エピローグ 亡霊は眠る
数日後、昼。
「具合はどうだ?」
「はい、大分良くなりました……」
あれから無事に小屋に戻った俺とスカリアさんだが、翌日から俺は再び寝込んでいた。
血や肉が飛び散るのを生で見てしまったが、そのショックはあまりなかった。
一方で、単純に傷口がまた開きかけてしまったので、また安静第一な日々だ。
スカリアさんは戦いの後始末をしつつ、こうして俺のことを10分に一回は心配してベッドの側で声をかけてくれている。
「来る回数多すぎません?」
「そ、そうか……? だが目を離した途端に冷たくなっていたらどうしようかと、気が気でなくて」
オロオロとするスカリアさんは、今日もヘルムを外した姿だ。
周囲に怖がられるのを嫌い、家の中でも顔を隠していたのを考えると、心を許してくれたのだと嬉しくなる。
「……む、なぜ急に、笑みを浮かべる? 今のやりとりで何か笑うところがあったか?」
「いえ、騎士として活躍する姿はカッコいいのに、普段の姿は可愛いなって」
そういうとスカリアさんは黙ってそっぽを向き、「居間で書類仕事をしている。何かあったら呼んでくれ」
と言い、部屋を出て行ってしまった。
一人きりになった部屋で、俺は天井を眺める。
(記憶喪失になる前の自分は何者だったのか。スカリアさんは一体何者なのか)
分からないことだらけだが、こうベッドで療養しながらくつろいでいると、全て些細なことに思えてくる。
ここが人のいない辺境だから、スカリアさん以外の煩わしい人間関係や社会のことを考えなくていいのもあるだろう。
「でも、なあ」
いつまでも休んでいるわけにはいかない。
ここでスカリアさんの世話をただ享受する生活では、人間として駄目になる気がする。
傷が癒えぬ間に色んなことをしては焦りすぎだろうけど、ただ眠り続けていられるほど気長な性格でもない。
でもスカリアさんに見つかったら、またベッドに戻されるだろうな。
俺はそうっと、居間に繋がる扉を開けた。
「……あれ」
そこにはスカリアさんが甲冑姿のまま、テーブルに倒れ込んでいた。
何かあったのかと不安になったが、この姿勢、この角度……
呼吸の音こそないけれど、もしかして居眠りしているのか。
そりゃ看病のし過ぎで、家族のほうが疲れてしまうという話を、どこかで聞いてはいるけれど。
「……すぅ」
耳を澄ますと、寝息の音が聞こえた。
肺や気管は鎧の下にあるんだろうか、それとも生前のクセなのか。
けれど腕を枕にテーブルの上で眠るその顔は、例え骨だけだって可愛げがある。
窓は青空に向かって開け放たれていてカーテンが大きく揺らめくと、一瞬だけあの生前の柔らかな顔が見えた気がした。
(戦場の不死者という名前より、居間の寝入るのほうがよく似合うな)
そんな下らない言葉遊びを思い浮かべながら、俺はベッドへと戻ることにした。
今日くらい、彼女に不要な心配はかけさせないようにしよう。
亡霊騎士と呼ばれながら、彼女はかなり心配性でロマンチックな少女気質なのだ。
そんな彼女に、俺はそっと声をかけた。
今は朝だが、彼女に向ける挨拶はこっちのほうが良いだろう。
「ありがとう、おやすみなさい、スカリアさん」
馬小屋ではスリーピーが、小石を蹴って遊びながら一つ大きな欠伸をしていた。
お読み頂きありがとうございました。
丁度アニメ1話分っぽい内容とボリュームを意識してみたのですが、いかがでしたでしょうか。
最初は10話目くらいまでシリーズを考えていたので、残る伏線や謎はそのときの名残です。
逆に主人公は魔法の存在を認識してないので、亡霊騎士の技は大分アバウトな認識となっています。
この後の展開では、二国間での戦争の中で、王国の研究機関で亡霊騎士の秘密を探ったり、帝国でスカリアが主人公と彼女が会うよう手引きした人物を突き止める話があるのですが、遅筆ではまだまだ書き切れないため、ひとまずここで筆を降ろします。
改めて、完結までお読み頂きありがとうございました。