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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第十二章 凛と玲奈

 凛ちゃんと玲奈さんが衝突したのは、十一月の中旬だった。

 きっかけは、次の曲の振り付けだった。玲奈さんが二曲目のメロディをほぼ完成させてきた日、凛ちゃんが早速振り付けのイメージを話し始めた。テンポが速い部分はダイナミックに、穏やかな部分は動きを絞って、サビで全員が揃う形にしたい、と。

 玲奈さんが穏やかな声で言った。

「この曲は、激しい動きより、穏やかな動きの方が合うと思います」

「え、でもサビはけっこうテンポあるよ?」

「テンポがあっても、内側に向かう曲だと思って作ったので。激しく動くより、抑えた方が曲の雰囲気と合うかと」

「内側に向かう、って何それ」

「感情が外に出るより、内に溜まっていく感じというか」

「それって、見てる人には伝わりにくくない? アイドルのライブなんだから、もっとぱっと見て楽しい方がいいと思う」

「楽しいだけが正解ではないと思いますが」

 凛ちゃんが少し眉を寄せた。

「玲奈って、いつもそういう言い方するよね」

「そういう言い方、とは」

「なんか、あたしの意見を否定するときに、丁寧な言葉で言うから、反論しにくい」

 玲奈さんが少し黙った。

「否定したつもりはありませんでした」

「でもそう聞こえた」

 みんなの間に、少し変な空気が流れた。

 透子が横を向いた。ましろちゃんがわたしの袖を少し掴んだ。

「今日はとりあえずメロディだけ確認しよう」とわたしは言って、その場を収めた。

 でも二人の間の空気は、練習が終わっても少し残っていた。


 翌日の昼休み、凛ちゃんがわたしに言いに来た。

「あたし、玲奈のこと苦手なのかもしれない」

「どういう意味?」

「苦手というか、怖いというか」

 凛ちゃんは少し困った顔をした。珍しかった。凛ちゃんが人間関係で困っている顔をするのは、あまり見たことがなかった。

「玲奈って、何考えてるか分からないんだよね。丁寧で上品で、ちゃんとしてて。でもその奥が見えない。だから、否定されたのか、されてないのか、それすら分からなくて」

「昨日は、否定されたと感じたの?」

「感じた。でも本当にそうだったのかも分からない。それがしんどい」

 わたしは少し考えた。

「玲奈さんに直接聞いた?」

「怖くて聞けない」

「怖くないよ。玲奈さん、ちゃんと話せる人だよ」

「ひかりはそう思うかもしれないけど、あたしには壁がある気がして」

 凛ちゃんは珍しくしゅんとした顔をした。


 同じ日の放課後、今度は玲奈さんがわたしに話しかけてきた。

 音楽室の前の廊下で、少し待っていたみたいだった。

「ひかりさん、少し話せますか」

「うん、どうぞ」

「昨日のこと、凛さんを傷つけてしまいましたか」

「傷つけた、とは少し違うかもしれないけど、凛ちゃんは悩んでた」

 玲奈さんが少し表情を曇らせた。

「わたくし、否定したつもりはなかったのですが」

「それは分かってる。でも凛ちゃんには、そう聞こえた部分があったみたい」

「どうすれば、よかったのでしょう」

 わたしは少し考えた。

「玲奈さんはさ、自分の意見を言うのが上手いけど、相手の意見をまず受け取る前に進んじゃうことがある気がする」

「受け取る」

「凛ちゃんの振り付けのアイデアを聞いて、最初に返したのが否定だった。たとえ違う意見があっても、まず受け取ってから言うと、違って聞こえることがある」

 玲奈さんは黙った。

「……そうですね」

「玲奈さんって、コンクールで一人でやってきた時間が長いじゃないですか。だから自分の中で完成させてから外に出すのが当たり前になってるのかもしれない。でもグループだと、未完成のまま外に出すことも大事で」

「未完成のまま」

「みんなで作っていく、ってそういうことだと思う」

 玲奈さんはしばらく廊下の床を見ていた。

「……難しいですね」

「難しい。わたしも全部うまくできてるわけじゃない」

「でも、ひかりさんはできている気がします」

「できてないよ。ただ、失敗するのが怖くないだけ」

 玲奈さんが少し目を上げた。

「怖くないのですか」

「怖いけど、気にしないようにしてる。失敗したら直せばいいと思ってるから」

 玲奈さんはそれを聞いて、少し考えた。

「凛さんに、話してみます」

「うん。きっと大丈夫だよ」


 翌日の練習前、凛ちゃんと玲奈さんが少し早めに屋上に来ていた。

 わたしが扉を開けたとき、二人はフェンスの近くで話していた。

 わたしは少し足を止めた。凛ちゃんが何か言っていた。玲奈さんが頷いていた。凛ちゃんがまた何か言って、玲奈さんが答えた。聞こえなかったけれど、険しい雰囲気ではなかった。

 わたしはわざと音を立てて扉を開け直した。二人が振り返った。

「来てたんだ」

「ちょっと話してた」

凛ちゃんが言った。

「うん」

「解決したから、大丈夫」

 玲奈さんが凛ちゃんの横で、少し照れたように微笑んだ。

 わたしは何も聞かなかった。


 その日の練習は、以前より音が良かった。

 気のせいじゃないと思った。凛ちゃんの動きが伸び伸びしていた。玲奈さんの声が、どこかほっとした感じがした。二人の間の空気が、軽くなっていた。

 振り付けの話に戻ったとき、今度は違った。

「サビはダイナミックにしたい、というのはあたしの意見で、玲奈の言う内側に向かう感じも分かった。だから両方混ぜてみたい」

「どういうふうに?」

「サビの前半は抑えた動きで入って、後半でぱっと広がる。内側から外側に向かっていく感じで」

 玲奈さんが少し考えた。

「……それは、曲の構成とも合うかもしれません。サビの後半でメロディが上がっていくので」

「じゃあそれで試してみよう」

「ええ」

 二人でそのまま話し続けた。わたしは透子と顔を見合わせた。透子が小さく肩をすくめた。なんとなく「よかったね」という意味だと受け取った。

 ましろちゃんがわたしの隣に来た。

「解決したみたいで、ましろ安心しました」

「心配してたの?」

「してました。凛先輩と玲奈先輩、どっちも好きなので」

「全員のことが好きなんでしょ、ましろちゃんは」

「……はい。変ですか?」

ましろちゃんが少し赤くなった。

「全然変じゃない。素直でいいよ」

 わたしがそう言うと、ましろちゃんが少し嬉しそうに下を向いた。


 練習が終わって、凛ちゃんとわたしが並んで校舎に向かった。

 階段を降りながら、凛ちゃんが話しかけてきた。

「玲奈って、じつは面白い人だと思った」

「どういうこと?」

「丁寧な言葉で話してるのに、言ってることはかなりはっきりしてる。自分の意見、ちゃんと持ってる。今まで壁があると思ってたけど、壁じゃなくてただの言葉遣いだった」

「気づいたじゃん」

「ひかりが言ってたことが分かった。直接話せって」

「言ってたっけ、そんなこと」

「言ってたよ。昨日」

「あ、そうだっけ」

 凛ちゃんが笑った。

「玲奈がさ、わたくし、グループで動くのが不慣れで申し訳なかったって言ったんだよね。そういうこと言えるんだ、と思って」

「玲奈さん、真面目だから」

「うん。で、あたしもあたしで言いすぎたって言って、仲直りした」

「よかった」

「ひかりのおかげだよ」

「わたし何もしてないよ」

「してるよ。気づかせてくれた」

 凛ちゃんはそう言って、少し前を向いた。それからまた振り返った。

「ねえ、ひかり」

「なに?」

「玲奈って、可愛いとこあるよね」

 わたしは少し笑った。

「あるね」

「怒ったらどうしようって思ってたけど、ちゃんと話してみたら、なんか、可愛かった」

 凛ちゃんは少し照れたみたいに前を向いた。

 わたしはその横顔を見ながら、なんとなく思った。凛ちゃんが玲奈さんのことをそういう目で見ているのは、たぶん今日が初めてじゃない。苦手と言いながら、気になっていたんじゃないかと。でもそれを口に出すのは野暮だと思って、黙っておいた。


 その週の金曜日の練習で、二曲目の振り付けが初めて通しで動いた。

 凛ちゃんが考えた、内側から外側へ広がる動き。サビの前半で抑えて、後半で解放される感じ。玲奈さんのメロディと本当によく合っていた。

 透子が歌いながら少しだけ動いた。透子は動きが最小限だったけれど、サビの後半で肩が開いた。それだけで、全体が変わった気がした。

 ましろちゃんが、凛ちゃんの横でぴったり揃っていた。

 流れ星が五本落ちた。夕空に五本の光が走って、橙の中に消えた。

「きれい」とましろちゃんが言った。

「いつ見てもきれいだよね」と凛ちゃんが言った。

「慣れませんね」と玲奈さんが言った。

 透子がわたしの隣で空を見上げていた。

 わたしも空を見た。

 五本の光が消えたあとの、橙の空。凛ちゃんと玲奈さんが、今日から少し変わった。透子とわたしが少しずつ近くなっている。ましろちゃんが全員の隙間を埋めるみたいにいる。

 みんなが、少しずつ、ちゃんと繋がっていっている。

 それが分かる日は、星がいつもより綺麗に見えた。


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