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4.ここにいる理由


 ぼんやりと、公園のブランコに腰かけて地面を見つめる。


 近所にある、小さな公園。ブランコの他には鉄棒とベンチくらいしかなく、走り回れるほど広くもないのでいつ見ても誰かの姿を見かけることなんてほとんどない。

 そんな場所でひとり、なにをするでもなくただ静かに地面を見つめていた。


 気付けば、メンテが明けた後もひと月以上ディームに足を運ばなくなってしまっていた。

 何も言わず急に姿を見せなくなってしまったので、SNS上でも『エスト』のことを心配する声は少なくない。


 最後の試合の後、さすがに言い訳出来ないほどに情緒を乱してしまっていたこともあり、色々と勝手な憶測を生んでしまっているのも知っている。


 けれど今は、そんなことを気にしていられる余裕も、平気なフリをして戦う余裕もなかった。


 ディームのことを考えると心がぐちゃぐちゃして、どうしていいのか分からなくなる。悩んで悩んで、もう自分が何に悩んでいるのか分からなくなって、それがまた悩みの種となる。


 何も出来ない。何も分からない。立ち止まって俯くことしか出来ず、このまま地面に溶けて消えてしまいたかった。


 そうしてひとり、ただひたすらに無駄な時間を過ごしていると、不意にじゃりっと公園の砂を踏む音が近付いてくるのが耳に届いた。


「見ーつっけた」


 声に顔を上げると、そこにいたのは昔からの友人である――莉奈(りな)だった。

 莉奈はおもむろに隣のブランコに腰を下ろし、持っていた紙パックのカフェオレのストローに口を付ける。


「どうせここにいるだろうと思ったよ、里紗(りさ)


 使い慣れたユーザーネームではなく本名を呼ばれ、浮かない顔をした黒髪メガネの冴えない女――里紗は再び地面に視線を落とした。


 莉奈の身長は女性にしては高く、足が長くてスタイルも良い。背中を撫でるセミロングの黒髪は艶やかで眼は切れ長、同性でも見惚れてしまいそうになるくらい、見た目だけは綺麗でカッコいい女性だ。ややサイズの大きい雑なシャツとパンツも、好意的に見ればワイルドと言えなくもない。


「で、どうしたの?」


 単刀直入に尋ねて来る莉奈に、里紗は視線を俯けたまま「べつに」と呟いた。


「あっそ。ならフツーにディーム出れば?」

「‥‥莉奈、ホント性格悪いよね」

「知ってる~」


 莉奈は悪びれた様子もなくニッと白い歯を見せて笑う。里紗は大きくため息を吐いて、莉奈とは反対方向に視線を向けた。


「‥‥なんか、自分が何やってるのか分からなくなった」

「ディーマーでしょ」

「そういうことじゃなくて‥‥!」

「単なる事実だよ。里紗がディーマーだってことは、疑う余地なんかない事実、だろ?」

「それは‥‥‥‥そう」


 莉奈はふざけるでもからかうでもなく、里紗を諭すようにカフェオレを飲みながらそう言って笑う。ちなみに、1Lのパックなのでかなりデカい。


「ま、里紗は私と違って繊細だから、そんな単純じゃないって分かってるけどさ。どーせまた、どーでもいいことウダウダ考えてるんだろ?」


 アゲているのかサゲているのか分からない莉奈の言葉だが、莉奈は決して里紗を怒らせるために言っているワケではないということだけはよく分かっている。


 莉奈が、里紗のことをよく分かっているのと同じように。


「‥‥莉奈はさ、なんでディーマーやってるの?」

「楽しいから」


 里紗の問いに、莉奈は迷うことなく即答した。


「難しく考えることはないだろ。楽しいじゃん、ディーム。勝率だとかファン数だとか余計なこと考えなきゃ、好き勝手暴れてるだけで評価されるんだから、あんな良い場所他にないって。期待に応えるとか目立つとか、カッコよくとか可愛くとか、私はそういうのどーでもいいんだよ。やりたいようにやる。それだけ。な、最高に楽しいだろ」


 シンプルにそう言って、ニィと歯を見せて心から楽しそうに笑う莉奈の姿が一瞬だけ――『アンナ』の姿と重なった。けれどそれは本当に一瞬のことで、里紗を見つめる莉奈はやっぱりいつもの莉奈だった。


「で、里紗は?」

「‥‥‥‥よく分かんない」


 分からないから、悩んでいる。

 俯いてしまった里紗に気遣う素振りはなく、莉奈はちう~とカフェオレに口を付けた。


「じゃ、なんでディーマーになったの?」


 重ねて、今度は少し答えやすい問いに変わる。里紗は俯いたまま当時のことを思い返した。


「‥‥‥‥カッコよかったから、かな」


 元々は大して興味なんてなくて、ふと気になったディーマーをきっかけに少しずつ見るようになっていったディーム。


 最初はよく分からないまま漠然と見ていただけだったのに、気付けばその魅力に惹きつけられてしまっていた。


「四天王の人たちみたいに、あんな風に私もいつか違う自分になって、誰かに憧れられるような人になれたらいいなって‥‥」


 ディームというものが今よりも物珍しく思われていた頃、険しい道どころではなく何もなかった場所に道を築いてきた彼女らを見て、里紗もいつかその道の先にいる人たちのようになりたいと思った。


「なれてるでしょ、十分」


 嫌味でも同情でもなく、当たり前のように呟く莉奈。その言葉を否定しようとして、不思議そうにこちらを見る莉奈の顔を見て口を閉じ、言葉を探す。


「‥‥満足したらそこで終わりだから。私よりスゴい人はいっぱいいるし」

「それはそう」


 莉奈はそれもあっさりと認めてしまう。本当に、莉奈と話していると自分の悩みが馬鹿馬鹿しく感じてしまいそうだ。


「でも、なんていうか、急に自分が何してるのかよく分からなくなって、なんか、何も出来なくなっちゃった、ていうか‥‥‥‥分かんない」


 言葉に出せば考えがまとまるかというとそんなことはなく、ぐるぐると意味のない思考は回り続けるばかり。


「はぁ、ホントにクソ真面目だなあ‥‥」


 莉奈は遠慮や気遣いなどなく、呆れをたっぷりと含ませたため息を吐いた。


「私からすりゃ、里紗は十分すぎるほどにスゴいけどね。ま、基準は人それぞれだけどさ。だからこそ悩んだってしゃーないと思うけど」


 莉奈は空を見上げてカフェオレを飲みながら、ふぅむと何かを考えているようだ。


「じゃあさ、里紗はディームが嫌いになった?」


 里紗は少し考えてから、ゆっくりと首を振る。


「‥‥いや、そういうワケじゃ、ないけど‥‥。別にディームに行きたくないワケじゃなくて、ただ、あえて積極的に行きたくはないっていうか、行く理由がないっていうか、行っても何も出来ないっていうか‥‥」


 もごもごと曖昧な返答をする里紗に、途端、莉奈は怪しげな笑みを浮かべて里紗を見た。


「だったら、出来ることなんてひとつしかねえじゃん。里紗、IDカード持ってるよな」


 莉奈は答えも待たず、里紗の腕を引いた。里紗は振り払うことも出来ず、されるがまま引きずられてゆく。


 拒絶しようと思えば出来たはずなのに、もはや途中から自らの脚で莉奈の後ろを付いて行っていつもの箱に到着し、莉奈が勝手に手続きを進めてゆくのを里紗は黙って眺めていることしか出来なかった。


 莉奈が〝アンナとエスト〟の試合告知をプニッターに投稿すると、『エスト様マジ!?』『エスト様きちゃ!』『復活嬉しすぎ!』『一生待ってた!』と〝エスト〟の復帰を喜ぶリプライが瞬く間に投稿され始める。


 控室に引っ張り込まれて強引に着替えさせられて、その間に莉奈も準備を済ませて自身のIDカードをスキャンさせる。


 莉奈の全身が光に包まれたかと思うと、縛ってまとめた長い黒髪は燃えるような赤髪のショートヘアに、元から吊り気味の瞳はより鋭く血のように燃える赤い瞳に、やたらと歯並びのいい綺麗な白い歯は肉食動物の牙のようなギザっ歯に変化する。


 ゆったりとした黒い服の上に魔法使いのような赤いローブを羽織り、手にしていた棒は先端に赤い宝石の付いた杖、のように見えるが反対側は刃になった近接武器へと変化する。


 ニィと好戦的に笑って里紗を見る彼女。そこにいるのは莉奈ではなく、『アンナ』だった。


 魔法使いのような格好をしてはいるが、そんな理知的な存在とはかけ離れた荒っぽさで里紗を促し、強引に『エスト』の姿へと変化させられる。


 白銀の髪と碧い瞳、澄んだ青色の軽鎧、細身の片手剣。姿こそエストになったものの、変わったのは姿だけで気持ちは全く付いていっていない。そこにいるのはエストの姿をした里紗でしかなかった。


 莉奈、もといアンナが背を押して、およそふた月ぶりになるだろうか、ディームフィールドに続くゲートへと里紗を放り込む。


 不意に、アンナは耳元に顔を寄せて囁いた。


「――――みんなが目いっぱい楽しんでるから、羨ましいだけなんだろ?」


 そこに莉奈を感じたのはほんの一瞬で、アンナは鋭い歯をむき出して笑って、里紗の背を突き飛ばした。


 視界が開けると、未だかつてないほどの大きな歓声に包まれ、飛来したドローンが『エスト』の顔をしたその人をモニター上に大きく映し出した。


 スクリーンには『おかえり!』『待ってた!』『生きがい』『ありがとおおお』など歓迎するコメントに加え、『大丈夫?』『なんか元気なさそう?』『無理はしないで』と状況を知らないなりに気遣いのコメントも散見される。

 次いで、後ろからアンナが悠々と歩いて現れ、里紗の頭を杖で思い切りぶっ叩いた。


「アタシのこと、しっかり楽しませてくれよ!」


 戸惑いも、不安も、躊躇いもある。

 けれど、ここまで来てしまった以上、やっぱり帰りますなんて言えるはずがない。


 フィールドに立ってようやく、里紗、もとい『エスト』は、仕方なくアンナに向き合った。


『さてさて、先程唐突に決まりました本日の注目枠! 対戦カードは、まずは豪快な戦いでフィールドを華やかに彩ってくれる――アンナ〝大佐〟!』

「大佐じゃねーっつってんだろ! 〝炎の錬金術師〟だよ!」


 アンナのツッコミに『やっぱり大佐じゃねーか!』『無能じゃねーじゃねーか!』『いかん雨が降ってきたじゃねーか!』と、分かる人にしか分からないコメントが爆速で流れていくのはアンナファンたちの定番ネタ。


『そして対戦相手は‥‥今はあまり言葉を並べるのはやめておきましょうか、〝戦乙女(ヴァルキリー)〟エスト~!』


 紹介に合わせてエストを迎え入れる温かいコメントが再び勢いよく流れ、エストに対するBETコメントも大量に流れスクリーンが鮮やかに彩られる。

 エストはその声になんと応えるべきか分からず、何も言えないまま立ち尽くしていた。


「ゴメンよみんな。先に謝っとくけど、今日はだいぶ早く終わるかもしんない。色々あってさ、エストに(かつ)を入れてやろうと思って空いてる枠に入ってきただけなんだ。だから今回だけは時間余らせて切り上げても、許してもらえるとたすかる」


 アンナの言う通り、現在ふたりが入ってきたのは、5枠。すぐに入れる枠がそこしかなかったからだ。

 だが今のエストにそんな耐久戦が出来るはずもなく、アンナは予めマナー違反を謝罪した。


 しかしコメントは『全然OKです!』『エスト様が見られただけで満足』『そういう日もある』と(おおむ)ね、いや見える限り肯定的な意見しかなかった。


 ――そんなに、心待ちにしてくれてたんだ。


 どこか他人事のように、エストはそんなファンのコメントを眺めていた。


「エストが音を上げるまでのつもりだから、ホントに一瞬で終わっちゃうかもな~。1時間ももたないかもしれないな~。じゃ、遠慮なくぶっ飛ばさせてもらうから、せいぜいアタシを退屈させないようにな~」


 わざとらしく煽ってくるアンナに、エストは特に反応を返すことなく剣を握りしめた。


 試合開始のブザーが高らかに鳴り響くのと同時、歯を見せて笑うアンナが白い手袋をはめた指をパチンと弾くと――――その背後に巨大な炎の剣が出現した。


 アンナの身の丈よりも大きい、燃え盛る魔力の剣。アンナがニイっと笑みを深くし、あっコイツ本気だと思った瞬間には炎の剣が振り下ろされ、エストを焼き尽くさんと唸りを上げて空間を飲み込んだ。


 間一髪でそれを避けるも、即座に2本目の剣が火の粉を撒き散らしながら放たれる。大きくバランスを崩しながら再び回避したものの、いつの間にか背後に出現していた炎の槍がエストの身体を貫いた。

 弾ける炎の向こう側でアンナが余裕の笑みを浮かべながら、もう一度パチンと指を鳴らした。


「‥‥‥‥っ!」


 今度は地面から炎柱が吹き上がり、エストを包み込む。こんな大技を立て続けに受けたエストのシールドは、いかに5枠といえど開始わずかの時間ですでに大きく削られていた。


 それでもなお、アンナは休む間など与えてはくれない。炎が晴れると、そこには豪快に回転する炎の斧が待ち構えていた。横に跳んで避けると、今度はアンナ自身の剣が刀身に炎を纏わせて振るわれ、エストの身体が再び炎に包まれる。


 これだけ激しく攻撃を繰り出しながらも、そのひとつひとつの狙いは正確。全ての攻撃が確実にこちらを仕留めに来ていた。


 次から次へとバカみたいな数のバカみたいな火力の武器が振り落とされ、エストを追い詰めてゆく。


 距離を取ろうにも大量の炎の魔法がそれを許さず、逆に近付けば普通に武器で迎撃してくるし、普通に強いし、普通に全然隙がない。


 純粋に、アンナは強い。


 魔力量が多いとか身体能力が高いとか戦闘センスがあるとか、もちろんそういうのもあるけれど、アンナを突き動かすのは純粋なディームに対するモチベーションだ。難しいことなんて考えずに、ただ自分がやりたいようにやっている。


 好きこそものの上手なれ。もちろんそれだけでどうにかなるほど甘い世界ではないけれど、実力を持っている人たちはみんなそうであることは間違いない。


 でも、じゃあ――――私は?


 ――なんで、ディーマーなんてやってるんだろう。


 思考が一周して、再びその疑問にたどり着く。


 ――『みんなが目いっぱい楽しんでるから、羨ましいだけなんだろ?』


 試合直前に言われたアンナの言葉が、頭の中で繰り返される。


 力を誇示することを楽しむように、目の前で魔力を振るっているアンナ。

 趣味全開で、戦うことよりもその場にいることを楽しんでいるベル。

 冷静なように見えて内心は熱く、この世界の空気に浸っているティーナ。

 経験の浅さなんて感じさせない実力と魅力を見せつけ、言葉の壁すらも悠々と飛び越えてみせる白鯨。

 新しいフィールドの中で人々を魅了しながら暴れまわる四天王たち。


 そして、5時間もの間変わらぬテンションで楽しそうに笑い続けていた、あの子。


 みんな、笑顔だった。何も言わなくても、ディームが、ディーマーである自分のことが、この空間全てが大好きなんだろうなと分かってしまえるような、活き活きとした笑顔。


 色んな人たちの色んな表情を思い出して、己の感情と向き合い、この場所で自分が何を感じて何を求めているのかを――



「――‥‥‥‥って、うぜええええええええええええええ!」



 唐突にキレたエストは感情のままに剣を振り下ろし、いまだかつてない全力のエストカリバーを放った。さすがのアンナも虚を突かれ、転がるように慌ててその場を飛び退る。


「私、今色々と考えてるでしょーが! 邪魔するんじゃないよ!」

「えっ、マジで? この状況でアタシが怒られんの‥‥?」


 わりと本気で戸惑うアンナに、エストは魔力マシマシの風の剣戟(けんげき)をドカドカと連続で放つ。アンナの周囲を風が吹き荒れ、赤い髪の毛を激しく揺らした。


 アンナの戸惑いは、一瞬。すぐに口角を持ち上げると、いつもの楽しそうな笑みを浮かべた。


「‥‥ははっ、いいじゃん。そうこなくっちゃ」


 エストは回復薬を遠慮なく消費し、シールドが全快まで回復する。


 ――分かんないことばっかりだし悩みは尽きないけど、とりあえず、アンナがうっとーしいからぶっ飛ばす! 話はそれから!


「ていうか、アンナが無理矢理連れてきたくせに、なにひとりで楽しんでんのよ!」

「相手を楽しませるには、まずは自分が楽しまなくっちゃあね」

「だからって満喫しすぎ! ムカつく!」

「当たり前だろ。自分が楽しくないことなんてやりたくないじゃん」

「わがまま! 自己中! いつもそうなんだよ! ‥‥エスアンてぇてぇじゃないわ! どこにてぇてぇ要素があるんだお前ら!」


 コメントを埋め尽くす勢いの『てぇてぇ』に思わずエストがツッコむも、尊みを感じるお前らは一向に減る様子がない。むしろ増えている。いやエスアン派とアンエス派で場外乱闘始めるな。どっちでもいいわ。やかましいわ。


「おらっ! よそ見だなんて余裕じゃねえか! 余裕かます前にアタシに勝ってみろよッ!」


 アンナの炎の剣が飛来し、全力の風魔法で吹き散らす。アンナの笑みが深くなり、握る剣に炎が宿る。


「ははっ、楽しくなってきたじゃねえか。こんな本気でやり合うのは久々だね、エスト。いったいいつぶり――」

「やかましい!」


 アンナが語り始めたのをみなまで聞かず、斬りかかる。アンナは面食らいながらをそれを受け、振り払う。


「人の話くらい聞けよ! どう考えても今の回想シーンだろうが! そうやって空気読めねぇから友達少ねぇんだよ!」

「うっさい! ディーマーは孤独なのよ!」

「おいおい、友達ならアンナがいるじゃんって言ってくれないの?」

「言うワケないでしょバカ! バーカバーカアホマヌケ~!」

「小学生かよ」


 防御や回避なんて考えず、正面から刺突を放つ。しかしアンナの展開した炎の盾に阻まれて、命中することなく魔力が弾ける。吹き散らされた熱風がふたりの肌を焼いた。


 熱波の向こう側からアンナが剣を振り上げて迫りくる。避けることも防ぐこともしない。エストは真っすぐにアンナに飛びかかる。当たり前のように攻撃を受けるがダメージも無視して踏みとどまり、至近距離から放つ風の剣戟はアンナのシールドを大きく削った。アンナはちらりと視線を上にやってから一度後ろに下がると、慣れない動作で回復薬を使う。


 エストはギリッと歯を食い縛り、先程よりもさらに大量の魔力を刀身に乗せた。


「――回復なんか、使ってんじゃねえええええ!」


 怒号と共に放たれる、怒りのエストカリバー。アンナは呆気にとられたように目を丸くして反応が遅れるが、同じく最大火力で相殺を試みる。それでも勢いを殺しきれず巨大な斬撃はアンナを貫き、赤いローブがバサバサとはためいた。


「‥‥は? いやなんでだよ! エストもさっき使ってたじゃねえか!」

「知らん! アンナ今までほとんど使ったことないじゃん!」

「お前今日いつもに増して理不尽だな!」


 アンナは可笑しそうにゲラゲラと笑って跳び、炎を纏わせた剣を振り下ろした。

 エストは風を纏わせた剣でそれを弾き上げ、強引な体勢からアンナの身体を蹴り飛ばす。


「しかもいつもより大胆じゃねえか! 楽しんでるね~!」

「うるせ~~~! 知らね~~~!」


 半ばヤケクソになったエストはもはや無敵。大してシールドが減ってもいないのに回復薬を使って満タンまで回復してやるという悪行までこなしてみせる。


 普段のエストからは考えられないような、隙を見つけるのではなく攻撃を叩きつけてこじ開ける豪快な戦い方。壊れた蛇口みたいに魔力を撒き散らして、とにかく一撃でも多くダメージを与えることだけを考える。


 頭を使えといつもアンナをバカにしているが、今ここにいるのは本能のままに暴れまわるバカふたりだった。


 魔力の消費が激しく疲労感が全身にのしかかるが、精神は逆に高揚し続ける。ゼェェと汚い呼吸をしながら炎の剣に全身で衝突し、炎を突き抜けて暴風を巻き起こす。


 だが真正面からのぶつかり合いとなると、その戦い方に慣れているアンナがやや優勢。エストのシールドが削られていくが一瞬の隙を見て回復し、でもすぐにめんどくさくなって、回復も回避も防御も忘れてとにかくボコスカと殴り合う。


 そんな戦い方をしているものだから、5枠といえどふたりのシールドはあっという間にゼロへと近付いていた。


 勝利への渇望なんて呼べるほどのものはないけれど、気持ちよくアンナをぶっ飛ばしてスカッとしたい気持ちは大いにある。


 エストは最後の一撃をキメるべく、右手を大きく引いて剣先に風の魔力を渦巻かせた。

 同時に、アンナも腕を引いて剣に炎を纏わせる。同じく、刺突の構え。


 いいじゃん、そういうの。面白くなってきた。


 純粋な魔力量ならアンナが上かもしれないが、魔力の扱い方はエストの方が上手い。必要なのはインパクトの瞬間の爆発力。本当に強いのはどちらか、力比べといこうじゃないか。


 邪悪な笑みを浮かべて限界まで魔力を集中させて、風と炎の魔力が同時に解き放――


 ――アンナの後ろに、2本の炎の剣が出現していた。


 完全に攻撃態勢に入っていたエストは、今更手を止めることなど出来るはずもなく。

 剣と剣とがぶつかり合うと同時、放たれた炎の剣は見事にエストを貫いた。


 卑怯、とは言うまいな。勝手に頭に血を昇らせて自分の世界に浸っていたら、足元がお留守ですよと掬われてしまっただけの話。


 火花を散らす熱い競り合いなんてものが起こることもなく、剣先が触れ合うと同時にエストはあっさりぶっ飛ばされてしまった。


 どさりと仰向けに倒れ込み、歓声がふたりを包み込んだ。


 あーあ、と背中を地面に貼り付けたまま、半ば諦め気味に首だけ動かして己のシールドに視線を向けると、そこにあるのは空っぽのゲージ。アンナのシールドも残り1割程度まで削れているが、そこで試合終了だった。


 とてもじゃないが5枠での戦い方じゃない。アンナの言った通り、大幅に時間を余らせて終わってしまった。


 寝転がって天井を見上げるエストのすぐそばに、アンナはどっかりと腰を下ろす。


「ははっ‥‥こんな無茶な戦い方、久々だよ‥‥。新人の頃を思い出すワ、懐かしいねえ」


 肩で息をしながらエストを覗き込むアンナの台詞は、なんだか年寄り臭い。

 エストはのっそりと上体を起こして、ぺったりと座り込んだまま地面を見つめて深く息を吐いた。


「‥‥アンナはさ、なんでディーマーやってるの?」


 ここに来る前にしたばかりの質問を、再びアンナにぶつける。アンナは一瞬だけきょとんとしてから、すぐにニッと好戦的に口の端を吊り上げた。


「だから言ったじゃん。――アタシより強いヤツに会うためだよ」


 迷いなく、揺るぎない、『アンナ』の回答がすぐに返ってくる。


 そうだよね、コイツは、そういうヤツだ。


「で、エストは?」


 同じように尋ね返してくるアンナに、エストはすぐに答えることが出来ず、ぺしゃりと再び仰向けに倒れて天井を見上げた。


 意外と見る機会の少ない、真上の光景。スタジアムのような雰囲気に反して、てっぺんまでの距離は思いの外近い。そこには煌々とフィールドを照らす照明があって、エストの視界を白く塗りつぶそうとしている。この視点ではコメントも目に入ってくることはなく、アンナの真っ赤な髪の毛が視界の端にチラチラと映り込むだけ。


「‥‥きっかけは色々あったけど、今日まで続けてきたのは――」


 天井を見つめたまま、これまでの色んな戦いを思い出す。初めて戦った時のこと、専用装備を発注した時のこと、連敗した時のこと、連勝した時のこと。


 嬉しかったり、悔しかったり、色んな出来事と感情に振り回されながら続けてきたけれど、それでも根底にずっとあったのは――


「――――楽しいから」


 難しいことを考えず、自然と口をついて出てきた言葉はそれだった。


 ――ああ、そっか。私、楽しんでるんだ。


 自分で言って、自分で納得する。なんだよ、めちゃくちゃ単純な答えじゃん。なに難しく考えて悩んでたんだよ、私。バカみたいじゃん。


 本当は楽しいはずなのに、見栄えとか勝率とかファン数とか、ディーマーとして大成するためのアレやコレ。余計な思考が邪魔をして素直に楽しむことが出来なくなっていた。


 そんな時に、自分とは対照的に純粋に楽しんでいる人たちが目に付いて‥‥そうだ、アンナに言われた通り――羨ましかったんだ。私はこんなに必死になってんのに、なんでだよって。


 バカだ。考えれば考えるほどバカだ。しかも理不尽に八つ当たりまでして、最低だ。


 天井を見つめたまま、己の至らなさを深く噛みしめる。多分、コメントでみんな色んな嬉しいことを言ってくれてるんだろうけど、今はもう少し自分の感情に浸りたかった。


 けれどアンナがそんなエストを気遣うことなどするはずもなく。

 アンナはケラケラとバカにしたように笑いながら、バシバシと倒れるエストの肩を叩いた。


「あっはっは、やっぱエストはバカだな」


 バカにしていた。


「いつも言ってるだろ。お前は下手に考えすぎたら、ロクでもねえ答えにしか辿り着かないんだってば」

「うっさいな。そんなの知らないし」


 エストはアンナの手を払って上体を起こし、じっとりとした視線を向ける。


「てかさあ、アタシより強いヤツ~とか言って、アンナだって全勝してるワケじゃないっていうか、そこまで勝率高いワケでもないじゃん」

「ンなモンどーでもいいんだよ。雰囲気だよ雰囲気。言ってて楽しけりゃそれで十分だろ」


 悪びれなく言ってのけるアンナは、相変わらずアンナだった。バカはどっちだよと言ってやりたい。


「で、どーする? 時間余りまくってるけど、もう終わる? 言っとくけどアタシのせいじゃなくてエストのせいだから、燃やすならコッチでよろしく~」


 ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべながら、エストのこめかみを指でグリグリと押してくるアンナ。鬱陶しい。

 エストは立ち上がってぽんぽんとお尻を払い、アンナのつむじを見下ろした。


「やるよ、やります。このまま負けっぱなしで終われるワケないでしょ」


 再戦を求めるエストの言葉に、コメントは『うおおおお』『やっちゃああああ』『無理せず毎秒戦って欲しい』『エスト、復ッ活ッ!』『エスト様の戦いはまだ始まったばかり!』と盛り上がりを見せる。

 アンナも立ち上がってエストと視線を合わせ、ニイッと歯を見せて笑顔を見せた。


 ‥‥コイツは、本当に楽しそうに笑うなあ。


 感情に素直なアンナの笑みに、呆れと羨望が入り混じった感想を抱く。

 フィールドに立つと、どうしても周りの目とか色んなことを考えてしまうエストにとって、アンナのその単純さが羨ましい。


 だけど、自分はどう楽しむべきか。それを考えるのは、今は一旦後回し。


 今やるべきことは――アンナを思い切りぶっ飛ばすこと。それだけだ。






 ――結局その日の試合は、互いに初戦で無茶をしすぎたせいで最後まで魔力がもたず、3時間に届かない程度で終了となった。


 結果はアンナの勝利。連勝記録は10で止まってしまったけれど、それに気付いたのは試合が終わってしばらく経ってからのことだった。


 5枠としてはかなり短く終わってしまったものの、ファンたちの反応は上々。配信の視聴数も普段より多く、誰もが久々のエストを快く迎え入れてくれていた。


 アンナや応援してくれる人たちのおかげで、失いかけていたものを取り戻すことが出来たエストは、それから――


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