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83.タージンの手記(2)

 ドラゴンの背に乗ってはしゃぎまくるサイラスとともに山のふもとに降り立ったシャルロッテだったが、白竜の姿を見てギョッとしているカシム村の住民たちの様子を見て、何から説明すればいいのか戸惑ってしまった。


 王都が白竜の襲撃を受けたという報せはカシム村にも届いているはずだし、オルディスの竜騎士がこの村の上空を往復したのも目撃していたはずだ。


 目立たないように山頂に下りたかったのだけれど、山頂はまだ雪が残っていて寒く、産卵を控えた白竜をそこで待たせておくには忍びないと思って、ふもとになってしまったのだ。

 そもそもドラゴンに、「冷えは禁物」だの「産卵前の大事な体」だのという注意が必要なのかどうかもわからないけれど…。


 大体、サイラス先生がいつもの「ポン!」で移動してくれたら、こんなに目立つことにならずに済んだはずなのに!


 もしもサイラスがそれを聞いたら「おいおい、僕の魔法を便利な移動手段だとしか思っていないんだとしたらそれは心外だな」と、長いお説教が始まりそうなことを心の中で叫んだシャルロッテは、サイラスを振り返るとにこっと笑った。


「わたし、山小屋までひとっ走りしてタージンおじいちゃんの遺品を取ってきますから、サイラス先生はこの状況をどうにかしておいてくださいね」

 熊肉ジャーキーを入れた革袋をサイラスに押し付け、「ええっ!?」という言葉を無視して山の中へと向かったのだった。



 サイラスが突然迎えに来たあの朝からまだ7日ほどしか経っていないが、あの時には積もっていた雪が解けて道がぬかるんでいる。

 まだ吐く息は白いけれど、ここからは日に日に気温が上がっていき、あと10日もすれば山頂の雪解けも始まるだろう。


 山小屋の中は冷たく静まり返っていた。

 一番奥の部屋が、ハルがここに滞在していた部屋であり、元はタージンが使っていた部屋だった。


 ベッドの下の木箱を引きずり出して蓋を開けて、手帳を2冊取り出した。

 パラパラと中身を確認したけれど、やっぱり文字は読めない。

 手帳だけ持っていこうとして、ふとその下に入れてあった革袋に目が留まり、中を確認すると勲章のようなものが出て来た。


 ラフニール王国の勲章とはちがう形と紋様をしている。

 

 もしもタージンが、みんなの予想通り、オルディスの竜騎士団長だったのだとしたら、これはそのときの勲章かもしれない。


 4年間一緒に暮らしていたのに、タージンの過去を何も知らない。

 一緒に暮らし始めたときには、タージンはすっかりカシム村に馴染んでいて、雑貨屋の女店主のエレナはシャルロッテのことをタージンの孫娘だと勘違いしたほどだ。

 誰も、彼がオルディス人だと思っていなかったに違いない。


 タージンが亡くなったときに村人たちからそれとなく聞いたのは、いつの間にか山に住みついていて交流はなかったが、魔物や獣知識が豊富で狩りの腕も良いため徐々に打ち解けていったのだという。


 カシム村は各方面からの旅人や商人が集まる交通の要所であるため、見慣れない顔の人物がいるのも当たり前だし、数日ないしは数か月にわたって駐留したり、そのまま住みつく人もいるために、怪しまれることもなかったのだろう。


 

 タージンの手記と勲章を抱えて、再びぬかるんだ山道を滑らないように慎重に歩いてふもとに出たシャルロッテは、目の前に広がる光景に唖然とした。


「サイラス先生…」


 足元に並ぶ村の子供たちを順番に一人ずつ白竜の背に乗せてあげているサイラスがいた。


 時折、革袋から熊肉ジャーキーを取り出して

「シロちゃん、えいらいぞー」

「シロちゃん、きみは人気者だねえ」

と褒めながら白竜に食べさせ、勝手に尻尾やヒゲを触ろうとする子供がいれば

「おっと、それはいけないな。ドラゴンを怒らせたら石造りの天文台が吹っ飛ぶ勢いのお仕置きを食らっちゃうよぉ?」

と窘める気配りも欠かさない。 


「シャルロッテ、おかえり」


 近づいてきたシャルロッテに気づいたサイラスがドヤ顔をする。

「子供を持ち上げたってほら、腰も背中もどうもないだろう?日々の鍛錬の成果が出たかな。僕はきみの見た運命を変えてしまうかもね!」


 サイラスは嬉しそうに笑い、ご機嫌なまま列に並ぶ最後の一人まで、全員の子供を白竜の背に乗せてあげたのだった。


 山頂の雪が解けたらそこに白竜が巣を作り、産卵と抱卵をすることを考えると、カシム村のみなさんの理解と容認を得ることが大前提となる。


 それを見越して、こうして「ドラゴンは親しみやすい生き物だ」ということをアピールしているのだとしたら、サイラス先生は凄い人だ…。


 そんなことを考えていたシャルロッテに、後ろから遠慮がちに声を掛けて来た人物がいた。


「シャルロッテ?」

 その声の主が誰だかわかり、振り返ると、予想通りエレナだった。


「エレナ、お店はどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、シャルロッテが白竜に乗って飛んで来たって聞いて、慌てて来たんだよ。クリストファー王太子殿下と婚約した巫女のシャルロッテが、あんたのことだって噂が飛び交ってるんだけど、本当なのかい?だって、ハルさんとは…」


 どこまで本当のことを話していいのかシャルロッテが戸惑っていると、サイラスが助けてくれた。

「その通りです。シャルロッテ嬢は、王太子殿下の婚約者になりました」

 そこで言葉を切って、声を潜める。

「実は『ハルさん』は殿下のお忍び用のお名前なんです。ですから、どうぞご内密に。また今度お会いした時に、お茶でも飲みながら詳しくお話ししましょう」


 サイラスが優雅な所作でエレナの手を取り、その指に唇を寄せると、エレナは真っ赤になって口をパクパクし始めた。


「ではご婦人、ごきげんよう」


 サイラスが実はエレナよりもうんと年上のおじいちゃんであることは内緒にしておこうと思ったシャルロッテだった。




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