84.タージンの手記(3)
シャルロッテには読めないオルディス語で書かれたタージンの手記を、サイラス・ドリュクはすらすらと読んでいる様子だった。
ラフニール王国の相談役で、占い師、大魔導師で、「死神」と恐れられた過去を持つ「永遠の25歳」は、どういうわけかドラゴンと会話もできるし外国語もお手の物。
この人には、あとどれだけ引き出しがあるんだろうか…。
そんなことを考えながら、久しぶりにサイラスの研究室でゴボウ茶を飲むシャルロッテだった。
ふうん、とつぶやいてサイラスは粗方読み終えた手記を閉じると、優雅な所作でゴボウ茶を一口飲んで微笑んだ。
「シャルロッテの話を聞いて、前々からタージンおじいちゃんとやらは只者ではないと思っていたけど、本当に只者ではなかったとはね。知っていたら存命中に話してみたかったよ、オルディスの竜騎士団長さんと」
サイラスのその言葉で、やはりタージンはタリクの祖父であることが判明した。
ドラゴンを神として崇めながらも、その一方で戦に駆り出す矛盾を抱えながら戦い続けたが、パートナーの黒竜の死期が近いことを悟ったとき、出陣ではなく出奔を選んだということが書かれていたらしい。
そして黒竜が最期の場所に選んだのが、このカシム村の山の頂だったようだ。
ほかの木こりが立ち寄らない山頂付近の裏手でひっそりと黒竜を見送り、そのまま流浪の末に流れ着いた木こりとして山に住みついて黒竜の転生を待つことにしたらしい。
転生したかつてのパートナーは白竜だった。
そして、シャルロッテを選んだ。
手記はそこで終わっているという。
あの日、山菜採りをしている途中に白竜の赤ちゃんを見つけて、タージンおじいちゃんが泣きながら抱きしめていたのは、そういうことだったんだ…。
「どうして教えてくれなかったんだろう…」
「それはさ、シャルロッテを巻き込みたくないっていうおじいちゃんの心遣いだったんだよ。白竜の乗り手だなんて面倒なことに巻き込まれるだけだ。現にそうなってるけどね」
サイラスが皮肉っぽく口角を片方だけ上げて笑ったとき、研究室の扉がノックされた。
サッと立ち上がったサイラスが「どうぞ」と言いながら扉に向かうと同時に、タリクが現れ、その後ろにカタリナ
が見えた。
「ようこそ!」
いきなりハグしてきたサイラスに、タリクが驚いて顔をこわばらせている。
まさかあれが「おまじない」だなんて、誰も思わないだろう。
こうしてまた、サイラス先生の餌食になる人間がひとり増えるのね。
思わず緩みそうになる口元をどうにか引き締めたシャルロッテが扉の外にいるカタリナを見ると、カタリナも同じように、サイラスに羽交い絞めにされているタリクから目を反らしながら込み上げる笑いに堪えている様子だった。
タリクをここまで案内してきたカタリナは、いつものように外に控えておくように言われ、タリクひとりがシャルロッテの正面に腰かけた。
サイラスは一旦ティーカップを全て下げ、再びお茶を淹れなおしている。
タリクは、「え、この人が自ら茶の用意を?」という顔をしていたが、それがこのサイラス・ドリュクの研究室のルールだ。
「これがタージン・アシスの手記ね、ゆっくり読んでくれたらいいよ」
サイラスはあくまでもラフニール語でタリクに話しかける。
タリクが本当にこちらの言葉を理解しているのか否かは不明だが、サイラスはもともと身振り手振りが大げさだし、ドラゴンとも意思疎通ができてしまう不思議な人だから可能なだけなのかもしれない。
タリクはそれを受け取ると、ゆっくりとページをめくりながら読み始めた。
サイラスがタリクの前にローズヒップティーを置いても、それに気づかない様子で手記を読み続けるタリクの表情は全く動かない。
ダークグレーの目だけが文字を追ってせわしなく動き続けている。
タージンの苦悩を理解してもらえるだろうか。
この人自身も、同じようなことを考えたことがあるんだろうか。
タリクの様子を見ながら思いを巡らせるシャルロッテに対し、サイラスは、シャルロッテの横に座り、
「ローズヒップティーにブランデーを入れると夜ぐっすり眠れるんだよね。シャルロッテもやってみなよ」
と、どうでもいい話を振ってくる。
いや、この場でその話は心底どうでもいいですとも言えず、ただ頷くしかないシャルロッテだった。




