82.タージンの手記(1)
一通りの交渉と締結を終えたオルディスの和平交渉団は、団長であるタリク・アシュレイを残し、ラフニールの王都襲撃の首謀者である蟲師を罪人として連れて帰国した。
オルディスの竜騎士団長代理であるタリクは、その全権をひとまず信用のおける部下に委譲し、現在はただの竜騎士のひとりということになっている。
白竜のシロちゃんの番となったタリクの青竜、ロンちゃんも当然こちらに残ったままだ。
白竜は産卵のための巣作りの場所として、自分が生まれたカシム村の山頂を希望している。
しかしその場所はいまだに雪が積もり、気温が低くて、産卵はおろかドラゴンが生活できる適温になっていないため、当分は王城の中庭で暮らすこととなった。
気温の上昇を待つ間に、タリクにタージン・アシスに関することを説明しておかなくてはならない。
休養中のハルからは「正直に全て話せばいい」という許可を得ている。
タージンの私物は、まとめてベッドの下の木箱の中に入れている。
他界後すぐに一度開けて確認した記憶ならある。
そのときに手記のようなものに目が留まって中を見たけれど、文字が読めなかったのだ。
あれはオルディス語だったのかもしれない。
シャルロッテはそのことをまずサイラスに相談した。
「タージンおじいちゃんの手記をタリクさんにお見せすることに関してはハルさんからも許可を得ているんですけど、その場所をサイラス先生の研究室にしてもいいでしょうか?」
サイラスは「ふうん」と言って、口角を片方だけ上げた。
「つまり、おまじないをかけてほしいってことだね?手記の内容を外で話せないように」
シャルロッテがこくこくと頷くと、サイラスは嬉しそうにオッドアイを輝かせて笑った。
「策士になったねえ、シャルロッテ!よし、乗ろうじゃないか。ついでに、シロちゃんに相乗りしてその手記とやらを取りに行こう!」
いやいや、そこはあなたのいつもの「ポン!」で行った方が早いのでは…と思ったシャルロッテだったが、ははっと乾いた笑いを発するにとどめたのだった。
白竜はサイラスに再会してとても喜んでいる。
『わたしを助けてくれたかっこいいおじいさん!』
おじいさんと呼ばれてサイラスは優雅な笑みをひっこめて顔を引きつらせている。
どういうわけか、通常ならばパートナーとしか念話できないはずのドラゴンの言っていることがサイラスにはわかるらしい。
ドラゴンに人間のことがどのように見えているのか、年齢がわかったりするのかは不明だが、サイラスの実年齢が外見とは大きくかけ離れていることを見抜いているらしい。
シャルロッテは、ドラゴンに跨って飛び立つ瞬間までずっと肩を震わせて笑い続けたのだった。
ドラゴンの相乗りならタージンと二人でしたことがあるのだが、サイラスは大丈夫だろうかとやや緊張してしまうシャルロッテの不安は杞憂だったようだ。
「すごいねえ!これはいいや!」
飛び立つまでは、人のことを老人扱いするんじゃない!とぶつくさ言っていたサイラスの機嫌が一気に好転した。
どうやら、ドラゴンに乗ってみたかったということらしい。
「速いし高いし、気持ちいいねえ!シロちゃん、もっと速く飛べるかい?」
『もちろんよ、しっかり掴まっていてね、おじいさん!』
「おじいさんじゃないよ!僕は永遠の25歳だから!」
サイラスの文句とシャルロッテの笑い声が、高い空に吸い込まれていった。




