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3.四天王


 その後、予定通りディームは大型アップデートのため一時稼働停止となった。


 メンテが終わるとイベントが開催され、リソースを集中させるためにイベント期間中は会場となる箱以外は引き続き稼働停止。それが終わると再び調整のため一時稼働停止という予定だ。


 多くのディーマーたちに、半月ほどの強制休暇が取らされることとなるのだった。


 内容のほとんどが伏せられていたイベントだったが、メンテ期間中に少しずつ情報が解禁されていった。


 メインの参加者は『四天王(してんのう)』と呼ばれる、この厳しいディームの世界で頂点に君臨するディーマーたち。魔力量、戦闘技術ともに他のディーマーとは一線を画しており、ディームが生まれた初期から活躍しているが、その圧倒的な強さと人気は衰えることを知らず、今なおこの世界を最前線で盛り上げ続けてくれている。


 それ以上具体的な情報は明かされていないものの、とりあえずいつも通りのバトルではあるらしい。

 SNSで情報を集めていると、ファンたちのどことなく浮ついている様子が伝わってきていた。ここ最近四天王は戦闘以外の企画で顔を出していることが多く、内容が分からないにせよ久々に四天王同士の戦いが見られるというのは、誰にとっても期待の高まるものだった。


 多くの人が待ち焦がれる中、ようやくメンテが明けて久々のディーム解放日、イベントの日が訪れた。

 いまいち気持ちが乗っていなかったが、暇を持て余していたエストは他にやるようなこともなく、会場に足を運びイベント戦を直接見てみることにした。


 やはり四天王がメインのイベントとなると会場まで観戦に来ている人は多く、いつもに比べても圧倒的に人の数が多い。


 使われているのは、エストもホームとしている箱の最も大きいフィールド。比例して観戦席の席数も多いのだが、それでも満席状態なのを見ればどれほどの人が集まっているかが窺える。


 エストはどうにか座れた席でひとり、ぼんやりとフィールドを眺めていた。


 ざわざわと落ち着かない会場内では、あちこちから四天王の名前が漏れ聞こえてくる。みんな、これから始まる何かに期待で胸を膨らませているのだろう。


 やがて流されていた音楽の音量がわずかに絞られると、聞き慣れた実況解説の挨拶が流れ、会場内の熱量がひと回り膨らんだのを感じた。


『さあ、みなさんお待ちかね! ついに、この日がやってまいりました~!』

『いやもうホントに待ち遠しかったですよ~。四天王全員が集まるのなんて、いつぶりですか? 昨日は楽しみすぎて夜しか寝られませんでした』

『はい、すっかり聞き飽きたド定番のクソつまらないネタをありがとうございます~』

『おっ、華やかなイベントの前にオジサンの見苦しい言い合いでも始めますか~?』


 いつも以上に騒がしく盛り上げる実況の前口上や運営の挨拶が行われた後、ついにイベント開始の時間が訪れる。興奮した様子で雑談を交わしていた観戦者たちの視線も全て、わずか下方のフィールドへと注がれた。


 熱狂的な歓声に包まれながらフィールドに姿を現したのは、ふたりのディーマー。

 まずひとりは、短髪の黒髪で紺のスーツをきっちりと着こなしている大人しそうな風貌の男性。知らない人からすれば運営スタッフが現れたのではと勘違いしてしまいそうな、特徴の薄い人だった。


 その青年と呼ぶには少々無理があり、中年と呼ぶには若すぎるように思える没個性的な彼は視線を正面に固定したまま、背筋を伸ばしてゆっくりとフィールド中央へと進み出た。真面目そうな見た目だが、愛想には欠ける硬い雰囲気だった。


 そしてもう一方から現れたのは、もうひとりの四天王。

 透き通る流水のような薄水色のロングヘアに、眩しく輝く真っ白なロングワンピース。丸い瞳はエメラルド色の高貴な光を放ち、ちらりと覗く手足は白くすらりとして、頭に乗せられたツバ広の白い帽子は屋内でも温かな太陽の光を錯覚してしまう。歩く姿には気品があって、まるでどこかのお屋敷から抜け出してきたお嬢様のよう――


 ――そんな姿を、ファンたちはイメージしていたことだろう。


 だがその日の彼女は、そんなイメージを全力でぶち壊す装いをしていた。


 身に纏うのは、肌を覆い隠す暗い緑系の迷彩服。腰には仰々しい箱のようなものがいくつも付いていて、頭の上には同じく迷彩柄のヘルメット。

 抜け出してきたのはお屋敷ではなく、軍隊だった。


 頑丈そうな黒いブーツで地面を踏みしめ、上品さを感じさせる歩き方だけはいつも通りにフィールドの中央までやってくる彼女を、男性はパチパチと瞬きを繰り返して見つめていた。


「‥‥今回はまた、ずいぶんと、趣向を変えた衣装にしたんですね、リアさん」


 重々しい装備に似合わない柔らかな笑みを浮かべる彼女――リアは、ヘルメットを取って小さく会釈した。


「どうですか、けっこう可愛いですよね。これ実は、運営さんからの支給なんです」

「可愛いかはともかく、運営からということは‥‥ああ、なるほど、そういうことですか。テストプレイということは、では今回は‥‥なるほど。はぁ‥‥」


 男性は何やら考えるように眉根を寄せ、静かに息を吐いて肩をすくめた。


「それより、こうして戦うのは久々ですね、もふねこさん」


 男性ディーマー、もふねこは、どこかやりづらそうに視線を泳がせながらも静かに頷いた。


「まあ、そうですね。最近は、僕もあまり出てませんでしたし‥‥。その、今日は色々と、面白いこともありますから、まあ、お互い楽しみましょう」

「もふねこさんは今回のアプデ内容、詳しく知ってるんですよね」

「はい、それはまあ、一緒にアプデに参加してましたから」


 何気ないもふねこの発言に、わずかに観戦席がざわついた。

 もふねこは本職がエンジニアで、ディームのシステムにも深く関わっているというのは広く知られている。だがこの大型アプデにも関わっているとなると、その関わりは思った以上に深いのかもしれない。


「じゃあ、いっぱい期待しちゃっても大丈夫ですか?」

「ええ、まあ、僕なりに頑張ったつもりなので、みなさんにも、まあ、楽しんでもらえるんじゃないかと‥‥はい、それじゃあ、もういいでしょう。始めましょうか」

「あれ、お話タイムはもう終わりですか? じゃあ続きは試合が終わってから、後の人を観戦しながらゆっくりですね」


 もふねこは早々に話を切り上げ、手を振ってなにやら合図を送ると、実況が軽い前口上を入れて『それではご覧いただきましょう!』と何かを促した。


 ――途端、フィールドの様相が一変した。


 一変。言葉通り、フィールドそのものが、全く違う場所へと変化したのだ。


 芝に覆われただけの何の特徴もないはずのその場所が――崩れた家屋や瓦礫の散らばる荒廃した市街地となっていた。


 驚きや興奮、様々な感情が熱気となって湧き上がり、フィールドを包み込む。誰にとっても予想外だったその変化は、人々の熱狂をさらにかき立てる燃料となった。


 観戦者と同じようにわあっと瞳を輝かせて辺りを見回すリアと、じっくりと近くのオブジェクトを眺めるもふねこ。


「よし、問題なく具現化は出来てますね。感触は、まあこんなものかな。後は実際の戦闘にどれだけ耐えられるか‥‥」


 顔を近付け手で触り、何やら真剣に思考に耽り始めてしまったもふねこに、リアが「おーい」と声をかけるとハッとして我に返る。


「ほらほら、今はコッチに集中してください。どうですか、市街地に映えるこの姿、何か感想とかありませんか」

「‥‥‥‥まあ、良いんじゃないですか」


 両手を広げて自分の姿を見せつけるリアに、返ってくるのは適当すぎる感想。リアはわずかに肩をすくめて、促すようにもふねこに手を向けた。


「それで、もふねこさんは何か見せたいものはないんですか?」


 もふねこはやや不満そうに瞳を細めると、小さく息を吐いてネクタイに指をかけ、緩める。


「そういうのは、もうちょっと、流れとかタイミングとか‥‥はぁ、まあ、いいですけど」


 言って、もふねこはグッと脚を踏ん張って身を屈めるように背を丸くした。

 途端、もふねこの身体が光に包まれ、その光の殻を破るように輝くシルエットがひと回りほど膨れ上がる。


 全身を包む白い光が弾けるように消えると、そこにはスーツ姿の真面目そうなオニーサンから一変、金色の毛皮を持つ犬の貌をした二足歩行の獣、彼の二つ名が示す通りの――『獣人(じゅうじん)』の姿が現れた。


 以前まではゆったりとした和装だったはずだが、このタイミングで新調したらしい衣装はずいぶんと毛色が違う。

 褪せた色をした簡素な布の服の上には、胸と片方の肩、腰元を覆う煤けた色の軽鎧。そして背にはクロスして留められた2本の鞘。地を撫でる金色の太い尻尾には、赤い布がリボンのように巻き付けられている。


 以前の衣装とは真逆の、と言うべきか。ファンタジーの傭兵風な新衣装にファンたちだけでなく、リアも嬉しそうに目を輝かせて表情を綻ばせた。


 姿を変えた『獣人』もふねこは先程までの弱気な雰囲気が完全に消え、血のように赤い瞳で鋭く真っすぐにリアを見据える姿はまるで別人のよう。


 いつもと同じ場所で、全く違う環境での試合。観戦者たちは当然のこと、そこに立つふたりも同様にどこか高揚しているようだった。


 互いの準備が整い、ふたりの纏う空気が途端に変化する。


 普段見ているディーマーたちと、具体的に何が違うというワケではない。だが『四天王』と称されるふたりの周囲を流れる空気は、間違いなく他の人とは何かが違っていた。

 にわかに沈黙が下り、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえたのは自分のものか他人のものか。


『――それでは、試合開始です!』


 そしてついに、本イベント最初の試合開始のブザーが鳴った。


 ――同時、ドドドドドッと会場の空気を震わせるけたたましい破裂音が響き渡る。


 容赦のない攻撃をしかけたのは、リア。彼女の放つ魔力の礫がもふねこを襲う。もふねこは素早く反応し、近くにあった廃屋の壁に身を隠してその攻撃を回避した。


「不意打ちならず、ですねっ!」

「すいません、予測可能な事前情報がありましたから。開発者特権というヤツです」

「リークはいけません、BANG(バン)されちゃいますよ!」

BAN(バン)の綴りがちょっと違う気がしますね」


 リアが手にしている武器は――銃。

 彼女が普段用いている、羽の装飾が施された流麗な白い剣とは違い、それは実銃そのままのような無骨なデザイン。しかし現在のリアが迷彩服を着ているせいで、市街地というフィールドも相まってやけに馴染んでいる。


「そのお家って壊れないんですか?」

「壊れますよ。本物と同じように、ダメージを受けると破壊されるよう設定されています。まあ、バグがなければですが‥‥」

「分かりました! じゃあこのまま蜂の巣、ですねっ!」


 身を隠すもふねこに向けて容赦なく引金を引き続けるリア。もふねこが説明した通り、銃弾を受けた壁は穴が空いて破片を飛ばし、崩れた欠片は粒子のように空気に溶けて消えてゆく。

 もふねこはしばらくその場に留まってオブジェクトの破壊状況を観察したのち、その場を飛び退いて別の家屋の影に身を潜めた。


 銃弾のように魔力を撃ち出すリアの攻撃方法自体は、普段からよく行っているものだ。しかし今は銃という武器を手にしているおかげか、その攻撃の勢いは普段の比ではない。


 ディーマーたちがそれぞれ持っている専用装備は魔力の伝導効率が非常によく、最もコスパの良い攻撃を可能にしてくれる。

 恐らくリアのこれも銃という武器を通すことにより、普段よりも少ない魔力で普段と同等の威力の攻撃を可能としているのだろう。


「あはっ、すごい! これだけ撃っても全然疲れない!」


 普段から満面の笑みを浮かべて尋常ならざる勢いで魔力を乱射する彼女だが、今はさらに銃という武器を与えられたせいか、宝石というより毒沼色の目ン玉をかっ開いて完全にガンギマリ状態でひたすらに引金を絞り続けている。


 そんな彼女の二つ名は――『トリガーハッピー』。


 リアの普段の穏やかな雰囲気からは想像しがたいが、その戦闘を見ればその名はまさに彼女そのもの。

 ちなみにリアが普段そうでないように、銃を武器として使っているディーマーはほとんどいない。


 理由は単純――弱いから。


 そもそも銃というカテゴリの武器は今も正式な実装に向けてバランス調整中。現在はとりあえずぶっ壊れ性能にならないよう、敢えて控えめに設定されている状態だ。

 そして今回、新しく調整を施されたそれのデモを兼ねたテストプレイヤーとしてリアが選ばれているらしい。


「うん、基本的に問題はなさそう。あとは、砕け方をもう少し、破片がもっと多くてもいいかな‥‥消えるよりは残した方が‥‥でもそれだと処理が‥‥」


 しかしもふねこはそんなリアにさほど気を払うことなく、素早く移動を続けながら破壊されていく家屋を見て口元を綻ばせている。


 呑気な言葉を紡ぐもふねこだが、その様子とは裏腹に移動速度は尋常ではない。スピード重視の戦闘を得意とする彼は建物の壁や屋根、時には魔力で空中に作り出した足場を蹴って、フィールドを文字通り縦横無尽に駆け回りリアの攻撃を回避し続けている。


 ある程度の精密さが求められる銃という武器では、素早いもふねこを捉えるのは難しい、はずなのだが、まるでガトリング銃のような連射性能の前ではその速度も利点となり得なかった。


「しかし、さすがにこれは無茶苦茶ですね。この威力‥‥は、リアさんの魔力によるものでしょうけど、この連射はちょっと酷い。せめてもう少し、リロードとか反動とか‥‥。あと、何かあったかな‥‥」

「リロードもリコイルもジャムもオーバーヒートもない! ディームの銃って最高ですねっ!」


 自分の世界に入り込んでしまっているもふねこにリアが遠慮なく攻撃を仕掛けると、もふねこは不快そうにチッと舌打ちを漏らした。


「僕は、銃は嫌いですっ」


 もふねこはさらに速度を上げてリアの側面に回り込み、背から抜き取った黒い刃の刀を両手に構える。正面から撃ち込まれる銃弾を弾いて一気にリアに肉薄し、刀を振りかぶる。

 狙撃するには近すぎる距離。迎撃は不可能――と、思われた。


 しかし、振り抜かれた刀は彼女に到達するより前に、硬質な音と共にその勢い止められてしまう。

 攻撃を阻んだのは――銃。リアは銃身を握り、鈍器として攻撃を受け止めていた。


 誤動作もなければ銃身が熱で灼けることもない、ディームの武器だからこそ出来る荒業。予想外に攻撃を受け止められたもふねこの口端が、ひくりと震える。


 己の想定を超えてくることに喜びを覚えるのは、ディーマーとしての性か技術者としての性分か。フィールドにばかり向いていたもふねこの集中が、ようやくリアへと移ったのが伝わった。


 リアは嬉しそうに笑って、廃屋の影に身を隠す。もふねこが距離を詰めようとすると、隠れたと思わせたリアが即座に同じ場所から顔を出した。


 間合いに入ってはいるが、剣を振るうには近すぎる。銃口が触れるほどの距離から、魔力の銃弾がもふねこの額を撃ち抜いた。


 もふねこの身体が大きく仰け反る。しかしディームにヘッドショットという概念は存在しない。一撃死にはほど遠く、普通よりは多めにシールドが削られたという程度。もふねこはすぐに立て直し、リアが身を隠そうとした建物ごと横一閃に斬り裂いた。


 隠れ場所を失ったリアは笑みを深くして再びもふねこを照準する。

 至近距離からの射撃。もふねこは空いている手の刀を銃口にピッタリと合わせ、撃ちだされる銃弾をその切っ先で弾いてみせた。


 リアの精密射撃に対し、もふねこは精密斬撃。

 互いに一歩も譲ることなく、銃と刀という特性の違う武器での応酬が始まった。


 もふねこは地上も空中も関係なくフィールドを駆け、回避とかく乱を行いながら一撃ずつ確実にダメージを与えてゆく、ヒット&アウェイの戦法。リアは距離が開けばひたすらに撃ちまくり、距離が詰まれば銃を振り回して鈍器として扱う隙の無い攻防。


 そのあまりに凄まじい速度の戦闘に、観戦席からではふたりの姿を追うだけでもやっとだった。映像を担うドローンでさえ、時にもふねこの姿を見失いそうになるほど。


 四天王のふたりの戦いは、一般のディーマーたちの戦いとはまるで別次元。とても同じ競技とは思えない力と技のぶつかり合いだった。


 非常に白熱した戦闘を繰り広げるふたり。常人には何が起こっているかも分からないような攻防の中、一瞬の隙を見出したもふねこはひと息で距離を詰め、渾身の十字斬りを放つ。しかし正確に反応してみせたリアは、それを大火力の銃撃で相殺する。


 観戦席までも揺るがすほどの衝撃と共に魔力が弾け、ふたりの動きが停止した。


 瞬間、もふねこの眼前に突きつけられたのは――小さな指先。


 人差し指と親指を立て、鉄砲のカタチを作った指から、「BANG(バン)」と可愛らしい声と共に、銃弾を遥かに超える威力の魔力弾が放たれる。


 回避も防御も取ることの出来なかったもふねこはその直撃を受け、それが決着の合図となった。


 廃屋の壁にもたれかかるように倒れたもふねこは、天井を見上げて「やっぱり銃は嫌いです」と獣の顔を覆って言い訳っぽく吐き捨てた。


 そうして試合が終わり、銃のテストを任されたリア曰く、今回の調整はかなり上向きに、要はぶっ壊れに近い性能を敢えて実装しているらしく、もふねこからすると根本的に不利な戦いとなっていたらしい。


 イベントとしての見栄えも込みで、飽くまで『壊れ性能は本当に壊れるのか』というαテスト的なデモということだった。本格的な銃の実装はまだ先になりそうだ。


 また、もふねこの説明によると、フィールド変更はまだ調整の段階で、今回ようやく見せられる程度のものに仕上がったので公開に踏み切ったとのこと。一般向けの実装はもう少し先になるらしい。リアの話とも合わせて、この試合は先行PVみたいなものと思ってほしいとのことだった。


 そしてふたりがフィールドを去る際、リアに腕を引かれて行く『獣人』もふねこは背を丸めて為すがままにされており、先程までの迫力はすっかり面影すら失ってしまっていた。


 ふたりがいなくなるとフィールド上のオブジェクトは砂のように消え去り、再びただっ広いだけのいつものフィールドに戻される。いつもと同じはずなのに、なんだか物足りなく感じてしまうのは不思議な感覚だ。


 エストはそこで、ようやくひとつ息を吐いた。あまりの勢いに、思わず呼吸が浅くなっていたようだ。決して長い試合ではなかったが、完全に引き込まれてしまっていた。


 もちろんイベントはこれだけで終わりではない。ふたりのディーマーと入れ替わり、何もなくなったフィールドに再びふたりのディーマーが姿を現した。


 一方から現れたその人は、まさに存在感の塊とでも言うべきだろうか。

 頭の左右に結わえられたまとまりのないお団子は、原色をそのまま練り混ぜたような赤と青。パレットを叩きつけたような極彩色のシャツから伸びる腕には、無数のブレスレットがじゃらじゃらとやかましく並んでいる。もっさりとした黒い七分丈パンツの腰元には謎のキャラクターがぶら提げられており、足元は飾り気のない厚底のサンダル。星形のサングラスを頭にぶっ刺して、赤と青のオッドアイを燦燦(さんさん)と煌かせながら登場したギャル、なんて言葉さえ生温く感じるその人は、四天王のひとりである――織姫(おりひめ)


 そしてもう一方から姿を現したのは、地面を撫でるほどの輝く金髪のサイドテール、星空のような藍色のシャツに大きな黄色のネクタイ、膝丈の白いスカートから伸びる脚の細さを強調するような黒のロングブーツ。夜空の色をした瞳の中には満点の星が瞬き、猫のような微笑みを浮かべる口の横、ほっぺたにはチカチカとチープに光る星形のペイント。愛らしさと華やかさを兼ね備えるその人ももちろん四天王のひとり――綺羅星(きらぼし)ミライ。


「みんな~! 今日は集まってくれてありがと~☆」


 ミライは観戦者に向けて大きく手を振りながら、モデルのような歩き方でフィールドの中央へと進んでゆく。


 まるでアイドルみたい、ではない。

 綺羅星ミライは、本物のアイドルなのだ。


 歌って踊って、オリジナルの楽曲を何曲も出して単独ライブも何度も行っている、正真正銘のアイドルである。


 現在ではディーマーとして名を上げてアイドル活動をしている人は多々いるが、ここまで完璧にアイドルとディーマーを両立させているのはミライひとりだけだろう。


 四天王としての実力を誇りながらアイドルとして世界中の人々に愛される。まさに完璧で究極のアイドルと呼ぶべき人物だ。


 対照的と言うべきかある意味似ていると言うべきか、織姫はそんなトップアイドルに臆することなく気さくに手を挙げて挨拶を投げる。


「やっほ~、パイセン久しぶり~」

「やっほ~、ヒメちゃん☆ そんなに久しぶりだっけ。最後に戦ったのいつだったかな~」

「うは、相変わらずウゼぇ~。ま、いいや。とっとと始めようぜ!」


 織姫がガツンと己の拳を叩き合わせると、その両拳に赤と青の炎が宿る。そして赤色の左目に、同じ色の炎が灯された。


 拳をわきわきとさせながらにんまりと好戦的な笑みを浮かべる織姫に、ミライもニヤリと同じような好戦的な笑みを浮かべてみせた。


 しかしそれも一瞬のことで、すぐに先程までの愛嬌のある笑みに戻ってしまう。


「あは、ヒメちゃんこそ相変わらずだね! それじゃスタッフさん、お願いしま~す☆」


 笑顔のミライが実況席に向けて手を振ると、ほどなくしてフィールド全体にノイズが走った。

 そうして先程と同じように、フィールド内の舞台が一変する。続いてそこに現れたのは――


「わあ、ライブステージだ! 私のために作ってくれたのかな、嬉しいな~☆」


 ミライが瞳を輝かせてくるくると回るその場所は、煌びやかなライブステージ。屋外のフェスをイメージしているのか、周囲にはいくつか屋台のようなものが建てられており、中央の大きな舞台はたくさんの照明に照らされてミライを一段と輝かせている。


「こんなことが出来るようになったなんてスゴイね~。ディームが始まったばかりの頃は、こんなの無理~!って言われちゃったのに」


 ディーマーとしての歴が長いこともあってか、ミライは感慨深げに魔力によって生み出されたステージを眺めている。


 逆に、ミライと比べるとディーマーとしてやや歴の浅い織姫は「へー」と淡泊な関心を見せているだけ。


 観客席に立つ織姫はきょろきょろと周囲を眺めまわしてから、舞台の上のミライを見上げてニッと愉しげな笑みを浮かべる。


「悪くないじゃん。高い場所にいるヤツを引きずり下ろすの、けっこう好きだからさァ!」

「そっか~。私はどこにいたってみんなのアイドルだよ~☆」


 バチバチと火花を飛ばす織姫に、キラキラと星くずを返すミライ。


『それじゃあ、開始の合図はミライさんにお願いしてもいいですか?』

「おっけーで~す☆」


 役割を任されたミライは笑顔で引き受けて、両手で大きく丸を作った。


「それじゃ、今日のBGMは何にしよっかな~。みんな、リクエストはありますか~? ‥‥うんうん、そっかそっか」


 ミライは目を閉じて耳に手を添え、わざとらしく頷きながら声を聞いているような仕草を見せる。そしてすぐに目を開けると、人差し指を立ててパチリをウインクしてみせた。


「よし、決まったよ! みんなコメントの準備よろしくっ! じゃあ行くよ~。今日の1曲目は、『輝いて~‥‥?」


 尋ねるように語尾を上げて、星を見上げるように視線を上にやると、途端にコメント欄がとある言葉で埋め尽くされる。

 エストも手癖のようにコメントを打って、スクリーンを埋め尽くすそれらの中に紛れ込む。


 流れ星さながらに流れてゆくコメントを確認したミライは満足そうに笑って、今しがた流れていったその言葉を読み上げるように、高らかに声を上げた。


「――一番星☆』!」


 その声を受けて大音量のイントロが流れ始め、色とりどりの照明がぐるぐると動き回り、ステージを鮮やかに彩った。そしてそれが、今回の試合開始の合図となった。


 それと同時、動いたのは織姫。ステージとの間を仕切る柵を豪快に跳ね飛ばしながらミライに迫る。その凄まじい勢いに、瞳に宿った赤い炎が尾を引いた。


 一直線に飛びかかり、右手の赤く光る炎の拳をミライに叩きつける。ミライは攻撃を武器で防ぐが、織姫はそれを掴んでぐるりと身体を回転させ、後頭部に向けて膝蹴りを放つ。ミライは一度武器を手放し、後方へと身体を倒す。織姫は支えを失い、空中で不安定な体勢となる。ミライは背が地面につく直前に武器を掴み直し、身体を起こす反動を得るとともに武器を振り回して織姫を投げ飛ばす。織姫は地面を削るように姿勢を制御し、何事もなかったように立ち上がった。


 織姫の扱う武器。それは――己の肉体のみ。

 織姫は敢えて武器を捨てることで動きの制約をなくし、彼女の性格のように自由な戦闘を可能にしている。


 対するミライの武器は、マイクスタンド。その形をした槍だ。

 本来は三脚があるべき場所に刃があり、刃の反対側には星形のマイクが固定されている。

 ミライはくるくると大げさな仕草でそれを回し、腰を落として織姫に向けて構えを取った。


『織姫』も『綺羅星ミライ』も、それらは彼女らのユーザーネーム。言うまでもなくふたりにも二つ名が与えられており、織姫のそれは――『狂戦士(バーサーカー)』。


 織姫の戦闘スタイルは効率など顧みない、最初からクライマックスの全開トップギア。跳ね回る彗星のように対戦相手を追いかけ、拳で脚で全力の攻撃を叩き込み続ける。その戦闘の凄まじい勢いは他の追随を許さない。


 一方のミライは、今しがた自ら名乗りを上げる形となった――『一番星』

 彼女のデビュー曲であり、原点にして頂点と評される『輝いて一番星☆』からそのまま引用される形となった二つ名である。


 織姫はその二つ名が示す通りの戦闘スタイルで、息を吐く間も惜しんで真正面からミライに飛びかかった。


 ミライは歌のリズムに乗りながら槍を振り、そのリーチの長さを活かして織姫の攻撃を軽やかに逸らす。フルパワーで戦い続ける織姫が長期戦を苦手としていることを理解したうえでの、防御寄りの戦法である。


 ミライは出来るだけステージ上で戦いを続けようとしていたが、織姫のあまりの勢いに圧され、ついにステージから飛び降りて観客席まで移動範囲を広げた。

 ミライは額から流れ落ちる汗拭うことも出来ず、織姫から視線を外さない。


「あは、みんなごめんね~。出来れば戦いながら歌おうかな~って思ってたんだけど、ちょっとそんな余裕ないかも~」

「ったりめーっしょ! 余裕ぶっこいてんじゃねーッスよ!」


 間髪入れず、織姫が飛びかかる。真正面から挑み続ける様は脳筋そのもの。しかしその勢いはケタ違いに常軌を逸しており、マトモな防御や回避は通用しない。


 だが尋常ではない勢いに対応し続けているミライも、同じく尋常ではない実力者であることが容易にうかがえた。


「ライブ楽しみにしてたみんな~、今日は歌えなくなっちゃったけど、また今度ちゃんとしたライブやるから詳しくは公式サイトとプニッターをチェックしてね~☆」


 歌う余裕はなくとも、宣伝は欠かさないミライのそれはプロ根性と呼ぶべきか。

 織姫は「なんかムカつく!」と愉しげな不満を漏らしながら左の青い拳を振り上げた。ミライはその攻撃を再び逸らして続く攻撃を防ごうとするが、その速度はミライの反応速度を越えていた。


 咄嗟に両腕をクロスさせて氷の魔力を纏わせた拳を受けるも、その細い身体は激しく殴り飛ばされてしまう。ミライはステージ横に設置されていた無人の屋台をなぎ倒しながら地面を転がるが、即座に身体を起こして「はふ」と苦みの混じるため息を吐いた。


「あは、ライブ会場をメチャクチャにするなんてさすがに初体験だよ。なんだか新しい扉が開いちゃいそう‥‥☆」

「へへっ、じゃあ次のライブの演出に使っちゃえばいいじゃん!」

「あ、それアリかも! もし採用されたら、次のライブにヒメちゃんを招待してあげてもいいよ~☆」

「っはぁ! ウゼぇ~~~!」


 織姫は近くにあった屋台の骨を握り、力任せにぶん投げる。ミライが腰を落として構えると、それよりも速く、屋台のテントを突き破って織姫が姿を現した。


 それを予想していたのかミライは素早く横に飛び、織姫が追い縋ってくる前に槍をくるりと回してマイクを口元に運び、深く息を吸い込んだ。それを見た織姫は野生の勘とでも言うべき反応で足を止め――


 ミライが口を開くと、「やっほ~☆」という気の抜ける掛け声とは裏腹に、ズドン!とフィールド全体を揺るがすような衝撃が(はし)った。フィールドの外とは比べ物にならない衝撃を受けたであろう織姫は、ふらりとよろめいて膝をつく。

 ミライは顔の横でピースを作ってウインクし、ぺろりと舌を覗かせた。


「どうかな、必殺技ってヤツだよ~☆」


 織姫は頭を抱えながらヨロヨロと立ち上がり、天井を見上げてぷはっと息を吐いた。


「んあ~、パイセン容赦ねぇ~。世界がぐにゃってなった‥‥」

「そりゃあ、可愛い後輩ちゃんにあっさり負けちゃうわけにはいかないからね☆」

「ふへ、おっけ~。それじゃ、じっくり負かしてあげるッスよ、パイセン!」


 炎を纏わせた足裏で大地を蹴り、まるで瞬間移動のような速度で織姫がミライの眼前に迫る。氷の拳でフックを放ち、炎の拳でストレートを放つ。それらを槍で受け止められながらも、織姫はニッと歯を見せて邪悪な笑みを浮かべた。


「いくぜぇ、織姫百裂拳! オラオラオラオラオラオラァ!」


 技名に反して、掛け声はソッチだった。だがそんなふざけた雰囲気とは裏腹に、攻撃の勢いはやはり尋常ではない。

 ミライはどうにかラッシュから逃れようとするも、爆発的なその勢いを前にして逃れることは叶わない。


 織姫は「ヒャッハァ~~~!」と世紀末な雄叫びと共にミライを追い詰めてゆく。

 炎の拳と氷の拳、同時に放たれるその攻撃を防ぎきれないまま、じりじりとミライのシールドは削られてゆくばかり。


「ヒメちゃん、そんなんじゃ魔力切れ起こしちゃって、すぐに終わっちゃうよ~」

「そうなる前に倒しゃいいンしょ? いつものことじゃん!」

「もっと戦い方考えた方が、楽しい時間が長くなるんじゃない?」

「バカ言ってんじゃねーよ! あたしは戦うのが好きなんじゃなくて、勝つのが好きなんだよォ~~~!」


 完全に悪役な台詞を吐きながら、織姫のラッシュの手は止まらない。話し合いは当たり前のように決裂となってしまった。


 だがミライとて一方的にやられているばかりではない。オラオラを続けていた織姫だったが、不意に「うげっ」と顔をしかめると、その拳の勢いを止めて一度ミライから距離を取った。


 酔ったように足元を怪しくさせながら、即座に追撃を仕掛けるミライの攻撃をかわそうとするも、覚束ない足取りではそれを避けきれない。


 フラフラと蛇行しながらダッシュでその場を逃れ、ようやく足元がしっかりとしてきた織姫は爪先で地面を蹴り、ハッと小馬鹿にするような笑いを上げた。


「あ~‥‥マジ、性格悪りぃ~。もしかしてさっきの会話中とか?」

「さあ、どうでしょう~☆」


 ミライの得意とする、不可視の魔力の音波とでも呼ぶべき攻撃。気付かないうちに少しずつ感覚を鈍らされていく厄介な攻撃なのだそう。


「ま、なんでもいいや! とっととぶっ飛ばしゃいいだけよなァ!」


 だからこそ、退くことを知らない性格も相まってそれに気を取られることなく、織姫は再び正面から拳を叩きつける。


「ま、ヒメちゃんはそう来るよね~‥‥」


 苦しげな表情を浮かべつつも、ミライは抑えきれない高揚を瞳の奥から溢れさせていた。


 ――白熱したバトルは、それからすぐに決着がついた。


 結果を言うと、勝ったのは織姫。ミライもかなり奮闘していたが織姫の勢いを止めきれず、最後は振り下ろす拳でステージのド真ん中にクレーターを作ってフィニッシュという、ある意味このフィールドを最大限に利用した派手な戦いとなった。


 そして勝った織姫は拳を突き上げて「優勝したもんね~!」と勝どきを上げた直後、糸が切れたようにその場にぶっ倒れ、「もう無理一歩も動けねー! メディ~ック! いつもの~!」と騒がしく担架で運ばれて行くのは言葉通りいつもの光景であった。


 敗北を喫したミライはまるでへこたれることなく、ガッツリと今後のライブイベントの告知などをしてからフィールドを後にし、再びフィールドは元の何もない風景へと戻された。


 ――エストは深く息を吐いて、膝の上でぎゅっと握る手に力を込めた。


 肩の力を抜こうと意識しても、身体の強張りは取れなくてその場を動くことは出来そうになかった。


 今の感情を言葉にするのは難しい。ただひたすらに、渦巻く感情に翻弄されるばかり。頭に浮かぶのはただ、スゴいという陳腐な言葉だけだった。


 そうしてふた組の試合が終わり、これにてイベントは終了――ではない。まだもうひとり、最も多くの人々が心待ちにしているであろう人が残っている。


 次いで、ふたりと入れ替わりに現れたその人物に、会場はひときわ盛り上がりを見せた。


 満面の笑みを浮かべて元気いっぱいに手を振りながら姿を現したのは、四天王の最後のひとり――『ディーメスト』のココロ。


 そう、四天王の――5人目である。


 自由なディームであればこそ、四天王は4人でなければならないという固定観念には縛られないのである――なんて理由があるワケもなく。


 単純に、いつからかノリと勢いでファン達からそう呼ばれるようになっただけのこと。ディームは自由、という部分はあながち間違いではないかもしれないが。


 ココロはディーマーという言葉が生まれるより前に現れた、ディームという世界が生まれると共に現れた始まりの存在。


 ココロは潜在的な魔力量が飛び抜けて高いらしく、事実か否か、フィールドの外でも魔法が使える唯一の存在と噂されるほど。


 その魔力の高さゆえに『魔力』という存在の発見に至り、ディームが生まれた。そして誰よりも優れているゆえに、ディーマーの頂点に立ち続けている。


 そんな不動のトップディーマーとして君臨する彼女には、最強の称号である『ディーメスト』の名が冠されているのである。


 そんな比類なき強さを感じさせない楽しげな笑顔を見せるココロは、明るい茶色のセミロングヘアに紺色のセーラー服、頭の後ろについた大きな赤いリボンといった、ディーマーとしては特徴の薄いシンプルな格好をしていた。


 誰からも愛される最強のディーマーはくるくると回りながら360度に愛想を振りまき、大きな歓声に包まれながらフィールドの中央へと進み出た。


 そしてもう一方から姿を現したココロの相手は、真っ白いぶかぶかのパーカーに包まれた小さなシルエット。お尻の辺りから生えるクジラの尻尾がゆったりと上下し、目元まで落ちてきそうなフードを支えるように額から伸びる、ウミウシのような2本の角。深海の青色をした瞳の上では毛先だけ赤くなった前髪が揺れている。


 そこにいるのは本日特別ゲストとして呼ばれていた――『白鯨(はくげい)』。


 海外出身であり現在トップクラスの注目度を誇る彼女は、新人と呼ばれるにはすでにそれなりの経験を積んでいるようにも感じるが、最古参と言うべきココロと比べればまだまだ新人と言えるだろうか。


 そんな彼女が早くも四天王たちのイベントにゲストとして呼ばれるだなんて、本当にスゴいとしか言いようがない。実力も、異国の地に足を踏み入れながらも物怖じせず、期待に応え続ける胆力も。


 ココロと白鯨はフィールドの中央で向かい合い、握手を交わす。決してココロの身長が高いわけではないが、白鯨の背が低いので見上げる形となっている。


「どうもどうも、こうしてフィールドでお会いするのは初めましてですね。よろしくお願いします」

「ヨロシク~」


 のんびりとした挨拶を交わすと、ココロは腕を組んで薄い胸を不遜に反らせ、フゥ~と長い息を吐いた。


「白鯨さんはずいぶんと調子よく頑張っているようですが、いや~残念ですね。私が相手となるとさすがに敗北は避けられないでしょう。勝率を下げさせてしまってすみません。今日は華々しく戦う私の引き立て役となってもらう予定ですが、弱い者イジメみたいにならないようせいぜい頑張ってくださいねえ」


 芝居がかって大げさなココロの煽りに、白鯨はしばらくキョトンとしてイヤホンから聞こえているらしい声に耳を傾ける。やがて白鯨はひとつ頷いて、瞳を細めて軽くアゴを上げて見下すような視線をココロに向け、わざとらしいカタコトでそう言った。


「ハァ~ン? ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセェ~ン。This is マケイヌのトオボエ~?」

「‥‥ほぉ~~~ん。まあ?私は先輩ですし?最強ですし?宇宙のように広い心を持っているので?そんな安い挑発に乗ったりはしませんけど~?」


 言いながらガツガツと爪先で地面を削るココロ。コメントも『顔真っ赤www』『くやしいのうwww』『今どんな気持ち?』『鯨ちゃんマジかわいい』とココロを擁護する声で溢れている。


 こんな場でもいつものメスガキ属性を遺憾なく発揮してしまえる白鯨の度胸は流石と言うべきか。その芯のある魅力があってこそ、彼女はこんな場に立っているのだろう。


 そうして本日三度目の、フィールドに変化が訪れた。


 続いてのフィールドは――水中。


 フィールド内が地面から天井まで水で満たされ、中には流木やら岩やらが浮いている。

 もちろん本物の水ではなく、水があるように見えるだけ。そのため服は濡れないし呼吸も出来て言葉も話せるようだ。


 ふたりはその不思議な感覚を確かめるように、その場で体を動かしていた。

 体に直接的な影響はなくとも、実際の水中と同様にひとつひとつの動きに抵抗があるようで、ふたりとも挙動がずいぶんと緩慢になっている。


「はぇ~、これは面白いですね~。負荷がけっこうリアルで、私みたいなパーフェクトで最強でビューティホウじゃないと攻略が難しいんじゃないですか~?」


 ココロと同じように不思議な感覚を楽しんでいた白鯨は、不意に腕を高く掲げて三又の槍を具現化させる。槍の柄で地面を叩くと、白鯨の背後に大きなスピーカーが出現した。


 白鯨よりも背の高いそれが爆音で音楽を轟かせ始めたかと思うと、白鯨はココロの準備を待つことなく「Leady…GO!!」と自分のペースで戦闘開始を宣言した。


 完全に意表を突かれたココロだったが、目を丸くしながらも咄嗟に武器を取り出して白鯨の槍の攻撃を防いでみせる。

 それを見て実況は笑いながら『はい今ので試合始まってま~す』と柔軟な対応で会場を笑いに導いた。


「おほほ、良いですね~。そういう積極的なズルは、嫌いじゃないですよっ!」


 悪く言えば卑怯なその行動に、しかしココロは嬉しそうにそれをエンタメとして受け入れる。


 ココロの扱う武器は、ライトセ○バーのように刀身が淡いピンク色に光る剣。これといった特徴のないシンプルな武器だが、それゆえに汎用性が高くその攻撃は多彩で隙が無い。


 白鯨の戦闘スタイルは音楽と攻撃のテンポを同調させる、リズムゲームのような戦い方。しかし水中では自由に動くことが出来ず、全くリズムに合わせられていない。


 しばらくはどうにか頑張っていた白鯨だが、やがてやや口汚いスラングを吐き捨ててスピーカーを蹴り飛ばすと、通常の戦闘に切り替えた。


「おやおや短気はいけませんよ~? 私のように広~い心を持たないと‥‥ってああもう動きづらいですねぇホントにもう!」


 水中に浮かぶスクリーンに草を茂らせながら、ふたりはひどくスローな動きでもどかしそうに戦闘を続けていた。


 それまでの華々しい戦闘と比べると、新鮮さはあれどやや迫力に欠ける試合が続く。


 そんな中、白鯨はくるりと回りながら後ろに下がり、しばらく何か考えるように首を捻って黙り込んだ。そして唐突に武器を仕舞うと、変わらぬ緩慢な動きで足を引いて腰を落とす。


 次の瞬間――白鯨は魚雷のように勢いよく射出し、頭からココロに突っ込んでいったではないか。


 その動きと、想定外の速度に反応しきれなかったココロはその突進をモロに受けてしまう。額の角が腹部に突き刺さり、ココロは目を白黒とさせた。


「ごふうっ‥‥! いや、ちょっ、なんなんですかソレぇ!」


 白鯨は楽しそうに歯を見せて笑い、先程までとは一転して滑らかな動きで水中をスイスイと移動し始めてしまった。

 ココロはその様子をしばらく眺めて、やがてわざとらしい動きでポンと手を打った。


「あーはいはいなるほどそういうことですか。気付くの早いですね。ここは賢い後輩ちゃんを褒めてあげるとしましょう。サンクスロットベリーウェルですよ」

「‥‥オ、オゥ?」


 あまりにも適当すぎるココロ語に、さすがの白鯨も困惑を隠しきれない。


「難しく考えちゃダメですよ。ここは素直に『お褒めにあずかり光栄です』って言っておくといいんです」

「オ、オコメ‥‥? オニギリ‥‥?」

「さ、やり方も分かったことですし、遠慮なくいきましょうか!」


 困惑する白鯨をよそに、ココロはひとりで盛り上がって臨戦態勢に入った。それを見て白鯨もすぐに気合いを入れ直す。


 ココロは白鯨と同じように地を蹴ると、そのままスイスイとまるでゲームで見るような滑らかな動きで泳ぎ始めてしまう。瞬く間に白鯨に接近すると、「よいしょ~!」とやかましく叫びながら幾本もの氷の刃を繰り出した。


 白鯨はヒヒッと抑えきれない笑い声を上げて、水流の壁を生み出してそれを防ぐ。そしてそのまま近くにあった岩を蹴って加速し、岩から岩へと飛び移り凄まじい勢いで水中をピンボールのように跳ね回り、ココロをかく乱する。


「おやおや、これじゃあクジラちゃんじゃなくてトビウオちゃんですかね~。ま、その程度で私に勝とうだなんて甘々のアマエビちゃんですけどね~」


 白鯨は跳び回りながらココロの視線が逸れたタイミングを見ると、周囲に水の槍を展開させて勢いよく突っ込んだ。


 ココロは小さな氷の結晶のような防壁を生み出して水の槍を全て防ぐと、白鯨の槍は己の剣の切っ先で受け止める。白鯨は一瞬驚いたように目を丸くするが、すぐに勝気な笑みを浮かべると、身体を丸めて回転させながらすれ違いざまに斬りつけた。


 フィールドの特性を把握したらしいふたりの戦闘は、途端に華やかさを取り戻す。フィールド内を縦横無尽に泳ぎ回り激しく魔法の応酬が繰り広げられるその様子は、いかにディームといえどそうそう見られるものではない。


 しかも戦っているのはディーマーの頂点であるココロと、人気爆発中の白鯨だ。観戦者たちがいつも以上に盛り上がっているのも必然と言えるだろう。


 ココロは白鯨の生み出した渦巻を無駄に大きなモーションで泳いでかわし、足元の岩を蹴って白鯨に突撃――するはずだったのだが。


 すっ飛んでいったのは足元の岩のほうで、岩のオブジェクトは壁に近付くとぶつかるより早く粒子のように散って消えてしまった。その場に残されたのは、空中でもがくココロのみ。


 何が起きたかを理解するより前に、白鯨はそれを好機と見て地面を蹴ってココロに攻撃を仕掛け――べしゃっと情けなくすっ転んだ。


 そして遊泳していたはずのココロも、重力に従って自由落下を始めてしまう。くるくると空中で無駄に回転しながら華麗に着地を決めたココロは、腕を組んで苦笑いを浮かべた。


「ちょっとちょっと、これ、もしかしてバグってヤツですか~? いやはや参りましたねまったくも~、運営仕事しろ~?」


 言って、ふとスピーカーから流れていた音声が途切れる。映像も定点で固定され、どうやらミュートにして運営と連絡か何かを話しているようだ。


 観戦者たちもざわざわと落ち着かない様子ではあるが、コメントでは今も『ミュートたすからない』『ポンコツが感染したってマ!?』『白鯨かわいい』とあまり深刻さが感じられないのはおそらく、ココロの冷静な対応と彼女に対する信頼ゆえだろう。


 一方の白鯨は先程までの生意気そうな様子とはうってかわって、ひどく不安そうにオロオロとココロに視線を向けている。ココロはそんな白鯨も気にかけ、大げさなボディランゲージで大丈夫を伝えているようだった。


 しばらく浮ついた時間が流れ、やがて固定されていた映像がようやくココロを捉え、ココロはカメラに視線を向けて何やら口を動かし始めた。


 が、口を動かしているだけで何の音も届いて来ない。コメントで『ミュート芸たすかる』『ポンコツたすかる』『ポンコツバグ直ってないが?』と指摘され、ようやく状況に気付いたようだった。


「‥‥はい、というワケで、申し訳ないんですけど水中を再現するシステムがバグっちゃったみたいで、今から直すのは難しいようです。楽しみにしていただいていたみなさまには‥‥さっきからポンコツポンコツうるせーお前らに心からお詫び申し上げま~す」


 言葉とは裏腹に、いやある意味言葉通りのにこやかな笑顔で手を振るココロ。


「まあそんな感じで本当に申し訳ないんですけど、今回のこの水中バトルは中止ということになります」


 残念なお知らせに、『まあバグなら仕方ない』『ちょっとでも見れたしな』『十分楽しかった』と残念がりながらも容認するコメントが流れてゆく。


 それらを見てから、ココロはニヤリと白鯨に視線を向けた。


「――ということで、この後は通常バトル、ということでよろしいでしょうか、白鯨さん?」


 しばらくキョトンとしていた白鯨は、一度イヤホンからの音声に耳を傾け――パチン、とスイッチが入ったように不安の色が消え去り、深海色の瞳が輝きを取り戻した。


「――OK! ボコボコに、スル!」

「ほほほ、活きの良いお魚さんですこと~」


 試合続行の宣言に、会場は再び激しい熱気に包まれる。


 フィールドの水中エフェクトが消え、いつも通りの何もない空間が現れた。


 何もない、閑散とした空間のはずなのに。


 頂点に君臨する原初のディーマーと、その足元に手をかけている新人ディーマー。そのふたりが向かい合っているというだけで、気付けばそこは華々しく輝く特別な舞台となっていた。


 いつものペースに戻った白鯨は再びスピーカーを召喚し、再び自分のタイミングで試合を開始した。

 音楽に合わせて攻撃を仕掛ける白鯨の戦い方は、何も余裕ぶって遊んでいるワケではない。リズムのひとつひとつを次の動きへと繋げているため、楽しげな見た目に反して実際に相対すると想像を超えて厄介な動きをしていると聞く。


 その評判通りと言うべきか、白鯨は最強のディーマーに対して一歩も退くことなく果敢に攻め続けていた。


 だがココロも同じく、最強たる『ディーメスト』の称号は伊達ではない。誰もが苦戦を強いられるその白鯨の猛撃を的確に防ぎつつ、時折余裕を見つけては余計な動きや言葉を挟んですらみせる。


 いくら押してもびくともしないココロに、白鯨は浮かべる笑みをさらに深くした。

 そして白鯨は珍しく、いや、もしかすると人気を得始めてからは初めて、スピーカーを仕舞いこんで真っ向勝負に切り替えた。


 手を抜いていたワケではない。だが、全力を越えた全力を出すための白鯨の本気の戦い。

 その白鯨の気合いを受けて、観戦者たちの熱狂のボルテージも留まることを知らず上がり続けてゆく。

 盛り上がり続けているこのイベント戦、間違いなく今この瞬間が最高潮に盛り上がっていた。


 ――そんな最高の盛り上がりを見せた試合の結果は、予想を覆すことなくココロの勝利に終わった。


 白鯨の実力は本物だったが、こればかりは相手が悪すぎたと言わざるを得ない。

 白鯨がどれだけ激しく攻めようと、どれだけ巧みに攻めようと、ココロは驚くほど正確にその全てに対応し戦況を覆すことは最後までかなわなかった。


 ココロはシールドを半分近く残したまま、白鯨は最後の一撃を受けてフィールドに倒れ込んだ。


 実力の差は見せつけたものの、いつも飄々(ひょうひょう)としているココロも余裕とは言い難い様子であり、白鯨がどれほど奮闘していたかが伺える。


 白鯨はしばらく寝転がったまま悔しそうに「ノ~~~っ!」とジタバタしていたが、フィールドを去る時にはぴょんぴょんと飛び跳ねながら「ツギは、カツ! ワタシ、サイキョ~! ココロ、ザ~コ!」とすっかり調子を取り戻していた。


 ココロはニコニコ笑顔で腕を振り上げながら「おまえら~、私の名前を言ってみろ~~~! ハイその通り~! パ~~~フェクトっ!」と『ポンコツ』で埋まるコメント欄を無視して、誰も呼ぶことのない『パーフェクト最強ガール』という自称の二つ名を叫びながら退場していった。


 それが本日最後の試合となり、大盛況の中四天王たちによるイベント戦は終了を迎えたのだった。






 普段であれば閉場するには早い時間だが、これからシステムメンテナンスと明日以降の打ち合わせもあり、期間中は少し早めに閉場することになるらしい。


 イベントが終わり人々が退席していく中、エストは席から動くことが出来ないまま深く息を吐いた。


 来る前はあまり気が乗っていなかったので途中で帰っても良いと思っていたが、結局最後まで見てしまった。

 今日の試合はそれほど魅力的で、刺激的で、衝撃的で迫力があって。


 要は、面白かったのだ。


 当たり前といえば当たり前だが改めて、四天王はスゴい。実力はもちろん、エンターテイナーとしての魅せる力も。


 各々が他にはない強烈な個性や魅力を持っていて、その軸をブレさせることなく常に成長を続けながら、新しいトレンドを取り込んでいっている。全員がまさに、唯一無二の存在だ。


 そして白鯨も、デビュー時期はエストよりも遅いというのに、気付けばあっという間にあんな場所にまで登りつめてしまった。


 みんな、強くて魅力が溢れている。だけど、それだけじゃない。今日、あの場で戦っていた全員が――


 彼女らの姿を思い出し、エストは強く、強く唇を噛む。


 それがどういう感情から来るものなのか分からない。今日だけじゃない、この前からずっとそうだ。

 アンナに言われてから、いや、その後、あの子に出会ってから。


 私は――


 どうしようもなく、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。


 ――私は、なんでディーマーなんかやってるんだろう。


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