91.新たな旅立ち
カタリナがタリク・アシュレイと結婚してオルディスに嫁ぐという件に関して、結果的には関係各所からの了承は得られたものの、やはり揉めに揉めた。
特にカタリナの実父であるハービッツ公爵は猛反対したのだが、最終的には、本人同士が相思相愛で結婚の意志が固く、タリクに至っては「黒竜のパートナー以前に、どのみち口説き落として連れて帰るつもりだった」と言い切ったために、二人の新たな門出を祝福しようということになったのだった。
騎士団に所属している弟のケヴィンによれば、団員たちは口をそろえて「ハービッツ副団長も女だったんだなあ」と言っているらしい。
国民も「両国の和平の架け橋」として二人の結婚を歓迎し、祝福ムードに沸いた。
それが、王太子と巫女の婚約発表の時以上の盛り上がりだったため、ハルは少々不満げだ。
もともと「クリストファー殿下は冷酷なお方」というイメージを持たれていたから、それは致し方ないだろう。
国王陛下の息子が実は双子で、しかもそのうちのひとりを「忌み子」として処分することなく二人とも成人しているという禁忌を犯している真実を知る者はごくわずかだ。
クリストファーの治療に当たった医務室のスタッフには、ドラゴンの炎を受けて大怪我をしたのは影武者だと言い含め、実際、いつもと変わらぬ元気な姿の「クリストファー」が現れて執務も滞りなくこなしているのだから、双子の弟に入れ替わっているなどと思う者はいない。
もしも「そうかもしれない」と誰かが言ったところで「何を突飛なことを」と笑われるだけだし、離宮に移送されたクリストファーがそれを暴露したとしても、ドラゴンに焼かれたことで気がふれてしまったのだと気の毒そうな目で見られるだけだ。
ドラゴンの子供たちが親とほぼ同じ大きさになるのに半年を要した。
その間もカシム村の山頂で過ごし、徐々に飛べる距離を伸ばしていき、ようやく巣立ちの日を迎えたのだった。
親子5頭のドラゴンが一斉に山頂から飛び立った。
黒竜の負担を減らすため、カタリナはタリクとともに父親である青竜・アーロンに乗っている。
リリーズ貿易港まで来た時、シャルロッテは白竜を止めた。
「わたしたちは、ここまでよ。シロちゃん」
『はーい』
今生の別れでというわけではないが、海の向こうへ飛んで行く幼竜とカタリナを見送るのはなんとも辛く、笑顔で大きく手を振るカタリナの姿がシャルロッテの視界でどんどん滲んでゆく。
片や、ドラゴンたちはとても淡白だった。
産卵から巣立ちまでは愛情たっぷりで、そこからは親子というよりもただの仲間同士になるらしい。
それでも白竜は、パートナーを気遣ってかオルディスに向かう一団が見えなくなるまで上空をゆっくり旋回してくれたのだった。
涙が止まらないシャルロッテを後ろから抱きしめる逞しい腕があった。
この日のお見送りにはハルバートも来ており、白竜に同乗していた。
「俺たちも幸せになろう。愛してるよ、シャルロッテ」
「わたしも、愛してます」
二人の唇が近づいた時、白竜が大きく旋回した。
『もお~っ!わたしの背中でイチャイチャしないでよ~!』
シャルロッテがカタリナと出会ったあの日からもうすぐ1年が経とうとしている。
離宮に移ったクリストファーは、体が自由に動かせるまで回復したところでこれ以上は望まないと治療を拒否したらしく、顔の半分は仮面に覆われたままだ。
「もう影武者は御免だ。余生は悠々自適に過ごさせてもらう」
お見舞いに行った時にハルにそう言って笑ったらしい。
メイドのイルザ・リンドに悪態をつきながらも、傍から見るととても仲が良さそうにも見えると聞いた。
5日後には王太子の成婚式が盛大に執り行われる予定になっている。
笑い声が蒼穹に吸い込まれていった。




