72.蟲師(2)
「魔術師はしわがれたジジイで、黒いフード付きローブを着ていれば威厳が保てるとか思ってるなら、古いよ。アンチエイジングって知ってる?」
もはや何の話をしていたのかわからなくなってきた。
「永遠の25歳」と自称する通りの年齢にしか見えない青年は、肌にいい食べ物は…だの、入浴方法は…だのと滔滔と「アンチエイジング」について語り続けていたが、もしや興味のある素振りでも見せれば上手くこの頭の悪そうな青年を取り込めるかもしれない…と考え始めたところで、ゾッとすることを言った。
「いつか機会があれば君にももっと教えてあげるよ……君が生きていればの話だけどね」
オッドアイを細め口角を片方だけ上げたサイラス・ドリュクを、目を見開いて見つめる。
「死罪というわけか」
数秒の間をおいて絞り出すように言った魔術師の男の言葉に対して、サイラスは声を立てて笑う。
「我がラフニール王国に死罪はない。でも、オルディスにはあるんだろう?こっちで捕まえたオルディス人の罪人たちは牢屋に入れておくとすぐ自殺するんだよ。それを『自殺に見せかけて殺したんだろう』と難癖付けられるのも、いい加減迷惑なわけ。
だから君も、いま交渉に訪れているオルディスの軍人さんたちに引き渡すから、申し開きも命乞いも彼らにするといいよ」
薄い唇が美しい弧を描いた。
そして魔術師は、その唇を見つめながら「終わった…」と心の中でつぶやいたのだった。
中途半端に野心家で愚かな先祖がいたために「蟲師」は歴史の表舞台から姿を消した。
1年の半分以上が零下という過酷な環境の小さな集落でひっそりと妖魔を飼いならしながら、つつましやかに生活していればよかったのだ。
しかし中途半端な野心家は己も同じだ。
蟲師夫婦の子供として生を受けた頃には、故郷だったという集落は潰され、命からがら逃げ伸びた一族は散り散りとなっていた。
両親はそれぞれ体内に強い妖魔を宿していたが、普段は大陸の東端で農民として生活しており、自分たちが蟲師一族であるという真実を告げられたのは、自分が15歳の時だった。
決して口外してはいけない。バレたら皇都から兵士がやって来て殺される。
そう言いながらも自分に妖魔の飼いならし方と、寄生した生物の操り方――蟲師の秘術を教えてくれたのは、いつか遠い未来に蟲師が復興することを願っていたのだろうと思う。
だったら自分がその足掛かりを作ってやろうじゃないか。
そう決めたのは、両親亡き後、流転を繰り返してたどり着いたオルディスで、白竜の話を聞いた時だった。
「乗り手との契約は済んでいるのに、肝心の乗り手がいない。この状態では白竜を群れのリーダーにすることも意思疎通も不可能だ」
自分なら白竜を操ることができる。
軍部の高官に秘密裏に申し出たときは、ドラゴンにそんな小手先の魔術が通用するものかと鼻で笑われてあしらわれたし、実際、自分自身も本当にドラゴンを操れるのか半信半疑だったのだが、通用するかしないかはやってみないとわからないだろうと強気に出た。
そこまで言うならやってみろと言われ、白竜の食べ物に小さく圧縮した妖魔を仕込んだ。
食事の数時間後に白竜の目が赤色から金色に変化したとき、成功を確信した。
軍部の中には、こういうやり方は我々の竜神信仰を冒涜するやり方だと批判的な意見も多くあったが、反対派にはこっそり妖魔を忍ばせて正反対の意見を言わせたり、謎の死を遂げさせることに成功し、自分に堂々と意見できる者はいなくなった。
しかし、自分も高齢で常に集中力を切らさずに複数の妖魔を操るのにも限界がある。
特に、さすがはドラゴンだ、閉じ込めた意識の中で懸命に妖魔に抗おうとする白竜を操るのには相当な量の魔力と体力を消耗していた。
時間がない――その焦燥感に突き動かされ、ラフニール王国から子供をさらっては奴隷として売り飛ばしている闇ブローカーを上手く利用して関係悪化に持ち込んだ。
「我々は、おそらくラフニールに住んでいると思われる白竜の乗り手を探したいだけだ。殺したいとも思っていないし、ましてや戦争を仕掛けたいとも思っていない」
あからさまに反対する竜騎士団長代理、タリク・アシュレイは、やはりあの時、無理をしてでも妖魔を忍ばせて始末しておくべきだった。
しかし、これから白竜に大暴れさせないといけないという正念場を控え、こちらの体力と魔力を温存したかったのだ。
それに、乗り手を見つけたが白竜が激しく暴れたために死んでしまったと言えばいい、そのあとの乗り手の再選定の際は、もちろん自分を選ぶように操ればいい、そんな夢を見ていた。
そして、その夢が儚く散ったことを悟ったのだった――。




