64.奇襲
例年なら真冬であっても賑わっているラフニール王国の王城も王都も閑散としていた。
諸国歴訪という名の、隣国から協力関係の約束を取り付ける嘆願の旅を終えた国王が帰郷したのは、未来視の巫女が王都を後にした一週間後だった。
王城の警護と最低限の維持に必要な人員以外は冬の間に王都を離れるようにという御触れは大々的ではなく、内々に流布され、貴族たちをはじめ、貴族と商いのある商人たちも粛々と王都から移動した。
サイラス・ドリュクが所長を務める魔導研究所では、腕のない者、命の惜しい者は家族とともに王都を離れるようにという指示が出て、半数ほどの研究員と学生ほぼ全員が去っていった。
騎士団の団員に関しても同様の指示が下ったが、こちらのほうは「いよいよ我々の日頃の鍛錬の成果を発揮するときが来たか」とむしろ士気が上がる一方という筋金入りの脳筋集団で、休暇お届けを出して団を去っていったのは、箔を着けたいがために入団した一部の貴族の子息のみだった。
シャルロッテの弟であるケヴィン・マクロードは、実家からの再三の帰還要請を固辞し続け、第五騎士団に残った。
「約束してちょうだい。いざとなったら、騎士の仕事もわたしのことも忘れて、公爵家のみなさんと一緒に王都から逃げてね。お母様のこと、頼んだわよ」
シャルロッテとの別れ際に言われた言葉は、これを指していたのかと思い当たっても逃げる気はない。
母上は、安全な領地で養父と兄たちがしっかり守ってくれるから大丈夫だ。
僕は王城に残ってお姉さまを守る。
ハービッツ副団長からもさんざん「公爵家へ帰れ」と言われたケヴィンだったが、「それを言ったら、あなただって同じでしょう」と憎まれ口をたたいて、何があっても王都を離れない決意をしていたのだった。
サイラス・ドリュクは、研究所に残っている精鋭にヒーリングを徹底的に教え込んでいた。
おそらく医務室のほうでも弟子のロバート・ルーゼン医務室長が同じことをしているはずだ。
そんな矢先に、シャルロッテの護衛としてカシム村に派遣していたハルバートが暴漢に襲われて怪我をし、秘密裏にハービッツ公爵家お抱えのヒーラーが治療に当たったという情報もしっかり掴んでいた。
「暴漢ねえ……」
ひとりソファに座りカモミールティーを飲むサイラスは、憂鬱そうにつぶやいた――。
今年は暖冬で雪解けが早い。
この分だと、オルディスの竜騎士団が攻めて来るのは半月後ぐらいか…と、それを知る誰もが思っていたが、それは大きな誤算だった。
白竜は長い歴史の中でも確認された個体がほとんどおらず、ただの伝説とまで言われている存在だった。まして、ほかの竜族よりもはるかに耐寒性が高いという事実はどの文献にもなく、ラフニール王国でそれに気づいている者はいなかったのだ。
まだ朝夕の冷え込みがきつく、最高気温も10度を下回る日もまだあったある早朝、白竜は単騎で王都へ乗り込んできた。
魔導研究所の塔の最上階にある天文台が尻尾一振りで破壊された凄まじい音で目を覚ました者たちが、驚いて窓へと駆け寄った。
王太子のクリストファーもそんな一人だった。
窓の外に浮かぶ丸い金色と、その中央の黒い楕円がキュウっと収縮するのを間近で見た。
それが大きな目であると気づいた時にはもう遅かった。
咄嗟に腕で庇いながら飛び退るよりも早く灼熱の炎が窓を突き破って放たれ、その熱に自分の腕も顔も焼かれるのを感じながら吹っ飛ばされた。
「たとえばそれが『あなたはいずれドラゴンの炎で顔を焼かれ人前には出られない容姿になってしまうだろう』という内容だったらどうします?」
初めて会った日にシャルロッテが語っていた言葉が不意に蘇って来た。
あれは、たとえ話ではなく、俺の未来だったのか……。
そう思ったところでクリストファーの意識は暗転したのだった。




