68.勝鬨
「ハルさん、ありがとう」
シロちゃんを正気に戻し、操っていた魔術師は捕縛された。
ホッとしたと同時に力が抜けて膝から崩れそうになったシャルロッテの体を、ハルが抱きしめた。
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないわ、勇気をくれたもの。熊肉ジャーキーだって、ハルさんが手伝ってくれたから美味しく出来上がったのよ」
ハルの首の後ろに両腕を回すと、ハルはシャルロッテのバニラベージュの髪に顔をうずめる。
「シロちゃんは本当にあれが大好物のようだね」
「ええ、そうなの」
ふたりはクスクスと笑いあった。
サイラス・ドリュクが白竜の涙で復活し、その白竜を従わせた王太子と巫女が抱き合う様子を見た騎士たちは、勝鬨をあげはじめた。
それを横目に、首と手に魔力を無効にする装具をはめられ拘束されたオルディスの魔術師が悔しそうな表情をにじませながら連行されていった。
そして、魔術師を捕えた城壁とは反対側の城壁で警備にあたり、シャルロッテの様子を見守っていたケヴィン・マクロードは、先輩騎士たちの
「元気出せ」
「若いうちは失恋はつきものだ」
「いい子紹介してやる」
という的外れな励ましに複雑な表情を浮かべながら、そろそろ自分とシャルロッテは実の姉弟なのだと公表するときがきたのかもしれないと思っていたのだった。
「まったく、公然とイチャイチャするだなんて、いまどきの若者は大胆だなあ」
サイラスが戻って来たらしい。
ふたりが体を離すと、サイラスは静かに告げた。
「ハルバート…これからは君がこの国の王太子だよ」
それはハルにとっては、最も避けたい宣告だったし、それを告げるサイラスもまた、眉尻を下げて浮かない顔をしていた。
「まさか…クリストファーが…?」
「生きてはいる。ただ、普通の生活を送れるようになるには長い年月がかかると思う。ドラゴンの涙でどうにか一命をとりとめたような状況だったんだ。もちろんこれからもずっと治療を継続する予定だけど、もう執務はできないし、人前には出られない」
「そんな……」
呆然とするハルの横で、シャルロッテは眉を寄せ、悲痛な面持ちで目を伏せた。
知っていたのだ。
クリストファーがそうなることを未来視で知っていて、どうすることもできなかった。
「シャルロッテのおかげですぐに医療班のヒーラーたちが駆けつけることができたんだよ、そんな顔しなくていい」
そう言っているあなただって、泣きそうな顔をしているじゃないか――そう言いたかったのに、言葉よりも先に嗚咽が漏れた。
そんなシャルロッテの肩を抱いたハルの手もまた、かすかに震えていたのだが、それを気取らせない力強い声で「両陛下はご無事か?」と尋ねた。
その口調と声は、再び王太子のそれに戻っている。
「傷ひとつないよ。いま坊やに付き添っている」
「シャルロッテを頼む」
そう言ったあと、シャルロッテの耳元で「また後でね」と囁いたハルは、王城内へと駆け出して行った。
「さてと、シャルロッテ。僕らはとりあえず、シロちゃんの怪我の手当でもしようか!」
サイラスがわざとらしいほどの明るい声で言う。
「シロちゃん、怪我しているの?」
伏せの姿勢を取り続けていた白竜は『尻尾が痛いわ』と言った。
確認するとたしかに、ウロコの一部がはがれて血がにじんでいる。
「そりゃねえ、石造りの天文台をその尻尾ひと振りで吹っ飛ばしちゃったんだから、その代償は当然だよね。てゆうか、よくこの程度で済んでるよね」
キズの部分に手をかざしていたサイラスは、ヒーリングってドラゴンにも効くんだなとブツブツ言いながら治療を施してくれた。
『ごめんなさい…ここを滅茶苦茶にしたのはわたしでしょう?』
しょんぼりしている白竜に、再び熊肉ジャーキーをあげた。
「いいのよ、操られていたんだもの。そのかわり、瓦礫を片付けたり、物資を運んでもらったり、これからシロちゃんにはうんと働いてもらうから覚悟してね?」
白竜はジャーキーを飲み込んで、元気よく頷いた。
『うん、頑張る!ねえ、シャルロッテ…わたしたち、これからはずっと一緒よね?』
「もちろんよ、シロちゃん。もうわたしのことを置いてひとりでどこかへ行こうとしないでちょうだいね」
3年前に、突然シロちゃんが姿を消したとき、タージンおじいちゃんは
「つがいを探しに行ったのかもな…」
とつぶやいていた。
だとすれば、すぐに戻ってくるだろうと思っていたらそのまま消息不明になってしまった。
オルディスに渡ったのだとして、向こうで仲間とともに楽しく過ごしているのならそれでいいと思っていたけれど、まさかこんなことになっていたとは…。
もう二度と、シロちゃんをオルディスなんかには行かさない!
そう誓ったシャルロッテだった。




