすると視点がずれる感じがした。霞がかかっているわけでもない。ただ、その顔が、わたしの記憶とどこにも繋がらなかった。

 写真の中で、その子とわたしは笑っていた。

 楽しそうに、並んで。でも、誰なのか分からなかった。

 

 その日の放課後、練習が終わって透子と二人になった。

 いつも通りフェンスの前に並んで、街を見ていた。わたしはスマホを取り出した。

「透子、ちょっと見てほしいものがある」

 朝、撮っておいた写真を透子に見せた。

 透子が画面を見た。一秒。二秒。透子の表情が、かすかに固まった。

「この写真、今朝、お母さんと見た。小さいころ一緒に遊んでた子だって言われたんだけど、誰なのか全然分からなくて」

「……うん」

「透子には分かる? この子」

 透子は答えなかった。画面を見たまま、少し黙っていた。

「透子?」

「……少し、待って」

 透子の指が、フェンスの金網をきゅっと掴んだ。強い風が吹いているわけでもないのに、呼吸だけが少し乱れているように見えた。わたしは声をかけられなかった。

 やがて透子は、外を向いたまま小さく言った。

「……知らないはずなのに、知ってる気がする」

 少し間を置いて、もう一度。

「思い出せないのに、なくした感じだけがある」

 その声を聞いたとき、透子は困っているんじゃなくて、傷ついているのかもしれないと、初めて思った。

 透子がわたしにスマホを返した。それからフェンスに両手をかけて、外を見た。何かを考えているみたいだった。いや、何かを確かめているみたいだった。

「透子、知ってる? この子のこと」

 透子はすぐには答えなかった。

 やがてゆっくりと言った。

「……分からない」

「分からない?」

「顔は見えた。でも、誰なのか出てこない」

「わたしと同じだ」

「うん」

 透子の声が、いつもより少し低かった。

「でも、なんか、見たことある気がする」

「どういうこと?」

「初めて見た顔じゃない気がする。でも誰か分からない。そういう感じ」

 わたしは少し考えた。

「透子って、小さいころはどこに住んでたの?」

 透子が少し間を置いた。

「……今と同じ市内。でも引っ越してる。小学校の途中で」

「どのあたり?」

 透子が地区の名前を言った。わたしの胸が、少しだけ跳ねた。

「それって、駅の北側?」

「うん」

「わたしも、小学校のころ少しだけそっちにいた」

 透子がわたしを見た。

「……いつ?」

「小学校一年の終わりまで。それから引っ越した」

 透子はわたしを見たまま、黙っていた。

 二人の間に、何かが漂い始めた。言葉にできないけれど、確かにある何かが。

「透子、子どものころ、公園でブランコに乗ってた記憶ってある?」

 透子の手が、フェンスの上でかすかに動いた。

「……ある」

「誰かと一緒に?」

「……たぶん」

「たぶん?」

「思い出せない。一人だったのか、誰かといたのか、もう分からない」

 わたしは写真をもう一度見た。ブランコに並んで乗っている二人の子ども。わたしと、黒い髪の女の子。楽しそうに笑っている。黒い髪。透子の髪も、黒かった。


 その夜、眠れなかった。布団の中で天井を見ていた。

 頭の中で、いくつかのことが繋がろうとしていた。でも繋がりきらなかった。

 透子と同じ地区に、同じ時期にいた。写真の子の顔が、なぜか認識できない。

 透子がその写真を見て、見たことある気がすると言った。

 わたしには幼なじみの記憶がない。透子には、幼いころ一緒に遊んだ記憶が薄い。

 もし。もし、透子がその幼なじみだったとしたら。

 二人とも、記憶が消えているから、気づけない。

 でもそれは、本当のことなのか。思い込みじゃないのか。

 確かめる方法が分からなかった。記憶がないから確かめられない。でも何かが引っかかる。

 わたしは目を閉じた。何かを思い出そうとした。

 公園。ブランコ。黒い髪の子。歌声。

 歌声。その子の声が、記憶の端に引っかかった。

 透き通るみたいな声で歌う子、とお母さんは言っていた。

 透子の声が、頭の中に重なった。でも、それは都合がいい思い込みかもしれない。

 透子の声が好きだから、結びつけたいだけかもしれない。

 わたしは考えるのをやめた。今は確かめられない。でも、いつか分かるかもしれない。

 あるいは、永遠に分からないままかもしれない。


 翌日の練習で、透子はいつも通りだった。

 昨夜のことは何も言わなかった。わたしも言わなかった。

 でも練習中、一度だけ目が合った。透子がわたしを見て、わたしが透子を見た。

 何も言わなかった。でも、何かを共有した気がした。

 二人とも、昨夜同じようなことを考えていたんじゃないか。そういう気がした。

 サビを歌ったとき、流れ星が落ちた。

 五本落ちて、一本だけ、他より長く尾を引いた。

 凛ちゃんが「あの一本、長くない?」と言った。

「うん」とわたしは答えた。

「なんかいつもと違う」

「違うね」

「何かあった?」

ましろちゃんがわたしに尋ねた。

「少し、気になることがあって」

「話せますか?」

玲奈さんの問いに、わたしは少し考えた。

「まだはっきりしてないから、もう少し待ってほしい。でも、いつか話す」

「分かりました」

 透子はわたしの隣で空を見ていた。

 何も言わなかった。でも、少しだけわたしの方に近かった。

 気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃない気もした。


 その日の帰り道、透子と二人で歩いた。

 曲がり角のひとつ手前で、透子が立ち止まった。

「ひかり」

「うん?」

「もし、昨日の話が本当だとしたら」

 透子は前を向いたまま言った。

「本当だとしたら、何が変わる?」

 わたしは少し考えた。

「変わらない、と思う。今のわたしたちの関係は、関係ないから」

「……そう」

「でも、知りたいとは思う」

「なんで」

「透子のことを、もっと知りたいから」

 透子はしばらく黙っていた。

 それから、ぽつりと言った。

「……わたしも」

 それだけだった。透子は歩き出した。わたしも続いた。

 街灯の下を、二人で歩いた。答えはまだなかった。でも何かが、少しずつ近づいてきている気がした。夜空に、流れ星は落ちなかった。

 でも、胸の中に、小さな光がある気がした。


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