63.思慕
ハルが暴漢に襲われてから1か月が経ち、山小屋は雪にすっぽりと埋まっていた。
サイラス・ドリュクの招聘をハルが頑なに拒む理由を、シャルロッテは深く尋ねなかった。
もちろん気にはなっていたけれど、聞いてはいけない気がしたためだ。
その代わり治療院を退院して山小屋に戻った後、右手の小鳥の刻印でカタリナに伝言を送り、ハービッツ公爵家の優秀なヒーラーを派遣してもらった。
寡黙な初老のその男性は、さすが筆頭公爵家お抱えのヒーラーなだけあって、腕も良ければ、無駄なことは一切言わず、一切尋ねず、左腕の骨折の治療だけして、事情を簡単に書き留めたハル直筆の手紙を携えてその日のうちにすぐに帰っていった。
ハービッツ公爵家はいま王都から離れた領地に避難しているものの、カタリナは王国第五騎士団の副団長という立場上、いまだに王都で騎士たちと訓練に励んでいるらしい。
どうせカタリナのことだから、立場云々ではなく、逃げろと言われても従わないことは確実だ。
本来ならば、わたしの左手の怪我がそうだったように、続けて数日間治療を続けた方が完治が早いし傷跡も残らないらしい。
しかしハルはそれを拒否し、「とりあえず骨をくっつけた」という応急処置を受けただけだったため、重い物を持ったり、片腕で体を支えるような体勢をとったりするような負荷がかかることはできず、引き続きおとなしく暮らすことを余儀なくされた。
深々と降り積もる雪に囲まれた山小屋で、シャルロッテが甲斐甲斐しくハルの看病をしながら過ごす冬ごもり生活は、互いに秘めていた淡い気持ちをくすぶらせるには申し分ない環境だった。
ソファに並んで座り、ハルがシャルロッテの肩に頭をのせて体を預けながらつぶやいた。
「ずっと… このままがいいな。冬が終わらなければいいのに」
「どうしたんですか。最近のハルさんは甘えん坊ですね」
「シャルロッテ、オルディスの一件が片付いたら……」
そこで言葉を切ったハルの顔を、ん?という表情でシャルロッテが覗き込む。
「…その時になったら話すよ」
ふたりでどこか遠くに逃げて、俺たちのことを誰も知らない土地で一緒に暮らさないか――そんなことを言えるはずもなく、ハルは言葉を飲み込んだ。
大体、サイラス・ドリュクがシャルロッテのことを必要としている限り、この世界のどこへ逃げても意味をなさないだろう。
自嘲気味に笑うハルの様子がとても頼りなく儚げで、シャルロッテは思わずその赤い髪の頭を引き寄せて抱きしめた。
冬ごもりが始まってからはもう、山小屋の中でメガネは掛けていない。
ここから先の未来、ハルに襲い掛かるであろう様々な試練の断片を垣間見ながら、彼の背負っている運命の重さを知っているシャルロッテは、どうにかその負担が軽くなりますようにと祈ることしかできない歯がゆさを感じていた。
せめてそんな彼にこれから先も寄り添ってあげたいと思う心が、仲間意識なのか、哀れみなのか、愛情なのかすら曖昧で、それがはっきりするまでは、どうかこの雪が解けませんようにと思うシャルロッテだった。




