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星降る屋上アイドル部―屋上で歌うと流れ星が落ちるらしいので、女子高生アイドル部を作ることにした  作者: 明石竜


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第十章 それでも歌う理由

 三日間、誰も答えを出さなかった。練習は続けていた。屋上に集まって、声を出して、流れ星が落ちた。でも以前とは少しだけ空気が違った。歌いながら、みんなどこかで考えていた。このまま続けていいのか。歌うたびに、何かが消えていくとしたら。

 凛ちゃんはいつも通り明るく振る舞っていたけれど、練習が終わると少し黙った。玲奈さんは音楽室でピアノを弾く時間が増えた。透子は屋上で一人で残っていることが多くなった。ましろちゃんはわたしの近くにいた。あの言葉を言ったあと、ましろちゃんはずっとわたしの少し後ろにいた。

 わたし自身は、答えが出ていなかった。歌いたい気持ちはある。みんなと続けたい気持ちもある。でも、みんなの大事な記憶が消えていくのを、知っていながら続けるのは、正しいことなのか。正しい、という言葉が、うまく機能しなかった。


 四日目の朝、凛ちゃんがわたしに言った。

「ひかり、今日の放課後、ちゃんと話し合おう」

「うん」

「みんなに声かけといて」

「分かった」

 凛ちゃんはそれだけ言って、教室に入っていった。

 わたしは透子に、玲奈さんに、ましろちゃんに、今日の放課後に話し合うと伝えた。三人とも頷いた。


 放課後、みんなで屋上に集まった。練習道具は持ってこなかった。今日は歌わない。ただ話すために来た。フェンスの前に半円を作って立った。夕日が低くなっている。十月の終わりで、日が落ちるのが早くなっていた。

「ちゃんと話し合おうって言い出したのあたしだから、あたしから言う」

 凛ちゃんが腕を組んで、正面を向いた。

「あたし、続けたい」

 誰も遮らなかった。凛ちゃんが続けた。

「地元の友達の記憶が消えてるのは本当だし、怖いとも思う。でも正直に言うと、消えてしまったものより、今ここにあるものの方が、あたしには大事に感じる」

「今ここにあるもの?」

「ほしあま部。みんなと練習して、文化祭でライブして、星が落ちるのを一緒に見て。そっちの方が、あたしにはリアルに感じる。消えた記憶は、もう感じられないから」

 凛ちゃんは少し言いにくそうに、それでもはっきりと言った。

「冷たいこと言ってるのかもしれないけど、それが正直なところ」

「冷たくないよ。玲奈は?」

 玲奈さんが少し考えてから口を開いた。

「わたくしは、母親との思い出が消えていくのが、一番怖いです。母は今も生きていて、会えばちゃんと話せる。でも昔の記憶がなくなるということは、二人で過ごした時間がなかったことになっていく気がして」

 玲奈さんは視線を落とした。

「ただ、コンクールの本選に進めたことは本当のことで。ピアノを続けてきた意味が、少し報われた気がした。その願いが叶ったこととの引き換えなら、受け入れなければいけないのかもしれない、とも思っています」

「受け入れる、って、続けるってこと?」

「続けることに、反対はしません。ただ、軽い気持ちではいられないということです」

「透子は?」

 透子はしばらく黙っていた。フェンスの向こうの街を見ていた。

「妹との約束を、覚えていたい」

 短く言った。

「それは消えてほしくない、ってこと?」

「うん。でも。歌が上手くなりたいって願ったのは、妹に歌を聴かせたかったからだと思う。上手くなって、ちゃんと聴かせたい。それは変わらない」

「矛盾してない?」

「矛盾してる」

透子がわたしを見た。

「でも、両方本当のことだから」

 わたしは頷いた。

「ましろちゃんは?」

 ましろちゃんが少し俯いてから、顔を上げた。

「ましろは、四日間考えました。昔の夢が思い出せないのは、確かに怖いです。でも、それよりもっと怖いことがあって」

「何が怖いの?」

「みんながいなくなることです」

 ましろちゃんは小さいけれど、はっきりした声で言った。

「ほしあま部がなくなって、屋上に来なくなって、みんなとバラバラになること。それがましろには一番怖い。だから続けたいです」

 沈黙が来た。四人の答えが出た。誰も「やめよう」とは言わなかった。

 全員がわたしに視線を向けた。わたしは、ずっと考えてきたことを整理した。

 幼なじみの記憶が消えていること。でもその幼なじみが誰なのか、もう分からない。消えてしまった記憶は、自分でも確かめられない。

 それでも。

「わたしは、歌いたい」

 声に出すと、はっきりした。

「思い出が消えていくのは怖い。でも今ここで歌っている時間が、わたしにとって大事なものだと思ってる。みんなと一緒に声を出して、星が落ちて、ライブをして。それが消えてほしくない」

 わたしは四人を見回した。

「続けよう。でも一つだけ約束してほしい」

「何?」

凛ちゃんが問いかけた。

「消えていく記憶に気づいたとき、一人で抱えないで。ちゃんとみんなに言って。そうしないと、気づかないうちにどんどん消えていく」

「言う!」

凛ちゃんが即答した。

「わたくしも」

「……うん」

「ましろも、言います」

「わたしも言う。約束」

 みんなで頷いた。正式な約束でも、なんでもない。でも、それでよかった。


 その日は歌わなかった。でも夕日が落ちる前に、空に光が走った。

 一本だけ、細く、短く。

「歌ってないのに落ちた」

凛ちゃんが言った。

「うん」

「どういうこと?」

「分からない」

 透子が空を見ながら言った。

「……歌わなくても、ここにいると落ちるのかも」

「それって、わたしたちがいることが条件ってこと?」

凛ちゃんが言った。

「かもしれない」

 玲奈さんが穏やかな声で言った。

「屋上に集まること自体に、意味があるのかもしれませんね」

 ましろちゃんが空を見上げたまま言った。

「ましろ、星が落ちるのを見るたびに思うんですが」

「何を?」

「星って、願い事を叶えてくれるものだって、みんな言います。でもましろは、そうじゃない気がしてきました」

「どういう意味?」

「星は、ここにいることを見てるんじゃないかって。みんながここで一緒にいることを、ちゃんと見てる。だから落ちてくれる」

 誰も笑わなかった。おかしな話だと思わなかった。むしろ、そうかもしれないと思った。


 翌日から、練習が戻った。

 以前と変わらない屋上で、変わらないみんなで、声を出した。でも何かが違った。

以前より少しだけ、一音一音に重さがあった。歌うことを選んだから歌っている。そういう感じがした。

 透子の声が、また少し変わっていた。

 以前は声が広がる感じだったのが、今日は深さが増した感じがした。凛ちゃんが「透子、なんか変わった?」と聞くと、透子は「そう?」とだけ言った。でも自分でも分かっているはずだった。

 玲奈さんが新しいメロディの断片を持ってきた。

「次の曲を、考え始めました」

「もう?」

「この気持ちのうちに形にしたくて」

 玲奈さんが弾いたメロディは、これまでより少し暗かった。でも暗いだけじゃなくて、その中に光が混じっているような音だった。

「いい」

透子が言った。

「歌詞、また書いていい?」

わたしは尋ねた。

「お願いします」


 ましろちゃんが、凛ちゃんの隣で体を揺らしていた。いつの間にか凛ちゃんの振り付けに合わせて動いている。二人のダンスが、最近どんどん揃ってきていた。

 サビを歌ったとき、流れ星が落ちた。

 五本。変わらず五本落ちた。

 凛ちゃんが「まだ落ちる」と笑った。透子がそれを見て、少しだけ口元を緩めた。玲奈さんが空を見上げた。ましろちゃんが「よかった」と小さく言った。

 わたしは空を見ながら思った。

 消えていく記憶がある。それは止められないかもしれない。でも今ここで歌っていることは、今ここにある。

 今ここにある時間を、全部使って歌おうと思った。

 それがわたしの、歌う理由だった。


 その日の帰り道、透子と二人になった。二人でいると透子はあまりしゃべらないけれど、沈黙が嫌じゃなかった。二人分の足音だけが続いた。

 しばらく歩いてから、透子が言った。

「ひかり」

「うん?」

「幼なじみの記憶、本当にない?」

「本当にない。名前も顔も出てこない」

「いつ頃から?」

「小さい頃からずっと薄かった気がする。屋上で歌い始める前から」

 透子が少し黙った。

「……そう」

「何か思うことがある?」

「ない。ただ、聞きたかっただけ」

 わたしは透子の横顔を見た。

 何かを考えている顔だった。でも透子は言わなかった。

 わたしも聞かなかった。

 街灯が点き始めていた。秋の夕方は短くて、歩いているうちに暗くなる。二人の影が地面に長く伸びて、曲がり角のたびに消えた。

 透子が言った。

「また明日」

「うん、また明日」

 透子は角を曲がっていった。

 わたしはその後ろ姿を少し見てから、自分の帰り道を歩いた。

 夜風が冷たかった。

 でも胸の中は、さっきよりずっとあたたかかった。


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