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閑話 幸せの余韻


一部を残して完全に暗闇に染まった室内でベッドに横たわり修人は、スマホの画面越しにいる愛衣の嬉々として語る調べに傾聴しながらうとうとしていた。


「改めて思うのですが、こうしてご主人様と一緒の時間を過ごしながら眠る前の一時というのは何物にも代え難い幸福な時間です……。心が満たされるという感覚が愛おしく思えます。性欲に耐えていた時も勿論そう感じていたけれど、欲求のしがらみから解放されて平常心で今の雰囲気を噛みしめられているので全然感覚が違います」


まるで神仏を前にしているかのような敬虔な眼差しを修人に向ける愛衣。そんな愛衣も修人同様自宅のベッドに横になり、画面越しに修人を見つめていた。


「元気だね……。こんな時間なのにつきものが落ちたみたいな生き生きとしたテンションじゃ眠れなくなるよ」


眠そうな修人が目をとろりと呆けさせながら普段よりも細い声でそう言った。


「それは、こんなテンションにもなりますよ! だって、今日はご主人様と初めてひとつになれた思い出になる日なんですよ! それに禁欲の解禁日でもありますし、これで喜びを隠してしまうポーカーフェイスになれるほど私は器用じゃないです」


やけにすっきりした面持ちであり、普段から凛とした表情をしている愛衣なのだが今はそれよりも肌艶も良く端整というよりも妖艶な顔つきに見える。


「放課後あれだけ乱れていたのに、俺が勉強している時にも三回してしまうほどだもんね……。ドーパミンのせいで元気だし、抑圧から解放された性欲は暴力的に強いし、いつの間にか風呂に入る前にするっていうルーティンを俺の勉強中にすることにしたとかしれっと変更しちゃうくらいの変態っぷりには感心するよ……」


そう言いながら修人は重たくなった瞼を閉ざしていた。


「……ご主人様は眠そうですね」


「まあね。愛衣さんが汚した生徒会執行部の床を一緒に掃除してあげたから疲れてしまって眠いんだよ」


「手伝わせてごめんなさい、ご主人様」


「共犯なんだから手伝う義務に従っただけだよ……」


「……知っていますか?」


愛衣が少しでも押し黙れば夢の世界へ誘われそうな修人に愛衣は言葉をかけた。


「なにを?」


修人の声音は今にも途切れそうなほど弱々しい。そんな修人をまじまじと見つめ、まるで弱った得物を狩る肉食獣のような鋭い眼光を認めながら口を言葉を紡いだ。


「ご主人様の寝顔って、とっても可愛いんですよ」


「なにそれ」


修人は愛衣にそう言われて瞼を閉ざしながらふっと微笑んだ。そんな修人の変化を見逃さなかった愛衣は心の写真でしっかりと写し取り、脳裏にくっきりと刻み付けて保存することに決めた。そんな愛衣は翌日が休みということと、脳内麻薬の分泌効果で普段見せないご主人様の弱々しい姿を嗜むことが楽しくなってきていた。


「いつもご主人様が先に眠るので目の保養にしていたんです」


「そうなんだ。……涎を垂らしたり、いびきをかいていない?」


「大丈夫です。いつも口も開けずに鼻息を立ててすやすや眠っていますよ」


「よかった」


「私としては、そういう隙を見せてくれると変わった一面が見られて嬉しいのですけどね」


「眠っている時の方が俺はお利口だから、その願いはきっと叶えることができないんじゃないかな」


「それはどうでしょう。いつかご主人様が油断してしまうことを期待しています」


「待ち惚けして無駄な努力をするよりも、俺みたいに目を閉じて眠った方が幸せになれると思うよ」


「……今日はすんなり眠れそうにないので、まだ少し眺めています」


「ほどほどにね……」


修人がそう言ってから少しの静寂が流れた。愛衣は今日の放課後の行為を思い出しながら回想に耽っていたのだが、まだ修人の寝息が聞こえてこないので、「ご主人様」と小声で意識の否応を確認しようとした。


「なに?」


と、修人はすぐに答えた。


「ごめんなさい、ご主人様。起こしちゃいましたか?」


「いや、起きていたよ。まあ、半分寝かけていたけど。……それで、どうしたの?」


修人はそう言い、自分にはちゃんと意識があったと言わんばかりの誇示として重くなった瞼をひっそりと開いて細い瞳を愛衣に見せた。愛衣はその一連の尊い素振りをしっかりと見ていたし、自分がなんの気なしに入眠の確認のためだけにご主人様の名前を呼んだだけだったのでどぎまぎしたのだが、愛衣はさっきの回想中に見つけた呼び起こすに見合う提案を修人に告げた。


「ご主人様は私とえっちをする際にゴムをつけていましたよね」


「うん。マナーだからね」


「……できれば、ゴムをつけないでしてほしいんです」


「……それはダメだよ。もしも子供ができたら一大事だからよくない」


修人はそんな愛衣の発言にぎょっとしたようで、眠気が一瞬飛んだのか目を大きく見開いて諭すように言った。


「ええと、ごめんなさい、ご主人様。まだ続きがあって」


愛衣はそう言い前置くなり、そのまま続けて言葉を紡いだ。


「私は生理痛が重くて、初潮を迎えてから半年後にピルを服用しているんです」


「……なるほど」


修人は愛衣の台詞を聞いて納得した。性の知識を知るということは女性の月経についても当然学ぶことになる。日頃からインターネットで性の叡智を得ている修人には愛衣の意図がわかった。ピルは避妊用に使われる薬剤だが、生理痛や生理不順、子宮内膜症や排卵痛を改善するといった副作用もあり、服薬する多くの女性はその副作用を目的にする場合が圧倒的に多いということもまた修人は知っていた。しかし、修人は思うところがあり、まじめな顔をして愛衣を咎めた。


「……でも、それはイコール中に出していいって理由にはならないよ。性病の危険も伴うんだから」


「それは承知しています。……それを承知した上で、お願いしているんです、ご主人様」


「……それは、奴隷としての『お願い』なの?」


修人は眠そうに眼を擦りながら愛衣にそう言った。


「……はい、ご主人様」


「そう……。奴隷からのお願いは無下にはできないね。今度からはゴムはつけないよ」


「ありがとうございます、ご主人様!」


愛衣は瞳を大きく見開いて輝かしい光を放ちながら修人に感謝した。


「ただし、違和感とか何かあったら絶対に産婦人科に行ってね。心配だから」


「わかりました。約束します」


愛衣は誇らしげにそう言った。


「それじゃあ、俺はもう寝るから」


修人は今にも眠りそうな声音でそう言った。


「はい、ご主人様、おやすみなさい」


「おやすみ」


修人はそういうなりすぐに寝息を立てて眠り始めた。


愛衣はそんな修人の寝顔を、今度は黙って眺めていた。


そうしていつの間にかうつらうつらと意識が飛びそうになったところで、愛衣は瞳を閉じて眠った。


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