67.白竜の乗り手(2)
サイラス・ドリュクの上半身を、5本もの青白く光る魔剣が貫通していた。
ゴフッと大量の血を吐いたサイラスの顔は白磁のように真っ白で、それ以降ぴくりとも動かない。
シャルロッテは胸元で握りしめていた革袋の口ひもを解くと、そこから熊肉ジャーキーを取り出した。
眼前の凄惨な光景とはズレているのか、はたまたマッチしているのか判断に迷う独特の香りがもわんと漂った。
馬上でシャルロッテは大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「シロちゃん!伏せ~~~~っ!」
サイラスを心配してオロオロしていた様子の白竜がシャルロッテと、掲げられたジャーキーを目に留めて、嬉しそうにクルルッと喉を鳴らした後に、首を石畳にぴたりとつけて「伏せ」の体勢をとった。
先に降りたハルに抱き着くようにして黒馬から降りたシャルロッテは、白竜の元へ駆け寄ると、「シロちゃん」こと白竜にジャーキーを食べさせた。
美味しそうにジャーキーを咀嚼して飲み込んだ後、白竜は涙をぼろぼろ流し始める。
「シロちゃん、何やってたのよ、会いたかった。馬鹿なんだから、もうっ」
『シャルロッテ!会いたかった。わたしね、あっちの大陸に渡って妙な魔術師に出会ってからの記憶が曖昧なの。辛かったわ』
鱗に覆われた大きな顔をシャルロッテにこすりつけながら、白竜は乗り手と念話を交わして再会を喜んだ。
ぼろぼろこぼれ落ちるドラゴンの涙のしずくが、すぐそばに倒れているサイラス・ドリュクにも降り注ぐ。
そのたびに、ポワン、ポワンというきらめきが見えて、それまでピクリとも動かなかったサイラスがむっくりと起き上がった。
「あー、やれやれ。シャルロッテ、相方との再会を喜ぶのもいいけど、師匠のことを足元に転がしたままっていうのは、いただけないなあ」
「だって、あれは全て演技なんでしょう?」
キョトンとした顔で返されて、サイラスは盛大にため息をついた。
「あのねえシャルロッテ、死んだふりはしたけどさあ、魔剣で体を貫かれたのは本当だからね?どんだけ痛かったと思ってるんだ!ほんとに死ぬんじゃないかと思ったよ、まったく。シロちゃんの涙がなかったら復活までもっと時間かかってたはずだからね?」
ドラゴンの涙にはヒーリング効果がある。
しかしドラゴンは滅多なことでは涙など流さないから、それは極めて貴重な伝説級の薬だ。
サイラスは白竜の目に溜まるしずくを「少しもらうね」と優しく呟きながらそっと両手ですくうと、それを短い詠唱で透明な丸い球体に閉じ込めた。
「クリストファーに届けてまた戻ってくるから」
そう言いながら城壁のある一点をチラっと眺めたサイラスは、一瞬満足そうに微笑んで指をパチンと鳴らし、瞬く間に姿を消したのだった。
「なんだ…サイラス先生、生きてたのか。死んだふり?してたのか?」
ハルの呆然とした声を聞いて、彼をほったらかしにしていたことにようやく気付いたシャルロッテは種明かしを始めた。
サイラスが占いで自分の死を予言したのはまさに、先ほどの魔剣に貫かれて血を吐いて倒れている自分の姿を垣間見たためだった。
しかしそれは、今回の作戦のひとつだったのだ。
オルディスの目的は、白竜の乗り手を見つけること。
王都で派手に暴れれば、どんなに秘密にしていようとも乗り手が間違いなく現れるだろうということと、姿を現したところで殺してやろうと思っていたはずで、相手のその目論見は成功したかに見えた。
しかしサイラスが乗り手のふりをして白竜に近づき、しかも白竜を操るために体内に仕込んだ妖魔を引きずり出して滅してしまったのだ。
慌てた魔術師は「あいつが乗り手のはずだ」という見切り発車で見きり発車でサイラスに殺戮の魔剣を放ち、それは見事に命中した。
事前にそれを予想していたサイラスは、身体強化魔法を幾重にもかけていたし、貫かれると同時にヒーリング魔法もかけまくっていたはずで、倒れて血を吐いたあの様子がどこまで演技で、どれが本当だったのかは彼しか知らない。
倒れる直前にわずかに指をさしたその方角に、白竜を操っている敵の魔術師がいる。
どんなに気配を殺していようと、遠くから魔剣を放つ一瞬だけはその気配があるはずだから。
それは事前に騎士団と申し合わせていた作戦で、王都を全て見通せる場所をいくつかピックアップしてすでに騎士を配置していたのだ。
相手はドラゴンを操るような奇妙な魔術を使う手練れのはずだから心してかかるようにという指令の元、その魔術師捕縛ミッションには騎士団の配属に関係なく精鋭が選出された特別チームが組まれていた。
サイラスがクリストファーの元へ飛ぶ直前に城壁を見やって満足そうに微笑んだのは、その作戦の成功を意味している。
サイラス・ドリュクは我が身を差し出す捨て身の作戦で王都を、このラフニール王国を守ったのだった。




