71.蟲師(1)
「待て、一旦落ち着こう」
ハルが手のひらを額に当てる。
カタリナがオルディスの竜騎士団長代理であるタリク・アシュレイの未来の妻であることを知って、あなたのほうが動揺してるじゃないの!とは言えないシャルロッテは、不意に込み上げてきた笑いをこらえるために窓の外を見た。
突拍子もない未来視をしてしまうと、笑えてくるのだろうか。
窓の下、王城の中庭はいまドラゴンたちの居場所となっている。
たとえ鉄の鎖で係留などしてもその気になれば簡単に引きちぎってしまうことのできるドラゴンたちだ。無意味なことはせず、それぞれの乗り手が「ここに居るように」と指示だけ出して放し飼い状態だ。
見張りの兵士は一応立たせているものの、ドラゴンに慣れていないラフニール王国の兵士たちはおっかなびっくりでドラゴンを遠巻きにしている。
シャルロッテの目を引いたのはシロちゃんに寄り添っている体のひときわ大きな青竜だった。
たしか、タリク・アシュレイが騎乗していたドラゴンのはずだ。
その2頭が仲睦まじく頭をすり寄せ合っている。
もしかすると、タリクが白竜もオルディスに戻ることになると自信ありげに語っていたのは、これが関係しているのかもしれない。
後でシロちゃんに確認しなければ…あの青竜と恋仲なのかと。
一方、その頃、王城地下の牢屋では、サイラス・ドリュクが白竜をけしかけたオルディスの魔術師と対峙していた。
魔術師は手足を拘束され、魔力を封じる魔道具も装着されている状態で、少しでも魔力のゆらめきが見えた時には気を失わせる用意もしている。
「きみは、オルディス人ではないんだね」
肌の色や顔立ちがまるでちがう、青白い肌で神経質そうな顔を興味深げに見ながらサイラスが言ったが、魔術師の男は深い青色の目を合わせるだけで無言だった。
「昔…この大陸の北方に『蟲師』と呼ばれる魔術師たちが暮らす小さな集落があったようだけど、もしかしてそこの出身?」
首をかしげてオッドアイをきらめかせるこの若造は、何をどこまで知っているのだろうか。
誘導尋問にのる気はない。
魔術師は唇を固く引き結ぶ。
「彼らは妖魔のことを蟲と呼んで、その蟲を人や動物の体内に侵入させて自分の意のままに操る術が使えたらしい。静かにひっそりと暮らしていた彼らの中に、そのあやしい術を使って皇都の皇帝陛下を操れないかと画策した無謀な野心家がいたらしいじゃないか。ここまであってる?」
「なんのことやら」
しわがれた声が響く。
「いきなり野望がデカすぎたよねえ。集落ごと潰されたんだろう?それでも生き残りはいた。たまに世界各地で『伝承』として蟲師の存在がうかがえる記述があるのはそれだよね。きみはその蟲師の末裔かな?ごめんね、きみが大事に育てた蟲を握りつぶしちゃって。
ああでもしないとあの子、僕の中にも入ってこようとしたんだから、たいした根性だ」
魔術師はサイラスを睨みつける。
「僕の弟子が調べてくれたんだ。優秀な愛弟子だろう?ドラゴンは操られているって、ずっと言い続けていた子だったからね」
「あんた、何者なんだ」
指摘された通り、「蟲師」としてのプライドが、納得いかない場面が多々あった。
操っているはずのドラゴンが彼の前で動きを止めたこと。
だからこそ、この若造のことを「乗り手」だと勘違いした。
そして、魔剣でたしかに貫いたはずの彼が生きていて、こうしてすっかり元気な様子を見せていること。
「僕?僕はサイラス・ドリュク、得意技は回復魔法、かつては『死神』と呼ばれた永遠の25歳だよ」
魔術師は瞳にわずかな戸惑いの色を見せた。
「死神って言ったら…もしも生きているんだとしても相当な年齢の老人…」
「ストップ!言ったね?言っちゃったね?加齢臭がするって言っちゃったね!」
いや、それは言ってない!
戸惑いの色を濃くしながら魔術師は心の中で叫んだのだった。




